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レイラ王女は結婚したい  作者: 伊川有子
予期せぬ再会
21/31

21話



 そのまま部屋でだらだらと過ごし、陽はしっかりと山間を沈んでいった。森の中の夜は暗くて寒い。

 シャワー室でお湯を浴びて戻れば部屋には騎士服のままのフィズと軽装で濡れた髪を拭いているゼンの姿が。


 ゼンお風呂の後だわ。ラッキーだなんて下心半分、気恥ずかしさ半分。だって普段見ない姿ってどうしてもときめき度がアップしてしまうものだもの。いや、ゼンの湯上り姿なんていくらでも見て来たんだけども、それでもかっこよくって私には直視できない。


「レイラ、おかえり」

「た、だいま」


 私はパチリとゼンと視線が合うと勢いよくそっぽを向いた。やっぱり直視はできない。


「レイラ王女、今晩はゼンがこちらの部屋に泊まりますので」

「え!?私は!?」

「ですから、一緒に泊まってください」

「ええ!?」


 ゼンと寝るの?無理無理無理無理。

 私は真っ赤になって首を振ったけど、フィズは有無を言わさず話を進めた。


「安全のためです我慢してください。一応警備は万全ですが、幽霊が壁をすり抜けてくる場合もあり得ますから」


 私はぶっと噴き出して笑った。あのフィズの口から“幽霊が壁をすり抜けてくる”なんて文言が飛び出す日が来ようとは。ゼンも横を向いて口元に手を当てていた。笑うのを我慢しているらしい。


 フィズはむっとして額に青筋を作りながら凄む。


「仕方ないでしょう、万が一のことはあってはならないので念には念を入れなくては」

「わかった、わかったわよ」


 緊張するけど仕事なんだから仕方ない。ゼンはたぶん気にしないだろう。


「では外にも人を多く配置してますから何かあったら大声で助けを求めてくださいね」

「ゼンがいるから大丈夫でしょ?」

「ゼンがいるから言ってます」


 フィズはそれだけ言うと頭を下げてさっさと退室して行った。


 やたらだんまりのゼンに不思議に思って彼を見れば頭を抱えて何やら考え事をしているようだった。お風呂に入った後だからだろうか、少しだけ耳が赤い。


「どうしたの?」

「なんでもない、なんでも」

「そう」


 それじゃあ休ませてもらおうかな、と私は椅子に腰かけて侍女が用意していたグラスに手を伸ばした。部屋に二人きりになるのは久しぶりでどうしても緊張する。これが一晩続くなんて私の心臓持つかしら。そろそろ心臓が運動過多でどうにかなってしまうんじゃ・・・。


「・・・ゼンは幽霊っていると思う?」


 緊張をどうにか誤魔化そうと口を開けば、ゼンは私のグラスにワインを注ぎながら答える。


「さあ、あんまり考えたことなかったな。レイラは怖くないのか?」

「あんまり。霊が出たってどうせ私の知ってる人が化けて出てくるわけじゃないんだし」

「そこ気にすんのか」


 はは、と声に出して笑うゼン。彼の笑い声は心臓に悪いけど同時に安心もする。


「ところで、幽霊が襲ってきたとしてどうやって戦うの?」


 幽霊は剣じゃ切れないでしょ。いざ出てきたらどうするの。


 ゼンは「んー」と少し考える。


「念かな」

「念!?」

「そう、幽霊は念に弱いんだ。だからもし幽霊が出たらまず精神統一をしてから念を込めて、放つ」


 放つ?というかなんでゼンがそんなこと知ってるの?


 頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされ呆然としていると、ゼンが突然横を向いて肩を震わせ始めた。


 ―――からかったわね・・・。


「ゼンー!」

「ぶふっ、ごめんごめん」

「もう!女性の部屋に泊まるだからもう少し緊張するとかないの!?」


 ゼンが通常運転過ぎる!


「何言ってんだよ、昔は一緒に寝てただろ」

「子どもの頃じゃないの」


 ゼンが言うのはごっこ遊びでやった添い寝のことだろう。夫婦がやることだからって二人でよく一緒に寝ていた。子どもの私はその“夫婦が寝る”の意味をわからず、ゼンをベッドまで連れ込んで添い寝に付き合わせたんだっけ。

 よく考えたらあの頃の私はとんでもないことを。無知って恐ろしい。


「ああ、よくそのまま昼寝したなあ。懐かしい」

「・・・・私たちはもう子どもじゃないのよ」


 ただ純粋な気持ちで一緒に寝ていた時とは訳が違う。大人の男女なんだから。


 自分で言ってしまった!と思った。少し意味深だったかもしれない。大人の女性として扱ってもらえないのが悔しかったのか、ただゼンにもっと意識してほしかったのか、私は深く考えず思ったことをそのままポロッと発言してしまった。できるだけ意識しないようにしてたのに私の馬鹿!


 ゼンはワインの瓶を持ったまま立ち尽くす。私はもうゼンの反応を見るのが怖くて俯いて固く目を瞑るしかなかった。


「・・・そうだな」


 長い沈黙の後、口火を切ったゼン。


「わかってるよ、レイラがもう大人の女性だってことくらい」


 ・・・だったらもう少し緊張感を持ってほしい、なんて私の我儘だろうか。私ばっかり意識しているのは不公平だと思う。


「さ、先に寝るっ」


 居たたまれない私はそれ以上話を続けることができず、ワインを一気に飲み干してベッドに飛び込んだ。寝そべったまま足で靴を脱ぐとその勢いでポイっとベッドの外へ放る。


「足癖の悪いレディだなあ」

「悪かったわね!」


 部屋に流れる微妙な空気は確実に私の所為だ。ゼンが私の足癖を茶化してもその空気はどうしても拭えない。


 ここまでやらかしまったんだから、もう少し勇気を出せないかしら。どうせ一度失言してしまったんだもの。それが二つに増えるくらい大して変わらないはず。


「ぜ、ゼンは寝ないの?」


 私にしては十分頑張ったと思う。「一緒に寝よ」と素直に言えたらいいんだけど、さすがにそこまで羞恥心は捨てきれない。

 布団で自分の体をぐるぐる巻きに包んで、枕の中に顔を埋めて、ドキドキしながらゼンの返事を待った。


「仕事中じゃなければなあ・・・」


 やっと言葉を発したかと思えば、ゼンは聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟く。


「な、なによ・・・」

「いや、なんでもない。もう少ししたら寝るから先に寝ててくれ。おやすみ」

「・・・おやすみ」


 再びしーんと静まり返る部屋。寝返りひとつ気を遣うくらいに静かで無意識に息を潜めてしまう。

 おやすみと言ったところで眠れるかといったら否。いつゼンがベッドに入ってくるんだろうとか、もし寝相が悪かったらどうしようとか、余計なことを考えてどんどん目が冴えていく。


 もしかしたら今がチャンスかもしれない。


 二人きりで過ごさなくちゃいけないということは誰にも邪魔されないということだ。せっかくのチャンスなのだから、間接的にでもいい、なんとか自分の気持ちを伝えたい。


 ゼンが城に戻った高揚感でいっぱいだった頃はすべてが満たされていたけれど、頭が冷えるとまた違った景色が見えてくる。思い出すのはゼンに『幻滅だ』と言われたあの日のこと。私の気持ちを拒絶して顔を見たくないとまで言われてしまった時の、あの心臓が握りつぶされるような感覚。

 一度振られているという経験は私にとって予想以上に心に暗い影を落としているらしい。伝えたところでまた拒否されたらどうするのと常に不安が付き纏う。


 でもゼンは、私が好きと伝えたら笑って受け入れてくれるような気がする。あの時とは状況も違うし、過去といえど彼が私のことを好きだったのは事実だ。


 のそりと起き上がると、ゼンはこちらを見て首を傾げた。


「眠れないのか?」

「うん、眠れない」

「昔みたいに添い寝してやろうか」


 ケラケラと笑ってそう言うゼンは冗談のつもりで言ったんだろう。きっとさっきみたいに私をからかってるんだわ。


「・・・・うん、お願い」


 ピシィッ、と面白いくらいにわかりやすくゼンが固まったのがわかった。どうしよう言ってしまった!と自分の発言に身悶えると同時に、ゼンの反応にしてやったりと思っている自分がいる。


 笑顔のまま固まっているゼン。


「・・・嫌なら別にいい」


 ゼンが困っているのを分かってそんな可愛くないことを言ってしまう私は、プイッとそっぽを向くとゼンに背中を向けて横になった。


「・・・嫌ではないけど、レイラはいいのか?」


 やっと喋ったかと思うとゼンは私の様子を伺ってくるように言った。


「どうぞ。どうせゼンだって休まなきゃでしょ?」


 私は上司面してまたそんな可愛くないことを・・・。


 言ってしまったものは取り消せない。心臓がバクバク鳴るのを聞きながら息を詰めてゼンの気配に全神経を集中させる。

 こちらへ近づいてくる彼の足音。靴を脱ぐ音。そしてベッドが軋んだ時、緊張がピークに達した私はぎゅっとシーツを両手で掴んだ。


「こっちが俺の陣地で、そっちがレイラな」


 何を言い出すかと思えば、ソファのクッションを使ってベッドのスペースを区切り始めるゼン。私はその予想外過ぎる行動に吹き出した。


「ぶっくっくっ、子どもみたいっ、ぶはっ」


 ゼンがそんな幼稚なことを言うとは思わず彼に背を向けたままお腹を抱えて笑う。緊張していた反動で笑いが止まらない。笑いすぎてお腹が苦しい。


「そこまで笑わなくてもいいだろ?」

「だってー!」


 色気もへったくれもない。可愛すぎる。『陣地』ですって。


「レイラ」


 ここまで笑われると悔しいのか恨めしそうなゼンの声。


「さっき私をからかった罰よ」


 楽しい。私たちは今までこうやって過ごしてきたのよね。幼馴染として、王女と騎士として。

 これからもゼンと一緒に居たい。例え私たちの関係に名前が変わったとしても、ずっとゼンと一緒がいい。


 言うなら今だ。


 私は勢いよくゼンの方に向き直った。


「ゼ・・・・っ」


 くるんと寝返ちながら上半身を起こせば、思った以上に勢いをつけすぎた私の腕がゼンの腕にぶつかる。そして二の腕に体重を乗せていたゼンは私に突き崩されるようにして私の上に倒れ込んできた。


「キャァ!」


 ベッドに押し倒された私は驚いて悲鳴を上げる。


「ご、ごめんなさい・・・」

「いや、俺も悪い。大丈夫か?」

「大丈夫」


 大丈夫じゃない。


 ゼンが上に乗っているという状況に気が遠くなりそうだ。ゼンがギリギリのところで肘をついたから重くはなかったけれど、少し彼が顔を上げれば目の前にゼンの顔が現れて私の時が止まる。心臓も止まる。


 あ、これシージーに報告しなきゃいけないやつだわ!

 嬉しいかも、なんてこんな状況でも顔を出す私の下心。ゼンが何も言わず見つめてくるから、その視線に吸い寄せられるように彼の瞳から目が離せなくなる。


「レイ―――」


 ズダダダダダ!!!とけたたましい音を立てて兵士たちが一斉に部屋の中へ突入してきた。え!?何事!?と思う間もなく、兵士たちはゼンを私の上から引きはがし拘束すると、兵士の一人が声高に言った。


「連行!」


 私が悲鳴を上げたから勘違いされたんだわ!

 

 ゼンは両腕を屈強な兵士達にしっかりと掴まれてズルズル引きずられながら部屋の外まで連れていかれる。青い顔をしたゼンはもうなされるがまま。


「え!?ちょっと待って!!違う!!誤解だから!!」


 待ちなさーい!!と私はそこら中に響き渡るほどの大声で叫んだ。






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