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レイラ王女は結婚したい  作者: 伊川有子
完結後 小話
29/31

⑤新婚旅行(2)



≪お願い事≫



 初日から仕事に飲み会にと忙しかったため、翌日の午前中はなにもせずベッドに転がってダラダラと過ごした。

 陽が傾きはじめてようやく服を着た二人は食事をしてからソファで一休み。


 レイラは薬指に光る指輪をいじりながら考えた。せっかくの新婚旅行、ゼンに何か特別なことをしてあげた方が良いのだろうか。


「ゼン、あのね、何かして欲しいことあったら・・・」


 言い辛そうに語尾をごにょごにょさせつつ、レイラはチラリとゼンを見る。


 ゼンは彼女の顔にかかった長い髪を耳にかけながらレイラの顔を覗き込んだ。


「どうした?急に」

「普段から色々してもらうことの方が多いから、何かしてあげられることがあったらと思って」


 ゼンには仕事以上にお世話になってきた。大切にしてもらった分、レイラだってその想いに応えたい。城では仕事で忙しいため暇という贅沢が転がっている今こそいい機会だろう。


「なにか、ねえ」


 ゼンはなんとなく天井を見ながら考え込む。

 レイラは答えを待ったがしばらくゼンは口を開かなかった。時間が経ちそんな会話を忘れ始めた頃、ようやくゼンは先ほどの続きを始める。


「・・・じゃあ、膝枕かな」

「え?」


 レイラは一瞬何のことかわからなかったが『して欲しいこと』の答えだと気づくと、途端に目をキラキラさせ両手を胸の前で組んでゼンを見つめた。


 そんなレイラの心情が手に取るように分かるゼンは困ったように笑う。


「わ~、ゼン可愛い~、とか思ってるだろ」

「うん!わかる?」

「そりゃまあ」


 そんなにわかりやすければな、とゼン。


 レイラが「おいでおいで」と自分の膝を叩いて横になるよう促し、ゼンはゆっくりと彼女の太腿に頭を乗せた。服の上でも分かる柔らかな肌にゼンはレイラと真逆を向いてソファの肘置きに足を乗せる。


「ゼンでも照れることってあるのね」


 ほんの少しだけゼンの耳が赤い。


 しみじみ言うレイラにゼンは苦笑する。


「まあな」


 何故膝枕に照れてるんだろうと不思議に思いつつ、レイラは微笑んでゼンの髪をくしゃくしゃと撫でた。








≪続・お願い事≫



 そのままゆったりと何でもない時間を過ごしたが、突然ゼンが「あ!」と大きな声を出す。


「しまったな、今思いついた」

「え?何?」


 ゼンの頭の上に置いていた手を退けてゼンの顔を覗くレイラ。


 ゼンは「それが・・・」と続ける。


「さっきの『して欲しいこと』。今いいの思いついた」


 本気で悔しがっているゼンに嫌な予感が走ったレイラは訝し気に訊ねる。


「なにかあったの?」

「一緒にお風呂に入ることにすればよかったなあ、って」

「っ!?」


 レイラは膝の上のゼンの頭を投げ捨て立ち上がって距離を取った。それはまるで獲物に見つかった小動物のような素早さで。


 頭を柔らかな太腿からソファへ打ち付けられたゼンは寝そべった状態のままニヤっと笑う。


「ここの風呂広いよなあ」

「・・・」

「レイラに付く侍女もいないし」

「・・・」

「こんな機会なかなかないだろうなあ」


 はあ、と吐くため息はあくまでも残念そう。断られるという前提で未練がましく言うゼンにレイラは首をふるふると横に振った。

 いくら部屋に併設された露天風呂が大きかろうが明るい場所で全裸を晒すほどの勇気はまだない。ゼンの裸を見る勇気もない。


 可愛くない!、とレイラは心の中で悪態をついた。さっきの膝枕のリクエストと今回の落差といったら。


 すぐに拒否したいのは山々だが、自分からして欲しいことを尋ねた手前、断るのに罪悪感を覚えるレイラ。


「せっかくの新婚旅行だしな」


 ね、と笑顔で言うゼンに両手で頭を抱えながら部屋の中をぐるぐると徘徊し始めた。









≪賭け事≫



 耳に吐息がかかりそうなほどの近さにレイラはぐっと息を詰めた。


「こうやって、こう」


 ゼンと一緒に握ったダーツの矢を持つ手に力が籠る。


 レイラはダーツで遊んだ経験がほとんどなかった。昔フランシスに連れて行かれたパブで一度したことがあるくらい。やり方も当然忘れてしまっている。


「これって私に不利じゃない?」

「いや、5本あるんだから素人でも難しくないよ」


 一緒にお風呂に入るか否かはこのダーツで賭けることとなった。レイラが投げた矢が1本でも的に当たればレイラの勝ち。全て外れたらゼンの勝ちだ。


 矢を構えるレイラの顔は超真剣である。一方でそんな彼女を眺めるゼンはにこにこと機嫌が良さそう。


「い、いくわよ」

「がんばれ」


 ゼンは外れた方が都合が良いのに、その応援は的に当ててもいいってこと?


 ゼンの余裕っぷりに頬を膨らませたレイラは矢をもう一度構えなおすと勢いよく的に向かって投げた。








≪たまには反撃を≫



 風呂釜の淵にしがみ付いたレイラは項垂れた。―――まさか5本とも掠りもしないなんて。


「ゼン、矢になにか仕込んだでしょ」

「まさか」


 音符が付きそうな声色のゼンは非常に満足そう。


 ダーツの的は初心者でも当てるのが難しくないほどそれなりの大きさがあった。5本全て外すレイラの腕前も、膝枕は照れるのに一緒にお風呂に入るのは平気なゼンも、謎である。


「・・・言っておくけどそういうことはしないわよ」

「そういうことって?」

「―――っ!」


 レイラは耳まで真っ赤になりバシャバシャとお湯を思い切りゼンにかけた。ゼンは腕で顔にかかるのを防ぎながら肩を震わせて笑う。


 恋愛に関しては振り回す側だったレイラも、日常生活では年の功か知り尽くされているためかやり込められることの方が多い。結婚生活で不満に思うことは特段ないが、強いて挙げるとすればそれが不満。


 ゼンの余裕さが憎い。可愛さ余って憎さ100倍とはこのことか。


「ゼンと一緒に入るとすぐのぼせちゃいそうね・・・」


 ふう、と赤い顔で息を吐くレイラ。


「背中流してやろうか」


 はは、と笑いながら言うゼンにレイラは少し考え込んだ。ゼンが油断している今こそ上手に立つべきじゃないか。きっとゼンは今レイラは怖気づいて何もできないと思っているはず。―――チャンスだ。


「ううん、私が背中流してあげる」


 レイラはタオルで身体を隠しながらお湯から上がってゼンを手招きする。


 ゼンは驚いたらしく初動が少し遅れた。


 しめしめ、と心の中でニヤリ笑いをするレイラ。

 いつもは自分がやられているのだから今日くらいはゼンに自分に参ってほしい。―――恥ずかしそうなゼンはどんな表情をするんだろう。


「じゃあ、洗うわよ」


 目の前にゼンが座ると石鹸を手で泡立てたレイラは、その手でゼンの背中を撫でるように洗い始めた。チラリと首だけで後ろを向くゼンに視線が合ったレイラはニコリと笑う。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 ふふふ、とレイラは笑う。ゼンったら絶対動揺してるわ、と。


 しかしまあ、ゼンが恥ずかしいということはレイラも当然恥ずかしいということ。手で直接肌に触れて撫でまわすなんて、しかも明るい陽の下でそれをするのはレイラにとって中々ハードルの高いことだった。


 これは思っていたよりもずっと恥ずかしい。

 たくましく筋肉のついた硬いゼンの背中。何度も触れて来たのに今日は全く違って見えて・・・。


 (一章、神住まうところの中心の国にて王定めたるは――――)


 念仏よろしく頭の中で聖書を唱え始めるレイラ。そのまま無心でゼンの背中を洗っていたがそんなに面積は広くないためあっという間に洗い終えてしまった。


 しかしゼンの様子は特にいつもと変わらず。


「他に洗って欲しいところある?」


 悔しかったレイラは心の中で舌打ちしつつニコッと笑いながら訊ねる。後には退けないという、完全に勢い任せで。


「どこでもいいのか?」


 ゼンは振り返ってレイラの腰を引き寄せながらからかうように言う。

 いつもだったら真っ赤になって距離を取るレイラも、ここまでは想定内だったためめげな(・・・)かった。


「いいわよ。どこがいいの?」


 目を見つめながら訊ねてくるレイラにゼンは驚いて目を大きく開く。


「レイラ、無理してるだろ」

「してないわよ」


 している。


「うーん・・・」


 少しの間考え込んだゼンに恥ずかしがっている様子はなく。


 レイラはドキドキしながら彼の返事を待った。


「してもらってばかりじゃ悪いから俺がやるよ」

「え!?そういうのは結構よ!」


 何故自分がゼンに洗ってもらうことになるのか。断固として拒否したいレイラは手の平でゼンを制止して距離を取る。


「遠慮しなくていいんだぞ?」


 していない。


「いやあああああぁ~だあ~!」


 逃げようとしたレイラはあっさりとゼンに捕まってしまい、情けなくも色気のない悲鳴が澄み渡った青空に響いていった。









≪やっぱりこうなる≫



 お風呂から上がったレイラはぐったりとした様子でベッドに寝そべっていた。


「ごめんな、調子に乗った」


 謝るゼンはニヤケ顔が残ってしまっている。もちろん怠そうなレイラに申し訳ないという気持ちもあったけれど、先ほどのことがあった直後では頬の筋肉が緩んでいても仕方ないというもの。


 そんなゼンに悪態をつく元気もないレイラは深く呼吸を繰り返しながら火照った顔を手で触った。


「暑い~」

「水持ってくるから待ってて」


 パタパタと部屋から出て行くゼンの足音を聞きながら瞳を閉じる。


 まさかゼンをやり込めようとして“しっぺ返し”を食らうとは。あの後ゼンに散々身体中を触られたレイラは毎度お決まりの如くいいようにされてしまった。


 悔しい。


「ゼンのばかぁ」

「はいはい」


 馬鹿ですよ、と戻って来たゼンに笑いながら水を差しだされる。間違って溢さないようしっかりとコップを握って飲ませてくる夫に、レイラは一生勝てる気がしないなと負けを認めるしかなかった。






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