第八話 アリクレット伯爵
ソートマス軍と共に、アイロス王国の王城へと侵入した俺達だったが、そこには使用人以外残ってはいなかった。
俺達は多分、王族が使っていたと思われる部屋の一室を借り、寛いでいた。
「逃げてくれていて、助かったな」
王族、貴族は禍根を残さないため皆殺しが鉄則だ、しかし無抵抗な人を殺すのには躊躇いがあったので、逃げてくれて本当に助かった。
「そうね、本来であれば、やり返されないためにも王族は滅ぼしておいた方が良いけど、来ても返り討ちに出来るから問題無いわね」
「そうだけど、来ない事を祈るよ」
「しばらくは、ゆっくり過ごしたいわ」
「そうですね」
皆でお茶を飲んで寛いでいると、ヴァイスさんから念話が入った。
『エルレイ男爵様、よろしいでしょうか?』
『ヴァイスさん、ご用件は何でしょう』
『公爵様より伝言でございます、明日中に王都にある館に、ゼリクイム男爵様とヴァルト様と一緒に来て欲しいとの事です』
『分かりました、しかし急ですね』
『占拠したアイロス王国の事もございますし、誠に申し訳ないですが、お願いします』
『では明日、父と兄を連れて伺います』
『失礼致します』
父上と兄を連れて来いとはどういう事だ?しかもマデラン兄さんでは無くヴァルト兄さんか。
マデラン兄さんは父の跡を継ぐ事になっているから、ヴァルト兄さんが爵位を貰えるのか?砦を防衛した功績が今頃なのかな・・・。
まぁ、今考えても仕方が無いか。
「皆聞いてくれ、明日王都に来るようにと今連絡が入った、全員で行くからそのつもりでいてくれ」
「急な話ね」
「そうなんだよ、それに父上とヴァルト兄さんも連れてくる様に言われたんだよね」
「そう」
ルリアは何か気が付いたのか、考え込んでしまった。
「エルレイさん、アイロス王国を占領したばかりなのに王都に戻っては、転移の事が知られてしまうのではないでしょうか?」
「リリーの言う通りだな、しかしラノフェリア公爵様からの伝言だったから、その事に気が付かないはずはないと思う、という事は転移の事が知られた?」
「隠す必要が無くなったって事よ」
ルリアは納得したかのようだった。
「ルリア、どうしてそう思うんだ?」
「少し考えればわかる事よ、今回の功績で伯爵になる事は分かっているでしょ、そうなればエルレイの事を誰も簡単に使えなくなるのよ」
「なるほど」
「それと、この地はエルレイの物になるのだから、人や物を運び込まないといけなくなるでしょ、いちいち隠していては面倒じゃない」
「確かに面倒だな、ルリアありがとう」
「えぇ、後で訓練に付き合いなさい、暴れ足り無いのよ」
ルリアは気絶していて出番が少なかったからなぁ、付き合うのには問題無いが、連絡してからだな。
「分かった、先に連絡させてくれ」
「ゆっくりお茶を楽しんでいるわ」
ルリアがお茶を飲んでる間に、イアンナ姉さんに念話を送る。
『イアンナ姉さん』
『あらエルレイ君何かしら?』
『明日急遽ヴァルト兄さんを王都に連れて行く事になったのでその事を伝えてもらえませんか』
『分かったわ、何か必要な物はあるかしら?』
『正装の服があればいいかと思います』
『服ね準備しておくわ』
『では明日迎えに行きますのでお願いします』
『はーい、またねぇ』
ヴァルト兄さんの方はこれで良し、後は父だがセシル姉さんに連絡するか、アルティナ姉さんだと話が長くなる。
『セシル姉さん』
『エルレイさん、元気にしてた?』
『はい、元気にしておりました、セシル姉さん、すみませんが父上に伝言をお願いします』
『あら、何かしら?』
『明日王都に父上を連れて行く事になりましたので、準備をお願いしますと、お伝えください』
『伝えておくわ』
『お願いします』
『はーい』
これで良し、後ダニエルさんにも言っておかないと駄目か。
ダニエルさん率いる部隊が、城の警護を担当してくれている、他の人はまだ、アイロス王国内の平定に奔走している。
「ちょっと、ダニエルさんの所に王都に行くことを伝えて来る」
「先に訓練場に行っているわね」
「なるべく早く行くよ」
ロゼに見送られて部屋を出ると、何も言わないでも、すっと後ろにリゼが付いてくる、まだどこも安全では無いからと、一人での行動は許してもらえない。
俺もゴーレムの時に気を失ったので強くは言えず、この状態だ、リゼと横に並んで歩くのならいいのだが、一歩下がられてるから落ち着かない、強引に手を繋いで歩こうとも考えたが、それはメイドに連れられている子供の図、にしかならないので止めておいた。
城の警護詰め所へ着き、ドアをノックする。
「エルレイです」
「エルレイ男爵、入ってくれ」
部屋に入ると中はまだ色々散らかっており、兵士が荷物をかたずけていた。
「エルレイ男爵、何か用かな?」
「はい、明日王都に行く事になりましたのでその報告を」
「そうか、着いたばかりで大変だな、それで護衛が必要か?」
「いえ、それには及びません、ダニエルさんに私の移動手段の事を知っていただいておこうかと思いまして」
「移動手段とな、空を飛ぶのではないのか?」
「それもありますが、空間転移と言うのをご存知でしょうか?」
「いや、初めて聞く」
ダニエルさんは顎に手をやり考えている、空間魔法は本にも鍵がかけられていた様子から、一般的では無さそうだな。
「私が行ったことがある場所に一瞬で転移出来る魔法で、今後、王都との移動に頻繁に使う事となると思いますので、お知らせした次第です」
「なるほど、それはとても便利そうだが、軍人からすればとても脅威だな」
「はい、しかし一度に運べる人数は数人程度ですので、軍隊を運ぶ事は出来ません」
「それは残念だな」
[そう言う事ですので、城の事よろしくお願いします」
「うむ、分かった」
ダニエルさんの所を後にして訓練場へ向かい、ルリアのいつもより激しい訓練に付き合わされた。
翌日、父上とヴァルト兄さんを連れ、王都にあるラノフェリア公爵別邸へと転移してきた、勿論ルリア達も一緒だ。
ベルを鳴らし暫く待つと鍵が開き、ヴァイスさんが迎えてくれた。
「エルレイ男爵様、お待たせ致しました」
「ヴァイスさん、お久しぶりです」
「では、皆様ご案内致します」
ヴァイスさんに案内されて、応接室へ通された。
ソファーに座ると、いつもの様にメイドさんがお茶を入れてくれた、なぜか今日はお茶菓子も俺の前に置かれた。
この前城で頂いたやつだ、こういう気配りは、また何かやらせられるのではないだろうかと、悪い方向に考えてしまう。
「あら、このお菓子は城下の有名なお菓子屋さんのやつね」
ルリアはそう言うと、一つ摘んで食べた。
折角用意されているので俺も食べる事にした、リリーも美味しそうに食べている。
「とても美味しいです」
「美味いな」
三人で美味しくお菓子を食べていると、にっこりと笑ったラノフェリア公爵様が入って来た。
俺、父上、ヴァルト兄さんは立ち上がり挨拶をした。
「「「ラノフェリア公爵様お久しぶりです」」」
「エルレイ君、急に呼び出して悪かったね」
「いえ」
「かけたまえ、ルリア、リリーお帰り」
「お父様、ただいま」
「ただいま戻りました」
席に座り、ラノフェリア公爵様を見ると、優しいい目でルリアとリリーを見ていた。
「今回三人に来て貰ったのは、明日城にて陛下より爵位を頂くためです。
エルレイ君の活躍により広大な領地を手に入れたわけだが、それを管理する貴族の数が足りなくてね」
ラノフェリア公爵様は苦笑いしてそう述べた。
「ラノフェリア公爵様、貴族は大勢いると思うのですが・・・」
「エルレイ君、確かに貴族は掃いて捨てるほどいる、しかし、使える貴族は一握りしかいないんだよ、君の領地を管理するのが役立たずでいいのなら、苦労はしないんだが?」
なるほど、使えない貴族来られても困るな・・・。
「すみません、役立たずは要らないです」
「そうだろう」
「そう言う事で、ゼリクイム男爵とヴァルト君に来て貰った訳だ」
ヴァルト兄さんがかなり動揺している、男爵家を継げない次男に、いきなり爵位を与えると言われたら動揺するよな。
でも、ヴァルト兄さんなら安心して領地を任せられるのは間違いないな。
「分かりました」
「その他にも、エルレイ君の領地を管理する人材も帰りに連れて帰って貰う、まだ君に領地の管理は厳しいだろう?」
「はい、それは助かります」
俺にそんな事は出来ない、これから覚えて行くしか無いだろう。
「ラノフェリア公爵、申し訳ありません、エルレイには三男と言う事で、領地経営に関して教えてまいりませんでした」
父が頭を下げてラノフェリア公爵様に謝った。
「マデラン男爵、それは当然ですから気にしてません、むしろ、これだけ強い魔法使いを育てた事の方が大きいですよ」
「ありがとうございます」
そこでラノフェリア公爵様は真剣な表情で俺を見て来た。
「エルレイ君には一つ、謝らなければならない事があります」
「それは今回のしょう爵の事でしょうか?」
「そうだな、明日陛下からその事について話があると思う」
ラノフェリア公爵様は言葉を濁した、余程よくない事なんだろうか。
「分かりました」
「では、翌朝王城へ向かうので、今日はゆっくり過ごしてくくれたまえ」
ラノフェリア公爵様は部屋を出て行かれた。
「お父様の最後の言葉、気になるわね、私の部屋に行って話しましょう」
「わかった、父上、ヴァルト兄さん、また後で」
「うむ」
「あぁ」
ヴァルト兄さんは放心状態だ、明日どうなる事やら・・・。
応接室を出てルリアの部屋に向かう途中、マルティナ様と出会った、ルリアは顔をしかめている。
「あら、ルリアさん、野蛮な戦争に行かれたと聞きましたのに、もう戻って来たのですね」
「・・・」
ルリアは無視を決め込む様だ。
「相変わらずですこと」
ルリアを助けたいと思い、マルティナ様に声を掛ける。
「マルティナ様、少しよろしいでしょうか?」
「男爵ごときが私に話しかけるんじゃありません」
怖いねぇ、でも、ここで止めてはルリアの為にはならない。
「確かに私は男爵ですが、ルリアお嬢様の婚約者です、将来マルティナ様とも家族になるかと思い、声をかけさせて頂きました」
「あなたと私が家族ですって?汚らわしい、決してそのような物にはなりませんわ」
マルティナ様は俺を睨みつけてきた。
「そうでございますか、それはとても残念です、家族では無い、という事はマルティナ様は私の敵ですね」
俺は笑顔でそう答えた。
「なっ、そ、そうよ!だから金輪際話しかけないでちょうだい!!」
マルティナ様はそう言うと、足早に立ち去って行った。
「ふぅ」
俺は息を吐き緊張を解いた。
「エルレイ、余計な事をするんじゃないわよ」
ルリアは腕を組み俺を睨んできた。
「しかし、ルリアが攻撃されているのを黙って見ている事は出来なかったんだよ」
「はぁ、分かったわよ、さぁ部屋に行くわよ」
暫くルリアは俺の睨み続けたが、どうやら納得してくれた様だ。
ルリアの部屋は本邸と同じ様に作られていた、こういう所は金持ちのこだわりなのだろうか?
全員でテーブルの席にに座る。
「それで、ルリアは先程の件で何かわかったのか?」
「いえ、分からないわ、ただお父様にとって予想外の事が起こったのでしょう」
「エルレイさんが伯爵に成れないのでしょうか?」
リリーが心配そうにルリアに問いかける。
「伯爵には成れるのでしょうけど、嫌な予感がするのよ」
「嫌な予感ね・・・アイロス王国軍と戦わず降参させたのが不味かったのだろうか?」
「それは悪い事では無いわ、むしろ、その事でエルレイの評価が上がって・・・・・・あっ!!」
ルリアは何かわかったような表情をした後、考え込んでしまった。
「ルリアどうした、何かわかったのか?」
「いえ、しかし・・・エルレイ、王城で陛下と食事をしたのよね?」
「あぁ、あの時ヘルミーネ様に無理やり連れられて一緒に食事をしたな」
あれは嫌な思い出だ・・・出来れば思い出したくない。
「その時陛下の表情はどうだったかしら?」
「確か笑顔だったと思う」
「そう、分かったわ・・・」
「ルリア、何が分かったのか教えてくれ」
「エルレイ、陛下の命令を断る事が出来るかしら?」
「えっ?断れるの?」
陛下の命令を断るとか、無理なのでは?
「まぁ、無理よね、あくまで私が考えた結果であって答えでは無いわ、だから教えないわ」
ええええええ、そこまで言われたら気になって寝られない・・・。
「ルリア、教えてあげては?」
「間違っていたら嫌だし、後でリリーには教えてあげるわ」
リリーがルリアに催促してくれたが、ルリアは俺に教えてくれる気が無いようだった。
結局その後、ルリアが教えてくれることは無く、俺はその夜まともに寝付くことが出来なかった・・・。
翌朝、眠い眼をこすりながら、馬車の心地よい揺れを感じていた。
「おや、エルレイ君は眠れなかったのですか?」
「ラノフェリア公爵様、昨日ルリアお嬢様と今日の事を話して、ルリアお嬢様は何か気が付かれた様子だったのですが、私には教えて貰えず、それが気になって眠れませんでした」
「そうか、それは気の毒な事をした、私にとっても予想外の事だったのでね、陛下のご機嫌取りのつもりだったのだが、裏目に出てしまったのだよ」
ルリアの言ったとうり、予想外の事だったのか、何が裏目に出たのか分からないが良い事ではなさそうだな・・・。
それよりも、大事な事を聞いておかなくては。
「話は変わりますが、陛下から爵位を頂いた時、どの様な受け答えをすればいいのでしょう?」
ラノフェリア公爵様は不思議そうな顔を俺に向けた。
「この前と同じ受け答えで大丈夫だ」
「あれ、間違っていなかったんですか?」
「うむ、完璧たったぞ、本当に知らなかったのか?」
「はい、父上にも教えて貰って無かったですし・・・」
「エルレイには確かに教えて無かったな、陛下に失礼な事言ってはいないよな?」
父上、教えて貰って無かったのにその問い正しはどうなのかと思います・・・。
「エルレイ君は立派な受け答えだったぞ、知らないでやっていたのなら驚きだ」
ヴァルト兄さんは父上から教えて貰ったのか、先程からぶつぶつと受け答えを繰り返しつぶやいている様だ。
「ヴァルト兄さん、大丈夫ですか?」
「あぁ、エルレイ大丈夫だ、大丈夫・・・」
普段とは違ってヴァルト兄さん、ガチガチに緊張しているな、どうにかしてやりたいが・・・。
「ヴァルト兄さん、そろそろ赤ちゃん生れるんですよね、名前は考えましたか?」
「あぁ、考えたんだがイアンナに却下されてな、今イアンナが考えてる・・・」
ヴァルト兄さんは少しうつむいて落ち込んでしまった、緊張をほぐすつもりが不味い・・・。
「そうでしたか、でもイアンナ姉さんなら、いい名前を考えてくれそうですね」
「そうだな、そうだとも、はははっ」
ヴァルト兄さんはイアンナ姉さんの事を思い出したのか笑顔に戻った、緊張もほぐれたようだし、よかった。
馬車は王城に着き、俺達はラノフェリア公爵様の後を歩き、待合室へと連れられてきた。
「ここで暫く待っていてくれ」
ラノフェリア公爵様はそう言って部屋を出て行った、三人はソファーに座り沈黙する。
ヤバい、緊張してきた、この待たされる時間が辛い、父上もヴァルト兄さんも表情が硬い。
お互い会話も無く三十分ほど待たされて、ようやくラノフェリア公爵様が迎えに来てくれた、しかしこれからが本番だ。
廊下を歩き、騎士が両隣に待機する両開きの扉の前に着いた、内側から扉が開き中へと進み膝をつき頭を垂れる。
「面を上げよ」
顔を上げると、玉座に座る陛下は、にこやかな表情でこちらを見つめていた。
「エルレイ、急な呼び出しすまんな」
「いえ、陛下の御用とあらば如何様な時も馳せ参じます」
「うむ、今回来て貰った理由は、早急に占拠した地の平定を急いでもらう必要があるからだ、隣のラウニスカ王国とキュロクバーラ王国の戦争が激しさを増しておる、どちらが勝つにしても、こちらの防衛体制を確立しておかねばならぬ」
隣の国も戦争中か、でも防衛を築くって事は攻め込まない事だな、もう戦争とかやりたくない。
「承知致しました」
「とは言え、エルレイにはロイジェルクが手助けしてくれる、何も心配することは無いぞ」
「はっ」
「今回ゴーレムを打倒し、敵の部隊を降伏させ、我が軍の被害を抑えた事、誠に大儀である。
この功績をもって、ゼルギウス・フェリクス・ド・ソートマスの名において、エルレイ・フォン・アリクレットに侯爵位を授ける事とする」
「謹んでお受け致します、今後一層王国の為に誠心誠意尽くす事をお約束致します」
侯爵位を聞き周囲がざわめき立つ、俺も吃驚している、これが昨日ラノフェリア公爵様が謝っていた事か?
「続けて、ゼリクイム・フォン・アリクレットには伯爵位を、ヴァルト・フォン・アリクレットには子爵位を授ける事とする」
「「謹んでお受け致します、今後一層王国の為に誠心誠意尽くす事をお約束致します」」
父上とヴァルト兄さんも驚きの表情だ。
「ロイジェルクよ、領地の分配と、それに伴う男爵位の授与を任せる」
「はい、承知しました、責任をもって致します」
「うむ、これとは別にエルレイには褒美を授ける、ヘルミーネ」
「はい、お父様」
陛下が声を掛けると、ドレス姿のヘルミーネ様が陛下の横に並んだ、もしかして褒美って・・・いやな汗が流れる。
ルリアが教えてくれなかったことが今になって分かった、知ってたら全力で逃げるよ・・・。
そりゃー、ラノフェリア公爵様が謝るわけだ。
「エルレイよ、我が娘、第七王女ヘルミーネを授けよう」
お断りします!!言えないよなぁ・・・・。
「以前お会いした時、とても知的な印象を受けましたので、大変嬉しく思います」
「そうかそうか、良かったなヘルミーネ」
「はい、お父様」
陛下はとてもいい笑顔だ、ヘルミーネ様もにこやかな笑顔を浮かべている、完全に猫被ってるよな・・・。
ヘルミーネ様と婚約させるための侯爵位だったのか、俺はやり過ぎたのか?ゴーレムを倒した所で止めて置けば良かったのだろうか。
でも、味方の被害をあまり出したくなかったのもあるしな、平原の砦で味方が火に飲み込まれるのを見てしまったからな、仕方がない。
「陛下、ヘルミーネ王女様おめでとうございます」
「うむ、アイロス王国を滅ぼし、愛娘の婚約まで決まった、こんなに喜ばしいことは無い」
「はい、私もそう思います」
「では下がってよいぞ」
「はっ、失礼します」
謁見の間を後にし、帰れるかと思っていたら見知らぬ部屋へと連れて行かれた。
「エルレイ君、私達は先に帰るからな」
ラノフェリア公爵様はそう言って、父上とヴァルト兄さんを連れて帰ってしまった。
俺だけ残されたという事はそう言う事なのだろう、受けてしまった事だ覚悟を決めるしか無いな。
暫く待っていると、先程のドレス姿のヘルミーネ様とラウラさんが部屋に入って来た。
「エル、会いたかったぞ」
ヘルミーネ様は笑顔だ、ヘルミーネ様と以前お会いしたのは一年と少し前、若干背が伸びただろうか。
クリッとした目で、見た目は可愛いのだが・・・。
「ヘルミーネ様、お久しぶりです」
「うむ、これでエルは私の物だ」
違います・・・、どうやら我儘なのは変わっていない様だ、最初が肝心だ、お互いが対等な立場と言う事を教えないといけない。
「ヘルミーネ様、いえ、婚約したのですからヘルミーネと呼ばせていただきます」
「うむ、構わぬぞ、敬語も不要だぞ」
「そうですか、ラウラさんもよろしいでしょうか?」
ラウラさんにも確認取って置かねば。
「エルレイ様、ヘルミーネ様が言っておられるので、私が異を唱える事はございません」
「では、俺はヘルミーネの物では無いし、逆にヘルミーネも俺の物では無い、お互いを尊重し話し合い仲良くなっていく、そう言う物だと思うがどうだろう?」
「むっ、確かに物は言い過ぎた、すまない、そしてエルの考えは分かった、では改めてエル、よろしく頼む」
ヘルミーネが笑顔で手を差し伸べて来た、俺はそれを優しく握る。
「ヘルミーネ、よろしく」
しかし、九歳の少女の笑顔は我儘娘だと思っていても可愛いものがある、ヘルミーネは説明すれば理解できるから我儘も無くなって行くだろうか?
「ヘルミーネ、既に知っているとは思うが、俺にはルリアとリリーと言う婚約者が既にいる」
「うむ、知っている」
ルリアの名前を聞いた時嫌な顔をしたな、やはりルリアが言ってたように喧嘩していた様だな。
「公の場での立場はヘルミーネが上だ、しかしその他の場所だと、皆対等な立場として仲良くして貰いたい。
勿論ルリアと喧嘩をした話は聞いた、ルリアにも仲良くするよう言い聞かせるから頼む」
「そうか、分かった」
「ヘルミーネ、ありがとう」
「ところでエル、私はあれから毎日魔法の訓練をして上達したぞ」
「それは素晴らしい、やはりヘルミーネはいい魔法使いだった訳だ」
「そうだぞ!しかしどうやってもエルの様に無詠唱が出来ないのだ、エル教えてくれないか」
教えてやることは構わないが、今は時間が無いな、ヘルミーネには悪いが結婚後だな。
「分かった、しかし俺は領地に戻ってやることが多いく、ヘルミーネに教えてやることが出来ない、結婚後で構わいだろうか?」
「その事に関しては問題無いぞ、私もエルに着いて行くからな」
はっ?今何と言いましたか・・・。
「ヘルミーネは王女だから、それは出来ないのでは?」
「お父様の許可は貰ったから大丈夫だ」
ヘルミーネ様は笑顔でそう答えた、陛下ーーーーー危険な土地に王女を連れて行くとか普通無いだろう。
思わずラウラさんに確認をしてしまう。
「ラウラさん?」
「エルレイ様には申し訳なく思いますが、そのような事に成りました」
あぁぁぁぁ、ラウラさんも肩を落としてそう答えた、当然ラウラさんも着いて来る事になるのだろう、申し訳ない。
俺は最後の悪あがきを試みる。
「そうか、しかし俺は今日戻るのだが・・・」
「分かっている、ラウラ」
「はい、既に出立の準備は整い、表に馬車が用意出来ております」
ラウラさん仕事速すぎです・・・。
「では行くとするか、エル、着いてこい」
「はい」
ヘルミーネの後をラウラさんと付いて行く、エントランスに行くと思いきや、城の奥へ向かっている様だ。
「ヘルミーネ、何処に向かっているんだ?」
「お父様の所に報告して行かないとな」
ですよねぇ、行きたくは無いがそれが礼儀だな、やがて陛下の執務室の前へ着いた。
「エルレイです」
名前を告げると中からドアが開いた。
「失礼します」
中に入ると陛下や貴族たちが書類仕事をしていた。
「エルレイ、もう行くのか?」
「はい、領地の平定に時間が無いとの事でしたので」
「うむ、それとヘルミーネの事、迷惑をかけると思うがよろしく頼む」
「はい、ヘルミーネ様は責任をもってお守り致します」
「うむ」
「お父様行って参ります」
「ヘルミーネ、気を付けな」
陛下は複雑な表情だ、可愛い愛娘が出て行くのだ、寂しいものがあるのだろう。
「では、失礼します」
陛下の執務室を出て、今度こそエントランスへ向かう、表に出るとそこには俺達が乗る馬車とは別に、五台の馬車が並んでいた。
「ラウラさん、これ全部ヘルミーネの荷物でしょうか?」
「はい、そうなります、これでもかなり削ったのですが、しかしこれだけは持って行きます」
ラウラさんはとても真剣な表情だ、王女の荷物としては少ないと思うべきなのだろう。
「分かりました」
後ろの一台はメイド達が乗っている、これは助かるな、リゼとロゼに楽をさせてあげられる。
馬車に乗り込みラノフェリア別邸へと向かう、ヘルミーネが馬車の外を楽し気に見つめている。
「ヘルミーネは今まで城から出た事無かったのか?」
「うむ、今まで一度しかないから楽しみなのだ」
やはり王女ともなると簡単に外へは出られないよな、そう思うとこれから出来る限り外に連れて行きたいと思った。
「ヘルミーネはこれから色々な所に行けるようになる、楽しみにしていてくれ」
「そうか、やはりエルと一緒に居いれるようになって良かったぞ」
ヘルミーネは満面の笑みで俺を見つめそう答えた、素直に笑顔を向けられるのは嬉しいのだが、一抹の不安を覚えつつ馬車はラノフェリア公爵別邸へと進んで行った・・・。