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メイド実習のその日の朝、エルデはドキドキしながらメイド服を着て、メルの登場を待っていると、メルは背の高い男性を一人連れてきた。

「お嬢様、今日メイドの仕事を教えて下さるのは、執事長のエルスです」

メルは一人の男性を、エルデの前に連れてくる。渋い顔立ちの男性で、その顔を見たエルデはドキリとする。そして、あとから身も氷るような恐怖がやってくる。エルデは男性恐怖症だった。散々上流階級の男性たちに、エルデの不細工な容姿を笑われたり、いじくられたりして、エルデは男性が怖い存在だとこの時に認識していた。

「私が今日お嬢様にメイドの仕事を説明させていただきます。よろしくお願いいたします」

エルスはメルの手を取り、その手にこうに口づける。正直エルデはその動作に、ぞっとしてしまうが、今日は仕事を教えてくれる人だ。なんとかエルデは微笑みを浮かべ、お辞儀をした。


相変わらず執事やメイドの仕事は早い。皆流れるように作業していく。執事長のエルスに仕事を教えられ、必死にエルデも皆に後れを取らないように、使い古したタオルを洗い場へと運んでいく。


それからしばらくして、にこにこ笑うハウスキーパーのランアイロが、一人の金髪美少女をひきつれ、エルデのもとへやってくる。その美少女の顔を見て、エルデは凍り付く。

「あなたなにしているの?メイドの服なんて着て、どういうつもり?」

エルデの七つ上の姉のマチルダが、腰に手を当てて食器を整頓していたエルデのもとにやってくる。

びくりと、エルデの心臓が凍り付いたような心地になった。

姉のマチルダはいつもエルデのことを気に入らないようで、いつもエルデの短所や失敗を粗探ししてくる、怖い存在だ。

マチルダに睨みつけられて、エルデは恐怖で何も言えなくなってしまう。

「みっともないことをしないでくれる?私たちは貴族なのよ」

マチルダは注いであった紅茶を、エルデに向かって浴びせた。暑さよりもメイド服が汚さてしまったことの方が、エルデはショックを受けた。

「このことはお母さまに言いつけるから」

そういってマチルダはピンクのレースをはためかせて、去っていく。

「お嬢様、大丈夫ですか?火傷は」

メルが慌てて布で、メイド服にしみこんでいる紅茶の後を拭いてくれる。

「め、メル、ごめんなさい」

エルデは泣きながら、そういうしかないのだった。


その日からエルデの乳母であったメルは、エルデの乳母から外されてしまい、部屋から一歩もエルデは出るなと、父親から命令され、ぼんやり部屋の外のガーデニングを眺めるだけになってしまった。

エルデは一度メルに会って謝罪したかったが、新しく乳母になったランアイロは厳しくて、エルデは怒鳴られて、メルに会いに行くことができなくなってしまった。


部屋で読み書きをするだけの日々が続き、それからひと月たったくらいの時に、深夜エルデが寝ていると、外から物音がした。なんとなくエルデは予感がして、外の窓を開けると、そこに大きなバッグをもったメルが、エルデに向かってお辞儀をして立っていた。メルは歓喜の声を上げそうになり、慌てて自分の口をふさぎ、窓から飛び降りた。はだしのまま外に出たため、足に草のとげが刺さったが、エルデは目の前のメルに気を取られて、全然気にならなかった。慌ててエルデはメルのもとへ駆け寄る。


「メル!」

なるべく小声で話す。ランアイロはエルデ外へ出たりすると、すぐに怒鳴ったり叩くから。

「お嬢様、私はこの屋敷をお暇することになりました」

「お暇?どこかへ行ってしまうの?」

お暇の意味はあまりわからなかったが、メルの旅支度する格好と表情からして、なんとなくわかってしまう。

「ええ、また別の奉公先を探すことになりそうです」

「いかないで、メル。私のせいなんでしょう?私がお父様やお母さまにお願いするから、お願い、メル」

「いいえ、エルデ様のせいではありません。どちらにせよ、年取った私はこの屋敷にはいられませんでしたので」

「歳?」

「容姿が衰えれば、メイドの職を失うこともあるのですわ、お嬢様」

「いかないで、メル。また一緒にお勉強しましょう。私頑張ってお願いするから」

「お嬢様」

エルデは気が付いたら、メルに抱きしめられていた。初めて感じる人のぬくもりに、エルデは目を見開く。

「エルデさま、

容姿が衰えればメイドの仕事はお払い箱になったり、ご主人さまに気に入られなければ、暴力をふるわれたりします。安い賃金で働かされ重労働であるメイドは、今の環境では奴隷と変わりませんわ。それでも私はメイドという仕事を誇りに思ってます」

メルはエルデから体をはなし、微笑んだ。

「お嬢様、くれぐれも奴隷になってはいけません。私たちはメイドなのです。辛くなったら逃げてもいいのですよ、お嬢様」

「メル」

辛くなったらどこへいけばいい?もうエルデの唯一の逃げ場所だったメルがいなくなってしまうのに。

「さようなら、お嬢様」

メルはお辞儀をし、傘を持って去っていく。

エルデの喉から勝手に嗚咽が漏れてくる。

エルデにとって乳母のメルは、実の両親よりも肉親だった。たった一人の家族ともいえる人だ。そんな言葉をエルデはおさえ、メルに対して最後に声をかける。

「メル、あなたは最高のメイドだわ」

そうエルデが叫ぶと、にっこりメルは笑って去っていく。

エルデはとめどなく出る涙を拭き続けた。


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