やはり
ジキルとあらすじ交換で書いてます。詰まるところ、ジキル投稿のあらすじは僕が練った設定ということで、逆も然り。僕の方はジキルが練りました、
そんなこんなで書いていくのでよろしくお願い致します。
「先程計算した時に出た値をこの式に代入すると————」
空調により暖かく保たれた室内。そんな眠たげな雰囲気の最中、教壇に立つ齢五十程の教師が黒板を白く染める。
ある時は生徒を指名し、ある時は己の自慢話を高飛車に語る。そんな普段と何一つ変わり映えしない時間が刻刻と時計の秒針が回転する度、過ぎていく。
そんな時間を真面目に、詰まるところ板書や解答に精を出す者などいるはずもないわけで。例に漏れず窓際中枢に席を置く少年も又、寝ぼけ眼を擦りながら前方の黒板をただただ見つめていた。
「ではこの問題を……、今日は九日だから九番。涼月、前に来て解いてくれ」
教師の薄い懇願が他愛ない理由である少年へと飛ぶ。その少年とはやはり眠たげな窓際中枢に席を置く彼のことだ。
しかし意識が朦朧としていたらしき少年、『涼月 佳伊』が教師の言葉に気がついたのは、何度か教師が名前を呼んだ後だった。
「涼月、大丈夫か? 体調が悪いなら保健室にでも……」
「あぁ、いえ、大丈夫です」
よもや自分の講義中に寝ているなどと思いもせず、心配の念を送る教師。その切実さを裏切るような形で反応が遅れたことに佳伊は申し訳なさを抱かざる負えない。
佳伊は倦怠感を覚えながらも黒板前に立った。そして左手先に置かれた白いチョークを手に取ると、徐に指示された問題へと手を滑らせる。
一つ、又一つと計算過程を記して、幾秒かの時間が経過した時、佳伊は解答を全て書き終えた。
「先生、出来ました」
チョークを元の位置に戻し、石灰の着いた人差し指を擦りながら教師へと視線を見やる。
「では席に戻っていいぞ」
教師に促され、席へと戻る佳伊。その際見渡した教室内には想像どうりと言うべきか否か、駄べり合う者、机に突っ伏す者、幾度もペンを回している者、あまつさえ一メートル程のジオングらしきガンプラを作る者にまで。
皆一様に教室にはいるものの教師の話に耳を傾ける者は誰一人いなかった。はたまたガンプラを作っている者に関してはなぜ前列席で尚気づかれていないのか理解に苦しむ。
そして教師は少しの時間を有した後、黒板前へと戻ると周りにアイコンタクトを向けた。
「さて、この問題。さっき涼月が解いてくれたが皆も解けるようにしておけよ————まぁ、涼月も間違えているんだがな。あとで涼月は補習だ」
頬杖をつく佳伊はその教師の言葉聞き、ガクッと項垂れる。間違えているのは分かりきった事だった。薄い意識下で講義の内容を覚えているなど、並の学力水準である佳伊には到底無理な話である。
だからこそわざと出来た風に見せることであの教師であれば誤魔化せると思ったのだが、そう上手くは行かなかったらしい。
ジオングが通って勉学の姿勢が通らない学業なんて滅んでしまえとどこか哀愁を感じえない独り言を過ぎ行く講義に残す佳伊。
その姿にはどこか当たり前で、どこか変わらない日常を表すには最も適したそんな学生の形があった————。
♢
《今日はいつ頃帰る?》
昼食を挟んだ休憩、言わば昼休みにそのような通知が佳伊の元に一件届いた。送り主欄に書かれているのは『ユミ』という文字。佳伊は迷うことなくLIMEを開くと、すぐさまユミへとメッセージを返した。
《補習が入ったから六時過ぎくらいだと思う》
そんな端的で味気ない文章をメッセージにして送る。すると、返してものの数秒で佳伊のメッセージ横に『既読』の文字が表示された。
《リョーかいっ! 今日の晩ご飯はカレーだよ》
ユミからの返信。そこから他愛ない佳伊とユミのやり取りが幾度と続く度、募る文字列が段々と過去の文字列を消していった。
ユミと佳伊の関係は一言でいうなれば恋仲である。
彼女との出会いとは佳伊が大学生になってすぐの話で、上京してきたらしき彼女が働くカフェに訪れた際に起きた一方的な一目惚れから始まった。
講義が終わる度に駅近場のカフェへと訪れる。元々コーヒーの類が好きではなかった佳伊だが、何度も通いつめる内に苦味が苦ではなくなった。
今では筆箱にスティック砂糖を大量に入れて持ち歩いていたせいで、学生やクラスメイトの間から『スティック砂糖の涼月』と呼ばれていたことなどユミには語れぬいい思い出である。
そんなこんなで通いつめること約二ヶ月。流石に彼女のほうも佳伊の存在に気づかないわけなく。
『ねぇ!毎日来てるけど、そんなにコーヒー好きなの? 』
『……いや、僕はただとある人を眺めていたいだけで……、————っ?! 』
『ん? 眺めていたい?』
『いや! あの、違っ……わないけど!』
そんなやり取りがあった日の午後。定時に上がった彼女に詰められ、そして溌剌な彼女との初めての対話がディナーを挟んで始まった。
付き合うという段階に至ったのはその日からそれ程時間は立たなかった気がする。連絡先を交換し、情報を交換し、友達という関係の上を行き、そして二人の気持ちに気づきあった後、佳伊から放った「付き合ってください」の一言で恋仲へと踏み込んだ。
そしてそれから付き合って一年と少しにもなる彼女との関係は親のいる中同棲をする程、今ではとても親密ものになっている。
そんな彼女が待つ家を想像する度、気怠い講義など時間を感じえないまま過ぎ行くのだ。
と、そこまで来たところで午後の講義を告げる予鈴がなり始めた。
その音を聞いて皆一様に教科書を机なり、鞄なりから取り出し、机上へ置いていく。
それにつられるように佳伊も次の講義である世界史の教科書を取り出した。
————ものの数十秒ほど経った頃だろうか。ガララララッという片引き戸独特の音を出しながら一人の女教師が教室に顔を覗かせた。
「今ちょっと立て込んでいるから後十分ほど待っててくれるかしら」
その教師は一言だけそう残すと早々に立ち去っていく。その一言は朗報か悲報か、周りの生徒たちはその言葉を聞いた途端、それぞれてんでばらばらに何かをし始めた。
佳伊はというと徐に携帯を取り出し、アプリ欄に書かれた『ニュース』の文字をタップ。そこに書かれたトップニュースを眺めていた。
ものの十分程度でやることなど時間の短さ故限られているだろう。だからこそのニュースである。周りにテレビをよく見る友達が多い佳伊はこうして情報を把握している。佳伊の家にテレビが無いわけではないのだが、大体ユミと二人か、部屋にいるかなので何かとテレビを見る機会が少ないのだ。
上から順に大きな見出しを見ていき、気になる情報だけをピックアップする。
すると上から三番目ほどだろうか。大きな見出しの書かれた佳伊の目に入った。
『○○市✕✕町にて殺人事件が多数勃発。遺体にはナイフで幾度も貫かれた傷跡があり————』
中身を開いてみるとそんな一文が携帯画面上部に映る。佳伊が見入った理由は事件発生の場所だ。○○市✕✕町。それは現在佳伊の住まう地域である。そんな近場で事件が起きた、それも多数となると気にならないわけがないだろう。
スクロールを繰り返し、被害者の名前を探る。幾度か往復したが、佳伊の身近な人物では無かったことに安堵の念を抱く。がしかし、これ程の数の被害者が出ていることに哀感を感じざるおえないという反面もあった。
「————すみません、皆さんお待たせしました。さて、授業を始めますので先週お渡ししたプリントと教科書を開いてください」
と、先程顔を見せた世界史担当の教師が用を済ませたのか教室へと颯爽と入ってくると、出席簿を開きながら教壇の前に立った。
佳伊は渋々携帯を暗転させると、そのまま鞄へとしままう。
そして板書用のノートを取り出すと無造作にペンを回しながら講義を聞く体制へと入った。
「あぁ。そういえば先程この当たりで殺人事件が何件も起こっていると報道されていましたが、皆さんも気をつけてくださいね。ああいった事件は本当に危ないですから。下校時には大勢の方と帰るというのが最適だと思います」
女教師は自分用のプリントや教科書を用意しているせいか生徒には目を向けず、そう言った。
多分、彼女の言う殺人事件とは佳伊が先程迄見ていた近辺の連続殺人事件の事で間違いないだろう。教師としては生徒が危険な目に合うのが居た堪れないのか、対応策を警告がてら生徒共々に伝えたのだ。
がしかし、周りはやはり教師の言葉には耳を傾けない。話を聞く学生もいるにはいるが、佳伊を含めても数人といったところだ。
殺人事件という命に関わる事件が起きているというのにこの危機察知能力の低さである。
先生は呆れからか、ため息をつくと注意することも無く、プリントの上部を読み上げた————。
♢
下校。それを告げる鈴の音が、佳伊の通う大学校全体に鳴り響いた。
その音を聞いてか、クラス担任である英語担当の女教師も又、解散の言葉を生徒に告げる。辺りが騒然と帰宅の準備なり、これからの予定なりを友人と話し始めた時、ようやく佳伊も帰宅の準備に取り掛かった。
「佳伊ー、一緒に帰ろうぜ」
佳伊が鞄を背負うと同時に背後から声がかかる。その声の主は他クラスから来たのか、西側の肩引き戸の辺りから颯爽とこちらへと駆け寄ってきた。
彼の名は、楠木 武尊。隣クラスに席を置く佳伊と古い付き合いの友人である。
そんな彼が帰宅の際、佳伊を誘うのは最早いつもの事で、それに対して佳伊が返すのもお決まりのセリフだった。
「うるさい、帰れ」
「おーおー、つれないねぇ」
と、武尊は佳伊の反応をいつもの如く無視すると、校門へと歩く佳伊の横を同じ速度でついてくる。そんな武尊を佳伊は一蹴することも無くやはりいつも通りの下校が始まった。
「なぁ佳伊、最近ユミちゃんとはどうよ」
「どうって……。可もなく不可もなくなんだけど」
武尊は佳伊に対してそんな問いを投げかける。
武尊との他愛ない会話もこの当たりは大体テンプレで、武尊は決まって佳伊の彼女、ユミとの関係を事細かに聞いていた。
その度になんと返せばいいのやら、佳伊は普通だの、特にだのと返している。
「俺もあんな美人さんとお近ずきになりたいんだけどなぁ……」
武尊は十二時の方向、夕焼け映え始めたオレンジ色の空に向かってため息混じりの懇願を零す。そんな姿はどこか哀愁が感じられて、それでいてどこか晴れやかさが感じられた。
「でも、たけ、最近マネージャの上月さん? に告白されたんじゃなかったか? 」
そんな武尊に佳伊は歩きながらも少し抱いた疑問を返す。柔道部に所属する武尊は顔立ちはさる事ながら、とても体つきがいい。更には小学生の頃から続けたという柔道技の技量。その体格と技のセンスからか、柔道の大会の結果でも県二位という実力が伴っている。
そんな彼に一目惚れしない人がいないわけはなく。友達の好で聞いた噂によると、後輩であり、かつ柔道部のマネージャーである上月という女生徒に武尊が告白されたとのことだった。
「上月さんって結構二年の間でもいい意味で有名だよな? 別段、悪い話じゃない気がするんだけど」
「あー……。佳伊も知ってたのか。確かに告白はされたんだけどなぁ……」
そう言って武尊はその先を口紡がないまま、歩いていく。まるでその先を言いたくないかのように。
そんな時、隣を歩く武尊の携帯電話が彼の腰部、ズボンのポケットから高らかに鳴り出した。着信音は至って普通の木琴が奏でたような軽快な音楽。
武尊はポケットから携帯を取り出し、発信相手を確認。するとその電話に出ることもなく、着信を切ってしまった。
そんな彼は佳伊の視線に気づいたのか、着信拒否の理由を述べる。
「あぁごめん、弟。多分帰りにお菓子買ってこいとかだから別にいいんだ」
常識上、着信拒否はしないものだと考えているのか、フォローがてら佳伊へと武尊は言葉を紡いだ。
そんな何一つ面白みもない返答と、有り得るような武尊の動作。
その一つ一つにおかしなことは無かったものの、佳伊は起きた一瞬の現状に心を奪われていた。
佳伊の視線が映るのは武尊が右手に握る携帯電話。
夕暮れ最中、その画面に映っていたのはたった一人の女の子だった。その女の子はよもや幼稚園児のように可憐で小さく、無邪気に笑っていて。
「たけ、その女の子……」
「ああ、この子? 可愛いだろ? 幼稚園前通った時に『あ! いつものおにぃちゃん!』って言って俺のそばに来てくれたから写真撮らせてもらったんだよ」
「ええ…………」
言葉に出来ない高揚感が襲うのか、武尊は拳を握りしめて語る。やはり写真に映る無邪気な女の子は幼稚園児。ここで佳伊は大体を察した。彼が優良案件である上月さんと恋仲にならなかった理由が。
武尊は極度のぺドフィリアなのだ。武尊の再現する気色悪い幼稚園児曰く、いつものおにぃちゃんなのだと。詰まるところ武尊はあえて幼稚園前の道を通っているのだ。それもかなりの頻度で。
聞くところによると上月さんには大人びた魅力がある のだとか。その要素のひとつが武尊の露呈する性癖とミスマッチなのか否か、恐らく前者だがそれが上月さんとの恋愛談を断った理由と言っても差違いないだろう。
幼稚園児への愛。ベクトルにもよるがしかし、明らかに世間体では有り得ない話。横流しに見た武尊の姿がとても勇ましく見える。
ただ。友人だと思っていた彼との距離が少し遠のいたような気がして、佳伊は歩く速度をわずかに早めた。
♢
「じゃあな」
「おうよ!また明日! 」
帰宅路の分岐点。そこで武尊と別れの挨拶を交わし、佳伊は自宅方面へと足を進めた。
所々街頭がつき始める程、辺りの雰囲気や明るさは影へと近づいていて。そんな帰路を佳伊は一人、ポケットに手を入れながら足早に歩く。やはり冬場ということもあってか、冷える体は動きを鈍らせた。
————幾程歩いただろうか。数え始めて三つ目の霜柱。それを丁重に踏み割ると、まるで火花を散らすような音を立てながら亀裂が入る。少ない爽快感が佳伊の心を通り抜けた時、彼の視線にはあるべき自宅がはっきりと映った。
がしかし。不思議と抱いた違和感が一つ。
家の灯りが見える限りついていないということだ。
現時刻は六時半刻過ぎ。冬の早い日暮れによって辺りからは街灯以外の光などない。そんな現状で電気を付けないなどというのは些かおかしい。
まぁしかし何かしら立て込んでいて、家族誰も家にいない等の理由は実際のところ有り得なくはない。と、そう理由を仮定し、佳伊は玄関へとそそくさと向かう。
彼が自宅のドア前へと着いた時、ツンと刺さるような、例えるなら錆びた鉄のような匂いが鼻の先を通り抜けた。
佳伊は恐る恐るドアを開く。この消灯はユミや母方のイタズラ、詰まるところ佳伊を驚かそうとしたかったという従順な遊び心、そう片付けてしまいたかったからだ。
ドアを完全に開ききった時、佳伊の視線には玄関がくっきりと映る。
そこには特にいつもと代わり映えのしない、几帳面な母によって揃えられた靴が何足かあるだけの玄関の様子があった。
数分警戒するも、ユミ達が出てくる気配はない。となれば彼女や母は出かけているのだろう。ユミが佳伊に時間を尋ねたのはなんだったのか、更には自宅で警戒心を抱く様とはなんなのか。それらを考えようとするが、単なる自分の疑心暗鬼であったと片付けて、佳伊は徐に靴を脱いだ。
母の意思を尊重するよう丁重に靴を並べて置く。そして玄関を渡り、廊下を渡り、自室へと向かう。それは持ち歩いた分厚い教科書や、変え着が入った鞄を自室に置いておきたかったからで。
自室へと着いた彼は肩にかける鞄を悠々と下ろすと、二段ベッドの下の段に席を置く、佳伊の布団へとそれを投げ捨てた。
「————さて……」
置かれたリクライニングチェアに腰かけ、一息ついたところで佳伊は自分が空腹感に埋め尽くされていることを理解する。思えば昼は補習の説明で教師に呼ばれていた為、母によって用意されていた弁当を食べきれていない。そのせいか、空いた胃袋は唸りをあげるかの如く大きく音を鳴らした。
投げ捨てた鞄から弁当箱だけを取り出し、リビングへと持ち歩く。部屋で食べても良かったのだが、自室にはテレビを置いていない為、リビングで食べることにした。
先程とは逆に、廊下を渡り、玄関方へと向かった後、リビングへと向かう。リビングを隔てる扉の前に着いた時、先程感じた匂いがより一層強く感じた気がした。
そうして、どこにでもあるような一室の扉。
そんな扉を開いた佳伊はとある光景を目にするのであった。
……それは残虐で。非情で。脆弱で。絶望で。
————そして、残酷で。
誰もが嗚咽を零すような、急な平穏の乱れが佳伊の感情を黒く染めあげた。
何故ならそこには、ナイフで複数抉られたのか、満身創痍で慟哭を開いたユミと母の姿が並ぶように倒れていたのだから。
あはは。ぷいきゅあがんがえー!
あれ?俺何書いてたんだっけ。タグ付けわかんねえや。