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レイラ王女は結婚したい  作者: 伊川有子
予期せぬ再会
19/31

19話



 ゼンは優しい。実は顔だって整ってる。貴族の嫡男だし剣の腕は国中の誰でも知っているほど。前まではあんまり考えていなかったけど、ゼンは女性に好まれる条件をすべて満たしている。


 それで何が問題かっていうと、ゼンの人気っぷりがねえ・・・。


 廊下を歩くだけで女の子の黄色い声が私の耳にまで届く。前にも同じようなことはあったけれどゼンが城に戻って来てから更に増したような。


「・・・人気者みたいね」


 だからついつい恨みがましく言ってしまう。こんなの可愛くないってわかってるのに。


「俺が?」

「他に誰が居るのよ。良かったわね、女の子にモテて」


 くそぅ、私全然可愛くない。遠くからきゃあきゃあ言ってる子の方がよっぽど可愛げがある。

 何故だろう、以前の私はもっと自信満々だったのにな。卑屈になったり他の子に嫉妬したりするなんて前までは絶対になかったんだけど。


「んー、でも俺女の人って苦手だな」

「やっぱり男の人がいいの?」

「まさか」

「・・・ふーん」


 最近なんだかモヤモヤすることがある。シージーが言っていた通り“物足りなくなる”時が来てしまったんだろうか。


 もっとちゃんと私がゼンに気持ちを伝えていれば状況は違ったのかもしれない。

 そう、私はまだゼンにちゃんと告白してない。ただ「好き」って言えばいいのにその一言を言う勇気が全く出てこない。当然ゼンとの仲が進展するわけがなく、私とゼンの関係は幼馴染で騎士のまま。


 せめてゼンがもっと積極的に距離を縮めてきたり口説いてきたりすれば私もここまで頭を悩ませることにはならなかったんだろう。けれどもやっぱりゼンは以前のゼンのままで、ちっともそういう雰囲気にはならず。本当は私に愛想尽かしたんじゃないかとか、嫌われたんじゃないかとか、色々考えてしまって余計に言葉にするのが怖くなる。


 こんなことになるなら剣技大会の時に勢いで言ってしまえばよかった。あの時ならゼンに会えた高揚感で言葉にして伝えられたと思うのに。


「ゼン、バルコニー開けてくれる?」


 仕事が終わり部屋に戻るとすぐに休まず風に当たることにした。重く大きなガラス窓を開けると現れるのは東の庭園が一望できる広いバルコニー。毎日のように眺めていても全く飽きないくらい見事な景色だ。


「今日は少し風が強いな」

「・・・そうね」


 庭を眺めているとゼンが隣にやってきて、私は緊張からきゅっと手すりを両手で握りしめた。

 ゼンは庭に夢中なのでこっそりと横顔を盗み見る。どうしよう。もう少し近くに寄ってみてもいいだろうか。手を握って欲しいって言ったらゼンは何て言うだろう。嫌がられたりしたらヤダな。


 ゼンが騎士に復帰して、それで満足していたのにこの有様はなんだろう。本当に私は欲深い人間だわ。


「どうした?」


 ゼンが私の視線に気づいた。


「なんでもない」


 なんでもないわけがないのにこの口は素直じゃない。

 もういっそゼンの方から手を繋いでくれないかな、なんて期待するだけ無駄なことを考え始める私はどこまでも弱腰だ。


 ねえ、どうすればいいの?こんな風になるのは初めてだから何もわからない。勇気が出なくて怖くて不安で、だけどもう少し先へ進みたいって思うの。


 ゼンはまだ私のことが好きなの?って一言聞くだけでもいい。何か変わるきっかけが欲しい。


「ぜ、ゼンは・・・」

「ん?」

「ぜ、ぜ・・・」


 やっぱり無理!そんな直球な質問なんてできない。だったらせめて手を繋ぐだけでも・・・。


「手を・・・」

「手?」

「手を―――揉んでくれる?」


 違うーーーー!!


 うわあ、と心の中で悶えまくった。揉んでじゃなくって繋いででしょうが私の意気地なし。自分のヘタレ具体に心底がっかりだ。


 私の心の葛藤なども知らずゼンは「今日は書くもの多かったからなあ」なんて呑気にいいながら私の右手の平をモミモミ。・・・・これはこれで恥ずかしいわ。お互い正面で向かい合ってるし手を触られているし、視線をどこにやればいいのかわからず俯く。


 うわああ、それにしてもゼンの手大きい、温かい。


「あ、ペンだこできてる」


 急に私の手を裏返し中指の爪の横を撫でられ、身体中にぞくっとするものが走って目を瞑った。こういう時ってどう反応するのが正解なの?思い切って手を握ったり、だ、抱き着いたり・・・?


 どうしようどうしようと目を固く瞑ったまま考え込んでいると、ゼンに掴まれていた手が急に持ち上がり何事かと私は顔を上げて目を開く。右手はゼンに導かれるがまま彼の口元まで辿り着き、何を思ったのかゼンは私の右手に突然口付けた。


 ―――!?

 

 ―――ゴンッ


 驚き飛び退いた先には固い石の手摺り。後頭部を激しく打ち付けて私は痛みに蹲る。


「レイラ!?」

「だ、だいじょ・・・」

「凄い音がしたな。痛かっただろ」

「大丈夫」


 痛みは過ぎれば去るけど、腰が抜けて自力では立ち上がれない。駆けつけたゼンに支えられるようにしてようやく立ち上がれば、ゼンは私の後頭部を覗いて手で優しく何度も撫でてくる。


「医者に見せようか」

「大丈夫、大丈夫」


 手にキスされて驚いて頭強打しました、なんてとても人には言えない私は必死で首を横に振った。さすがにそれは勘弁してほしい。


「たんこぶにはなってないけど」

「大丈夫だから、本当に。もう痛くないし・・・」


 それより患部でもゼンに触られている方が私には大問題だ。


「ごめん、驚かせて」


 嫌だったわけじゃないし頭を打ったのは驚き過ぎた私の所為。苦笑するゼンに私は再び必死に首を激しく横に振る。


「あのー、イチャついてるとこ申し訳ないんですけどもー」


 場の雰囲気にそぐわないフィズの声に私たちは一斉に彼の方を向いた。フィズはバルコニーの入り口の前に立ち、なんとも言い難い表情で口を開く。


「すみません、邪魔して。お仕事です」

「こんな時間に?」

「緊急の要件です。執務室に戻っていただけますか」

「わかったわ」


 ふう、頭を切り替えなきゃ。


 ゼンに目配せすると私たちは揃って執務室へと戻って行った。















「関所で何か問題が?」


 執務室には見慣れない女性の客人が一人、私を訪ねてやって来ていた。短い髪のその女性は兵士の装いで、ヤルマとの国境沿いにある関所からの使いだと名乗った。名前はヘレンというそう。


「はい」


 声は女性にしては低く、聡明そうな顔立ちと相まって凛々しい女性だ。


「お忙しいところを大変恐縮ではございますが、王女様にお越しいただきたく参上いたしました」

「何があったの?」

「単刀直入に申し上げますと、幽霊が出没していると」


 幽霊?


 私は思わずゼンやフィズと顔を見合わせた。城にはいろんな案件が舞い込んでくるが幽霊騒ぎで王族を遣わせるなんて私は聞いたことがない。


「あの、幽霊が出没するとして、なぜ私が?」

「レイラ王女もご存知かと思いますが、国境沿いの関所は国の行き来を管理する場です。しかし多くの怪奇現象に悩まされ現場がパニックに陥り関所としての機能が危うい状態になっています」


 関所の重要性はよくよく知っている。国を健全に運営するにあたって、犯罪者や不法な移民を国の中へ入れないというのは基本中の基本だ。手形や人相のチェック、持ち物の検査などが関所の主な仕事。


「管理が行き届いていないの?」

「今のところギリギリ捌いてますが、これ以上問題が起こると持ちません」


 人の行き来が滞れば流通に大打撃を与え、ひいては経済的な損失を抱えることになる。それが一番最悪の事態だ。


「私には荷が重すぎないかしら。父様か母様に任せた方が・・・」

「陛下はただいま盗賊が出る地域へ遠征に出ていらっしゃいます。王妃様はオーティスの方にいらっしゃるので・・・レイラ王女にしかご報告できず・・・」

「ああ、そうだったわ・・・」


 すっかり忘れてたけど二人とも今は城に居ないんだった。


 私は頭を抱えて考える。父様と母様が居ない時に私まで城を空けるのはよくない。だけどこのままどちらかが帰ってくるまで待っていたら事態は深刻になっているかもしれない。

 流通が滞った時の痛手はなかなか取り返しがつかない。困るのは経済的に損をする商人だけでなく、物が手に入らなくなった市民たち。最悪は命に係わる場合もある。


「そうね、そうよね。ちょっとこの問題は先送りにできないわ。私にできることはあまりないかもしれないけどとりあえず行きましょう」

「ありがとうございます」


 彼女は深々と頭を下げ、私はゼンとフィズに指示を出す。


「フィズは手配と準備を。各省から衛兵と官吏を融通してもらって。人手が居るから連れて行くわ」

「かしこまりました」

「ゼンは私の出発の準備を」

「はい」


 そもそも幽霊ってどうやって処理したらいいの?

 純粋な疑問に私は立ち上がったまま動きを止める。


「・・・あとその手に詳しい学者も必要かしら」

「幽霊に詳しい学者ですか?」

「そうなるのかしら・・・」


 居てもそんな怪しげなの連れて行って大丈夫かしら。けど本当に幽霊だったらいくら人を揃えても問題が解決できる気がしない。


「怪奇現象なのよね」

「はい。それらしきものを目撃したり、あと人知れず物が移動していたり、急に扉が開いたり閉じたりするそうです」

「あなたは直接見たわけじゃないのね?」

「はい」


 ヘレンは淡々と頷く。


「皆間違って毒キノコでも食べたんじゃないの?」

「幻覚ですか。あり得ますね」

「じゃあ植物学者も帯同しましょう。念のため他の専門家もできる限りかき集めてきます」


 知識人は多ければ多いほどいい。


 ゼンとフィズは頷き合い、慌ただしくも関所へ向かうための準備が始まった。





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