表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水精演義  作者: 亞今井と模糊
四章 金精韜晦編
99/457

90話 対水銀作戦

「雫さま、お怪我は?」

「だ、大丈夫です。マリさんは?」

 

 赤いドロドロの空間に飛び込んで、金精からなんとか逃れた。王館から月代に抜けたみたいにどこかに繋がるのかと思ったけど、周りは赤いままで景色が変わる様子はない。

 

「私も大事ございません。水銀には強うございます」

 

 良かった。鋺さんも怪我はないみたいだ。鋺さんがかぶとを脱いで頭蓋骨が露になった。二回目だけどまだちょっと慣れない。でも叫ぶことはしなかった。

 

「しかし、アルさまもすでに合金とは」

 

 銅が水銀に取り込まれて合金アマルガムになって、それから魄失になって、貴燈に乗り込んで……という話だった。銀のアルさんも合金アマルガムにされていたらしい。

 

 それだと少し話が変わってくる。鉄のエルさんが捕まっているというのも怪しい。

 

「今のアルさまは水銀のメルに動かされています」

「水銀に操られてるってことですか?」

 

 操られてる精霊を見たことはないけど、あんなにしっかりしているものなのだろうか。自分の意思で動いていたように見える。

 

「それは違います。半分はアルさまの意思です。水銀が完全に乗っ取るには相当な量が必要です。全本体を使ってもアルさまおひとりを支配できるかどうか」

 

 水銀の量が多ければ乗っ取ることも可能らしい。合金アマルガムといっても色々あるようだ。

 

「月代のほとんどの金精が合金アマルガムにされているようでした。あの数を動かすとなるとひとりひとりに使った水銀は少なく……精々(せいぜい)、思考を誘導することくらいでしょう」

「じゃあ、僕たちを襲ってきたのは水銀にそう誘導されているってことですか?」

 

 マリさんが頷いた。骨だけなので表情は分からないけど、眉があったらきっと寄っているだろう。

 

アルさまはご自身の意思で襲ったとお思いになっているはずです」

 

 アルさんは親しげとまではいかなくても嫌悪感は受けなかった。強めの態度は姉である鑫さまを取られるかもしれないという不安からだった。

 

 あれ、そういえば……鑫さまの姿が見えない。

 

「鑫さまは? 鑫さまはどうなったんですかっ?」

「あの方は水銀には不利ですが、幸い本体は王館にございます。ご心配には及びません」

 

 思わずマリさんの肩を掴んでしまった。顎の骨がガクガク鳴っているのはちょっと申し訳ない。

 

 マリさんは僕の腕をゆっくり撫でながら、落ち着かせようとしてくれた。無事だというならひとまずは大丈夫だろう。


 仮に捕まったとしても鑫さまを慕っているアルさんのことだ。いくら水銀に誘導されていても、そこまでひどい目には合わせない……と信じたい。マリさんの肩から腕を下ろした。

 

マーケットに出回っている金もございますが、極めて微量です。仮に水銀に取り込まれてもその程度の量なら鑫さまの本体から切り離すことが可能です」

 

 本体から切り離すというのは、水精に置き換えるとどういうことだろう。僕の泉の水を外へ捨てるということだろうか。

 

「……ですので王館に戻ることはできません」

「え?」

 

 水精基準に置き換えて、理解を深めていたところに思考を遮られる。


マリさん、今何て?」  

「僅かですが水銀に入りこまれました。今王館に戻れば付いてきてしまいます。そうなると鑫さまの本体が狙われます」

 

 この空間に水銀がいる? 


 もしかして僕たちを狙っているのだろうか。キョロキョロしだした僕に鋺さんはご心配なくと続けた。


「この空間は私の許可なく動き回ることはできません。しかし開けた瞬間に動き出します。ここを開けたら即座に処理しなければなりません」 

 

 ここに逃げ込んでから油断していたけど安心出来ない。しかも迂闊に外に出られない。

 

「水銀の狙いが何なのか、ハッキリとは分かりません。鑫さまに取って変わるつもりか、それとも月代の支配権を狙っているのか」

「鋺さんはどうしてアルさん達が合金アマルガムになってるって気づいたんですか?」

 

 隣にいた鑫さまだって気づかなかったのに、鋺さんは途中で少し違和感を訴えていた。

 

「以前のアルさまは、今と変わらず鑫さまを慕ってはいましたが、当代理王をさげすむようなことは仰いませんでした」

 

 アルさんの言葉を思い出す。鑫さまにとって今の理王なんか目じゃない、と言っていたことだろうか。てっきり鑫さまを尊敬して出た言葉だと思った。

 

「当代の金理王おかみはご自身は高位ですが季位ディルから生まれた御方です」

 

 低位から高位が生まれるなんてことあるのか。驚いて鋺さんの顔を見返してしまう。空洞の目がなぜか物悲しさを感じる。

 

 最下位ディルから理王が生まれることがあるのか。どれだけ努力して理王になったのだろう。想像できない。

 

「ましてや混合精ハイブリッドですので、しばしば厳しい目を向けられることもございます」

 

 しかも混合精ハイブリッド。確かにメルトさんも混合精で王太子候補だったから驚くことではないのだろうけど、結構虐げられたと聞いた。

 

 金理王さまは理王になる過程でかなり辛い目にあってそうな気がする。

 

「鑫さまやアルさまは名門の高位ですが、だからと言って下位出身の精霊を疎んじたり、妬んだりは致しません」

 

 アルさんは確かに僕が下位でもちゃんと向き合ってくれた。それに確か鉄のエルさんは季位だって言ってたはず。

 

「私もそうですが理王になる方、理王になった方、或いは理王のご家族には敬意を払います」

 

 金亡者は理王関係者には敬意を払う。これは淼さまも言っていたことだ。

 

「それと他の金精方も雫さまの装いをご覧になって、あの反応はおかしいのです。伯位アルの紋章が二つに加え、更に理王の紋章が二つ。これで恐れない精霊はいません」 


 月代での話だと僕の服に刺繍された紋章は四つだ。背中と左胸、それに両腕にひとつずつ。

 

 伯位アルの紋章は母上の物と養父である雨伯の物だ。それと理王であるびょうさまの紋章と……あとひとつは誰の? 理王って言った?

 

マリさ……」

「今はそれよりも水銀を引き離さなくてはなりません」

 

 タイミングを逸してしまった。鋺さんは意外によく喋る。鑫さまやアルさんがいたときは必要以上に話さない印象だったけど、実はおしゃべりなんだろうか。

 

 この様子だと何か質問しても答えてくれそうだ。後で色々聞いてみよう。今は水銀の方が先だ。

 

「どうやって引き離すんですか?」

 

 少しだけくっついている水銀をどうやって取り除くんだろう。

 

「水銀は沸点が他の金属よりも低いのです。それを利用しましょう」

「……フッテン?」

 

 聞きなれない言葉が次々と出てくるので理解が苦しい。

 

「物質が沸騰する温度のことです。水精の方々の沸点はほとんどが百度ですが、我々金精は種類によって沸点が異なります」


 水銀を沸騰させる……でもそんなことしたら金や銀も一緒に蒸発してしまうのではないだろうか。鑫さまやアルさん、他の金精は大丈夫なのだろうか。

 

「水銀が気体になっても他の金属はまだ蒸発はしません。ですから高温の炎であぶり出して引き離します」

 

 つまり、金や銀を残して水銀だけが蒸発するということだ。そのあとは?

 

「そして気体になったところを一気に冷やし、融点以下まで下げて捕らえます。あぁ、融点とは物質が固まる温度のことです」

「えーっと……凍る温度みたいな?」

 

 なるほど。気体になった水銀を冷やして固めれば他の金属と分離できる。ちょっと理解できた。

 

 確認のために水精の例えで返す。左様ですと言いながら鋺さんは冑を被り直した。

 

「そのためには火と水それぞれを扱える者が必要です」

 

 水銀を炙り出すのに必要な火と、冷やして固めるのに使う水だ。

 

「水は雫さまがいらっしゃるので良いですが、問題は火です。火太子は療養中で動かせません。他の火精に応援を頼むにしても王館勤めの者には声をかけられません」

 

 王館に応援を呼びに行ったら鑫さまの本体が狙われる。それは駄目だ。

 

 それに水精は僕がいるとは言っても不安だ。気体になった金属を冷やすだけの冷水を扱えるだろうか。

 

 正直自信がない。出来れば水精の応援もほしい。でも僕の知り合いなどタカが知れている。淼さまは王館だから駄目だし、母上か、あとは……。

 

 あっ!

 

「それって……火と水、どっちを扱えても良いってことですよね?」

「はい?」

 

 マリさんが小首を傾げたせいで冑が軋んだ音がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ