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レイラ王女は結婚したい  作者: 伊川有子
完結後 小話
30/31

⑥新婚旅行(3)



≪悪癖再び≫



 滞在中、しばしばゼンは指導のため部屋を空けることとなった。日焼けするのが嫌なレイラは一人留守番することが多く、部屋で絵を書いたり楽器を弾いたりと一人の時間をそれなりに満喫していた。


 しかしバイオリンを弾いていた時のこと。薬指の指輪が弦に当たって外れかかってしまい、慌ててレイラは指輪が落ちないように右手で押さえた。


 心臓がバクバク鳴り出す。危ない、下手をしたら失くすところだった。

 この指輪はゼンが長い間ずっと自分を想って持っていてくれた特別なもの。代わりは利かない。


 レイラはバイオリンをテーブルへ置いて指輪に傷がついていないか確かめた。細かな掠り傷は無数にあるがこれはゼンが長い間持ち歩いたためにできたもので、今レイラが傷をつけたわけではなさそう。傷のひとつひとつを全て記憶しているレイラは安堵のため息を吐いた。


 レイラは考える。絶対に失くしたくはないが、普通に生活する上で置き忘れたりすることだってあり得る。サイズも緩いわけではないが知らぬ間に外れることだって考えられないわけではない。


 何かいい案はないだろうか。


 例えば、指と指輪を完全に離れないようにするとか―――。


「ねえ、誰かちょっと来てー!」


 レイラは扉を開けて廊下に向かうと侍女を呼んだ。









≪危機一髪≫



 ゼンは指導を終えると兵舎でシャワーを浴びて濡れ髪のまま部屋へ戻った。タオルで髪を拭きながら片手で扉を開けると、中では椅子に座って真剣に作業をしているレイラの姿が。


 なにか製作でもしているのだろうか、と気にも留めずにゼンは入室。集中しているらしいレイラはゼンが帰ったことにも気づかず、ゼンは声をかけるのを躊躇って少し離れた場所から彼女の様子を伺った。


 レイラの手には何故か接着剤(・・・)が。


 そしてそれを左の薬指と指輪の間へ差し込み・・・・。


「やめろおおおおおおお″!!」


 ゼンの絶叫が部屋のみならず砦中に響き渡った。









≪説教≫



「いいか、集中力があるのは素晴らしいことだがレイラは後先考えなさすぎ。普通に考えてあり得ないだろ、接着剤で指と指輪をくっつけようだなんて。なんで気付かなかったんだ?だいたいいつもいつもレイラはこの手の問題ばかり起こして―――」


 床に正座させられ滾々と説教を受けるレイラは今にもべそをかきそうな顔で耐えていた。


 ゼンが普通に怖い。彼から説教を受けるなんて(しかもかなりガチで怒っている)生まれて初めての経験だ。


「聞いてるのか!?」

「はい、聞いてます・・・」

「何においてもまず自分の身を第一に考えろとあれほど―――」


 はい、ごめんなさい、反省してます、と同じような相槌を繰り返すレイラ。


 これは分かっているのか分かっていないのか。

 ゼンは大きなため息を吐いて頭を抱えた。天才と馬鹿は紙一重とよく言うが、ここまで極端だとこちらの身が持たない。


「もう目を離したらダメだなこれは・・・」

「わ、私だって今考えたら可笑しなことしてたってわかってるのよ?」

「やる前に気付こうか!」


 また怒られた。


 レイラはめそっとして再び視線を落とした。珍しくも背筋は丸くなり、膝の上で握った拳に力が籠る。


「だって、だって失くしたら嫌だから・・・」


 言い訳ともとれるレイラの反論にゼンの眉間は更に険しくなった。


「そういう問題じゃないだろ!」

「なによ!いいじゃない別に!もらった指輪をどうしようが私の自由でしょ!?」


 完全なる逆ギレである。ゼンの額にピキッと青筋が走った。


「レイラ、いい加減に・・・・」

「ゼンのバカバカバカバカバカハゲーーー!!」


 レイラはわーっと喚くと脱兎のごとく部屋から飛び出して逃げて行った。









≪天罰≫



 どこだここ、と多少頭が冷えた頃には、レイラは森の中の木の上に居た。高い、というか降りられない。

 勢いのままわーっと駆け出しいつの間にか森の中へ、そしていつの間にか木の上に登ってしまったらしい。帰り方もわからず、木から降りることもできず、レイラは完全に迷ってしまったようだ。


 ゼンの言うことは最もだとレイラはこの時ようやく身を持って思い知った。心のまま後先考えず突っ走るのは良くない。


 このまま誰にも見つけてもらえず帰れなかったらどうしよう。


 しばらくぼーっとしていたレイラも陽が沈み始める時間になると恐ろしくなってきた。山間部の夜は寒くて暗い。時には獣も出る。こんな所でずっと独りで正気を保っていられるだろうか。


「・・・ごめんなさい」


 消えそうなほど小さな声の謝罪は、初めてレイラが心から反省して出て来た言葉。ゼンが怒ったのはあくまでレイラのため。それに逆ギレした挙句森で迷子になるなど、なんて幼稚なことをしてしまったのか。

 ゼンと、両親と、そして神に心の中で謝罪した。自分を大事にしろとあれだけ教えられて何故同じようなことを繰り返してしまうのかと、レイラは枝にしがみ付きながら心底落ち込む。


 こうなったのも天罰か。


 沈みゆく夕日色に染まった茜色の空に、その美しさと恐ろしさに身を震わせる。まるで悪魔があざ笑っているかのように冷たい風が吹き始めた。


「王女様ー!」

「レイラ王女、いらっしゃいませんかー!?」


 遠くからわずかに人の声が聞こえてきて、レイラは安堵のあまりホッと小さなため息を吐く。


 しかし自分の状況を顧みて声を出すのを躊躇った。恥ずかしすぎやしないか、と。

 今更ではあるが勢いで登った木から降りられないだなんていい歳した女性のすることじゃない。例え発見された相手が名も知らぬ兵士であろうと恥ずかしいものは恥ずかしい。


「あ!いた!」


 恥ずかしくてウダウダしている間にも兵士の一人に見つかってしまった。森の中で青いドレス姿は目立ったようだ。

 まるで珍しい野鳥でも見つけたかのように、人差し指で指されたレイラは身体をビクリと震わせて固まる。


「お待ち下さい!今ゼン様をお呼びしますので!」

「待って!ゼンは!ゼンはちょっと!」


 こんな所ゼンに見られたくないレイラは必死で声をかけたが、兵士の一人が走ってゼンを呼びに行ってしまった。彼女は顔を真っ青にして叫ぶ。


「とりあえず降りるから!」

「お待ちください!危ないですから動かないで・・・!」

「でもっ、これ以上ゼンに心配かけたくないから」


 木の上に居る所を見られたくはない。レイラは必死に太い枝を伝いながら降りていく。最悪落ちても死ぬ高さではないだろう、と腹を括りながら。


「お待ちください!姫様ー!」

「危ないですよ!」


 下で数人の兵士たちがわーわー叫ぶのを右から左に聞き流しながら降りていると、案の定、枝に足が届かずレイラは木から滑り落ちてしまった。


 衝撃に備えて目を閉じたレイラは、ドスッという重い音と身体に走った鈍い痛みに歯を食いしばる。しかし思ったよりも痛くなくて不思議に思えば、自分が下敷きにしている者の正体に気付いて目を丸くした。


「ゼン!?大丈夫!?」

「はあ、大丈夫、今回はどこも折ってないよ」


 ぶはっと吹き出して笑うゼンは寝転がったままレイラをぎゅっと抱きしめた。


「俺のお姫様は高いところから落ちるのが好きなんだな」

「・・・・っ」


 レイラは恥ずかしくて、でもゼンに抱きしめられたのが嬉しくて、彼の胸板に頬を寄せながら口を引き結んだ。









≪説教、再び≫



 さすがに今回はなかなか許してもらえなかった。逆切れした挙句に森で迷ったのだから当然だが。


 正座したレイラの上から凄んでくるゼン。


「何か言うことは?」

「申し訳ありませんでした」

「で?」

「もう二度としません・・・って言えないのが辛い」


 絶対にまたやらかすだろう。この調子では。


 正直なレイラの言葉に腕を組んだゼンは大きくため息を吐いた。


「だな。言っても無駄だって思い知ったよ。いや、前から知ってたけどさ・・・」

「・・・呆れた?」

「呆れたというか、諦めたというか」


 ゼンは屈んでレイラと同じ目線になると、真顔のまま彼女の顔を覗き込む。


「もういっそ縛っておきたいな」

「!?」

「縄、いや手錠か」


 冗談という雰囲気も無く目が本気だったためレイラの顔からさーっと血の気が引いた。ゼンは手を伸ばして彼女の頬に指を滑らせる。


「何もなかったからいいようなものを、一歩間違ったら大怪我してたんだぞ」

「・・・うん」

「危ない目に合わせるくらいなら閉じ込めておきたい。無理なのはわかってるけど、そう思ってるってことは覚えておいて」


 レイラは小さく頷く。ゼンの語気は少し棘があって怒っているのがよく分かった。


「それだけレイラを大事に思っているんだってこと、忘れないで。指輪を大事にするんじゃなくて、指輪を持ち続けていた俺の気持ちを大事にして」


 彼に愛していると何度言われただろうか。そんなゼンの気持ちを知りながらレイラは目の前が見えないばかりに自分を疎かにしがちだった。


 呆れられても嫌われても仕方ないほどの情けなさに、今は素直に反省の気持ちしかない。


「ごめんなさい、ゼン」


 レイラはゼンの腰に腕を回して抱きしめる。そのまま恐る恐る彼の顔を見上げると、ゼンの琥珀色の瞳は激しい熱を帯びてレイラを見つめていた。


 全身が痺れるほど強く感じるゼンの想い。


「それでもまだ私のこと愛してくれてるのね」


 返事はなかったかったが、ゼンの顔がゆっくり近づいてきて優しく唇が重ねられた。






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