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16話



 医務室として用意された会場の横の休憩室にゼンの姿はあった。


 遠くから見ただけで嬉しかったけど、近くで見たらなおのこと。久しぶりに目にするその赤い髪とか、琥珀色の瞳だとか、吸い寄せられるように見つめてしまう。

 それでも扉の隙間から覗くだけで部屋の中に入る勇気はない。そのまま覗いているとゼンは上半身を脱がされ怪我の手当てが始まった。


 全身にある打撲の跡が痛々しく心臓が縮み上がりそうになる。

 ゼンの眉は険しそうにひそめられて、額にはたくさんの汗が滲んでいた。奥歯を噛み締めているところを見るとかなり痛そう。


 医師は手早く幹部に塗り薬を塗りながら口を開く。


「他に痛みはありませんか?」

「あばらをやられた」

「・・・棄権します?」

「いや、固定して痛み止めを」


 ぞっとした。私はてっきりもう棄権するものだと思っていたのに、ゼンはあの満身創痍の身体で今から父様に戦いを挑むつもりらしい。


 これ以上ゼンに怪我してほしくない。けど棄権してほしいって、怪我の原因を作った私が言っても許されるのだろうか。


「レイラ?」


 ―――見つかった!


「な、何か食べる?」


 自分で言って自分でずっこけそうだった。扉の隙間から覗き込んだまま何か言わなきゃと焦って出て来た言葉がそれ。試合の前に胃に何か入れた方がと思って言ったんだけど、久しぶりに再会したゼンにかける言葉としては微妙。もっと気の利いたことが言えたらよかったのに。


「いや、いい」


 ゼンの態度は普通だった。変わらない、私に向ける目も柔らかい声も。


 意識しているのは私の方なんだろう。彼から目が離せず側に行きたくて堪らない。医師が手当てをしている最中だからもちろん邪魔することはできないんだけど。


「・・・棄権しないの?」


 痛々しい怪我を見ていたら口からポロッと出てしまった。

 しまった、と思っても一度出してしまった台詞は引っ込められない。ゼンに優勝してほしくないって意味で誤解されたらどうしよう。


「勝ってほしくない?」

「そうじゃなくて怪我が・・・」


 重傷だしその身体で父様に勝つのは無理よ。そんなこと猶更口にしてはいけないから語尾をごにょごにょさせて誤魔化した。でもゼンにはもちろん伝わっていて、彼は「ああ」と声を出す。


「痛めたのは手足じゃないし、痛み止め打つから平気」


 ゼンの胸部は包帯でぐるぐる巻きにされ注射を打たれた。その様子をじっと見守ることしかできなかった私は何も言い出せず黙り込む。


 しばらく沈黙が続いたが、先に口火を切ったのはゼン。


「試合中にさあ」

「・・・え、ええ」

「シージーの絶叫が聞こえてきてさあ」

「ああ・・・」


 私も見たし聞こえた。ぎゃあぎゃあ騒いでたわね、他の観戦者も盛り上がってたからそこまで悪目立ちはしていなかったけれど。


「シージーはほら、ゼンのファンだから」

「へえ」


 本当はゼンと私の熱狂的なカップル推しだとは言うまい。


「で?」


 手当てが終わり医師が退出すると急にゼンの声色が変わった。視線はしっかり私の方を向いていて、私は緊張に身体を強張らせる。


「レイラは俺と陛下どっちに勝ってほしいんだ?」

「えっ・・・!?」


 どっちに勝ってほしいのか、そんなのゼンを選んだら『貴方と結婚したい』って言ってるようなものじゃない。確かにゼンと結婚だなんて夢にも見れなかったことだけど、脅迫して城に呼び寄せた挙句強制的に結婚させられるゼンが可哀そう。


 そういえば、ゼンはまだ私のことが好きなんだろうか。幻滅と言われてしまったくらいだからやはりもう気持ちは残ってないものなのか。


「ゼンは?・・・勝ちたいの?」

「・・・・陛下に勝つなんて想像するだけで恐れ多い、けど」


 けど?

 いくら待ってもゼンはその続きは言ってくれなかった。結果的になんだかお互い答えをはぐらかしてしまったような。


「・・・ま、試合の後でな」

「そうね」


 ゼンは目の前に父様との試合を控えている状態。痛み止めもようやく効いてきたのかゼンの顔に少し血の気が戻った。


「ねえゼン、これだけ聞いていい?」

「どうした?」

「・・・・怒ってる?」


 会場に着いた時ゼンはものすごく怒ってたと思う。ああ、とゼンは明後日の方を向いて苦笑した。


「あれは違う。レイラに怒ってたわけじゃない。ああ、でもやっぱり少しは怒ってるかもな」


 やっぱり怒ってるんじゃないの。私のしたことを考えたら当然だけど。


「でももうどうでもよくなった」


 私を見て笑うゼンにどうしようもなく愛しさが込み上げてくる。こんな状況なのに幸せを感じている私は不謹慎かもしれないけど、胸の高鳴りは止められない。















 視線を感じて顔を上げれば、薄っすらと開いた扉からこちらを覗き込むレイラの姿に気が付いた。視線と視線が合わさればレイラの身体が大げさなくらいにビクリと震えあがる。


 空気を呼んだ医師は処置を終えると早々に退席し、部屋には俺とレイラの2人きりになってしまった。久しぶりに見たレイラはやはり可愛くて、緊張しているらしい彼女にいたずら心は疼き出す。


「レイラは俺と陛下どっちに勝ってほしいんだ?」


 レイラは扉の隙間からでも分かるほど真っ赤になると慎重に言葉を選びながら口を開く。


「ゼンは?・・・勝ちたいの?」


 質問返しはずるいと思う。そんなの勝ちたいに決まってるだろ、と言いかけてレイラにはわからないほど小さくため息を吐いた。


「・・・・陛下に勝つなんて想像しただけで恐れ多い、けど」


 それでもレイラを手に入れたいと言えば彼女はなんて言うだろうか。俺には過ぎた夢だけど、諦められないからこそここまで来てしまったのだ。

 もう迷わないと陛下に誓った。例え未来にどんなに困難や苦難があっても、勝てる可能性が一ミリもなくても、レイラと共にある未来を得るためのチャンスを無駄にはしない。


「ねえゼン、これだけ聞いていい?」

「どうした?」

「・・・・怒ってる?」


 おずおずと尋ねてくるレイラ。もしかして試合前のことを言ってるのか。


「あれは違う。レイラに怒ってたわけじゃない」


 ただレイラで猥談している野郎共が居たから、人目につかないように処分してやりたい気持ちを我慢していただけで。


「ああ、でもやっぱり少しは怒ってるかもな」


 そう言うとレイラの身体が強張ったのがわかった。わかりやすいなあ、レイラは。


 でも彼女を見てると怒りや呆れなどは吹っ飛んでしまった。その白い肌を目にするだけで、長年蓋をしていたはずの欲はいとも簡単に湧き立てられる。

 そんなこと考えているとも知らず彼女は俺をいじらしい様子で見つめるものだから、つくづくレイラは天然の煽り魔だと思う。


 ―――触れたい。


「レイラ」


 おいでおいでと手招きすると、レイラはようやく開きかけの扉を大きく開けて部屋の中へ入って来た。遠慮がちながら不思議そうにやってくる彼女に俺は座ったままレイラの手を取って握りしめた。


 レイラの手はとても暖かくて、遠い昔の幼いレイラを思い出す。


「ぜ、ゼン・・・?」

「少しだけ」


 俺を抱きしめてくれたあの小さな身体の温もりは一生忘れない。きっと俺はあの時からレイラに恋をしていたんだと思う。


『一生一緒にいようね』


 あの約束が本当になったらいいのにな。


「ゼン、あのね」


 顔を上げて彼女の顔を見ると握っていたレイラの手に力が籠った。


「ん?」

「・・・頑張ってね」


 それくらいは言ってもいいでしょ?と視線を彷徨わせながら言うレイラに、俺は握った彼女の手を俺の額に寄せて笑う。


「うん」


 頑張るよ。

 だからレイラに伝わるといい。どんなにその姿が滑稽でも、世界中の誰よりも君を愛しているのは俺なのだと。















 顔の熱を冷まして会場へ戻ると、父様は既に戦いの準備を終えていて後はゼンを待つのみとなっていた。


 それにしても驚いた、急にゼンが手を握ってきたから。顔の熱はしっかり冷ましたはずなのに思い出すだけでまた赤くなってしまいそうだ。こんな人目があるところで挙動不審になるなんて、さっき何かあったって皆にバレバレじゃないの恥ずかしい。


 ゼンが会場へ戻ってくるとワーッと沸く観戦者たち。


 どうしよう、すごく緊張してきた。

 何度も深呼吸しながら段差の一番手前まで出て戦いの始まる様子を見守る。二人とも真正面で向き合い礼を取ると審判の合図に従って剣を構えた。


「始め!」


―――ガキン!


 剣がぶつかった途端に再び上がる歓声。


 胃がひっくり返りそうなほど緊張するけど、今回は目を逸らすことなく静かに試合を見守った。ゼンに頑張れって言ったんだから私もちゃんと最後まで見届けなければ。


 痛そうに顔をしかめながら父様の剣をギリギリのところで受け止めているのを見ると、やっぱり怪我の痛みの影響は大きいらしい。だからといって父様も遠慮している様子はなく圧倒的有利に試合を進めている。


 ゼンは確かに国内有数の剣豪。決勝まで勝ち進んだように世界的に見てもこの年齢でこれだけの実力者はそういないだろう。けれども父様の実力は人類の及ばぬ所と揶揄されることもあるほど別格だと言われている。剣術なんて私にはほとんどわからないけれど、二人が打ち合っていると実力差はなんとなく理解できる気がした。


 すぐにでも決着がつくかと思いきや意外とゼンは持ちこたえていた。会場はだんだんボルテージが上がっていき盛り上がりは最高潮。


 そして喧噪が剣の打ち合いの音もほとんど聞こえないほどになった頃のこと、―――ガツンと重い一打がゼンの脇腹に入った。


「っ・・・!」


 よろめいたが膝を着くことなく踏み留まり試合はセーフ。


 しかしそのあまりの衝撃に私は口を手で覆った。ただでさえ無傷じゃすまない攻撃を骨折した身体で受けたゼンが無事なわけがない。膝を着くことがなくともゼンの表情は今までで一番険しく、額から流れる汗の量は尋常じゃなかった。


 やっぱり止めさせた方が・・・。


 その場で私がおろおろしている間にも試合は続けられる。ゼンが父様の剣を受ける度にふらついていて、私はもうこれ以上見ていられないと首を横に振った。


 もういいよ、ゼン。十分頑張ったでしょ。


 声をかけようとして口を開いたが何故か肝心の声は出てこない。何かに堰き止められたかのように身体の自由を奪われ、視界が暗転して足場が崩れ落ちる―――。






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