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レイラ王女は結婚したい  作者: 伊川有子
命がけの告白
22/31

22話



 昨夜は誤解を解いてもゼンはもう部屋に入れてもらえなくなった。代わりに別の兵士が部屋に泊まることになったのだけど椅子に座っているだけで違和感がすごくて、結局頼んで頼んで頼み込んで部屋内の警備は外してもらうことに。案の定朝からフィズのお小言をいただいたけれど忙しいの一言で躱して身支度を整える。


「レイラ、おはよう」

「お、おはよう・・・」


 ちょうど今から会議室へ行こうとしていたとき、ゼンがやって来て私は俯いた。どうしよう、昨夜のことがあったからかゼンの顔がまともに見れない。

 特にあの琥珀色の瞳は危険だ。一度見てしまったら吸い寄せられるように視線が外せなくなってしまう。


「レイラー、おはよ」


 うわ、フランシスまで来た。


「何しに来たの?」

「え、酷い。会議室まで案内してあげようと思って迎えにきたのに・・・」

「うそ、うそ、冗談」


 はいはい、行くわよ。とフランシスの先導で会議室へ向かった。


「もう皆揃っているよ」

「そう」

「よく眠れた?」

「まあまあね」


 嘘、本当はほとんど寝てない。それでも眠気が来ないのは脳が興奮状態にあるからだろうか。あの時のゼンの視線や身体の熱を思い出す度に身体がカッと熱くなってしまう。


 フランシスは私が全く別のことを考えていることに気付かず、ペラペラとしゃべり始めた。


「こんな時で悪いけど、婚約破棄のことちゃんと謝らせてもらってもいいかな。あの時はほとんどレイラと会話する機会がなかったから」

「もういいわよ別に」


 今更浮気のことを謝られたってどうなるわけでもない。謝る機会がなかったのは謝る前に私がさっさと彼を僻地に飛ばしたからだ。

 しかしフランシスは神妙な顔で続ける。


「ごめん、僕は本当に未熟だった。それでレイラを傷つけるようなこと・・・。今では申し訳ないと思ってるよ」

()では?」


 それって昔は悪いと思ってなかったってことよね。そうやって彼の発言をつつくとフランシスは苦笑した。


「始めはなかなか自分の置かれた立場を受け入れられなくてね。仕事では華やかな第一線から退かなければならなかったし、レイラを失って、家族からも散々責められて居場所がなかったから。

若い頃はなんでだろうね、無駄に自分に自信があったというか、世界は自分を中心に回ってたんだ。根拠もなく未来は明るいものだって信じて疑わなかった」

「わかるっ」


 若さゆえの無鉄砲さというか、世間知らずというべきか。私もフランシスも周りにチヤホヤされて育った所為か自信に満ち溢れていて毎日がキラキラと輝いていた。彼の言う通りあの頃の私たちは未来が明るいものだと信じて疑わなかった。


「歳を重ねて気づくことってやっぱりあるよ。振り返ってみれば思い出したくもない黒い歴史が」

「あんまり言わないで、私も思い出したくない」

「だよね」


 私たちはうんうんと頷き合った。


「まあここでレイラに会えたのも何かの縁かな。僕はヘレンに紹介されて来たんだ」

「ああ、あの短髪の女性兵士ね」


 城まで私たちを迎えに来た女性。旅の道中ずっと一緒にいたけど物静かでとても感じが良い印象だ。


「そう。あの子僕の親戚なんだよ。それで彼女に声をかけられて今じゃ所長代理」

「へえ、大変だったわね」

「そうなんだよ!いきなり呼びつけられたかと思えば幽霊騒ぎだって知った時はたまげたね。しかも僕も怪奇現象には何回か遭遇してるし」


 そんなに?と訊ねるとフランシスは頷く。私たちがここへ来た初日にも勝手に扉が動いたことがあったけど、ああいう現象は割と頻繁に起きているのか。


「ここまでくると何かしら原因はありそうだね」

「だよねえ。あ、着いたよ」


 どうぞ、と彼は端に寄って私に先を譲る。開かれた扉の部屋へ足を踏み入れれば、ガヤガヤと人の声で溢れていた場は一瞬で静まり帰った。皆はおしゃべりを止めて私に注目し背筋を伸ばして私の言葉を待つ。

 後ろからやって来たフランシスに促されて座り、長く大きなテーブルに着いた全員の顔を見渡せば長旅で見慣れた顔がそろっていた。


「それでは始めましょう。報告がある者は―――右から順番に話を聞きます」


 手を挙げて立ち上がる勢いで我先に話そうとする人たちを制し、右側に着席している人を見て言った。ごほん、とひとつ咳をして立ち上がるのは濃い金髪の男。


「建築学者です。建物の歪みを調べましたが特に問題はありませんでした。多少老朽化している箇所もありますが造りに異常はありません」


 そして彼が着席すると隣の人が立ち上がる。


「物理学者です。初日に見た扉が動いた件ですがやはり風圧の影響かと思います」

「他の部屋の扉は動かなかったけど」

「起こりえないことではないです。他にも報告されている怪奇現象ですがいくつか似たようなものもございます。老朽化で戸棚が崩れたり、忍び込んだ動物の足音を聞いたり、壁のシミを幽霊と見間違えたり、ひとつひとつに必ず原因があります。私は幽霊の仕業ではないと思います」

「そう・・・」


 そして次の人へ話は移る。


「植物学者です。関所にある食料等を調べましたら一部、酒の中に毒性のあるものがありました」


 倒れている人たちがいるってことはやはり毒物の関係だったのね。ざわつく人たちを制止して彼に訊ねる。


「それは幻覚を見るようなものなの?」

「はい。南部の植物で強い幻覚作用のある麻薬の一種です。混入していたのはごくごく一部、それも少量ですが」

「お酒に紛れるなんてあり得るの?」

「いえ、人為的なものでしょう」


 わざとか。皆それぞれ閉口して考え込んだ。何故わざわざ関所に居る人々を狙って毒を盛るのか。他国の間者の仕業にしては一部の酒に死に至るわけでもない麻薬を入れたのは不自然。特定の誰かを狙ったわけじゃない。


 ずっと黙っていたフランシスが初めて口を開いた。


「じゃあ幽霊ってのが幻覚によるものだとして、怪奇現象はなんなのかな。物が勝手に移動したり動いたりするのも僕たちが見ている幻覚ってこと?」

「そうね。全部幻覚で片づけるのも少し不安よね」


 順番を無視して勢いよく手を挙げたのは髪を後ろで束ねた男だ。麻薬が検出されたことで黙って考え込んでいる者も多く、今は他に意見がある者はいないようなので彼に発言を許す。


「どうぞ」

「心理学者です。幽霊騒動は一部の麻薬の影響を受けた人々が発端でしょう。後は一度噂になれば周囲は集団パニックに陥り幽霊が居る()になるんです。そうすれば人々は偶然の出来事も全て幽霊の仕業だと関連付けて考える」

「思い込みってこと?」

「要約すれば。人間は思考に操られる生き物ですから」


 そうねえ、ともう一度口を閉じて考え込む。


「とにかく、その線でいくとやっぱり誰かが犯人ってことになるよ。これ以上被害が出る前に調べないと」


 フランシスの言う通りだ。また誰かが麻薬を摂取したり関所の仕事に影響を出したりするわけにはいかない。


「そうね、まずは食料と水を全て調べてから保管場所に警備を置きましょう。間違っても他の場所から持ってきたものは飲食しないように徹底しないと」

「犯人捜しはどうする?」

「一人一人面談を設けるわ。誰か麻薬を混入しているところを目撃した人はいないかとか、心当たりはないかとか、とにかく情報を集めて」


 人数が多いから手分けしないと時間かかるだろうなあ。現場も忙しいから人を引っ張ってくるのも大変だし。


「じゃあ人材リストを取り寄せようか、所長の自宅に保管されているはずだから。午後までに用意させるよ」

「ええ、ではそれはフランシスの部下にお願いするわ。他の皆は危険物がないか建物内のチェックをしていてちょうだい。特に飲食物は念入りにね」


 じゃあここは一旦お開きで。


 ガタッと椅子を引く音をさせて立ち上がると、私に続いてフランシスも同じく立ち上がる。彼は私の方を向いてにっこりと笑った。


「時間ができたから関所内を案内するよ」

「別に付いてこなくていいのに」


 少し見て回ろうとは思っていたけどわざわざフランシスに案内させるつもりはなかった。彼だって所長としての仕事があるはずだし忙しいだろうに。


「これも仕事のうちだよ」


 行こうと言われて、私は小さく息を吐いてから彼の後に続いて会議室を出た。後ろにゼンやフィズの他多くの護衛をゾロゾロと引き連れながら狭い関所の廊下を歩く。


 お喋りなフランシスはすぐに口を開いた。彼、昔から黙っていることができない性格なのよねえ。


「それにしても麻薬とは恐れ入ったね。誰が何の目的でやったんだと思う?」

「さあ、見当がつかないわ。愉快犯か何かかしら」

「愉快犯か。どちらにしろ何か明確な目的でもなければ人物を特定するのは難しいだろうなあ。誰かに見られたとかのヘマをしてない限り」

「でも犯人を捕らえないと解決にはできないわ。また同じことを繰り返されたら困るもの」

「皆が安心できないと関所の仕事にも差し支えるからね。人員を増やすにも・・・予算がねえ。来年は予算確保できたとしても今年いっぱいは無理だろうね」


 そうねえ、と相槌を打っていると後方からこちらに駆け寄って来るのが足音が聞こえてきて、私とフランシスは何事だろうかと同時に後ろを振り返る。

 走ってやって来たのはヘレン。私たちに報告があって来たのだと思ったけれど、彼女が足を止めたのは私たちではなくゼンの隣だった。


「失礼いたします。緊急の連絡があると伝令がゼン様を訪ねて来ておりますが」

「連絡?要件は?」

「詳しくは伺っていませんが、御父上が任務中に怪我を負ったと聞いております」


 ゼンははっとして瞳孔を開いた。


 うそ、まさかあのアルが怪我を?今父様たちは賊の討伐で遠征に行っているはず。


「ゼン、すぐに行って」

「でも仕事が・・・」

「とにかく伝令の話を聞くのが先よ。その後のことは聞いた後で考えましょ」


 頷くとゼンはヘレンと共に私たちが進んでいた方向とは逆へ踵を返して歩き出した。その背中を見送りながらアルが怪我をしたという事実に不安からソワソワしてしまう。深い怪我じゃなければいいけど・・・。


「ねえ、私も行ってくるわ。アルが心配だし・・・」


 ゼンも。父親が怪我をしたと知って少なからずショックを受けているはずだ。


 フランシスはうーん、と少し考えてから口を開く。


「でも行かない方がいいと思うよ。ゼンは君が居たら気を遣うだろ?こういう時こそ邪魔しちゃ駄目なんじゃないかな。伝令の内容は彼から報告があるんだし、それまで待った方がいい」

「え、あ、そうね・・・」


 彼の言う通り待つのも優しさか。何もできないもどかしさを抱えながら、今はただアルの怪我が大したものじゃないことを祈るしかない。


「行こうか」


 黙ってゼンのいなくなった方を見つめていたがフランシスに声をかけられて、私は前へ向き直ると再び歩き出した。















 ヘレンは何も言わず黙々と歩き続ける。


 父が怪我をした。ということは賊の退治の途中で怪我を負ったのだろう。しかしどこか腑に落ちない。喉の途中で何かが引っかかっているような違和感があり、俺は歩みを進めながら考え込んだ。


 陛下と父が向かったのはここから反対側の国境沿いだと聞いている。伝令がどれだけ馬を飛ばしてもここに着くまでは10日以上かかる―――ということは、伝令が出発したのは俺たちがまだ城に居た頃の話だ。


 なぜ出発する前の俺たちの行先を陛下たちが知っていたのか・・・。


 一度城を経由して行き先を知った?だとしたら伝令が陛下たちの場所から出発したのは2週間以上前・・・それはまだ陛下たちが城から出たばかりの頃。


 何かがおかしい。そう結論づけた頃、顔を上げればヘレンの歩く速度が遅くなっていることに気付いた。最初は早歩きだったのに今では普通に歩くよりも遅く、まるで足に鉛をつけたかのように一歩一歩が重く遅い。そしてやがて、彼女の足は完全に動かなくなってしまった。


 立ち尽くすヘレンはこちらを振り返ることもしない。嫌な予感に額から汗が滲み出てきた。


「―――申し訳ありません」


 蚊の鳴くような小さな声で呟かれた謝罪の言葉。


「なぜ謝る。伝令は()だからか」

「・・・はい」


 やはりそうか。


 では、何故。何故伝令が来たのだと嘘をつく必要がある。レイラではなく俺に言う意味は・・・。


「―――っレイラ!」


 もっと警戒するべきだった。幽霊騒ぎが幽霊ではなく人為的に起こされているものだと知っていながら、何故俺はレイラから離れてしまったんだろう。

 そもそもタイミングが不自然だった。最初の幽霊騒ぎが起こってからもう二か月が経つのに、城まで報告が上がったのは王と王妃が不在になった一週間前のこと。何故報告までそんなに間が空いているんだ。王と王妃が不在でなければならなかった・・・?

 そしてレイラがここに来るしかない状況で待ち構えていたのは、絶対に会うことはないと思っていたかつての婚約者であるフランシス。


 偶然が重なったわけじゃない。全部、計られていた。


 急いで先ほどレイラたちが居た場所まで戻れば上からガンガンと何か固い鉄の塊を叩くような音がひっきりなしに響いて来る。

 そばにある階段を駆け上れば兵士たち数人がかりで鉄製の扉へ体当たりしていた。フィズもいるのにレイラの姿が見当たらない。


「レイラはどこだ!?」

「・・・この中に」


 血の気の引いた険しい顔のフィズ。彼が指した扉は兵士が束になっても壊せないほど頑丈で、辺りを見回しても窓のようなものは一切なかった。―――レイラが閉じ込められた。


「おいっ!開けろ!そこに居るんだろ!?」


 フランシス!


 怒鳴るように叫んでも向こう側からは何の音も聞こえてこない。扉は固く壁は頑丈で皆は焦燥に駆られる。早くなんとかしなければ。


「向こう側は・・・屋上か?」

「はい」


 ならば。

 俺は階段を飛び降りると近くの部屋に飛び込んで窓から上半身を乗り出した。上を見ればわずかに見える手摺り。・・・行けるか。


 窓の桟に足を乗せると手を伸ばして外壁の石を掴んだ。






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