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メルからは食器のふき方や、旦那さまや主人への挨拶や物腰をエルデはつきっきりでおしえてくれた。
この時のエルデはメイドの仕事へのあこがれがまさり、仕事の本当の厳しさをエルデは知らず、まだ貴族としての甘さが残っていたと、のちに思う。
「お嬢様、メイドの一番に大切なことってなんだと思いますか?」
そんなメルの問いかけに、わからずエルデは眉を寄せる。
「分からないわ」
「主人に付き従うことです。…そして暖かな美味しい紅茶を飲んでほしいという気持ちです」
「主人に付き従う?どういうこと?」
「主人が望んでいることを先読みし、どんどんやる、おもてなしの心です」
「難しそうね。私、人が望んでいることなんてわからないわ」
「エルデ様が人からされて、うれしいと思うことを、人にやるのが重要です」
「私がやられてうれしいこと?」
エルデの脳裏に両親に抱きしめられている自分の姿が思い浮かんだ。両親は一度もエルデを抱きしめてくれたことはない。一度でもいいから抱きしめてもらいたい。誰かにやさしくしたら抱きしめてくれるかもしれないと、そんなことを思う。
「今日は紅茶の入れ方を学習しましょう、お嬢様」
「はい。よろしくお願いします」
最近メルからエルデは敬語もたたきこまれている。
「私はお嬢様をどこに出しても恥ずかしくないメイドに育てて見せますわ」
誇り高く微笑むメル。エルデの心は暖かくなって、笑顔が浮かんだ。
紅茶なんぞいれるのは簡単だと思っていたが、されど紅茶、本当に難しくて、何度メルから教わって紅茶をいれようとしても、エルデはうまく紅茶をいれることができなかった。
エルデは一人部屋に戻ってからも、必死に紅茶を入れる練習に励んだのだった。
「お嬢様、大変おいしゅう紅茶ですわ」
そのメルの言葉に、エルデは歓喜し、両手を天に突き上げる。
エルデは何度も紅茶の入れ方を練習し、やっとこさメルから紅茶の入れ方のOKのサインが出たのは、二か月後のことだった。
紅茶の入れ方を練習しつつ、メルからメイドの仕事もだいたい教えてもらったエルデは、本場で試したくなったので、意を決して口を開く。
「ごめんなさい、メル。迷惑をかけてしまうかもしれないけれど、どうしてもメイドの仕事を実地で体験してみたいの。この屋敷でメルのそばで働かせてほしいの」
「厳しいですよ。メイドの仕事は。貴族であるこの屋敷のお嬢様がメイドをやるなんて、絶対にありえないし、馬鹿にする人や非難されることがありますでしょう。それでもやってみたいのならば、私が掛け合ってみましょう」
「メル、ありがとうございます!」
その後用意してくれたメイドの制服に着替えて、エルデはこの屋敷の裏方で、実際に働いてみることになったのだった。