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水精演義  作者: 亞今井と模糊
四章 金精韜晦編
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86話 月代連山へ

「坊や。大丈夫?」

「はい。何とか……」


 ちょっと目は回っているけど、ふらついたり転んだりはしなさそうだ。飛び込んだドロドロは見た目に反して熱くなかった。


 僕を包み込むように固まり、摩擦の少ない滑降台のようだった。その中を滑り降りてきたのだ。ちょっと怖かったことは内緒だ。


 叫び声を上げる前に外に放り出されたのはある意味良かったかもしれない。着いた先では鑫さまが立っていた。鏡を見ながら髪を梳かしている。


「鑫さま。雫さまは水精でございますから、金属管内移動は問題ないとご推察いたします」


 後から金亡者マンモナイトマリさんが付いてきた。裂けた壁から斧を引き抜いているところを見ると、どうやら僕たちはその壁から出てきたらしい。


 完全に斧を引き抜くと裂け目は塞がり、赤いドロドロも見えなくなった。


「あ、お姉ちゃんだ」

「ホントだー」

「おかえりなさーい」 


 数人の高い声が上の方から聞こえた。


「あら、あなたたち。そんなところで危ないわよ」


 岩の切り立ったところに精霊の子供たちが三、四人固まっていた。立ったり、座ったり、よじ登ったり、ぶら下がったり……見ていてハラハラする。


「金精……じゃないですね」

「あの子達は水精よ。近くの水場の子達。よく遊びに来るのよ。どうして中に入らないの?」


 なるほど金は水を生む。だから水精が金精を慕うのは当然だ。


「あのね、ずっと開かないよー」

「お水が貰えないのー」

「お水ちょうだーい」


 閉まったまま? 


 今、僕たちが出てきた壁の隣には重厚な扉がある。鉄製だろうか。大きな鍵穴もついていた。


「……貴様ら、次代の我が君に対してそのような口の聞き方、無礼であるぞ!」


 マリさんが斧を斜めに構えた。子供たちに届くような距離ではないけど、鋺さんは宙を切るように勢いよく斧を振った。


 向きが違ったはずなのに、隣に立つ僕も強風を受けた。まともに浴びた子供たちは強烈な風圧に驚いて逃げていってしまった。


「鋺! 子供相手に何やってるのっ?」


 鑫さまが怒っている。流石に僕もちょっとやりすぎだと思う。


「子供ゆえ手加減は致しました。この近辺の精霊なら第十四代水理王の末裔でしょう。しかし継承した理力はほとんど感じません。王太子に対する無礼な態度。子供の頃にこそ改めさせるべきかと存じます」


 鋺さん、容赦がない。


 もし僕がうっかり口を滑らせて、鑫さまや淼さまに失礼なことを言ってしまったら同じように……いや、今以上にひどい目に合っていたかもしれない。


 鋺さんは理王の縁者でなければ相手にしない、というようなことを淼さまが言っていた。どういう態度になるか、今ので何となく分かってしまった。それでも理王の末裔だから話し掛けたのだろうけど、なんとも恐ろしい。


「締め付けすぎは駄目よ。拘束が強ければ不満を生むわ。不満は反感になり、反感はルールへの不信になる。理も大切だけど、遊びも必要なのよ」


 鋺さんは黙っていたけど、しゅんとしている。でも反省はしていないのが読み取れてしまった。何故怒られているのか分からないようだ。僕は二人の間に立って密かにおろおろしていた。


「今後気を付けなさい。……さて、行くわよ」


 鑫さまが重そうな扉に向き直ると、手を腰に当てて声を張り上げた。


「王太子・くん。開門を要求するわ!」


 鑫さまの艶めかしい姿からは想像できないほどの芯の強そうな声だ。どこまでも響き渡りそう。山の入り口と思われる重厚な扉の向こうにも聞こえたに違いない。


「なーんて、オールが帰省したわ。誰か開けてくれない?」


 別人だ。後姿しか見ていないから、余計に疑いたくなってしまう。


オールとは鑫さまの真名でございます」

マリさん。詳しいんですね」


 全身甲冑の肩に斧を軽く乗せ、僕の隣に立つ姿は僕よりも大きかった。その点ではマリさんが羨ましい。どうして僕は皆より小さいのだろう。


「初代金理王よりお仕えしております故、歴代理王の御身内のことは多少なりとも存じております」

「しょ……初代っ?」


 ナニソレ、すごい。


 僕の驚いた様子を見て、クスクスと笑う音が聞こえた。冑の中で反響している。


「亡者でございますので。始祖の精霊を除けば、未だ寿命を迎えていないのは私めだけかと存じます」

「じゃあ消えたり、亡くなったりしないんですか?」


 マリさんは僕の質問に首を振る。その度にカシャカシャという乾いた金属音が耳につく。


「寿命がないのは始祖の精霊のみ。私もいずれは尽きるでしょう。しかし」

「おかしいわね」


 続く声は鑫さまの呟きに消されてしまった。


「どうなさいました」

「誰も出てこないのよ。先触れは出したし、こなたの声も聞こえてると思うのだけど」


 確かに鑫さまが声をかけてから十分な時間があったと思う。でも扉は閉まっているし、誰かが近づいてくる気配もない。


「理王の理力を受け継ぎ、理王に最も近い鑫さまを無視するなど、御身内とはいえ……壊しますか?」


 壊しますかと聞きながらすでに斧を振り上げている。危ない。思考が極端だ。やっぱり全然反省してない。


「駄目よ。こなたの実家を壊す気? 自分で入るからいいわ」


 マリさんは大人しく下がった。理王に近い存在ならあっさり従うようだ。もちろん、ここに金理王さまがいたとしたら絶対服従だろう。


 どうするのかと鑫さまの様子を見ると、左手で金色の液体を舞わせていた。それを扉の鍵穴に流し込むと、瞬く間に固まらせて鍵に変化させた。軽い力で半分ほどひねると、カチンッと音がして扉が少し動いた。


「さぁ、開いたわ。行きましょう」


 鑫さまは金を回収して真っ暗な洞窟へ入っていく。鋺さんに先へ促されたので鑫さまに続いた。


「爺や。帰ったわよー」


 真っ暗な洞窟でなかなか目が慣れない。けれど鑫さまは迷いのない足取りで奥へ奥へと進んで行ってしまう。雰囲気で付いていくしかない。岩だらけの洞窟なのに案外整備されているらしく歩きやすかった。


「爺やー。いないのー?」


 鑫さまには、爺やがいるのか。それもそうだ。理王を何代も輩出している家柄だと淼さまが言っていた。名門のお嬢様だから、お付きの精霊が何人かいてもおかしくはない。


「雫さま。差し支えなければこちらを」


 マリさんが手渡してくれたのはランタンだった。赤く燃える炎が何故か不気味に感じられる。


 足場が見えない不安と何かが出てきそうな恐怖でそう感じるのだろう。


 出てくるとしても鑫さまの親戚の方なのだろうけど、それでも怖いものは怖い。


マリさん。僕のこと呼び捨てで良いですよ」

「そうは参りません」

「いや、でも僕、叔位カールだし」


 『さま』などという敬称は僕にはふさわしくない。林さまが『くん』付けで呼ぶのもやめてもらったくらいだ。


「位は関係ございません。雫さま、理王に通じる方は敬うべき存在でございます」

「でも淼さまと僕は身内じゃないですよ?」


 これで口を聞いてくれなくなったら嫌だなぁと内心思いながら、愛想笑いをしてみた。鋺さんはキシッと首を僅かに傾けて考える素振りを見せた。


「……追々分かりましょう」

「?」


 マリさんの軋む甲冑にランタンの色が映り、全身が赤く不気味に輝いていた。

オールはフランス語で金を意味します。

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