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今夜は婚約パーティーだ。主役のレイスとマチルダが、招待客一人ひとりに挨拶に向かっている。
母親のシルヴィアは笑顔で上機嫌に、扇を叩いている。シルヴィアも父親も美男美女だ。姉二人も美女で、エルデだけが浮いている。にこにこ招待客がエルデを見て笑っている。それをみてエルデは仕方がないことだと思う。確かに鏡に映るエルデの姿は自分自身ですら面白おかしく見えるのだから。
エルデは自分自身の顔は嫌いだ。家族に嫌がられないように、そっとエルデは家族から距離をとる。
「お嬢様、奥様から、そろそろ部屋に戻るようにとの伝言です」
従僕のジョイが、エルデに囁く。エルデはほっとして、「分かったわ」といってそっとその場を離れていく。
後ろで母親のシルヴィアが、「エルデは体調が悪いので、部屋に戻ったみたい」と周囲に話しているのが見えた。見栄っ張りのシルヴィアはエルデが周囲の目にさらされるのを嫌っていた。今日は侯爵家との婚約パーティーだから、特別だったのだろう。エルデは一人胸をなでおろし、部屋に向かって歩き出した。早く熊のペティに会いたくなった。
部屋に戻ったエルデはパーティーでのメイドやシェフの動きをノートに書き留めた。緊張であまり周囲をみることができず、途中退場だったので、メイドの動きが最後まで見れないことは残念だ。
あらかたノートに書き留め、ベッドにいる熊のペティの方を見た。
「ただいま、ペティ」
エルデはペティを抱きしめ、心底ほっとして眠りについたのだ。
その夜、寝室のドアを開く大きな音で、エルデは目を覚ます。
そこにいたのはすさまじい表情のマチルダの姿だった。
「ひ」
真夜中にいる底光りする瞳のマチルダに、エルデはすくみあがる。
「お、お姉さま?」
何故ここに?
「いいわよね。あなたは不細工に生まれて、知らない男と結婚しなくて済むのだから」
そうマチルダは言うが、エルデだって大変なところは大変なのだが、内気なエルデは言い返せず、うつむく。
いらだったマチルダは、エルデの襟首をつかんでベッドの下に突き飛ばす。筋肉がないエルデはそのまま突き飛ばされて、床に尻もちをつく。
地味に痛い。涙がじんわり湧いてくる。
「あなたなんて大嫌い!」
マチルダは走って去っていく。
エルデを無視している家族のなかで、マチルダは唯一嫌味とはいえ、エルデを無視しなかった家族だ。エルデはマチルダに対して何かいいたいのに、いちいちつっかかってくるマチルダになんて言ったらいいか、エルデはわからない。メル以外の人に、エルデは話したことがないので、エルデは戸惑う。
もうすぐマチルダはこの屋敷から嫁ぐためにいなくなってしまう。エルデはマチルダに対して、手紙を書くことにした。
『拝啓、お姉さま、エルデは』
そう書きかけて、エルデは手紙の紙をくしゃくしゃにしてごみ箱に捨てた。どう書いたらいいもんか、エルデは思い悩んだ。メルに相談したい。けれど、メルはもういない。つくづくエルデはメルに頼りきりだったんだと、これからは自分ひとりでなんとかせねばと、エルデは素直な気持ちを手紙に乗せることにした。
そしてエルデはメルあてにも手紙を書くことにする。いつかエルデはメイドの仕事でお金をためることができたら、それでメルを探すのだ。そう思うと、少しは仕事への不安が消える気がする。
「がんばろうね」
エルデはペティに話しかける。一人で孤独なエルデは熊のペティは心の支えになっていた。きっと知らない家に嫁ぐマチルダも不安なのだろうと、エルデは得意の手芸で、マチルダへあげようと、小さなクマのぬいぐるみを作り始めた。