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公爵令嬢の婚約者  作者: よしの
第一話 アリクレット男爵家
6/27

第五話 国境防衛戦

「エルレイ凄い魔法ね、本当に一瞬でここまで辿り着くなんて信じられないわ」

ルリアが魔法で興奮したのは最初の頃以来だろうか。

「あぁ、本当にそう思うよ」

「エルレイ、私にも使えるかしら?」

「どうだろう?空間魔法の呪文を教える事はラノフェリア公爵様から禁止されている、ルリアだったら頼めば読ませてもらえるんじゃないのか?」

「そうね、今度帰った時頼んでみる事にするわ」

ルリアはやる気満々の様だ。

「エルレイさんは歴史に名を遺す偉大な魔法使いに成ったんだと思います」

リリーも珍しく興奮した様子だ。

「それを言うなら、ルリアもリリーも偉大な魔法使いに成ったと思うぞ」

「そうでしょうか、えへへへ」

リリーは頬を染めて俯いて喜んでいる、リリー可愛い。

「さて、まずは父上に挨拶だ」

「そうね」

「はい」

部屋を出て父の執務室へ向かいノックする。

「父上、エルレイです、いらっしゃいますか?」

「うむ、入りたまえ」

「失礼します」

五人で部屋に入ると、父上とマデラン兄さんがいた。

「ただいま戻りました」

「エルレイ良く戻って来た、人数が増えている様だな、紹介してくれ」

「はい、リリーはご存知だと思いますが、この度ラノフェリア公爵家の養女、リリー・ヴァン・ラノフェリア様となりました」

「なんと、これはおめでとうございます、リリーお嬢様」

父は立ち上がり一礼をした。

「いえ、あの・・・」

「リリーは私と同じくエルレイの妻になるのだから、畏まらなくていいわよ」

「はっ、エルレイ良かったな、こんな可愛らしいお嬢様が二人も嫁になるなんて」

「はい、とても幸せに思います」

リリーは顔を真っ赤にして俯いてしまった、可愛い。

「うむ」

「そしてメイドの二人ですが、私のメイドとして付けて頂きました、名前はロゼとリゼです」

「そうか、エルレイの世話を頼む」

「「はい、承りました」」

「父上、以前頼んでいた空間魔法の魔法書をラノフェリア公爵様に見せて頂きました。

その結果、収納魔法と空間転移を習得し、今日ラノフェリア公爵邸より自室まで転移して参りました。

この事について詳しい事は、夕食時皆が揃ってからお話ししたいと思います」

「そうか、楽しみにしておこう」

「こちら、ラノフェリア公爵様よりお預かりしてきました」

預かっていた封筒を父に渡す。

「うむ、確かに受け取った」

「それで父上、状況はどの様な感じでしょうか?」

父は表情を硬くし状況を教えてくれた。

「数日以内に敵が攻めて来るだろう、エルレイが戻って来てくれた事は非常に喜ばしい」

「はい、そのつもりで戻ってまいりました」

「うむ、しかし援軍が到着するのが間に合わない可能性が高い、国境警備隊は現在千人が砦を守っているが、この数では数日と持たないであろう、そこをエルレイの力で援軍が到着するまで持たせて欲しい」

「分かりました、最善を尽くす事をお約束致します」

「うむ、期待している」

「明日にでも砦に向かう予定です、そこまでも転移で向かえますので時間はかかりません」

「分かった、頼んだぞ」

「はい、それでは失礼します」

「うむ、今日はゆっくり休むといい」

「はい、ありがとうございます」

父はそう言うとベルを鳴らし、執事のジアールを呼び出した。

「お呼びでしょうか」

「リリーお嬢様のお部屋の用意を、それとエルレイのメイド二人の案内も頼む」

「畏まりました」

ジアールは一礼をしこちらへ近づいて来た。

「エルレイ坊ちゃまお帰りなさいませ、皆様ご案内いたします」

「ジアール、坊ちゃまはそろそろやめて貰いたいのだが・・・」

「そう言われましても、坊ちゃまは坊ちゃまです」

ジアールはいつもこの調子で聞き入れて貰えない、そこにリゼが問いかけて来た。

「私もエルレイ坊ちゃまとお呼びしたいです」

「却下だ!!」

「とても可愛らしくていいと思うのですが、残念です・・・」

リゼは本当に残念そうな顔をしていた、男が可愛いと言われても嬉しくないんだよ。

「いいじゃない、呼ばせてあげれば?エルレイ坊ちゃま」

ルリアがニヤニヤしながら俺をからかってくる。

「エルレイ坊ちゃま可愛いです」

リリーまで笑いながらそう言ってきた。

「駄目な物は駄目だ!」

まだ皆色々言っているが、体は十歳だが心は大人なんだよ・・・。

二階へ上がるといきなり抱きつかれた。

「エルレイお帰りなさい、会いたかったわ」

「アルティナ姉さん、ただいま」

「なるほど、確かにまだ坊ちゃまね」

ルリアが俺を睨みながらそう言ってきた、確かに姉に可愛がられている弟の図、大人の目線で見ればそうかもと思える・・・。

「アルティナ姉さん離れてくれないか、夕食時にでもゆっくり話せるからね」

「そうね、今帰って来たばかりで疲れているでしょう、お姉ちゃんがマッサージをしてあげるわね」

「いや必要無いから・・・」

「あらリリーちゃん、今日はメイド服じゃないのね?」

「アルティナ姉さん、リリーはラノフェリア公爵家の養女になったんだよ」

「あらそうなのね、リリーちゃんおめでとう、これからも一緒にエルレイを可愛がりましょうね」

「はい、アルティナ姉様」

いつの間に仲良くなっていたんだ・・・しかも二人で結託していて危険な感じだ。

「アルティナ姉さん、皆疲れているし後でゆっくり話せるから・・・」

「分かったわよ、皆さんまた後でね」

アルティナ姉さんはようやく俺を解放して去って行ってくれた。

「相変わらず愛されているわね」

「そうですね、羨ましいです」

ルリアは呆れた顔で、リリーは羨望の眼差しでアルティナ姉さんを見送っていた。

リリーの部屋はルリアの部屋の隣に決まり、俺は自室に戻り鞄の中身を取り出す。

明日から向かう場所は戦場だ、お貴族様用の服は要らないだろう。

明日の準備を終えた頃、湯浴みの準備整ったとの知らせを受け湯浴みをし、夕食の為食堂へと入った。

いつもの席へ座り、皆の到着を待つ。

父上が席に着き話を始めた。

「皆揃っているな、食事の前に紹介しておこう、リリー・ヴァン・ラノフェリアお嬢様だ。

この度ラノフェリア公爵家の養女として迎え入れられたそうで、エルレイの二人目の婚約者でもある。

皆仲良くしてやって欲しい」

「リリー・ヴァン・ラノフェリアです、よろしくお願いします」

「「「パチパチパチ」」」

拍手が起こり、リリーを歓迎してくれている。

「話したい事は多いだろうが、それは食事をしながらする事にしよう、では頂こう」

「「「頂きます」」」

和やかな雰囲気で食事が始まり、皆が食べ終わった頃に話を切り出した。

「皆さん、少し話を聞いてください」

「うむ、エルレイ話してくれ」

「今から話す事は他言無用でお願いします。

今回ラノフェリア公爵家へ呼ばれていき、そこで空間魔法を習得して参りました。

その魔法と言うのは二つあります。

一つは収納魔法と言って、異空間に部屋を作りそこに物を出し入れできて運べると魔法です。

もう一つは空間転移と言って、私が行った事ある場所へと瞬時に移動できる魔法です。

とても便利な物ではありますが、その分他人に利用されたりする危険な面もあります。

大変申し訳ないのですが、ここにいる皆さん家族全員が危険に晒される可能性があります。

私の事を利用しようとして、誰かをさらうかも知れません。

そこで、希望者には自衛出来る魔法をお教えしたいと思います。

しかし全員が魔法を使えるようになるか分かりません。

それは、それぞれが持っている魔力量が問題となります。

魔力量は訓練で増やす事は可能ですが、どの年齢まで増えるのか、個人による魔力量の限界があるのか分からないからです。

私とルリアとリリーは訓練によって魔力量は増えました。

憶測ではありますが、筋力と同じように年齢による限界があるのかも知れません。

私の我儘で皆さんにご迷惑をおかけする事本当に申し訳ございません」

そう言って頭を下げた、しばらくの沈黙の後、父上が話し始めた。

「よく話してくれた、エルレイ、ここにいる全員お前の事を誇りに思う事はあっても迷惑だとは思うことは無いぞ」

「そうだぞエルレイ、俺たちの事は心配する必要はない」

「父上、マデラン兄さん、ありがとうございます」

目頭が熱くなり、感謝の気持ちでいっぱいだ。

「私も大丈夫ですよ、それより私も魔法使いに成れるのかしら?」

セシル姉さんはニコニコしながらそう答えた。

「エルレイは私が守ってあげるんだから、何も心配しなくていいのよ」

アルティナ姉さんはいつも通りで嬉しい。

「皆さんありがとうございます、私は明日より砦に向かいますので、魔法の事はその後と言う事に成ります」

「あらそうなのですね、今はそちらの方が一大事ですものね」

「うむ、エルレイには成人にもなっていない身で心苦しいが、砦を破られる訳にはいかない、是非とも砦を死守して貰わねばならぬ」

「はい、父上」

「戦争が落ち着いたら、皆で王都見学にでも出かけようではないか、エルレイ、それ位の役得はあってもいいのだろう?」

「もちろんです」

皆の笑い声がする、落ち込んでた雰囲気を盛り返して貰った、父上には感謝をせねばなるまい。

「砦には私とリリーも付いて行きますから、心配ご無用ですわ」

「そうか、ラノフェリア公爵様はよくお許しになられたな」

「ええ、喜んで送り出してくれましたわ」

ルリアは胸を張りそう言いった、本当は泣いていたんだがな・・・。

「エルレイ、砦にはヴァルトがいる、二人で協力してやってくれ」

「はい」

「では話はこれくらいにしよう、明日から大変になるだろうからゆっくり休んでくれ」

父上がそう言い、その場はお開きとなった。

部屋に戻るとき母に呼び止められた。

「エルレイ、少し話を聞いてちょうだい」

「はい、お母様」

「決して無理をしないで無事帰って来るのですよ、それとルリアさんとリリーさんを必ず守るのですよ」

母は優しく僕を抱きしめ泣いていた。

「お母様、無事帰ってくることをお約束致します」

暫くそうしていて、母が落ち着きを取り戻してから部屋へと戻った。


翌朝目を覚ますと、なぜかベッドの横にロゼが立っていた。

「エルレイ様おはようございます」

「ロゼおはよう、しかし、なぜそこに立っていたんだ?」

「はい、エルレイ様を起こしに来たのですが、あまりにも可愛らしかったので観察させて頂いておりました」

観察ってなんだよ・・・。

「そして私はリゼです」

えっ、だって髪飾りはピンクなんだけど、俺が驚いた表情をしていると・・・。

「やはりそういう目的だったわけですね?」

「うっ、そ・れ・は・違うぞ?」

「ちなみに本当はロゼです、申し訳ありません」

はめられた・・・。

「ロゼすまない、君達にも何か贈り物をしたかったのは本当だ、それと見分けるために色を変えたのも本当だ。

ただそれは、出来るだけロゼとリゼを間違えたくなかったからなんだ」

ロゼはクスリと笑った。

「この贈り物に関しては本当に感謝しております、そしてエルレイ様の気遣いありがとうございます」

俺はベッドから起き上がりロゼの手を握った。

「これから戦場に向かい君達にも苦労を掛ける事になる、だから出来るだけ君達にも感謝をし守る事を約束する」

「お心遣い感謝いたします、ただし守るのは私達の仕事ですので」

ロゼはそう言うと、微笑んで俺の手を握り返してくれた。

「あぁ、よろしく頼むよ」

「はい、ではエルレイ様お着替え致しましょう」

「いや、自分で出来るからいいよ」

「いえ、そういう訳にはまいりません」

ロゼに力で負け全裸に剥かれて着替えさせられてしまい、十歳のソーセージが見られてしまった・・・。

着替えをしている最中ロゼは終始ご機嫌だった。

辱めを受けた後、朝食のため食堂へ向かい席に座る。

「皆揃っているな、では頂こう」

「「「頂きます」」」

朝食を頂きつつ話をする。

「皆さん私、ルリア、リリー、リゼ、ロゼの五名は朝食後、準備が整い次第砦に出立します。

移動は転移を使用します、今後転移の行き来に二階の空き部屋を使いたいのですがよろしいでしょうか?」

「うむ、構わない」

「人数が増えるようなら外に変更しますが、現状一度に転移できる人数はそう多くないのです。

それと父上、援軍の到着予定日は分かりますでしょうか?」

「ラノフェリア公爵の手紙に三日後の予定だと記されていた」

「分かりました、それまでは防衛に専念したいと思います」

「なによ、砦を落とすんじゃなかったの?」

「ルリア、確かにそうだが、砦を落とした所で維持できなければ意味がない、攻めるのは援軍が来てから考えるよ」

「分かったわ、確かにそのとおりね」

「エルレイ、砦を攻め落とすのか?」

「はい父上、ラノフェリア公爵様より砦を落として欲しいと言われてまいりました、その後の管理も公爵様側でしていただけるそうです」

「ふむ、そう言う事なら援軍を待って攻め込むのがよかろう、しかし決して無理に攻め込もうとするなよ」

「はい、分かりました」

朝食を終え準備を整え終えた後、皆で空き部屋へと集合していた、他の家族全員も見送りのためか来てくれていた。

「エルレイ頼んだぞ」

「はい、父上行ってまいります」

「エルレイ、私も付いて行きたいけど邪魔になるからこれで我慢するわね」

アルティナ姉さんが思いっきり抱き付いて来た、俺も抱きしめる、まぁ坊ちゃんと言われようが姉さんは大事だ。

「アルティナ姉さん、無事戻ってきますので心配しないでください」

「アルティナ姉様、私がエルレイさんをお守りしますので安心してください」

「リリーちゃん、お願いね」

「はい」

リリーの言葉で安心したのか、アルティナ姉さんの抱擁から解放された。

ルリア、リリー、リゼ、ロゼそれぞれ手を繋ぎ、転移の準備を終えた。

「皆さん行ってまいります」

「「「行ってらっしゃい」」」


転移を発動させ砦近くの森の中に出現した、男爵領内は飛行魔法を覚えた際に回っていたので自由に行き来できる。

「砦まで歩いて行こう」

「分かったわ」

砦まで数分の距離を歩き、砦に着くと女子供の来る所では無いと門番に止められた、十歳から十五歳までのお子様集団、当然の話だ。

十五歳で成人だから、一応リゼ、ロゼは大人なのだが、この中にいると大差ないな・・・。

「私はエルレイ・フォン・アリクレット、防衛任務のため馳せ参じた、ヴァルト・フォン・アリクレットに繋ぎを頼みたい」

「はっ、アリクレット様大変失礼しました」

門番は慌てて敬礼をし中へ通して貰えた。

「ふふっ、やはりまだ坊ちゃまね」

ルリアが笑いながらそう言ってきたがあえて無視する、ここで突っ込むとさらに悪化する気がするからな。

砦は三メートルほどの城壁に囲まれ、城壁の所々に監視塔が建っている、砦内部は中央に大きな建物があり、後は兵舎や厩舎が立ち並んでいた。

中央の建物に歩いて行くと、中からヴァルト兄さんが出てきて迎えてくれた。

「エルレイよく来てくれた、他の皆もありがとう」

「ヴァルト兄さん、お元気そうで何よりです」

ヴァルト兄さんは笑顔だが少しやつれている様な感じがした。

「立ち話もなんだ、とりあえず中に入ってくれ、部屋を用意させる、と言っても一部屋しか用意できない、すまないが我慢してくれ」

「ええ、構いません、お願いします」

案内してもらった部屋は、ベッドが六個とテーブルが置いてあるだけのシンプルな部屋だった。

「エルレイ、着いたばかりで済まないが作戦室まで来てもらえないか、敵が攻めてくるまで余裕が無くてな・・・」

「分かっています、全員一緒に行っても構いませんか?」

「あぁ、もちろん構わない」

「ありがとうございます」

荷物をベッドに置いて指令室へ向かう、そこには数名の男性が席に座っており、テーブルには地図も広げられていた。

「エルレイ紹介しよう、彼がここの国境警備隊長のマテウスだ」

「初めまして、エルレイ・フォン・アリクレットです」

「なっ、話には聞いていたが本当に子供ではないか、ヴァルト大丈夫なのか?」

マテウスは俺を見て驚いている、十歳の子供が戦場に訪れれば誰だってそう思うよな。

「えぇ、エルレイは私の弟で十歳です、ですが魔法使いとしては一流です、私が保証しますよ」

「そうか、ヴァルトがそこまで言うのであれば信用しよう、失礼エルレイ殿、国境警備隊長のマテウスだ、よろしく頼む」

「よろしくお願いします、こちらがルリア・ヴァン・ラノフェリアとリリー・ヴァン・ラノフェリア、彼女達も魔法使いです。

メイドのリゼとロゼは私達の護衛です」

「っ、ラノフェリアお嬢様方大変失礼しました、席にお座り下さい」

マテウスは恐縮してしまった、ラノフェリア公爵家の威光は凄いな・・・。

「私達は戦力としてここに来ているのだから、気遣いは無用よ」

ルリアはそう言うと席に着いた、俺とリリーもそれに続く。

「皆席についてくれ、現状報告をしよう」

「お願いします」

ヴァルト兄さんはそう言って説明をしてくれた。

「現在この砦を守る兵は千人、アイロス王国軍の方は六千~八千人との報告がなされている。

間諜の報告によりアイロス王国軍が侵攻してくるのは明日か明後日、こちらの援軍が到着するのが三日後の予定だ。

少なくとも二日はここを死守せねばならない、本来であればこれだけの戦力差があれば、ここを捨て撤退しなければならないが、エルレイが来てくれたから撤退はしない。

エルレイいけるか?」

「敵の戦力の内訳と、こちらの戦力の内訳を分かっていれば教えてください」

「あぁそうだな、まずアイロス王国軍だが騎兵二千、歩兵二千、弓兵千、工兵五百、魔法兵五百多少の前後はあるかもしれない。

こちらの内訳は弓兵五百、歩兵五百、魔法兵十だ」

魔法兵少ないな・・・大丈夫なのか?

「魔法兵の数が十人とは、少ないですね」

「あぁ、この国境警備隊は常勤が百名で、残り通常時は農業をしているからな、魔法兵と言ってもほとんど念話での通信業務ができる程度の者しかいない」

なんか詰んでる気がするんだけど・・・。

「分かりました、地図を見せてください」

地図を見ると、この砦の北西側は山、南東側は大きな川、アイロス王国側の砦まで五キロほど離れていて、そこまでは開けた平原が続いている。

「二日持たせるために、大軍に一気に攻め込まれない様にしないといけないですね」

「エルレイどうするのだ?」

「そうですね・・・この砦の先五十メートル間隔で四枚の城壁を作ります、城壁には一か所だけ通れるところを作り、砦に到着する敵の数を制限します」

「なんだと、今からその様なもの作れるわけがない!!」

マテウスは立ち上がり激怒している、簡単な壁を作るだけだから大して魔力は使わない、それにリリーに魔力を補助してもらえれば何とかなるだろう。

「それは私が作るのでご心配なく、砦の皆さんには、間を抜けてきた敵兵を弓で攻撃するのをお願いします」

「それは当然だが、本当に作れるのか?もし作れたとしても壊されてしまうのではないのか?」

「そうですね、相手の魔法兵次第でしょうか、私は魔法兵を中心に攻撃するつもりです、敵の魔法さえ凌いでしまえば城壁は壊されませんからね」

「分かった」

「時間も限られていますし、これから城壁を作りに行ってきますね」

「エルレイ頼んだ」

「エルレイ、私達はどうしたらいいのかしら?」

「ルリアとリリーは俺の護衛に着いて来てくれ、リゼとロゼはここで準備を頼む」

「わかったわ」

「はい、エルレイさん」

「「承知しました」」


指令室を出て外に出る。

「ルリア飛んでいこう」

「それが速くていいわね」

リリーを抱きかかえ、リリーのいい匂いを堪能してから飛び立った、まずは北西の山側から。

土を掘る初級魔法ディグで、幅三メートル深さ四メートルほど掘り下げ、その土を使って厚さ一メートル高さ三メートルほどの壁を土を圧縮して作り、地面に根を張るように横にも伸ばして固定する。

圧縮する事によって岩よりも固くなっている。

その作業を川沿いまで二キロほど続けていく、なんか壁が出来ていくたびに楽しくなってきた。

あれだ日曜大工みたいな感じ、形状とかもいじってみたいが、今は残念なことに時間が無いな。

掘っては固め、掘っては固め延々と繰り返す、ルリアは暇そうにこちらを眺めている。

「ねぇ、エルレイ、こんな面倒なことしないで敵を殲滅すれば早いんじゃない?」

「ルリアの言いたい事は分かる、確かに三人で魔法を撃ち込めば楽に勝てるだろう」

「分かってるんじゃない」

「でも、それではいけないんだ、皆に戦ってもらう必要がある」

「よく分からないわ、リリーはどう思う?」

ルリアは腕を組み首を傾げている。

「私もルリアと同じ意見です、私達で倒した方が被害が少なく済むと思います」

リリーも同じ意見の様だ、まぁ普通に考えたらそうかも知れないな、しかし俺は勇者の時に学んだ。

一度でも全ての事をやると、その後も勇者だからやって当然と思われ、他の人は何もしてくれない。

そんな事に成っては、楽しく過ごす事なんて出来なくなる。

「二人ともよく聞いてくれ、敵を倒す事は簡単だ、しかしそれをやってしまえば次からも全部の事を俺たちだけでやらなくてはいけなくなる。

つまりそれは各国が争っている以上常に最前線で戦争に参加する事を意味する。

皆でゆっくり生活できなくなるんだよ、そんなの嫌だろ?」

「なるほど、確かにそうね、私が間違っていたわ」

「私もエルレイさんとルリアとリゼとロゼ、皆で暮らしたいです」

「そういう訳だから、今回の戦いでも俺とルリアで魔法兵を倒す事だけに専念して、他の兵隊は任せる事にする。

リリーは砦に残って貰って負傷兵の回復をお願いしたい」

「分かったわ」

「エルレイさん分かりました」

二人を近寄り抱きしめる、ルリアがびくっとしたが強引に引き寄せた。

「これは戦争だ、誰も傷付かないという事は無い、俺は家族だけ守れればそれでいいんだ、俺の我儘に付き合ってくれ」

「しょうがないわね、でも私も同じ気持ちよ」

「エルレイさん私も、私もそう思います」

ルリアもリリーも抱きしめて来た、幸せだこれを守るためならなんだってするぞ。

「エルレイ様、お楽しみの所失礼します」

邪魔が入った、もうしばらくこうしていたかったが仕方がない、声がした方を見るとバスケットを抱えたリゼとロゼがジト目で立っていた。

「二人共、何か用事か?」

俺は不機嫌そうに答えた。

「昼食の用意をして来たのですが、お邪魔だった様なので失礼致します」

もうそんな時間か、確かにお腹はすいているな・・・。

「済まない昼食は必要だ、ありがとう」

「いえ、それと、ここは砦より良く見えるので気を付けた方がよろしいかと・・・」

・・・砦の方を見ると城壁の上から見張りの兵達が羨ましそうにこちらを見ていた。

ルリアとリリー顔を真っ赤にして慌てて離れる、くそー幸せな時間の終了だ、残念。

昼食か、しかしこの開けた場所で食べるのは嫌だな。

「皆で河原まで行って食べる事にしよう」

「承知致しました」

河原まで歩いて行き、そこにストーンウォールの魔法で簡単な壁と屋根を作り、その下にストーンウォールのテーブルと長椅子を作った。

「流石ね、ちょっと固いけど我慢しましょう」

「堅いのは俺の努力不足だな、柔らかい椅子が作れるよう頑張るよ」

先程と違い魔力で作ったけど、一時間は持つだろう。

リゼとロゼは手際よくバスケットの中身を並べて行く、中身はサンドイッチと飲み物だった。

川を眺めながらの昼食だ、遠足と同じように外で食べるのはまた違った味わいがある。

「たまにはこう言うのもいいわね」

「そうですね、気持ちがいいです」

「ずっとこうしていたいな」

ルリアやリリーはこの様に外で食事を摂る事は今まで無かっただろう、それはリゼとロゼも同じかもしれないな。

とても戦争が間近に迫っているとは思えないほど、優雅な昼食の時間を過ごした。

午後も壁を作り続け、途中でリリーから魔力を補填して貰いながら夕暮れ前に完成した。

敵兵の通り道は、砦から見て一段目が中央、二段目が左端、三段目が右端、四段目が中央が五メートルの幅に開いていた。

これで壁が壊されなければ、一気に大量の兵が砦に押し寄せることは無いだろう。

壁の中央から五百メートル離れた左右に一つずつ、十メートルほどの高さの塔も作った。

これは俺とルリアが立つ場所で、そこから魔法兵を狙い撃つ予定だ。

塔の上には身を隠す所もあり、ここから魔法を撃てるようにしている。

砦に戻り、報告のために一度指令室を訪れノックをする。

「失礼します」

「入ってくれ」

中に入ると先程と同じ顔触れが揃っていた。

「エルレイご苦労だった、座ってくれ」

席に腰掛け報告した。

「砦から見えたと思いますが、城壁は完成しました」

「まさか本当に作ってしまうとは驚いた、感謝する」

マテウスはそう言って頭を下げた。

「あれはあくまで敵の数を制限するための物です、実際に敵を倒していただくのは国境警備隊にお任せします」

「うむ、当然だ、任せてくれたまえ」

マテウスは胸を張りそう言った、よし、やる気が出ている様でなによりだ。

「ただ戦況がどう転ぶかは分かりません、一応撤退も視野に入れて置いてください」

「うむ、その用意は出来ている、エルレイが来なければ撤退する予定だった」

「他に何かなければこれで失礼いたします」

「エルレイありがとう、ゆっくり休んでくれ」

「ヴァルト兄さんも少し疲れている様です、ご自愛を」

「あぁ、分かっているさ」

指令室を出て部屋に戻ると夕食の準備が出来ていた、皆で夕食を食べ、その後湯浴みをしてから早めに就寝した。

以前宿屋に泊まった時の様にルリアとリリー、さらにリゼとロゼと同じ部屋での就寝だったが、壁作りで疲れていたのか朝までぐっすりだった・・・。


「カンカンカンカン!!」

次の朝、けたたましい鐘の音に起こされた。

「エルレイ様、起きてください、敵襲の様です!」

「敵襲!!」

がばっと飛び起きてそのまま部屋を出る。

「先に様子を見て来る、準備して部屋で待機していてくれ」

外に飛び出し、飛行魔法で砦上空に上がり様子を見る、まだ視界には見えない、向こうの砦を出た知らせでもあったのだろうか?

指令室に向かって、ノックもしないで中に入る、中にはヴァルト兄さんと他数名がいるだけだった。

「ヴァルト兄さん状況は?」

「エルレイいい所に来た、敵がアイロス側の砦を出たそうだ、その数七千、一時間以内にこちらに到着するだろう」

「分かりました、準備が整い次第出ます」

「エルレイ頼んだ」

指令室を出て部屋へと戻る、皆準備出来ている様だ。

「エルレイどうだったのかしら?」

ルリアが珍しく慌てている。

「敵が砦を出た様だ、数は七千、一時間以内に到着する」

「リゼ、ロゼ軽く食べられるものを用意してくれ」

「「畏まりました」」

俺は服を着替えて剣を腰に下げる、使うことは無いだろうけど何と無くあった方が落ち着く、勇者の頃の癖みたいなものだろう。

ルリアも剣を下げている、俺の安物とは違い業物だというのが分かる。

リゼとロゼがパンと飲み物に果物を持って来てくれた、テーブルに着き少しでも食べておく。

「食べながら聞いてくれ、俺とルリアは昨日作った城壁の防衛に当たる、そこで倒すのは魔法兵のみに絞る。

リリーは砦に残って怪我人の手当てに当たってくれ、リゼとロゼはリリーを守ってやって欲しい」

「分かったわ」

「エルレイさん、ルリア気を付けてね」

「エルレイ様、承知致しました」

「リリー様の事は命に代えてもお守り致します」

「決して無理しないでくれ、生き残る事を優先しよう」

「「「はい」」」

皆を抱きしめたいが時間が無い、出撃しよう。

「ルリア行こう」

「ええ」

外に出て飛行魔法で城壁の塔へと降り立つ。

『ルリア、魔法兵だけを狙って範囲攻撃は使わない様に』

『分かっているわ』

『塔の壁はルリアが全力で攻撃しない限り壊れないよう特別に作った、隠れていれば大丈夫だ』

『ふふっ、信じているわ』

『どうやら敵が見えてきた様だ、お手並み拝見と行きましょうか』

『ええ、楽しませてもらいましょう』

ルリアが無事でいられることを切に願う。


≪アイロス王国軍サイド≫

「トリステン、敵側に新たに城壁が出来ておる等聞いておらんぞ!」

太った体を揺らしながらエーベルト男爵は、アイロス王国軍第二軍団長トリステンに尋ねた。

「はっ、私にもわかりかねます」

トリステンは面倒臭そうにそう答えた、本来であればエーベルト男爵は自領に待機しているはずだったのだが、圧倒的な戦力差があると知れると、手柄欲しさにのこのこと着いて来たのだ。

トリステンにしてみれば邪魔な存在でしかなかった・・・。

「分からないだと!さっさと排除しろ!」

「はぁ」

戦場で無能な上司ほど邪魔な物は無い、トリステンはこの場で男爵を殺したいと思うが、それをやると自分の立場も無くなる。

「エーベルト男爵様、状況が分からない以上ここにいては危険です、お下がりになって頂けませんか?」

「むっ、そうなのか、なら一旦砦まで戻る事にしよう」

エーベルト男爵はチキンであった、危険と言われれば真っ先に逃げるタイプである。

「エーベルト男爵様を砦までお連れしろ」

トリステンは馬車を降りて自分の馬に跨り胸を撫で下ろす。

しかしあの城壁一体何のためにあるのか?中央に隙間があり、門も無いという事は中に罠が仕掛けられていると考えるのが正しいが・・・。

「トリステン軍団長いかがなされますか?」

「貴様はあの城壁どう思う?」

部下に尋ねる。

「はっ、敵の罠かと思われます」

「そうだよなぁ、という事は壊して進むしかないか?」

「そう思われます」

「魔法軍団に城壁の破壊を命じろ、その他は待機だ」

「はっ」

「さて、素直に壊れてくれればいいがな」

トリステンはそうつぶやき、何か嫌な予感を感じていた。

「トリステン軍団長、魔法軍団の準備が整いました」

「では攻撃開始!」

「はっ」

トリステンの命令と同時に念話により攻撃命令が下され、魔法による一斉攻撃が始まった。


≪エルレイサイド≫

『ルリア敵が前に出て来た、予想どうり魔法兵の様だ、城壁は簡単には壊れないから敵を倒す事に集中してくれ』

『分かったわ、訓練の成果を見せてやるわ』

ルリアは不敵に笑い、青白いファイヤーアローを十個周りに浮かべ敵の攻撃を待つ。

敵の数は五百、範囲攻撃を使わない以上少ない魔力で敵の障壁を貫通する強化した初級魔法を選択した。

撃ち出す時、速度も強化するので簡単に避けられることは無いだろう。

「ドゴーン、ガーン、バーン」

敵の攻撃が城壁に当たると同時にルリアは攻撃に移った。

次々と放たれるファイヤーアローは的確に敵に突き刺さり倒していく。

敵は最初の魔法の後、次の魔法を詠唱している間に次々と倒されていく、その光景に周囲の魔法使いは攻撃魔法を中断し、障壁魔法を使うが、ルリアの魔法はあざ笑うかのように障壁を突き抜け敵を倒していった。

エルレイも負けてはいない、バレーボール大の岩を作り、それを弾丸の様に圧縮して回転を付け、ライフル弾の様な感じで撃ち出す。

連射速度を考えればマシンガンと言った方が正確だろうか。

次々と打ち出されていく弾丸は敵を捕らえ倒していった。

ルリアとエルレイの攻撃は五分ほどで敵の魔法兵を全滅させていた。

『ルリアよくやった、ひとまず作戦は成功だ』

『当然だわ』

『ルリアは砦に戻り、ヴァルト兄さんに状況を報告してくれ、その後はリリーを守ってやってくれ』

『分かったわ、エルレイはどうするの?』

『俺はここに残り状況を見守る』

『エルレイ、必ず戻ってきなさいよ』

『あぁ、必ず戻るさ』

さて俺がやる事はほぼ終わったかな、後は俺の平和な生活の為見守る事にしよう。


≪アイロス王国軍サイド≫

「トリステン軍団長、魔法軍団が全滅致しました」

「見れば分かる、敵方の被害は無し、城壁も健在・・・」

撤退の文字が頭に浮かぶ、しかしその選択は出来ない、上より砦攻略の厳命を受けている。

敵の攻撃は城壁の塔の上より魔法による攻撃のみ、しかし魔法で五百人もの魔法軍団を全滅させるなど今まであった事が無かった。

それは障壁があり、魔法使い同士の戦いでは魔力が切れるまで決着が付かないからだった。

敵が使ってきた魔法は初級魔法のみであった、どうやったのかは分らんが障壁を貫通していた。

「どう思う?敵の魔法使いは障壁を打ち破る魔法を放ちながら範囲攻撃は無かった」

「思いますに魔法使いの魔力が少ないのではないでしょうか?」

「五百人を倒したのにか?」

「五百人を倒したからであると思います」

「ふむ、ならば念話が出来る物を一名連れ、歩兵千人で城壁へ突入し中の状況を報告させよ」

「はっ」

トリステンは出来ればすぐ撤退し一度状況を把握したいと思っているが、今回王より直接命令されていたため、その選択が出来ない事を悔やんでいた。

千名の歩兵が城壁の隙間に突入し中からの報告を待つ。

「報告します、城壁の中に罠の類は無く堀と城壁が続いているだけで、城壁の数は四枚だそうです」

「ふむ、単にこちらの数の優位を無くしたいだけか、城壁の破壊は可能なのか?」

「破壊を試みたようですが失敗に終わったようです」

「敵からの攻撃は?」

「それも無かったそうです、城壁を抜け砦に向かうと矢の攻撃があり、一旦城壁内部へ下がりました」

「そのまま待機を命じろ」

「はっ」

「さてどうしたものか、山からの襲撃は不可能なのか?」

「あの山は険しく大人数での行軍は不可能です」

「城壁内部に入り一気に砦を襲うとしたら、城壁内部に入った時点で何かしらの攻撃が来るよな」

「そう思われます」

「どうしたものか、俺としては撤退するのがベストの選択だ、わざわざ敵の罠に入ってやるどうりは無い、敵側の増援は明後日の予定で合っているか?」

「はい、間諜からの正確な情報によります」

「なら一度引くぞ、兵を戻せ」

「はっ」

時間的猶予はまだある、作戦を練り直さないと全滅する未来しか見えない。

トリステンはニヤリを笑った、難しい状況だがだからこそ楽しく思えて来た。

今回の戦は数で攻め落とすだけの簡単な物だと思っていたが、楽しめそうだ。

城壁を睨みつけてから踵を返し撤退して行った。


≪エルレイサイド≫

斥候を送った後動きが無く、敵は撤退して行った。

どうやら敵の大将は馬鹿では無いらしいな。

『ルリア敵は撤退して行った、ヴァルト兄さんに知らせてくれ、俺は城壁の補強を行ってから戻る』

『分かったわ、気を付けて』

さて次の襲撃に備えますかね、正面の魔法を受けたところを補強しなおす、多分必要無いだろうが一応やっておく。

この状況を見て下がった、考えられ状況は何だろう・・・。

城壁対策を必ず考えて来るはずだ、すんなり城壁内部に入って来るとは思えない、それをするようなら撤退なんてしないで強行突破してきたはずだ。

となると取れる対策は山側、川側を抜けて来る、攻城兵器を用いて城壁を破るくらいだろうか?

まだ何かあるか?他の皆の意見を聞いてみるのが早そうだ、いったん戻ろう。

砦に戻りリリーを探す。

『リリー、何処にいるのだろうか?』

『エルレイさん、自室に戻っております』

『今から向かう』

自室に戻るとリリーに抱きつかれた、柔らかい衝撃と共にいい匂いがしてくる。

「エルレイさんお帰りなさい」

「リリーただいま」

俺もリリーを抱きしめる。

「ちょっと、いきなりなり何やってるのよ」

そこにルリアが割り込んできて二人を引き裂いた。

「ルリアも混ざってよかったんだが?」

「そんなことするわけないでしょ」

ルリアは腕を組み後ろを向けた、俺はそっとルリアを抱きしめる。

「ルリアも無事でよかった」

「ふんっ!」

ルリアは特に嫌がる事も無く体を後ろに預けて来る、こういう所がルリアは可愛くて仕方がない。

「エルレイ様、ヴァルト様への報告は済んだのでしょうか?」

「まだだ、先に行って来ないと不味いよな、しかし皆の顔を先に見て安心したかったんだ」

「そうでございますか、それならば仕方がありませんね」

珍しくロゼが笑みを浮かべている。

「皆で指令室に向かおう」

「分かったわ」

「はい、エルレイさん」

指令室に向かいドアをノックする。

「エルレイです」

「エルレイ入って来てくれ」

中に入るといつもの顔ぶれが揃っていた、席に座り報告をする。

「エルレイ報告してくれ」

「はい、魔法兵五百をルリアと共に撃退しました、その後敵は千名ほどの斥候を放ち、城壁内部を確認した後撤退して行きました」

「ふむ、敵の大将はなかなか手ごわそうだのぉ」

マテウスはそう言うと首を傾け、何かを考えている様だった。

「はい、敵の被害は軽微、必ずこちらの増援が揃う前に襲撃してくると思います」

「そうであろう」

「私はこの地に詳しくないのでお聞きしたいのですが、山側や川を使って攻めてくることは可能なのでしょうか?」

「うむ不可能では無いな、山側は道が険しく大人数での行軍は不可能だが少人数での行軍は可能だ。

川の水は深く、泳いで渡るのは厳しい、しかし船やいかだを使えば可能だ」

「橋を架ける事は出来るのでしょうか?」

「橋か、出来なくは無いだろうが、今から用意しては時間的に厳しいのでは無いだろうか、事前に準備してある可能性はあるかも知れん」

「では、川から攻めてくる可能性が高そうですね」

「うむ、城壁を今回壊せなかった事から増援が到着するまでに破壊する労力を考えると妥当だろうな」

「一応今回攻撃された城壁の修復は完了しています、素直に撤退したのでもう城壁から攻める手は考えないとは思いますが、城壁から攻めてきた場合はこれまで通りお願いします」

「うむ、して川からの対策は何か考えがあるのか?」

「特にこれと言った事はありませんね、今から川沿いに城壁を張っても全てをカバーする事は出来ませんし、無意味です」

「そうだな」

「ですので、子供の悪戯を仕掛けようかと思います」

「子供の悪戯とは?」

「はい、私は十歳の子供ですので悪戯程度の事しか出来ません、悪戯の内容はばれては悪戯にならないので秘密です」

「ふざけているのか!」

マテウスは怒ってしまった、でもまぁそれでいいかなと思う。

「はい、ふざけています、子供ですからね」

「マテウスすまない、エルレイはこういう子供なんだ、我慢してくれないか?」

「むぅぅぅぅ」

「エルレイ何とかなるんだろ?信じているぞ」

「はい、ヴァルト兄さん」

俺はにこやかに笑い、マテウスは顔を真っ赤にして茹っていた。

「では悪戯の準備がありますので失礼します」

にこやかにそう言って指令室を後にした。

「リゼ、ロゼ今日も外で昼食にしよう、用意してくれないか?」

「「畏まりました」」

「エルレイ悪戯って何よ」

「秘密だって言ったじゃない」

「私にも秘密なの?殴るわよ」

「分かった、後で教えるから殴らないでくれ」

砦を出て川沿いまでの道を皆で散歩する、先程まで戦闘していたのが嘘の様にいい天気だ。

「先程、悪戯の内容を言わなかったのは何処に間諜の耳や目があるか分からなかったからだ」

「そうだったのね、てっきりエルレイが楽しんでいるだけの様に思えたわ」

「まぁ、実際楽しんでたけどね」

「呆れたわ」

「敵の大将はかなり慎重の様だったから、明らかに何か用意していれば絶対突っ込んでこないと思ったんだ」

「確かにそうかもね、撤退の判断が良すぎたわ」

「それで今何かやっていた訳ね」

「気が付いたのか、ばれないと思っていたんだが・・・」

「分かるわよ、リリーも分かったでしょう?」

「はい、エルレイさんの魔力が動くのを確認できました」

「リリーには隠せないと思ってはいたが、ルリアに見破られるとは屈辱だ」

ルリアに右のほほを殴られた、たいして痛くはなかったが・・・。

「殴るわよ」

「殴ってから言っても遅くないか?」

「殴る前に言うと避けるじゃない」

「そうだが・・・なにか納得いかないぞ」

やがて河原に着き、昨日と同じように日除け、テーブル、長椅子を作る。

「まだ固いじゃない」

「一日で上達するかよ」

「でもこうして皆でまた食事が出来るのは嬉しいです」

「そうだな、もう少し頑張れば家に帰れるさ」

「はい、そうですね」

和やかな雰囲気のまま昼食を摂り終え、また散歩しながら砦に戻った。

皆で自室に戻り休憩をする。

「多分夜襲しかけて来るだろうから少し仮眠しよう、眠れなくても目を瞑っているだけでもいい」

「そうね、わかったわ」

「エルレイさんおやすみなさい」

「おやすみ」

まだ体は子供だから長時間起きていられない、勇者の時は野宿とかで徹夜しても問題は無かったが今は無理だ。

夜襲で来ると思ったのは、敵は五百人を倒す魔法を知っている、昼間に川を渡って来ればいい的にしかならないからだ。

それに増援が来るまでの時間も無い、必ず今夜仕掛けて来るだろう。

夕食時に一度起きて、また横になる・・・どれくらい時間が経ったか分からないが夜中にまた鐘の音で叩き起こされた。

「どうやら来た様だな」

「そうね、準備は整っているわ」

「皆で指令室に行こう」

「はい」

指令室に入ると、マテウスとヴァルト兄さんが眠そうな顔で待機していた。

「エルレイ、敵が川から上陸してきている」

「想定どうりと言う事ですね」

「うむ、エルレイ頼んだぞ」

「はい、砦の城壁に向かいます」

指令室を出て皆で砦の城壁に上がる、そこから見える光景は一面敵だらけで、もう間もなく城壁へと迫ろうかとしていた。

「エルレイ大丈夫なの?」

「あぁ、そろそろ悪戯が見られるはずだ」

「そう、なんだか楽しみね」

「うん、ちょっと不謹慎だけどドキドキしてきた」

「エルレイさん、とても楽しそうです」

「まぁ、ここで皆で見学していればいいと思うよ」

「エルレイ様本当によろしいので?」

「ロゼ、十歳の子供に出来る事をやるだけさ、後は大人に任せるよ」

「エルレイ様がそう言うのであれば私が言う事はありません」

「精々怪我した人を手当てしてあげる程度かな」

「承知しました」

悪戯がうまく行く事を祈り、状況を見守る事にした。


≪アイロス王国軍サイド≫

トリステンは砦に作戦を練るために一度戻って来たが、そこで一番合いたくない相手に遭遇した。

「トリステン、なぜ撤退してきた、今回の侵攻は王命によるものなのだぞ、今からまた行って砦を落としてこい!」

太った体を揺らしながら怒鳴りつけて来た、やっぱりこいつ殺したい・・・。

「エーベルト男爵様、敵は思ってた以上に狡猾ですので作戦を立てて攻め込まないと敗北してしまいます」

「何だと!敵は千人では無かったのか!」

「敵は千人なのは間違いないでしょう、しかし敵に凄腕の魔法使いがいる様子です」

「戦場での魔法使いなど大した物では無かったのではないのか?お前が無能だけでは無いか!!」

エーベルトは激怒し、そのたびに太った体が揺れ鬱陶しかった。

「私が無能なのは間違いない事です、エーベルト男爵様の優れた采配をお願いできませんでしょうか?」

「うむ、よかろう、では作戦とやらを立てようではないか」

「はっ」

ふぅ、これで危険は回避できるな、俺が連れて来た精鋭だけ生き残れるよう立ち回ればいいか、トリステンはにやりと笑いそう思った。

作戦はエーベルト男爵の正面突破の意見を何とか抑え、以前から用意していた川に簡易的な橋を架け、夜襲を仕掛けるよう仕向ける事に成功した。

後はやつを煽てて先陣に立たせるだけだな、やつの采配で被害は増えるだろうが砦は落とせるだろうとトリステンは考えていた。

トリステンが連れて来た五百人の精鋭以外はエーベルト男爵が集めた私兵と傭兵だった、彼にとって精鋭以外の被害はどうでも良かったのだ。

運が良ければエーベルト男爵が戦死してくれる事も期待していた。

深夜砦を出立する、橋の準備に手間取ったが夜のうちに出撃できたので問題はない。

川沿いに進軍し橋を架ける場所へと到着する。

「エーベルト男爵様、準備が整いました」

「うむ、橋を架けろ」

「はっ、それでエーベルト男爵様お願いがございます」

「うむ」

「この戦、今回の夜襲により砦が落ちること間違いございません。

それは全てエーベルト男爵様の采配による功績にございます。

ですので前線に出て指揮を執って頂きたいのです」

「うむ、任せるがよかろう」

「ははっ、今回は無能な私の尻拭いをして頂き感謝しております、ですので私は背後に控え目立たぬようしております」

「うむ、分かった、全て私に任せておくがよい」

「ではもうすぐ橋が架かります、エーベルト男爵様お願い致します、お前たちしっかりお守りするのだぞ」

「「ははっ」」

ふぅ、馬鹿は張り切って出撃して行った。

「お前たちは決して前に出るなよ」

「はっ、本当によろしいのでしょうか?」

「うむ、この勝負勝つのはこちらだが被害は大きいだろう、魔法使いの正体が不明である以上無闇にお前たちを失いたくない」

「はっ、ありがたきお言葉」

「だから橋を渡らず待機だ、ここからあの馬鹿の采配を見学しようではないか」

「はっ」

そのころエーベルトは馬上で今回の功績によるしょう爵に期待を膨らませていた。

砦を落としアリクレット男爵領を手中に収めれば子爵は硬い、その先にも攻め込めれば伯爵も夢では無いぞ。

「全軍突撃せよ、エーベルト男爵自ら敵を撃ち滅ぼそうぞ!!」

「「「おぉっ!!」」」

川を渡った兵は六千、士気も高い敗北するなど微塵も思ってはいなかった。


≪エルレイサイド≫

敵が砦に迫ってきていた、あともう少しとエルレイは笑みを浮かべ状況を見守る。

敵が砦に残り二十メートルの地点に来た時、直径十メートル深さ四メートルほどの穴が敵の真下に現れ落下した。

それを皮切りに次々と大小様々な落とし穴が敵を飲み込んで行く、それは川沿いまで続き敵の半数以上を飲み込んで行った。

「うん、上手く行った!」

子供の悪戯にしては規模と大きさが桁違いではあったが敵の戦力、行動力、指揮系統を奪い取った。

「呆れたわ、しかしどうやって一度に落としたのかしら?」

ルリアは本当に呆れた様子でこちらに問いかけて来た。

「あれは一番手前の落とし穴が落ちるとそれに引っ張られるように他の落とし穴も開くように工夫したんだよ」

「そうなのね、でもこの後はどうするの?」

「どうもしないよ、先ほども言った通り見学さ、マテウスさんがどうにかするだろう」

「ふーん、まぁいいけど」

敵はバラバラ、穴だらけでまともに行軍出来ない、砦に迫ってきている者には矢の雨が降り注ぎ、進退の指示もろくに通達されない状況、穴に落ちた兵を助けようにも深くて手が出せない、兵は混乱し敗走する者も出始めた、元々傭兵を集めた軍、命あっての物種である。

追い打ちをかける様にマテウスは兵を引き連れ、砦の外に出てバラバラになった兵を各戸撃破していった。

「エルレイ様、勝負はついた様ですね」

「ロゼ、ルリアとリリーを部屋へ連れて行って休ませてくれ」

「畏まりました」

「私もここに残るわよ」

「エルレイさん私も一緒にいたいです」

「二人共まだ完全に終わった訳では無い、援軍が到着するまで気を抜けないから休める時は休んでくれ。

俺もしばらく様子を見てから休むよ」

「分かったわ、リリー行きましょう」

「エルレイさんも無理はしないで下さいね」

「うん、リゼはすまないが俺に付き合ってくれ」

「承知しました」

三人を見送り状況を見つめる。

「リゼ、ヴァルト兄さんに状況を報告してきてくれないか?」

「はい、ですがエルレイ様はどうするおつもりで?」

「川の状況を見てこようと思う、今回の進軍はやけに素直に全軍で来たからな、夜襲だからと言うのもあるかもしれないが何と無く気になってね」

「それならば私もお連れ下さい、私も少し気になっておりました」

「そうか、リゼもそう思っていたのならきちんと確認する必要があるな、飛んでいくから抱えるぞ」

「はい」

リゼを抱きかかえ柔らかい胸の感触を楽しんで飛び立った。

暗闇の中、月の明かりを頼りに下を見る、敵はバラバラになり軍としての機能は果たしていない。

そのまま川沿いまで飛び、橋が架かっているのが確認できた。

「やはり橋を架けているな」

「はい、船より安全で確実な方法です」

川の対岸を見ると一部隊残っているのが確認できた。

「まだ部隊が残っていたのか」

「恐らく指揮官が残っているのでしょう、下手に近づかない方がよろしいかと思われます」

「そうだな、俺は敵を殲滅するつもりは無いからこれ以上は近づかないよ」

敵もこちらに気が付いたのか、暫く様子を見ていた様だが撤退して行った。

「どうやらあれが敵の指揮官だったようですね」

「その様だ、前回とは違って全軍突撃させて来たのには疑問が残るな」

「そうですね、部隊を散開させるなり、他の部隊で城壁を攻め陽動作戦を取るなり手はあったと思います。

こちらが千人ですから数の暴力で一気に制圧する事も間違いではないでしょうが、指揮官に聞いてみないと分かりませんね」

「それもそうだな、橋を壊して戻ろう」

「はい」

一メートルほどの大きな岩を作り加速させて橋に落とし壊した。

「お見事です」

砦に戻り指令室を訪れた、ドアをノックし中に入る。

「エルレイです、ただいま戻りました」

「エルレイ入って来てくれ」

ヴァルト兄さんは相当疲れている様だった。

「報告します、敵は敗走をし始めマテウスさんにより敵の殲滅がなされております、敵が全滅するのも時間の問題だと思われます。

川を確認したところ橋が架かっており、敵の一部隊が対岸に残っておりましたが撤退して行きました。

掛かっていた橋は破壊して参りました、以上です」

「うむ、エルレイご苦労、助かったよ」

「これでほぼ増援が来るまで敵が攻めてくることは無いでしょう」

「そうか」

「ですので、ヴァルト兄さん体を休めてください」

「あぁ分かった、エルレイありがとう」

「では失礼します」

部屋に戻ると、ルリアとリリーは就寝しておりロゼが起きて待っていた。

「ロゼただいま」

「エルレイ様お帰りなさいませ」

「ひとまず安全は確保された、ロゼ、リゼ明日も忙しいから今日はもう寝よう」

「「おやすみなさいませ」」

「おやすみ」

仮眠はしておいたが、やはりこの体でまだ無理が出来ない様だ、布団に入るとすぐに眠気が襲って来て朝まで目が覚めることは無かった。


≪アイロス王国軍サイド≫

味方が橋を渡り終え砦に一気に迫って行った頃、トリステンは橋の手前に陣取り報告を受けていた。

「報告します、エーベルト男爵率いる部隊は全軍で砦に迫っておりもう直ぐ先端が砦に迫る模様です」

「うむ、あの馬鹿の采配はそれしか手は無いか・・・敵の反撃は?」

「弓矢の攻撃のみとの事」

「何かありそうだな、城壁を築き上げ魔法軍団を全滅させたのに反撃が弓矢だけとは・・・」

トリステンが思考を巡らせていると、ズズンと大きな地響きが続き兵士の悲鳴が聞こえて来た。

「報告します、砦に後一歩と言う所で地面が落ち、至る所で落とし穴が開き大打撃を受けているとの事です」

「そうか、どうやら俺は相手の魔法使いを見くびっていた様だな・・・、撤退の準備をしろ」

「はっ、しかしまだ負けたわけでは・・・」

「この戦は負けだ、正規軍ならまだしも傭兵の集まりにあの馬鹿の指揮だぞ、立て直せるはずが無かろう」

「確かに、承知しました」

城壁に落とし穴、短時間で作り上げられるだけの魔法使いがいる等の情報は入って来ていなかった。

しかし我が国の魔法師団でもその様な事は出来ないはずだ。

考えられるのはどちらも地の初級魔法ディグで穴を掘り土を固める事だが、強度に問題がある。

城壁は壊れず、落とし穴も兵が通過した程度で壊れない様に作られていたと思われる。

魔法攻撃もそうだ、初級魔法で障壁を破る何てこと今まで聞いたことが無い。

障壁を破るためには上級魔法撃ち込み尚且つ、障壁を張られる前に次の攻撃を通さないといけない。

国へ戻り、詳しく調べて貰わなくては今後まともに戦えないぞ。

「報告します、部隊は敗走を始め、砦より出撃した敵部隊により各戸撃破されている模様です」

「そうだろう、我らも撤退するぞ」

「はっ」

その時橋の対岸に飛行魔法で飛んでくる人物を確認した。

「あれは敵か?」

「我が方に飛行魔法を使えるものはおりませんので敵かと、迎撃致しますか?」

「止めておけ、要らぬ被害を被る」

敵は上空に制したままこちらの様子を見ている様だった。

「あれは子供とメイドか?」

「暗くて正確には分かりかねますが、そのように見えます」

「ふふっ、ふはははははは」

「トリステン隊長、いかがされましたか?」

「いやすまない、撤退するぞ、どうやら俺達は子供にしてやられたらしい」

「いやまさか、しかし飛行魔法を使う子供とは・・・」

「この事を国に知らせねばならない、砦は放棄して王都へ戻るぞ」

「はっ」

もう一度子供を確認してから踵を返し、暗闇の中撤退した。

トリステンは今後戦いが厳しい物に成るだろうと考えたが、それがとても心躍る楽しい物に成るだろうと思い、笑みを浮かべるのであった。


≪エルレイサイド≫

翌朝、やや遅い時間に目が覚めた。

リゼとロゼは起きていて活動を始めていた。

「リゼ、ロゼおはよう」

「「エルレイ様おはようございます」」

ロゼに着替えを手伝われる前にさっと着替える、ロゼは何か言いたそうな顔をしていたが無視しよう。

「指令室に行ってくる、二人はまだ寝かせてやっておいてくれ」

「「承知しております」」

指令室に向かいドアをノックし中に入る。

「エルレイです」

「入りたまえ」

中に入るとマテウスさんがいた、ヴァルト兄さんは休んでくれている様だ。

「マテウスさん、昨夜の活躍お見事でした」

「うむ、しかし貴殿の魔法には驚かされた、見事な悪戯であったぞ」

マテウスさんはにやりと笑いそう言ってきた。

「楽しんで頂けたようで何よりです、現状はどの様な感じでしょうか?」

「うむ、敵軍は大方始末したが中には取り逃がしたのもいる、それは問題にはならんだろう。

現在落とし穴に落ちた敵の確保をしている所だ、殆ど落ちた時に死んでいる様だが中には生きている者もおる」

やはり落ちて死んだか、まぁそうだよな、四メートルの穴を作るのに中の土を圧縮して固めたからコンクリート以上の硬さになっているはずだ。

こちらとしてもやらなければやられるからしょうがない事だが・・・。

「エルレイ、あの穴は戻に戻せるのか?」

「はい戻せます」

「中の死体の回収が終わったら頼む」

「承知しました」

「こちらの被害はどのくらいでしょうか?」

「追撃に出た時に数名の死者と、負傷者がそれなりにおる」

「回復魔法が使えますので、怪我が酷い人を集めて頂ければ治療致します」

「すれは素晴らしい、すぐに医療室に集めさせる」

「分かりました、では治療に向かいますね」

「うむ、頼んだ」

医療室に向かおうとして立ち止まる、やはりリリーを連れて行った方が良いだろう。

本当は可愛いリリーに怪我の治療などやらせたくは無いが、それではいけないとアルティナ姉さんの事で学んだ。

部屋に戻るとルリアとリリーーはすでに起きていた。

「ルリア、リリーおはよう、体調はどうだい?」

「エルレイおはよう、問題無いわ、寝過ぎたくらいよ」

「エルレイさんおはようございます、元気です」

「それはよかった、リリー一緒に来てくれないか?怪我人の治療に当たりたい」

「はい、わかりました」

「私も付いて行くわよ」

「ルリアは別に来なくて大丈夫だぞ、楽しい場所ではないし」

ルリアはしばし考えてから。

「・・・分かったわよ、邪魔してもいけないから大人しくしておくわ」

「ルリアすまない」

ルリアの頭を撫でてから、リリーと共に医療室に向かった、なぜかロゼも一緒に付いて来ている。

「ロゼ、付いてこなくてもいいんだぞ?」

「いえ、お二人を守るのも仕事ですのでお構いなく」

「ここで危険があるとは思えないが、リリーを頼む」

「はい」

医療室に入ると痛みによるうめき声と血の匂いが充満していた、この世界にアルコールとかの消毒液など無い。

薬草と包帯位の処置だ。

「魔法による治療に来ました」

「お待ちしておりました」

医者みたいな人が駆け寄ってきた、十個あるベッドは埋まっており、その脇にも座っている人もいる。

「リリー右側の人達から頼む、俺は左から治療していく」

「はい、分かりました」

左側のベッドに向かうとそこには、腕や足を切断された人たちが横たわっていた。

上級回復魔法のハイヒーリングを使うと部位欠損も治ると魔法書には書かれていたが、実際に試したことは無かった。

患部に手を添え患者の魔力を感じながら魔法を使う、すると失われた腕を模る様に魔力が集まり組織を形成してゆく。

見ていて気持ちの良い物では無いが、失われた腕が元通りになった。

「俺の腕が元に戻った!!」

今まで痛みで唸っていた人は自分の手を何度も確かめていた。

俺は次々と治療を続け全ての治療が終わると、皆に感謝の言葉を架けられていた。

「「ありがとう。ありがとう、天使に治療して貰った」」

若干リリーに治療された方のテンションが高い気がする、まぁリリーに触って貰って治療されたらそりゃ喜ぶよな・・・。

医療室を出て部屋に戻りながらリリーと話す。

「リリー、疲れてはいないか?」

「そうですね、魔力はそこまで減ってはいませんが気疲れしました」

「そうなだ、俺も結構疲れたよ、あれだけ治療したのは初めてだったし、怪我人を気遣いながらは疲れる」

「はい、そう思います・・・しかし皆喜んでくれましたので良かったと思います」

「それもそうだな」

部屋に戻ると、昼食の準備が整っていた。

「ルリア、リゼただいま」

「ただいま戻りました」

「お帰り」

「お帰りなさいませ」

「治療はどうだったの?」

「問題無く終わったよ」

「そう、よかったわ」

「食事を頂きましょう」

「そうだな、お腹すいたよ」

皆席に座り昼食にする、流石に外の戦場後で食べる勇気はない。

「エルレイ、午後の予定は何かあるのかしら?」

「そうだな、俺以外は無いかな」

「エルレイだけあるの?」

「悪戯の後始末がね・・・」

「ふふっ、それは仕方が無いわね」

ルリアは笑ってそう答えた。

「今後の予定は、明日援軍が着いてから敵方の砦を奪還するまではここにいないといけないだろうね」

「そうね、でももうやる事はほとんど無いわよね」

「そうだな、敵方の砦も防衛する戦力は無いだろうしね、有った所で戦闘は援軍に任せるよ」

「私が城門吹き飛ばしてあげるわ」

「必要な時はルリアに頼むよ」

「まかせておきなさい」

ルリアは今回派手な魔法撃てなかったからかやる気満々の様だ、しかしあまり目立つような事はしたくない。

「ほどほどにね」

昼食を終え指令室を訪れた。

「エルレイです」

「エルレイ入ってくれ」

中に入るとヴァルト兄さんが迎えてくれた、顔色も多少良くなっている様だった。

「ヴァルト兄さん、元気になられたようですね」

「あぁ、エルレイのお陰だ、ありがとう」

「いえ、ここを守っている皆さんのおかげですよ」

「そう言う事にしておこう」

「私はこれから悪戯の後始末をしに行きます、他にやる事ありますか?」

「とくに無い、悪戯の分だけで構わないよ、当分敵も攻めてこないだろうしね」

「えぇ、これからの予定ですが、ヴァルト兄さんは敵方の砦を落とす事は聞いていますか?」

「いや、初耳だ、しかしその様な余裕はここには無いぞ」

ヴァルト兄さんは砦を攻めると聞いて驚いていた、ラノフェリア公爵様はここには連絡していなかった様だな。

「はい、攻めるのは援軍が中心となり、砦を落とした際の管理も援軍が行うようになっております」

「そうなのか、敵側の砦を落として貰えるとこちらとしてはとても助かる」

「それに私も付いて行き、砦を落とすまでが私の仕事となっております」

「それは誰の指示なのか?」

「ラノフェリア公爵様からの指示です」

「それは断れないな、エルレイも大変な人に目を付けられた物だ」

「えぇ、まったくです、それと今回の件が終わった後、イアンナ姉さんとも話をしておかないといけない事があるので時間を作って頂けると助かります」

「あぁ、それは全く問題ない、私も長いこと家を空けてるから早く帰りたいんだよ」

ヴァルト兄さん苦笑いをした、やはり家族と離れるのは辛いのだろう。

「父上が今回の件が終わったら王都見学に行こうと言っていましたので、ヴァルト兄さん達も一緒に行きましょう」

「それは楽しみだな、ぜひ行こう」

「はい、ではその為にも仕事をしてきます」

「うむ、エルレイ気を付けてな」

「はい、失礼します」

指令室を出て砦の外へと向かう、そこはマテウスさんが指揮を執り、捕虜の収容や死者を荼毘に付していて肉が燃える嫌な臭いが立ち込めていた。

これが俺がやった結果だ、しっかり自分で受け止めなければならない、しかし意外と心は痛まなかった。

それは俺が家族を守りたい、その気持ちが大きかったからだろう、一つ間違えれば焼かれていたのは俺達だったはずだ。

気持ちを切り替えて、穴を戻す作業に入る。

穴を作るのは簡単だが、戻すのは結構大変だ。

ガッチリ固めた土を粉砕して粉々にし、それに水を足していく、作るとき以上に魔力を使う。

悪戯の代償は大きかったわけだ・・・。

その作業を一人で黙々とやって行く、城壁を作るのは楽しかったが作ったものを元に戻す作業は楽しくなく、しかも一人だから辛い作業となった。

話し相手にリゼでも連れて来ればよかったと後悔する、ロゼと違い表情豊かで話していて楽しい。

ロゼはほとんど表情を変えない、しかしたまに笑った時はドキッとする、そう言うのも嫌いではない。

などとくだらない事を考えつつ作業を続け、夕方ごろやっと悪戯の後始末が終わった。

砦に戻ると賑やかになっていた、どうやら援軍が予定より早く到着した様だ。

悪戯の後始末で疲れていて部屋に戻って休みたかったが指令室に向かう事にする、部屋に戻っても呼び出されるだろうからね。

自ら行くのと呼ばれて行くのでは心の疲労度が違う、部屋で寛いでいる所呼ばれると誰だって嫌だろう、そう言う事だ。

「エルレイです」

「エルレイ入ってくれ」

「失礼します」

部屋に入ると、中にはヴァルト兄さんにマテウスさんと見知らぬ男性が席に座っていた。

「エルレイ丁度いい所に来てくれた、席に座ってくれ」

「はい」

席に座るとヴァルト兄さんより紹介された。

「こちらがソートマス王国軍第二団長ローベルト様だ」

「ローベルトだよろしく頼む」

ローベルトさんは茶色の髪を短く整えていて、ガッチリとした体型のいかにも騎士らしい出で立ちだ。

援軍はラノフェリア家の私設軍と思っていたのだが王国正規軍だった、砦を落とすよう命令したのは王様なのかも知れないな。

「エルレイ・フォン・アリクレットです、よろしくお願いします」

「君の事はラノフェリア公爵から聞いている、その若さで凄腕の魔法使いらしいではないか」

「いえ、そんなことはございません」

「謙遜せずともよい、今回城壁を作り落とし穴で敵の半数を葬ったそうではないか、誇っていい事だぞ」

「ありがとうございます」

「しかし、今回応援に駆け付けたのだが間に合わなかった事、申し訳ない」

「予定より早く到着されて感謝しております」

「そう言ってもらえると助かる、早速出済まないが私達の目的は砦の奪取とエーベルト男爵領の占拠だ。

とは言ってもこの先の事は我が部隊のみで行う事になる、ヴァルト殿とマテウス殿は今までと同じようこの地の防衛を頼みたい」

「はい、心得ております」

「うむ、それとは別にエルレイには砦奪取までは付き合って貰いたい」

「はい、その事はラノフェリア公爵様よりご命令を頂いております」

「まだ子供のエルレイにこの様な事を頼むのは心苦しいのだが、上からの命令だ、理解してくれ」

「はい」

「とは言え、ここの皆の活躍により敵は滅んでいる、砦での戦闘は皆無だろう」

「私もそう思います」

「そう言う事なのでエルレイ、明朝出立したいが構わないだろうか?」

「はい、問題ありません」

「うむ、よろしく頼む」

「他に用事が無ければ、明日の準備もありますので失礼します」

「エルレイありがとう」

指令室を出て部屋に戻ると既に夕食の準備が整っていた。

「ただいま、すまない待たせたようだね、先に食べて貰っていてもよかったんだが」

「おかえり、夕食は皆で食べる物なのよ」

お腹がすいているのかルリアはご機嫌斜めの様子。

「エルレイさん皆で食べるから美味しいのです」

リリーの言う事は分かる、これ以上ルリアの機嫌が悪くならないうちに席へと付く。

「確かにそうだな、頂こうか」

「「「頂きます」」」

うん、美味しい。

「皆知っていると思うだろうけど、先程援軍が到着した、そして明朝援軍と共に敵の砦に攻め込む予定だ。

急な話で申し訳ないが準備を頼む」

「まぁ、早く終わりそうでいいんじゃない?」

「そうですね、早く家に帰りたいです」

「そうだな、今回の事が終わればゆっくり過ごして、皆と王都観光を楽しもう」

「・・・本当にゆっくり過ごせるか疑問です」

ロゼがそう言ってきた。

「えっ?ロゼどうしてそう思うんだい」

「エルレイ様は今回の件で功績を上げられました」

「そこまで活躍していないと思うんだけど?敵を殲滅したのはマテウスさんだし」

ロゼはため息をつき、俺を呆れたような目で見つめて来た。

「エルレイ様いいですか、今回敵を退けたのも殲滅できたのも、全てエルレイ様の魔法によるものなのです」

「そうなの?」

俺は周りを見渡すと全員頷いていた・・・出来るだけ功績を上げない様にしたつもりだったが全然違ったのか。

「エルレイ、残念だけどロゼの言う通りよ」

「うっ、しかしこの砦はヴァルト兄さんの物だし、兄さんに功績が行ったりしないかなぁ・・・」

「エルレイさん・・・」

リリーまで非難の目を向けて来る、とてもつらい。

「しかし、アイロス王国側は暫く攻撃を仕掛けてくることは無いでしょう」

今度はリゼが言ってきた。

「リゼ、何故そう思うんだい?」

「エルレイ様と橋を見に行った時、敵の指揮官が敗走して行きました、あの指揮官はかなり慎重に事を運ぶ采配をしておりました、夜襲の時は違いましたが、たぶん別の指揮官がいたのでしょう。

その指揮官が国元に戻りエルレイ様の情報を伝えるわけですが、エルレイ様は今までいなかったタイプの魔法使いです。

一日で城壁や落とし穴を作る非常識な事をされたわけです、その対策が出来ない内は簡単に攻められません」

「なるほど確かにそうかも、そこまで非常識かな・・・敵に五百人の魔法使いがいたし、皆でやれば出来るのではないかな?」

「エルレイ、五百人、いや千人いてもあのようなこと出来ないわ、そもそも無詠唱の時点で非常識なのよ」

うすうすは気付いていたがそうなのか・・・。

「今までの戦場での魔法使いの位置付けは防御なのよ、魔法障壁を突破できるのが上級魔法に限られていて、それを何発も撃てる人なんていないのよ。

上級魔法を使える人なんて宮廷魔法使い位な物よ、戦場になんて滅多に出てこないわ」

「という事は、今回初級魔法で障壁を破った事も不味かったって事なんだ・・・」

「そうよ、最初から敵を全滅させていても結果は変わらなかったのよ」

ルリアはにやにやと笑っていた、俺のやった事は無意味だったのか・・・。

「でもねエルレイ、この砦の人達に戦わせた事は間違って無かったわ、あなたの言う通り私達で全部やってしまっては、次攻められた時対処できなくてやられてしまうでしょう、今後とも他の人達と協力して事に当たって行きましょう」

「ありがとうルリア、そして皆、これからも争いに巻き込むことになる様だすまない」

「馬鹿ね」

「エルレイさんはどうしようもなく馬鹿ですね」

えぇぇぇぇ、リリーに馬鹿呼ばわりされてしまった、ルリアに言われてもダメージを受けないが、リリーに言われるとどうしようもなく落ち込む。

「エルレイ様は大馬鹿者です」

「私は馬鹿でも構いませんよ」

ロゼとリゼもか・・・。

「私達は家族なんだから謝るんじゃないわよ」

あぁそうか、そう言われれば確かに馬鹿だな・・・。

「皆ありがとう、これからも俺に付いて来てくれ」

「最初からそう言いなさいよ」

「エルレイさん、いつまでも一緒です」

「エルレイ様、私は常にお傍に控えさせていただきます」

「ロゼが傍になら、私はエルレイ様の腕の中で空の旅をご一緒します」

リゼがそう言うと、ロゼがキッっと俺を睨みつけて来た。

「その事がございました、なぜリゼだけ空にお連れするのでしょうか?」

「えっ、別にリゼだけと言う訳では・・・タイミング的にとか?」

「ならば今度は私が空のお供をさせていただきます」

「はい・・・」

ロゼの迫力に押し負けてしまった、ロゼも空を飛びたかったのか・・・俺も空を飛ぶのは好きだし人類の夢だよな。

「ロゼ、出来るだけ早く連れて行くよ」

「はい、楽しみにしております」

ロゼが笑顔で答えてくれた、やはり行きたかったんだな、双子だし公平にやらないと駄目だな。

食事を終え、湯浴みに行ったんだがそこでロゼに体を洗われてしまった、断ったのだが先ほどの空の件もあって押し負けてしまった。

まぁロゼには一度裸を見られてるから二度目も問題ないはずだ、ただ先程の様にリゼにも今後、着替えと湯浴みを迫られる可能性が出てきたわけだ。


翌朝、当然かと言うようにリゼに全裸に剥かれて着替えさせられた、ただそれをルリアとリリーも見ていたのがとても恥ずかしかった。

朝食を終えて皆で外に出る、すでに出発の準備が終わったのか援軍の部隊が整列していた。

「ローベルト様、遅くなりました」

「いや、こちらも今揃ったろ事だ、そちはルリアお嬢様ですかな、お美しくなられた」

「ローベルト久しぶりね」

「はっ、しかしよくラノフェリア公爵が戦場に来ることをお許しになられましたな」

「私も彼に強くしてもらったのよ」

「そうでありましたか、エルレイは自身の強さだけでは無く、魔法使いの育成にも優れている様ですな」

「そうよ」

ルリアは腕を組み自信気にそう答えた。

「ではそろそろ出立します、ルリアお嬢様、馬へお乗りください」

「結構よ、皆と歩いて行くわ」

「そうですか、疲れましたらいつでもおっしゃってください」

「では砦に向けて出立するぞ!!」

ローベルトの掛け声と共に行軍が開始された、流石王国正規軍、一糸乱れぬ姿だ。

「ルリア、別に馬に乗ってもよかったんだぞ」

「嫌よ、私だけ仲間外れみたいじゃない」

「誰も気にしないと思うぞ」

「私が嫌なのよ」

「そうか、分かったよ」

それから一時間ほど歩いて敵の砦に着いた、そこはすでにもぬけの殻だった。

昨日の敗戦を受け逃走したようだ。

「分かっていたとはいえ、釈然としないわね」

ルリアは余程城門を吹き飛ばしたかったようだ。

「戦わない方が楽でいいさ」

「そうれはそうなんだけど、エルレイばかり活躍してずるいわ」

「ルリアもちゃんと敵を倒したじゃないか」

「初級魔法しか使ってないからすっきりしないのよ」

「それを言うと俺もそうだけど?、穴掘っただけだし・・・」

「わははははは、ルリアお嬢様は元気が有り余っている様子ですな、とは言えもうここでの戦闘はありませんのでな」

ローベルトは笑いながらこちらへ近づいてきた。

「ローベルト様、後の事はお任せしてもよろしいでしょうか?」

「うむ、エルレイの役目はこれで終わりだ、後は私達の仕事、帰ってゆっくり休まれるのが良かろう」

「ありがとうございます」

「ルリアお嬢様もお父上に元気な姿をお見せした方がよろしいでしょう」

「ふんっ!」

ルリアは笑われたのが気に入らないのか腕を組みそっぽを向いてしまった。

「では私はこれより男爵領の制圧がありますので、失礼します」

「ローベルト様お気を付けて」

「うむ」

ローベルトは踵を返し颯爽と去って行った。

「さて、砦に戻ろうか」

「ええそうね、どうやって戻るの?」

そこで昨日の約束を思い出した。

「飛行魔法で帰ろうと思うどうだろうか?」

「それは構わないけど、一度では運べないわよ」

「ルリアはリリーを背負って飛べる?」

「問題無いわ」

「俺がリゼとロゼを二回に分けて運ぶよ」

「分かったわ」

しかしリゼが納得いかなかったのか

「残された方が寂しいではありませんか!」

「しかしな・・・」

「こうしましょう」

ロゼを抱きかかえて、リゼを背負う形になってしまった・・・、正直重い、しかしここで重いとは言えないな。

「ルリア、リリー大丈夫か?」

「ええ、リリーは軽いからいいけど、エルレイは大変ね」

「エルレイさん、頑張ってください」

「リゼ、ロゼ、しっかり掴まっていてくれよ」

「畏まりました」

「さぁ、早く飛びましょう」

リゼに急かされて飛び上がった、少し強めに魔力を使ったが大した問題ではない、しいて上げるなら前と後ろから軟かく暖かい感触が心地いいくらいだ。

「これは想像以上に素晴らしい景色ですね」

「ふふん、そうでしょう」

ロゼはご満悦だ、リゼは自慢げにはしゃいでいる、出来れば暴れないで欲しい。

しかし空の旅は短時間で終了した、歩いて一時間の距離、飛べば数分で済む。

「もう終わってしまいました」

ロゼは少し残念そうな表情だ。

「俺はヴァルト兄さんに報告して来るよ、皆は帰宅の準備をしてくれ」

「やっと帰れるのね」

「はい嬉しいです」

「「畏まりました」」

戦争が終わり家に戻れるのが皆嬉しい様だ、俺も帰ってゆっくりしたいしな。

皆と別れて指令室へと向かった。

「エルレイです」

「エルレイ入ってくれ」

「失礼します」

部屋の中にはヴァルト兄さんとマテウスさんが話している様だった。

「エルレイ座ってくれ」

「はい」

「エルレイ、早かった様だがもう終わったのか?」

「はい、砦はもぬけの殻で敵は逃げておりました」

「そうか、それはよかった」

ヴァルト兄さんは肩の力が抜け安心したようだった。

「それで準備が整い次第家に戻ろうかと思うのですが、ヴァルト兄さんはまだこちらにいるのでしょうか?」

「そうだな」

「ヴァルト、ここはもういいからお前も家に帰って嫁さんを安心させてやれ」

「しかしだな・・・」

「当分戦争は無い、後の処理は俺がゆっくりやって置く、お前は領地の管理もあるから帰れ」

「マテウスすまない、後の事は任せるよ」

「うむ」

マテウスは乱暴に言い放っているが顔は笑っていた、二人はいい仲間なんだろう。

「では帰りにヴァルト兄さんの家に寄って行って構いませんか?」

「構わないぞ、そう言えば話があると言っていたな」

「はい」

「エルレイ、準備が整い次第外で待っていてくれ、馬車を用意する」

「分かりました、マテウスさんお世話になりました」

「うむ、こちらも助かった、ありがとう」

「では失礼します」

指令室を出て部屋に戻ると準備は終えられていて、俺の荷物も纏められていた。

「リゼ、ロゼありがとう」

「当然の事をしたまでです、お気になさらず」

「それでもう帰れるのかしら?」

「あぁ、ただ帰りにヴァルト兄さんの家に寄って行く」

「わかったわ」

「外に馬車が用意されるそうだから行こう」

「空の旅では無いのですね」

リゼが残念そうにつぶやいた。

「ヴァルト兄さんの家はここからそう遠くない、たまには馬車もいいんじゃないか?」

「エルレイ様のお陰で最近移動が楽になりましたから馬車での移動は大変です」

「リゼの言う通りね、私も飛べるようになってから馬車での移動は辛いわ」

「今回は我慢してくれ」

「分かってるわよ」

「残念です」

外に出るとヴァルト兄さんがすでに馬車を用意していてくれた。

「ヴァルト兄さんお待たせしました」

「エルレイ、今準備が整った所だ、さぁ乗ってくれ」

馬車は貴族用のではなく荷物を載せる幌馬車だった。

「皆すまない、ここにはこれしかないんだ、家まで一時間も掛からないから我慢してくれないか?」

「えぇ、構わないわ」

ルリアは公爵令嬢なのにこだわらないよな、普通『こんなの乗れませんわ』とか公爵令嬢なら言いそうな気もするが。

リリーもそうだな、元王族だ、リリーの場合性格的に言えないのかも知れないな。

「ルリア、リリー、きつそうなら飛んで行っても構わないが?」

「大丈夫よ」

「エルレイさん、私も大丈夫です」

「そうか、ヴァルト兄さん出発しましょうか」

「わかった、馬車を出してくれ」

ヴァルト兄さんが御者にそう声を掛けると、ゆっくりと馬車が動き出し砦を出て行った。

馬車に揺られながら、ようやく戦争が終わったと安堵したのであった。

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