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18話



 柔らかい身体に押しつぶされそうなくらいギューッと抱きしめられ、これでもかと頭を撫で繰り回された。


「よくやったわ、イイコちゃん。さあお姉さんにゼン様とのアレコレを聞かせてごらん」


 ギラッギラした目でニヤつきながら言うシージーは今にも高笑いが始まりそうなほどご機嫌な様子。私はボサボサにされた頭を直しながらムッと口をへの字にした。


「なにするのよ、もう」

「ねえ、どこまでいったの?さすがにキスくらいしたのよね」

「・・・なんでゼンと私がキスするのよ」


 話を逸らしたくてもシージーが許すはずもなく、私は観念して話題を合わせてあげた。


「なんでって逆になんで!?」

「ゼンは騎士に復帰しただけよ?別に結婚が決まったわけでもなし」


 残念ながら剣技大会でゼンは負けた。父様が優勝したということは私は誰の元にも嫁がなくてよくなったということだ。

 ちなみにゼンはほぼ回復し騎士として仕事を始めたが、今は各所の連絡や書類に追われていてここには居らず、今は代わりにフィズが護衛を行っている。


 本人(ゼン)がいないのをいいことにシージーは大声で言いたい放題状態。


「は?え?・・・・え?」


 シージーは目を白黒させながら口をパクパクさせる。


「普通さ、普通さ、ここまでドラマチックな展開しておいてその後何もなしなんてあり得ないでしょ!もっとちゅっちゅちゅっちゅしてると思ってたのに!こっちが恥ずかしくなるくらいベッタベタだと思ったのに!」

「えー・・・」


 そう言われてもなあ、とここ最近のゼンの態度を思い返す。彼は至って普通で特に何かが変わったという気はしない。


「ようやく私の妄想が日の目を見る日が来たと思ったのに!」

「妄想は日の目を見なくていいと思うんだけど」

「せっかく!せっかく・・・!」


 シージーはくぅっと歯を食いしばって悔しそうな声を上げた。


「レイラとゼン様のラブラブな記録をこっそり製本にして永久保存しようと思ったのに」

「おい」


 人をネタになんてことしようとしてくれてんの。


 ちぇーっと彼女は拗ねて恨めしそうに言う。


「だってさあ、楽しみにしてたの」

「・・・そう」


 もう勝手にしておくれ。呆れた私はお手上げ状態。落ち込む彼女は無視して用意された紅茶の缶に手を伸ばした。


「アッサム、ダージリン、セイロン、ウバ、アールグレイ。どれにする?」

「この期に及んで呑気に紅茶選びかよ。レイラはそれでいいの?」


 ん?と顔を上げてシージーの方を見る。


「どういうこと?」

「せっかくここまで熱烈なゼン様のアプローチを受けておいて、何の進展もなくていいのかってこと」

「アプローチ!?」


 確かにゼンには告白もされたし剣技大会にも参加してくれたけど、何かを迫られたわけでも望まれたわけでもない。アプローチというのは言い過ぎじゃないかしら。


「こ、恋人とかは、あんまり考えてなかったかな・・・。だってゼンが戻って来てくれただけでもう私からは言うことないっていうか、もう願いが叶っちゃったっていうか」

「は!?口を開けば結婚したい結婚したいってうるさかったレイラが!?他人のフリしたくなるくらい恋人とイチャイチャベタベタしまくってたあのレイラが!?ゼン様が騎士に復帰しただけで満足ですって!?

やっぱり大会で倒れた時頭打ったんじゃないの!?」

「打ってないわよ~。ゼンが受け止めてくれたんだもの」


 ゼンに抱き留めて助けてもらったなんてなんだか嬉しいやら恥ずかしいやら。記憶がないのがもったいないな、意識があったらよかったのに。


 赤くなった顔を誤魔化すように両手で頬に触れると、ひんやりとした手の温度で多少は顔の熱も冷めるような気がする。


「・・・なるほど。馬鹿の次はアホになったのね」

「アホ!?」

「まあまあそんなに頭に花咲かせて、ずいぶん幸せそうじゃないの」

「う、うん」


 ゼンが騎士として城に戻ってきてくれたから、今はこれ以上ないってくらいに幸せなの。


 そう言うとシージーは生暖かい目で私を見てきた。


「ふーん、へえー、ほー。まあいいんじゃない?私が想像してた感じとは違うけど」

「ダメかしら」

「まさか、ダメってことはないと思うわよ。ただあんたは昔っから恋愛脳っていうか、結婚しか頭に無かったから意外な感じ」

「そうよね・・・」


 あれだけ夢に見ていた結婚も今は特に興味もなく。毎日ゼンが隣にいるだけで十分というか、満たされているからこれを変えたいとは思わない。


「でもまあそれも今のうちだけでしょうけどね」

「え?どうして?」

「そのうち足りなくなるよ」


 シージーは頬杖をつきながらしみじみと何度も頷いて続ける。


「今は良くてもきっと物足りなくなる時が来るから。好きな人の全てが欲しくて欲しくて堪らないってなるから」

「・・・そうなったら、どうすればいいの?」


 彼女は舌を出して親指をぐっと立てた。


「心と股を大きく開きな!」

「母様みたいなこと言わないで!」


 全く参考にならないから!


 シージーはこれだからお子様はと鼻で嗤う。


「とまあそれは冗談として、いいんじゃない?自分たちのペースでさ。

あ!でも進展があったら逐一詳しーく報告しなさいよ!約束だからね!」


 強制的に指切りさせられ私は一応、仕方なく、嫌々ながら、頷いた。シージーにはいろいろとお世話になったし私の恋愛事で騒がれてもしょうがないかな。なんだかんだ私を応援してくれているのだし、シージー以上に明け透けな話をできる相手もいない。


 私は苦笑してもう一度シージーと指切りをした。


「わかったわ」


 よし!と彼女は満足げ。


「んじゃせっかくだし、今から心と股の開き方を教えてあげるわ!」

「自分たちのペースでいいんじゃなかったの!?」

「それとこれとは別よ!」


 それから始まったシージーの講義は私にはとても参考にできそうになかった。

















「フィズ、待たせたな」


 レイラの部屋の外に居たフィズに声をかけると、こちらを振り向いて「ああ」と俺の姿に気が付いた。


「お疲れ様です。終わりましたか」

「まあ粗方は」


 部屋の扉が閉まってフィズが外に居るということは来客中か。


「誰が来てるんだ?」

「アグレンシー嬢が遊びにいらしてます」

「シージーか」


 レイラは本当にシージーと仲がいいんだよな。たまに妬ける。


「書類業務が終わったならもう私は下がっていいですよね」

「ああ。フィズも悪かったな、振り回して」


 正式な騎士に出世したのに俺が戻って来たことで再び補佐に降格になったフィズ。彼は優秀で職務経験が長いのに俺の部下に戻るなんて申し訳ないことをしてしまった。


 フィズはひらひらと顔の前で手を横に振る。


「いえ、戻ってきてくださってひじょーーーーに助かりました。私このままだと転職考えるところでしたよ」


 そんなに大変だったのか・・・。確かにレイラの酒癖の悪さや突拍子もない行動は騎士として彼女を宥めるのに苦労しただろう。俺はもう慣れているからなんとも思わないけれど。


「正直補佐に戻れて泣きたいくらいに嬉しいです。ルイス様の騎士がいかに楽だったか再確認させられました」


 そんなに楽だったのか・・・。確かにルイス殿下は素行の良い絵に描いたような優等生だった。護衛だけでなくお目付け役としての責も負っている騎士としては有り難い。


「しかし貴方には災難ですね」

「え?そうか?」


 陛下はレイラを助けたことを深々と頭を下げて感謝してくださった。陛下直々にお礼を言っていただるだけでも夢のように喜ばしいのに、再びレイラの騎士に戻れるなんて夢にも思ってなかった幸運だ。災難ではないと思うが。


「だって主人には立場的に手を出し辛いでしょう?騎士に復帰せず一般人として交際を申し込んだ方がレイラ王女と一緒になりやすいんじゃないでしょうか」

「交際?それは・・・あんまり考えてなかったなあ」

「もしかしてかなり浮かれてます?」

「まあね」


 浮かれるのも仕方ない。先日まではレイラと二度と会えない覚悟をもしていたのだから、今はただ彼女の側に居られるだけで感無量。


「そりゃあいつかはと思ってるけど、でもなあ、レイラがなあ・・・まだまだそんな感じじゃなくて」


 嫌われてはいないし少しは好かれていると思う。けどレイラは俺が近づくだけでビクビクしているし、手を握っただけでリンゴみたいに顔が真っ赤なるし、もし仲が進展するとしてもまだ先のことなんだろう。


「でもかーわいいんだよなぁ」


 いちいち反応が可愛い。レイラは何もしなくてもすごく可愛いけど、俺が近くに居る時の動揺している様子とか困っている様子とかは更に可愛い。俺の鉄の理性も彼女の可愛さのあまり多少融解するほどに。

 そのうち我慢が限界を超える時が来るかもしれない。レイラの気持ちや自分の置かれている立場も考えず、ただ彼女への気持ちをぶつけたいと思う時が。


 俺の独り言にフィズは目を半分にしてため息を吐く。


「はあ、まあ、とりあえずおめでとうございます」

「ありがとう、フィズ」

「お幸せに」

「ん?うん。・・・?」


 なんなんだ、その結婚祝いのような文言は。


 フィズはそれだけ言い残すとスタスタと早足で去って行った。まあいいかと思考を切り替えて、帰って来た報告だけでもとノックをしてから扉を開けて中へ入る。


「レイラ―――」

「「きゃああああああ!!」」


 俺が現れるなり、レイラとシージーは手を握り合い身を寄せて悲鳴を上げた。二人とも顔が赤い。なにかまずかったか?と思わず一歩後退する。


「あ、いや、帰って来たから報告を・・・しようかと」

「そ、そう。わかったわ」

「邪魔して悪かった」

「あー!大丈夫ですから!ゼン様こちらへどうぞ!」


 さささ、と上司へ席を進める部下のようにシージーが促すのはレイラの隣。なんだ?と思いつつ急かされてソファに座ると、レイラは真っ赤な顔のまま助けを求めるかのようにシージーの服を鷲掴み、ブンブンと激しく顔を横に振ってシージーに何かを訴える。


 本当になんなんだ。


「んじゃ、がんばー!」


 そしてシージーはすがり付いてくるレイラを無理矢理引き剥がすと、ピューッと効果音がつきそうなほど素早く部屋から走って出て行った。


 たぶん、シージーなりに気を遣ってくれたんだろう。

 思いがけず二人きりになった部屋はしんと静まり返り、レイラはシージーが消えていった方を見つめて呆然としている。


「シージーとなに話してたんだ?」


 何気ない会話をと話しかければレイラはビクゥッと飛び上がるほど震えた。・・・話題を間違えたかな。


「ごめん、もう聞かないから」


 苦笑しつつ謝るとテーブルに用意された空のままのティーカップが目につく。


「一緒にお茶でもしようか」


 また前みたいに、同じテーブルでお茶を。王女と騎士でありながら一緒に飲食を共にするのはレイラと俺くらいなものだろう。それは幼馴染という特権があるからこそ。


 レイラは伏し目がちにこちらを見ると、小さな声で「うん」と答えてくれた。





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