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 リフェンナがまだ「リフェンナ」という名前になる前、つまり魔法使いの弟子になる前は、生家にて手の付けられない問題児として持て余されていた。


 まだ呪いも魔法も身近だったその時代、生まれたばかりのリフェンナが呪いを抱えていると気づいたのは誰だったのだろう。

 きっとほとんどの人間が気づいてしまったはずだ。だから、最終的にリフェンナは捨てられたのだ。


 その呪いは、怒りや反発の衝動を抑えられない、というもの。

 なんとも単純な呪いだが、これがどうしようもなく厄介だった。


 特にリフェンナの場合、初めから周囲の人間が皆、リフェンナを呪い持ちとして扱ったことが失敗に繋がっている。


 今となっては、知識ある者の常識だ。

 呪い持ちに、自分は呪われていると自覚させてはならない。それをしてしまったが最後、その呪いはより強くなっていく。

 リフェンナは最悪だった。呪いのことを気にすれば気にするほど、世の中のすべてが気に入らなくなり、嫌悪し、憎悪してしまった。たったの九歳で、実の親を殺そうとしてしまうくらいには。


 呪いは、魔法が変化したものだとされている。未だに確実な正解は見つかっていないが、長年の研究により、そういうことになった。


 魔法との最大の違いは、魔法は誰かにかけられるものだが、呪いは生まれ持つもの、だということ。

 そのため、呪いを解きたければ、自分自身で努力しなければならない。人によって呪いの形が違うように、呪いを解くための方法もそれぞれで、何よりどうすれば解けるかもわからない場合がほとんどである。

 死ぬまで呪われたままの人間が多いのは、そのせいだ。


 リフェンナはすべてが憎かった。すべてが腹立たしかった。

 自分でも理解できないまま、胸の奥から湧き上がるいらだちに振り回され、あるとき父親を刺し殺そうとまでしてしまった。


 幸いまだ九歳の子どもだったため、刺す前に止められた。だが、生家は当時から立派な地位にあった。

 家に置いておくわけにもいかず、また、身内を殺そうとするほどの呪い持ちをこのまま大人になるまで育てるわけにもいかなかった。


 その頃は呪い持ちも今よりは多く、治療施設とは名ばかりの強制収容施設もいくつか存在した。それほど呪いが恐れられていたのだ。


 リフェンナは王都唯一にして最大の施設に入れられた。

 貴人用の個室だったものの、自由など存在しない。もはや犯罪者扱いだ。物心ついて間もない子どもでもわかった。


 そこから脱走を試みたのは、リフェンナとしては当然の流れだった。詳しくは覚えていないが、見張りの目も鍵もどうにか潜り抜けて、個室を抜け出したときだった。


 黒い髪に、黒い服。細い体と青白い肌。顔は布で隠され、腕も手袋で覆われた、不気味な女が立っていた。


 最初、亡霊かと思った。あまりにも冷たく暗い空気を纏っていたからだ。

 その女は、リフェンナを見て、口の端だけを持ち上げて、なめらかに言葉を紡いだ。


「その、目。いいわね」


 思わず後ずさったリフェンナに手を伸ばし、頬に指を滑らせる。手袋を挟んでいると言うのに、やけに冷たい手だった。


「ここから出たいのね」


 頷く。こんなところにいたいと思えるわけがない。


「そう。――ついてきなさい。私の弟子にしてあげるわ」


 それだけ言って、女はリフェンナの手を取り、堂々と連れ出した。見張りたちも女を見て、止めようにも止められなかった。


 恐ろしい女につかまってしまった。そんな風に思ったのを覚えている。


 黒いこの女こそ、リフェンナの師匠にして、この国の魔法の基礎を築いた女、大魔女リーゼヴィットである。他国を滅ぼそうとしたのちにこの国にやってきたため、リット、と名乗っていた。


 リットは王家により保護されていた。国内でも大魔女リーゼヴィットは悪として扱われていたが、彼女は名前を変えるだけでごく普通に生活していた。

 当時まだ扱える人間が少なく、魔法に関する知識も乏しかったこの国を、一定のレベルまで押し上げてくれないか、と依頼されたとリットは語る。


 連れ帰られた先は宮殿だった。

 元は使用人のために建てられた離れをまるごともらい、リットはそこで暮らしていた。驚いたが、離れに配置されている使用人に、リフェンナはされるがままに風呂に入れられ、食事をさせられ、ベッドで寝かされた。リットは特別、リフェンナのことを構わなかった。


 そんな日が三日ほど続いてようやく、リットがリフェンナに向かい合って言った。


「名前を考えたわ。今日からあなたは『リフェンナ』よ。喜びなさい」


 曰く、魔法使いになるなら、名前を捨てるべきだという。思い入れもなかったため、リフェンナはそれを受け入れ、以後ずっと『リフェンナ』と名乗ることになる。


 それからはまた、放置の日々だ。

 弟子にすると言っておきながら、リットはリフェンナに何も教えなかった。本をいくつか投げてよこしたくらいで、あとは離れにいない日も多かった。


 リフェンナは独学で魔法について学んだ。

 幸い、人並みはずれた才能を持っていたらしく、ひとりでもかなりの成績だった。比較対象がなかったため、すべて自己評価によるものだったが。


 そうやって弟子生活を続けて、ふと気づく。


 呪いがほとんど効力を失っている。同時に、あらゆる感覚が麻痺してしまっている、と。

 リットに問い詰めれば、なんということもない、当然のことのようにこう答えた。


「魔法使いになって、不死になるということは、つまりそういうことよ。何の対価もなく不死なんて神様に逆らうようなこと、できるはずがないじゃない。この子バカなのかしら」


 説明不足なだけだ。

 この国における魔法の黎明期であり、生家ではまともに世間を知ることのできる状態ではなかったリフェンナが、そこまで知っているはずがない。


 リットは追加で数冊の本を寄越した。それがリットの書いた本であり、リフェンナのためのものであると知ったのは、それからずいぶんと後のことである。


 わかったのは、つまり、魔法使いになれば永遠に生きられるということ。永遠に生きられるということはつまり、憎いすべてのものの死を見届けられるということ。

 それ以上に愉快なことはない、とリフェンナは思った。そして自分を苦しめたすべてのものを見下すために、魔法使いになろうと決意した。強く、それは強く覚悟した。


 その根底には、誰かに認められたいという欲求があった。

 父親のことは嫌いではなかった。けれど、殺そうとしてしまった。それは許されざる行為であり、その後自分に下された処分も仕方のないことだったと、その頃はきちんと理解していた。しかし、なおもリフェンナは、許されたかった、と思ってしまう。


 だから、永遠になりたかった。誰よりも特別な存在になりたかった。

 そうなれば、呪いからも逃れられる気がした。自分でも制御できない気持ちを捨てられる気がした。


 実際、不死になるとあらゆる感覚が薄れていき、正気ではいられなくなるという。

 リフェンナには自信があった。初めて才能があると言ってもらえた魔法の世界で、永遠に生き続ける自信が。何より、不死になれば、呪いは強制的に解かれるという。魔女にならない選択肢など、リフェンナにはなかった。


 魔法の反動で死にそうになったことも多々あったし、最後までリットは師としては最悪の部類だったが、振り返ってみれば楽しかったことも少しはあった。


 そうしてリフェンナは、魔女になって、同時に不死者になった。師たるリットの行方は、知らない。あの不気味な女のことだから、四百年経った今も、まだ生きているような気さえする。


 リフェンナの呪いは、魔女になったと共に消えた。

 不死者特有のぼんやりとした世界で、リフェンナは四百年、生き続けた。


 宮殿の離れから出て、王都に店を構え、たまに王家からの依頼をこなす。他の魔法使いたちとも、ほとんど関わらなかった。

 引きこもりの生活は退屈で、だからこそ素晴らしかった。怒りも憎しみも無縁になった。ずっとこうして生きていこう、と思った。リフェンナの夢は、穏やかに生きることだった。それが叶ったのだ、簡単には手放さないと誓っていた。


 それなのに。


 マトラドに出会って、彼を好きになってしまってからというもの、この男と同じ時間を生きたい、と願うようになってしまった。


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