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レイラ王女は結婚したい  作者: 伊川有子
幼馴染で騎士
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2話



 翌日、二日酔いと寝不足で私の体調はよろしくなかった。シャワーくらい浴びたいのに起き上がる気力も出ない。

 侍女たちが片付けや掃除をし始めても私は一向に布団から出られない。そしてとうとうゼンが出勤する時間になってしまった。


「レイラまだ寝てんのか?」

「そうなんですよー。二日酔いだそうで」

「昨日すごい飲んでたからなあ」


 こっちの気も知らないで侍女と朗らかに会話しているゼン。シャキッと着こなす騎士服、いつものように愛想のよい態度と血色の良い顔色、彼には特に変わった様子はない。


 するとゼンが私の視線に気づいた。


「一応目は覚めてるんだな。薬いるか?」

「・・・いらない」

「まあいいか。今日は大事な予定もないし」


 問い詰めたいことはたくさんあるのに上手く言葉にできなくて、そんな不満のたくさん詰まった視線に察したゼンは苦笑する。


「どうした。まだ夢の話引きずってんのか?」

「・・・夢じゃない」


 はあ、とゼンは大きなため息を吐いてベッドの端に腰を下ろす。


「んで?じゃあ夢じゃなかったとして、レイラはどうしたいんだ?」


 そんなこと言われたってどうすればいいのかわからない。昨夜のショックが大きすぎてただただ驚くばかりで。ゼンとは子どもの頃から一緒だったけれど、いい歳になった今まで何もなかったのだから余計に。


「わかんないけど、ビックリして・・・」

「びっくりして?俺はクビになるのか?」

「そんなわけないでしょ」

「んじゃこの話は終わりな」


 強制的に話を終わらせようとするゼンに彼の服の裾を掴んで待ったをかける。


「そんな、そんな簡単に言わないでよ」

 

 なんであんなことしたの。何を考えてるの。どうして教えてくれないの。ずっと一緒にいたのにゼンがわからない。


「はあ、もう忘れなよ」

「あ!今認めたでしょ!」


 聞き流すものかと起き上がってゼンを掴んだ。全部洗いざらい白状するまで逃がさないわよ!


 こっちは気合を入れて挑んだのに、ゼンははいはい、と適当な返事。


「悪かったってば」


 彼は予想に反してあっさりと認めたが、全く悪びれる様子はない。


「なんであんなことしたの!?」

「ただの出来心だから気にするな」


 よしよし、と子どものように頭を撫でられた私は放心する。出来心って・・・なんじゃそりゃ。


 私ははっと我に返った。いやいや、出来心で男の人が好きなゼンが幼馴染で主人でもある私の寝込みを襲うだろうか。納得がいかない。


「出来心ってどういうこと?」

「そんだけ喋れるなら仕事できそうだな」


 立ち上がるゼンに彼に掴みかかっていた私は危うくベッドから落ちそうになった。


「少しでも食べたほうがいい。軽く食事を用意してもらおう」

「ちょっと待って。話はまだ・・・」

「俺は書類取ってくるから」


 ゼンはすたすたと去って行くのに、若干の吐き気を覚えて口を押さえた私は引き留めることができない。


 あ!と思った時にはもうすでに彼の姿が無かった。くそう、逃げられた。


 侍女に向かって叫ぶ。


「酒よ!お酒持ってきて!」

「え!?でも二日酔いなのに朝から・・・」

「迎え酒よ!」


 ゼンがわけがわかんない。これはもう飲むしかない。

 侍女は命令に逆らうわけにもいかずしぶしぶグラスを用意し始めた。







 ゼンが仕事の書類を持ってきたのは、既に2回目の嘔吐を終えてぐったりしている時のことだった。アルコールの匂いが漂う中、ぐったりとしてベッドから動けない私と忙しそうに床を掃除をする侍女たち。部屋の惨状を見た彼は頬の筋肉を引き攣らせた。


「おいおい、大丈夫かよ」

「だれのせいだとおもってんのよぉ」


 地獄の底から響いてきそうなほど恨めし声にさすがのゼンも一歩後退る。


「あんなの別に気にするような歳じゃないだろ」

「どーせわたしはじゅんすいじゃないですよーだ」


 ふん。こちとら婚約破棄3回経験してんだ、ちょっとやそっとじゃ動じない。なのにゼンが出来心で私にキスしたのがどれだけ私を混乱させたのか知りもしないで・・・!


「悪かったって、本当になんでもないから気にしないでくれ」

「ふーん、わたしはどうせれんあいもうまくできないうえにできごころでてをだされるような、うすっぺらーいおんなですよー」


 ゼンの顔にはしっかり「酔っぱらいめんどくさい」と書かれていた。誰のせいでこうなってると思ってるんだか。


「ぜんのばか」


 あんなことがあったのになんで態度がちっとも変わらないんだろう。彼の出来心っていうのは本当になんの意味もないものなんだろうか。あのキスに深い感情があっても戸惑うけれど、なんの意味もないってのもそれはそれでむかつく。


「わたしたちずーっといっしょだったじゃない。くるしみもよろこびもわかちあってきたでしょ」

「ああ。これからもな」


 これからもゼンは私の騎士。幼馴染で、私の大切な友達。


「かってなことゆるさないんだからね」

「わかってますよ、姫様」


 優しいゼンの声に、ベッドへ横たわっていた私の意識はあっという間に沈んだ。















 気にすんなって言わせてもさあ、無理。


「きゃーーー!」


 可愛らしい口から飛び出てきた金切り声に近い悲鳴に、私は慌てて彼女の口を塞いだ。


「シー!シー!」


 やめてよ!ゼンが扉の向こうで待機してるのに!聞こえちゃうでしょ、と注意すると彼女はテヘッと舌を出して謝ってきた。珍しいピンク色の髪の童顔なこの子はシージー・アグレンシー。有名な商家のお嬢様で私の親しい友人だ。


 彼女は天を仰ぎながら両手で顔を覆って話し出す。


「まっじかよ。ゼン様がレイラにき、ききききキスとか・・・!鼻血でそうっ」

「鼻血!?」


 何故?と問う前に大興奮したシージーがペラペラと喋る。その前に本当に鼻血を出されたら困るのでハンカチをスタンバイさせておいた。


「なにそれ超萌える。同性趣味のゼン様がレイラに、とかどんだけよ。二人が並んだら絵になるし妄想するだけでヤバいわ。

ハア、美味しいネタありがとう」

「いや、ネタとかじゃなくってね」


 人が真剣に悩んでるっていうのにこの子はもう・・・。


「本当は男が好きなのに女のレイラのことを好きになってしまった!けどレイラはご主人様だから想いを秘めてたけれど、あまりに無防備な姿につい・・・とか!」

「お願いだから声落としてね」


 こんな話本人に聞かれたら恥ずかしくて死ねる。っていうかそんな妄想よくスラスラ出てくるわね。


「好き、とかじゃないと思うのよね。ゼンの前で恋人とイチャイチャしてても彼普通だったし、むしろ積極的に支援してもらってたし」


 恋人への手紙を届けてもらったり贈り物を買いに走ったり、ゼンは立派に騎士(パシリ)として私の恋愛沙汰に関わってきた。その間もゼンはいつもと変わらずどこか飄々として、だけどいつも親身で優しいゼンのままだった。もし私のことが好きなんだったらそうはいかないだろう。


「出来心ってなんなんだろうね」

「んー、深い意味はないけど“つい”ってことなんじゃない?こう・・・フランクな、例えば親が子にするような感じで」

「親と子て・・・」


 ピュアピュアな理由でキスしたってことは確かにあり得るかもしれないけれど、それはつまり私はゼンにとって子ども(もしくは妹)のような存在なのか。


「でも普通口にする?」


 せめて頬とか額とかじゃないの?と言うと、シージーは前のめりで食いついて来た。


「何言ってんの!ラッキーじゃないの!クソほど羨ましいわ!」

「おい、既婚者」


 その発言は夫のいる女性としてどうなの、と突っ込むも彼女の鼻息は荒い。


「いいなあ、ゼン様にキスしてもらえるなら全財産払ってもいい。そんでパーティーで自慢しまくってやるわ。あの赤薔薇の騎士と口づけしたのよってね」

「いやいや、むしろ引かれるでしょ」


 男同士の恋愛をする人々を“薔薇族”と称することがあるからゼンは赤薔薇の騎士なんて仰々しい異名で呼ばれているんであって、それは決して見た目が華やかで美しいという理由ではない。そんな彼からキスされたところで自慢になるかと考えると微妙だ。

 酸っぱい顔をしているとシージーが肘で小突く仕草をする。


「あんたの周りの顔面偏差値高過ぎんのよ!ゼン様がどんだけイケメンだと思ってんのよっ!」

「イケメン・・・かなあ?」


 確かにゼンと城内を歩いていると遠くから黄色い悲鳴が上がることはあるけれどあんまり深く考えたことがなかった。だって―――


「私の方が美人だと思うの」

「性格はクソだけどね」


 酷い。


「いくら美しくたってそこまで自信満々で言われると普通引くから」

「だって人類に非ずと言われるほどの完璧な父様と世界一の美女と名高い母様から生まれた私なのよ?完璧でしょう?仕事だって他国に嫁いで行った姉様の倍以上こなしてるのよ?


 ―――なのになんで結婚できないの!?」

「だから性格がクソなんだって」


 酷い。


 シージーは落ち込む私の頭をなでなでしながらほくそ笑む。


「あとね、選ぶ男がことごとくよろしくないわね」

「・・・パトリックは優良物件だったもの」


 悔し紛れに頬を膨らませながら言うとチッチッチと舌を鳴らしながら否定した。


「愛人に勧められたんでしょ?クズ男じゃないの。まあ最初の男ほどじゃないけど」

「確かに私からしたらショックだけれど、王族で多妻は珍しい事じゃないし・・・」

「それがレイラの望む結婚なの?」

「まさか」

「でしょ?それが答えじゃん」


 図星を突かれて私は閉口した。そう、パトリックは私が望むような結婚相手ではなかった。例え優良物件だとしても私の望みが叶わないのならばそれは理想から程遠い。


「結婚前に分かってよかったじゃん。後だったら苦労してたよお?」

「そう、よね」


 シージーの言う通りだわ、とため息を吐く。腹も立ったし悔しい想いもしたけれどこれでよかったのかもしれない。


「いくらレイラのスペックが高くたって理想が高ければなかなか結婚なんてできないわよ。

もういっそのことゼン様に頼み込んで嫁にしてもらいなよ。ハア、想像しただけで鼻血でそう」


 またこの子は人の気も知らないで勝手なことを・・・。


「何もなかったことにするのが一番いいってわかってるんだけど、ね。本人は何も気にしてないみたいだし」

「まあゼン様自身が気にするなって言う以上は自分からはどうしようもないよねえ。残念だけど」

「残念なの?」

「そりゃそうよ。結婚したいんでしょ?そろそろアホな恋愛ばっかりしてないで現実見なさいよ」


 アホって酷い。確かに散々な目にあったけれど私はちゃんと真剣だったのに。


「結婚したいなら一番の近道はお見合いよ」

「えー、それだけは嫌だって言ったじゃない」

「でも実際陛下から見合い話のひとつやふたつ来たことあるでしょう?」

「まああるけど・・・」


 私が結婚したがっているという噂が広まった時のことだったか、父様が山のような釣書を抱えてやって来たのは。その時の私の惨めな気分は一生忘れられない。


「噂になったとき釣書用意されたわね。もちろん全部断ったけど」

「もったいな」

「言っておくけど断るのも大変なのよ?噂になってたからすごくたくさん話が来るし、私が結婚したがってるのを向こうも知ってるからなかなか引き下がらないししつこくって。父様には迷惑かけちゃったわ本当に」

「ああ、そういえば噂になってた時期あったねえ」

「父様には憐れむような目で見られるし、母様には「心と股を大きく開け!」ってアドバイスされるし。すっごく恥ずかしかった・・・」


 シージーはブハッと吹き出して笑う。


「なにそれ、さっすが王妃様!」

「だから両親の力には頼りたくないの。そもそもお見合い婚は私としてはナシ。わかった?」

「わかったけど、だったら余計に現実見なさいよね」


 わかってるわよ、と若干不満だったが頷くしかなかった。





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