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17話



 滲む視界に目を凝らすと、最初に見えたものは天井だった。


「お、起きたな」


 にょっと上から覗き込んでくる顔に私は眉を寄せる。


 母様?何故ここに?

 母様はベッドに端に膝を組んで座っていた。長い黒髪が艶やかで、顔は似ているはずなのに私よりもずっと大人としての色香を持っている母様はドローシアの王妃。幼い頃からの私の憧れだ。


「具合はどうだ?」


 そうそう、この口調と堂々とした態度。私たち顔は似てるのに性格は似てないのよね。苦笑しながら頷く。


「なんともない―――ってあれ!?」


 肝心なことを思い出した私は全身から血の気が引いた。ゼンは!?試合はどうなったの!?

 起き上がると母様に掴みかかる勢いで訊ねる。


「ゼンは!?」


 大会の会場に居たはずなのになぜベッドに横たわっていたんだろう。確かあの時私は急に目の前が真っ暗になったような・・・。


「私、もしかして倒れた?」

「そうそう。貧血とストレスと睡眠不足だって」


 母様はケロっとした様子で話し出す。


「あたしその場に居なかったから又聞きなんだけどさ、レイラが急に観覧席から落っこちたらしいよ。頭からダイブ」


 私は思わず自分の頭を両手で触れて確かめた。話を聞いているだけで頭部に痛みが走りそうだったが、怪我している様子も痛む様子も全くない。


 んでー、と母様は続ける。


「落ちたレイラをゼンがスライディングキャッチしたわけ。剣を手放したから試合は放棄とみなされて終わり」

「嘘でしょ!?」


 ゼンが負けたって・・・私の所為で!?

 実力ならともかく私の所為で負けてしまうなんて、どれだけ私はゼンに迷惑をかけたら気が済むの。


「んでレイラをキャッチした拍子にゼンは折った肋骨が肺に刺さりそうになって、今絶対安静中」


 神様、私はゼンの疫病神か何かですか。罪を犯させ脅迫して大怪我を負わせるなんて、好きな人を散々な目に合わせている自分を呪わずにはいられない。


 剣技大会に甘い夢を見ていたわけではないけれど、現実はもっと意外で残酷だわ・・・。


「酷いことしちゃった・・・」


 謝っても謝っても許されないくらい酷いことを。でもゼンは笑って許してくれそうな気がするから余計に心が痛い。


「んな気にすることじゃねえって。倒れたのは不可抗力なんだからさあ」

「でも私の所為で負けたもの」

「試合の結果はそうだけど。でもゼンがスライディングキャッチした時の会場の盛り上がり凄かったぞ?あたしの部屋まで拍手と歓声が聞こえてきたし」


 なにそれ、私は大観衆の前で救出劇を見せてしまったわけ?

 しかもゼンに助けてもらったとか恥ずかしくてしばらく人前に出られない。今頃どんな噂話されてるんだろう。


「中には号泣して感動してる奴もいたとか」


 シージーかな。


「・・・とまあ、ゼンは大怪我負ったけど命に別状はないし、何より優勝するよりもずっとゼンの名誉回復になったわけだから結果オーライだと思うけど」

「名誉回復?」

「そりゃ自分の名誉よりレイラの安全を優先したんだから称えられるのは当然だろ?忠義違反して城から追い出された後だから余計に」


 そうか、じゃあ多少は、ほんのちょっとは、私はゼンの役に立ったんだろうか。もちろん今までの不幸に比べたら割に合わないのは分かっているけれど。


「ねえ、母様。私ゼンに謝りたい」

「あー、ダメダメ。もう少し回復するまで待ってやりな。レイラが行ったらゼンが無理して動いちゃうだろ?」

「そう・・・」


 絶対安静なら仕方ないか。でも謝罪もしないうちにゼンがまたお城から出て行ってしまったらどうしよう。せっかくここまでしてゼンから会いに来てもらったのにまた会えなくなるなんて。

 会うことばかり考えてその後を考えていなかったのは私の致命的な落ち度だ。ゼンが剣技大会に参加したらその後どうするつもりだったんだろう、私。自分で考えてて自分で間抜けである。 


 不安げな表情で察したのか母様が親指を立てて笑った。


「心配すんなって。あたしが絶対逃げられねえようにしとくから」


 ちょっと言い回しが物騒だったけど、どちらにしろ怪我をしているゼンを外に出すわけにはいかないから頷いた。今後のことはゼンが回復するまで時間があるからその間に考えればいいか。


 そして急に母様は目をキラキラさせながら身を乗り出してくる。


「ていうかレイラ、ゼンと結婚したかったんだって?私に言ってくれればよかったのにー。なんとかしてやるから母さんに任せな」

「え、嫌だ」


 考えるまでもなく拒否した。


「え!?なんで!?」

「なんでってロクなことにならない予感しかしない」


 掻きまわさないで、私いっぱいいっぱいなの。


 母様はむーっと唇を尖らせて拗ねた。


「まあいいけど。それよりレイラの当面の仕事は休養な。

酒飲みながら仕事して酔って寝て、の繰り返しだったんだって?不摂生すぎるぞお前」


 フィズがチクったな。言われた通りお酒飲みながら仕事してました。酔って寝て起きたらまたお酒飲みながら仕事。食事とか適当だったな、とここ最近の生活を振り返り反省する。


「そりゃあ倒れるわけだ」

「ごめんなさい」


 母様は私の頭を撫でながら大きくため息を吐いた。


「あのね、目の前のことで必死なのはわかるよ。でもレイラは自分のこともう少し大事にしてほしいかな。不摂生な生活のこともだけど剣技大会のことも。

レイラだけじゃなくて、レイラを愛している人たちも傷つけることになるんだってこと、わかってね」

「・・・はい」


 ごめんなさい、と再び母様に謝る。

 私が好きでない人の元へ嫁ぐのも、私が倒れるのも、両親をすごく悲しませることになるのよね。わかっちゃいたけれど、母様に直接言われてしまうと改めて猛省するしかない。


「やっぱり結婚のことだけどあたしに任せなって。ゼンに薬盛っとく?」

「絶対やめて」


 即答で拒否した。















 疲れていたのか熱を出してしまい寝込むこと三日目。朝目を覚ますとようやく熱は下がり、お風呂に入って身体を洗うと新しい寝間着に着替えた。

 本当は仕事を再開しようと思ったが医師からの許可は下りず。今日まではゆっくり休めとのこと。


「暇だわ。もう十分休んだんだからそろそろ動きたい」

「今日までの辛抱ですから」


 侍女は朝食の食器を下げながら苦笑した。有無を言わさずベッドに転がされて私はしぶしぶ布団に潜る。自堕落な生活をしながらの読書もいいけどたまには外へ出たり身体を動かしたいのに。


 ゼンの容態はどうなんだろう。重傷じゃ数日では大した回復は見込めないかもしれない。大人しく療養していてくれてたらいいんだけど。


 助けてもらったのだから御礼の手紙でも書こうかしら。


「誰かー、紙とペン・・・」


 上半身を持ち上げて部屋に居る侍女たちへ声をかけた。しかし彼女たちはそれぞれコソコソと何かを耳打ちし合うとダッシュで部屋から出ていく。


 え、なにこれ。

 侍女たちに逃げられシーンとした部屋で困惑した。みんな急にどうしちゃったの。何か始まるの?


 フィズを呼ぶのも忘れ独りぽかーんとしているとやたら廊下が騒がしくなる。私が暇だなんだ文句を言っていたから気を利かせた誰かがサプライズでも用意したんだろうか。始まるのは演奏会か、もしくはバレエか。


 誰もいない部屋でどうしようもない私はただただ待った。そして扉から勢いよく飛び出してきたのはズンチャカ楽器を打ち鳴らしながら踊る一行―――ではなく、ゼン。


「―――!?」


 何かに突き飛ばされたかのようにポンッと現れた彼は、すぐにその場に膝をついて胸部を押さえながら痛みに悶絶する。ひえぇ痛そうっ。


「大丈夫・・・?」

「な、なんとか」

「何事?」

「『私からのレイラを助けたご褒美だ』って王妃様に押し込まれた」


 押し込まれたというか思いきり突き飛ばされていたような。怪我しているゼンになんて無茶なことするのあの人は、もう。


 喜ぶよりも先に驚くわ。いや、これは私のためじゃなくてゼンへのご褒美なのよね。療養中なのに無理矢理連れてこられてむしろ迷惑でしょうに。

 それとも「あたしに任せろ」って言っていたのはこのことだったんだろうか。抜かりなく扉にはしっかり外から鍵をかけられているし部屋にはゼンと私の二人きり。母様の考えそうなことだ。


「動ける?取り合えず座って」


 母様に文句を言うのは後回しにして、私はゼンを支えながら彼をソファへ誘導した。腰を下ろした彼はふうっと大きくため息を吐く。


「ゼン、ごめんなさい」


 もうどれから謝ればいいやら。

 無理矢理城まで来させたことか、私のせいで試合に負けたことか、私を助けて怪我を悪化させたことか、母様のはた迷惑なお節介か。


「レイラは悪くないよ。ただ少し、レイラは何かに夢中になると周りが全く見えなくなるだけだ」

「あ、はい」


 死ぬほど心当たりがある。でもそれって悪いことだと思うんだけど。


 ゼンは俯いてどこか遠くを見ながら口を開いた。


「そうだな。レイラが悪いって謝るなら、謝るようなことをさせた俺も悪いんだ」

「なんかもうわけが・・・」

「わかんないな」


 結局どっちが悪いんだか。


 声に出して笑うゼンに、私は目も眩むような幸福を感じて唇を噛む。

 少しだけ抱きついてみてもいいかな。いいよね?あ、でも怪我してるから触ったら痛いかもしれない。やめておいた方がいいかな。

 目の前にいるゼンの言葉に、声に、どうすればいいのかわからず両手を強く握りしめた。


 恋という感情に振り回されて戸惑うこともあるけれど、ゼンが側に居てくれるだけで私の心は満たされる。そしてずっと不安や寂しさで息が詰まるような日々だったから、ようやく自由に呼吸できるような開放感も。


「ゼンがいなくて寂しかった」


 どれだけ貴方のことが大事が、居なくなってから気づいたの。ゼンはまだ目の前にいる。今からでも遅くないって信じたい。


 手を伸ばしたが怪我に触れるのが怖くてさ迷わせ、結局迷いに迷ってその手でゼンの服の裾を遠慮がちに握った。嫌がられてないかな、とゼンの顔をチラリと見る。


「うん」


 ゼンは笑っていた。


 うわあ、うわあ、うわあっ。

 なんかもう言葉にならなくて首降り人形のようにコクコクと頷く。


「じゃあレイラにもいい報告になるな」

「なにが?」

「レイラを助けた報奨で陛下から騎士としての復帰が認められた」

「えっ、ほんと・・・!?」


 騎士復帰!?父様、ありがとうありがとうありがとうありがとう!

 心の中で何度も父様に御礼を繰り返すと、嬉しさのあまり掴んでいたゼンの服の裾を揺すった。


「ゼンっ、よかったっ」


 馬鹿みたいに突っ走ってきたけど頑張ったのは無駄じゃなかったって、今なら少しは思えるかもしれない。だって最後の最後でこんなご褒美が待っていたんだから。


「まあ、復帰は怪我が治ってからだけど」

「そうよね。あっ、何か必要なものある?欲しいものとかも」


 私からもお詫びとお礼をしなきゃ。


 欲しいもの?とゼンは繰返すと上を向いて考え始める。


「そうだな・・・思いつかないな」

「ゼンって昔から無欲よね」


 欲しいものとかやりたいこととか、あんまりゼンの口から聞いたことがない。対して私はあれ欲しいこれ欲しいあれしてこれしてと欲求三昧だったのに。


「いいや」


 ゼンはジッと私の顔を見ながら言った。謙遜を一切感じない真面目な声色で。


 なんか見られてる。え、どうすればいいの?何を言えば・・・。

 私の心の中は一気にパニックになり誤魔化すように顔を逸らした。


 改めて私の恋愛経験ってクソだ。ゼンの前では何の役にも立たないんだから、今までに経験した恋愛っていったい何だったんだろう。

 そのままもじもじしていると唐突に自分が寝間着姿だということに気がつく。


 髪もボサボサ・・・!


「ぜ、ゼン、私着替えてくるわね」

「なんで?」

「だってこんな薄着で・・・恥ずかしい」


 ゼンは苦笑する。


「何を今更。前は俺がいても下着姿で部屋の中彷徨いてただろ」

「ヒィッ」


 そういえば私、ゼンの前で平気で着替えたりしてたわ。それだけじゃなくて泥酔して吐くなんてしょっちゅうあったし、恥ずかしい所なんていくらでも見せてきた。


 なんてことしてくれたの昔の私!


 なにも言えなくなってしまい黙りこんでいると、ゼンが声を上げて笑った。それがどうしようもなく幸せで、気恥ずかしかったけれど私もつられて笑ってしまった。




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