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レイラ王女は結婚したい  作者: 伊川有子
完結後 小話
26/31

②初夜



≪式の後≫



 レイラは両手で顔を覆い、ソファで丸くなって狼狽えていた。


 とうとう来てしまったこの瞬間。結婚初日の夜である。


 結婚式をつつがなく終えた後、侍女たちに風呂に缶詰めにされて今ようやく解放された。風呂ではありとあらゆる箇所を念入りに洗われたのは全てこれから起こることの為だ。わかっちゃいたけれど皆にお膳立てされながら初夜を迎えなければならない、というのはレイラにとってとんでもなく恥ずかしいことだった。


 でも王侯貴族の人間なら皆が通る道。自分だけ逃げるわけにはいかない。


 揺れる蝋燭の小さな明かりのみ残された薄暗い部屋。レイラは王妃が用意したやたら気合の入った薄手の下着姿で、これから致すだろうことに悶絶しながら一人ゼンを待っていた。

 正直言えば逃げたかったがここは自分の部屋だ。こんな薄着で廊下へは出られないし他に行くところもない。


 そうだ着替えて執務室にでも逃げようと顔を上げてクローゼットの方を見たが、レイラはすぐに思い直して丸い体勢に戻った。新妻を訪ねて来たのに誰もいなかっただなんてことになったらゼンがあまりにも可哀そうだ。部屋にぽつんと佇むゼンの姿を思い浮かべるだけで心が痛かった。


 だめだ、やっぱり逃げるのはナシ。


「レイラ?」


 ぎゃああああ!と叫びたいのを堪えるため、手近にあったクッションを手繰り寄せて顔に押し付ける。すぐ近くから聞こえて来たゼンの声にレイラは丸くした身体を更にぎゅっと縮こませた。


「ごめん、ノックしても返事がなかったから」


 勝手に入ったよ、と謝るゼン。

 緊張のあまりノック音に気付かなかったらしい。レイラは冷汗をかきながらコクコクと機械的に首を上下に動かす。


 顔を上げることができずずっと丸まったままのレイラにゼンは苦笑した。


「俺のお嫁さんはダンゴムシにでもなったのかな」

「・・・うう。ちょっと待って、ちょっと待ってね」


 落ち着け心臓、とレイラは何度も深呼吸を繰り返す。しかし落ち着くどころかすぐ近くに居るゼンの気配ばかり辿ってしまい逆に緊張が増してしまうことに。


 早く普通にしなければ。こんなんじゃゼンが困ってしまう。


 分かりやすく焦る面白いレイラの言動を見てゼンは声を上げて笑った。


「いいのに無理しなくても」

「別に無理なんてっ・・・!」

「今日は俺の部屋で寝るから」


 レイラは凍りついた。初夜だというのにそこまで遠慮させてしまわなければならないのか、と。


 ゼンは今まで自分の気持ちを押し殺してまでレイラを優先してきた。だったら今日くらいはゼンに全て報われて欲しい。それが彼のためにできる精一杯のことなら、ここで逃げるわけにはいかない。


 レイラは背を向けようとするゼンの腕を掴む。


「緊張するけど頑張りたいの。・・・だめ?」


 ゼンは驚いてレイラを見たあと、スッと元の表情に戻って言った。


「・・・すっごい無理してるだろ」

「わかる!?」


 顔を両手で覆って天を仰ぐレイラ。

 そう、無理をしてないと言ったら嘘になる。レイラの分かりやすい嘘がゼンに通用するはずがなかった。


 それでも・・・。


「だけど無理でもなんでもゼンがいいの。お願い、行かないで」


 顔を赤く染めて声を震わせながら必死に懇願するレイラの姿に、ゼンは大きく息を吐きながらその場に座り込む。


「どうしたの!?」

「はあ、辛い」

「つ、辛いの!?」

「可愛すぎて辛い」


 レイラは驚くと恥ずかしそうに俯いた。ゼンは婚約してから偶にこういう風に思っていることをそのまま伝えてくれることがある。今までもそう思っていてくれたのだと思うと嬉しさも恥ずかしさもひと際大きい。


「ぜ、ゼンだってかっこいいわよ」

「はは、ありがと」

 

 本気に受け取ってくれたかはわからないけれど、ゼンは笑ってレイラの右手の甲にキスをした。そうして二人は手を繋いだままお互いに見つめ合う。蝋燭のチラチラと揺れる明かりに照らされたお互いの顔はよく知っているはずなのにいつもと少し違って見えた。


「レイラ」

「・・・なに?」

「そっちに行ってもいい?」


 レイラは繋いだ手にぎゅっと力を込めると、少し間をおいてからゆっくりと頷く。


 ゼンは手を繋いだまレイラの隣に座ると何をするでもなく口を開いた。


「少し昔話をしようか」

「昔話?」

「そう。俺とレイラが出会った頃のこと」


 レイラは小さかった所為かゼンと出会った頃のことをあまり覚えていない。しかしゼンはレイラより少し歳が上なだけなのにハッキリと記憶があるらしい。結婚の約束をしたこともゼンは覚えているのにレイラは忘れてしまっている。


 聞きたい。知りたい。


 こくこく、とレイラは二回頷いてゼンの昔話に聞き入った。








≪真夜中≫



 寒い、と身体が凍える感覚にレイラは目を覚ました。一瞬何が起こったのか理解するのに時間がかかったが、ソファに座ってゼンの話を聞きながら寝入ってしまったらしいことに気付く。


 隣には寝息を立てて眠っているゼンの姿があってレイラは驚きに口で手を覆った。ゼンが寝ている。あのゼンが。

 レイラはゼンが寝ている姿をほとんど見たことがなかった。特に騎士になってからというもの、常に気を張り詰めており居眠りなど絶対にしなかったのだから。


 レイラは息を潜めてゼンの寝顔に見入った。ゼンも座った体勢のまま背もたれに少しだけ首を預けて眠っている。目が閉じられた今、まつ毛がいつもより長くはっきりと見えた。夜の明かりでもしゅっとした男性らしい輪郭に、幾度となく自分の名前を紡いできた唇に、無意識にレイラの手が伸びる。


 見慣れた赤い髪に触れると何度もその感触を確かめるように指でいじった。思ったより柔らかい。


「ふふっ」


 あどけない寝顔に思わず笑い声が漏れるレイラ。


 そのまま髪をいじりつつゼンの寝顔を眺めていると、突然パシッと音がしてレイラの手首が掴まれた。ゆっくりと開かれるゼンの瞳にレイラは硬直する。


「ご、ごめんなさい、起こして」

「寝てたのか・・・」


 ゼンはまだ眠りから覚めたばかりのぼーっとした頭で辺りを見回す。蝋燭の明かりは消えており夜は深い。レイラの手首の冷たさに「しまったな」とゼンはいつの間にか寝入ってしまったことを後悔した。


 レイラはゼンの手の暖かさに驚いて、彼の腰に手を回して抱きつく。自分はこんなに冷え切っているのにゼンは暖かい。なぜだろう。


「レイラ?」

「ゼンは暖かいのね」

「鍛えてるからな」


 ゼンの声が聞こえる。心臓の音が聞こえる。愛しいという感情はこんな感覚なのね、とレイラは目を閉じてゼンの胸に擦り寄った。服の上からでもわかる硬くて暖かい筋肉質な肌に安心する。

 

「レイラ、寒いだろ。ベッドに移動しよう」


 レイラは何も返事をせず顔を上げてゼンの瞳を見つめた。立ち上がろうとしたゼンは動きを止めてレイラの視線に釘付けになる。


「ゼン」


 甘えるような声。


 擦り寄ってキスをねだるようなレイラに、ゼンは彼女の身体を掻き抱いて唇に噛みついた。遠慮の欠片もない貪り方に息が絶え絶えになるも途切れない。


「っはぁ、ね、ゼン」


 吸われて舐められて自分がぐちゃぐちゃになっていくのを感じる。絡み合いながら溶けていく。


 もう言葉なんていらない。









≪明け方≫



 目を開けてすぐに視界に入った白い肌にゼンは息を飲んだ。隣で静かに眠っているレイラが居て驚く。それは自然の流れであるはずなのに、ここに来てゼンは自分で思っている以上に驚いてしばらく思考が働かなかった。


 レイラの肌は甘い毒のようだ。一度触れると自分を見失い御しきれなくなる。周りが見えなくなる。それはレイラの気持ちでさえも後回しにしてしまうほどに。


 想像していたよりもずっと不思議な感覚に襲われて、唐突に怖くなった。レイラは辛くはなかっただろうか。ちゃんと優しくできたか自信がない。


 白い肌を晒した彼女の肩にゼンはシーツを引き上げてレイラの肌を隠すと、横たわったままレイラを眺めて目を細めた。

 この世で最も愛しているものをとうとう手に入れてしまった。幸せの絶頂に登り詰めたのだから、あとは下りしかない。いつか失うものの大きさに臆病な心は震える。


 手を伸ばしてレイラの髪を撫でた。できるだけ長くこの幸せが続くよう神に祈りながら。









≪朝≫

 


 レイラは目を覚ますなりシーツの中へと飛び込んだ。動かなくなった丸い物体に肘をつきながら横になっているゼンはクスリと笑う。


「おはよう、レイラ」

「お、はよう・・・」

「出ておいで」

「・・・ちょっと無理」


 顔が見れない、とレイラはシーツの中で丸くなったまま首を横に振った。


「それに、ゼン、服着てない」

「着てるけどな、下着」

「下着じゃだめ」


 ちゃんと服を着て、とお願いされてゼンは身体を起こし昨夜脱ぎ捨てたシャツに手を伸ばす。


「レイラだって下着だろう?」

「わっ私はゼンが居なくなった後に着るから!」

「それはもったいないな。こんなに綺麗なのに」


 シーツの上からちゅっとキスされて、丸い物体はビクンと震えあがった。面白くなって手を這わせると今度は身体を捻ってもぞもぞと動き出す。


「やだっ、何すんのよっ」

「出ておいで~」

「きゃっ」


 身体中を撫でまわされるのに我慢ならなかったレイラがとうとうシーツの中から出て来た。顔を真っ赤にして悔しそうにゼンを睨むレイラに、ゼンは声を押し殺すようにして笑いを噛み締める。


「おはよう、レイラ」

「・・・おはよう」


 起きてからここで初めて目が合った。ゼンは有無を言わさず彼女を抱き寄せて頬にキスをする。


 レイラは真っ赤になったまま身体を棒のように硬直させてされるがまま。逃げ出したいのに、服を着たいのに、ゼンはどちらもさせてくれないらしい。


「幸せすぎて、もうどうすればいいのかわからないな」


 レイラは固く閉じていた目を開いてゼンを見た。その幸せそうな顔に心の奥底がじんと暖かくなって、なぜか目頭が熱くなる。


「もっと幸せを堪能すればいいのよ」

「じゃあそうする」


 唇にちゅうっと音を立てるキスをされ、レイラはゼンの首に腕を回して抱きしめた。









≪翌日≫



「ねえどうだった!?どうだった!?」


 鼻息の荒いシージーが部屋に突撃してきてレイラは真っ赤になった。まさか初夜の感想を求めて来られるなんて。


「どうだっていいでしょ」

「よくない!楽しみにしてたの!」


 涎を垂らして慌てて拭うシージー。


「い、言うわけないじゃない」

「そこをなんとか!ぜひ聞かせてっ!」

「嫌よ、もうっ」


 シージーだって立派な既婚者だ。10代の乙女じゃあるまいし、とレイラは頬を膨らませてシージーを部屋から追い返す。


「じゃあゼン様に聞こうかな~」


 ガシッ、とシージーの首の根っこを掴んだ。

 さすがにゼンに感想を求めるほどシージーは無遠慮な人間ではない。けどシージーのことだからもしかしたらもしかするのかも。


 いくらなんでもそれは止めて、とレイラは降参した。


「わかったわよ。で?何が聞きたいの?」


 もうやけくそである。レイラは真っ赤な顔のまま腕を組んでぞんざいに訊ねた。シージーは隠しようのないニヤニヤ顔で後ろからレイラの肩を抱く。


「えっとねえ、ゼン様優しかった?」

「たぶん」

「痛かった?」

「少しはね」

「満足した?ってかサイズとか不満はなかった?」

「・・・別に、普通だと思うけど」

「何回したの?」

「さあ、後の方は記憶があんまりないから・・・」

「思ってたのと違ったでしょ」

「それはわかるかも。なんかびっくりした」

「緊張した?大丈夫だった?」

「私、若干寝ぼけてたみたいで。最初は緊張したけど・・・」

「なんかマニアックなことしなかった?」

「え、え~?そんな私の知識にないようなことはなかったわよ」


 ふんふん、と頷くシージーはレイラから離れると親指を立てる。


「おっけー!脳内補完した!」


 そしてあっという間に部屋から出て行ってしまったのだった。一体あの子は何をしに来たのか。レイラは疲労にがっくりと項垂れた。


 そして隣の部屋で一部始終を聞いてしまったゼンはしばらく部屋から出られなかった。







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