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メルが屋敷を去ってから、エルデは必至に勉強したり、紅茶の入れ方を忘れないようにノートにとったりした。
新しい乳母のランアイロは、エルデがあまり外に出なければ、いつも部屋の片隅で自分の爪をいじくったり、部屋にある鏡で自らの綺麗な髪の毛を整えたりしている。
ランアイロはあまりエルデに向かって怒る以外にあまり言葉を言うことはないが、ある時ぽつりとつぶやく。
「メルは馬鹿よ。仕事以外の余計なことをするから。いうことだけ聞いておけばいいのに」
やはりメルがメイドをやめたのは、エルデのせいだったのかと、エルデは俯く。メルは懸命にエルデのためを思って働いてくれた。そのことだけは胸に刻んでおくことにした。エルデは自分がもう失敗しないようにと、色んな文献を読み漁っている。今はエルデは貴族という立場だ。立場を誤ってはいけない。失敗すると、メルのような立場の人を苦しめてしまうからだ。
もうすぐエルデは貴族からメイドという人に使われる立場の存在になる。その立場をよくわきまえ、うまく立ち回ろうと一生懸命仕事の働き方を、エルデは本など文献を読み漁っている。
「随分と暇人ね。また余計なことしているんじゃないでしょうね。あなたみたいな不細工な人と兄弟になるなんて、私の評判がおちるじゃない」
マチルダがエルデの部屋に入ってくるなり、そういうので、エルデは何と答えてよいかわからず、「ごめんなさい」とだけ言う。
「ふん」
マチルダはそういうと去っていく。それだけをわざわざ言いに来たのかと、エルデは肩を落とす。
姉のマチルダは相変わらずエルデの部屋を訪ねてきては、エルデの粗探ししている。マチルダは輝くように美しい。両親からはいいところに嫁げるように厳しく家庭教師がいつもマチルダを訪ねてきている。
マチルダもストレスが溜まっているのかなと、エルデは最近そんな風に想えるようになった。それもこれも読書のおかげだ。苦しんでいる貴族の文献をいろいろ読んだ。その中で恋愛というカテゴリーの書物もよんだ。正直エルデは恋愛にはまったく興味がわかなかったが、人生一人で生きていくのが重荷で、だれか分かち合える人は羨ましいと思う。
一応笑顔の練習でもしておこうと、鏡を見て笑顔を浮かべようとするが、まったく笑顔を浮かべることができない。頑張ろうとするが、表情筋が突っ張ってまったくあがることがなかった。
「あれ?」
そういえばエルデは昔から笑うことが苦手であった。メルがいなくなって、ますます笑顔が苦手で笑えなくなっていた。
それから一年半たち、エルデは十三歳になった。
美人で有名なマチルダが伯爵家の嫡男と婚約することが決まって、伯爵家などの大勢の婚約パーティーを開くことになったので、一応エルデも行くことになってしまう。どうあがいても不細工なエルデに社交界などで着るドレスなど似合うべくもなく、笑われるので、エルデは行きたくなくてとても憂鬱になる。
だがもうすぐメイドになるエルデもそういう貴族の集まりにでるのも最後になるだろうと、自分に言い聞かせた。
エルデの両親は見栄っ張りになんで、豪華なドレスは何着かもっているので、安心だが、エルデはため息をついてさっさと寝ることにする。
どうせ何着ても笑われるか、嫌なことしかない。もう少しの我慢だと、エルデはもう一度溜息をついて、大好きなクマのぬいぐるみのペティを抱きしめた。