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水精演義  作者: 亞今井と模糊
四章 金精韜晦編
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84話 魂の傷

 何故、僕はここにいるのだろう。

 

 焱さんの私室に残ったのは五人だ。火理王さま、林さま、鑫さま、淼さま、それと僕だ。部屋には寝台と書き物机しかないので、火理王さまが数人の火精を呼んで、簡易の卓と椅子を設置させていた。

 

 今もまだ給仕の火精が周りをうろうろしている。手伝おうとしたら淼さまに肩を掴まれて、椅子に逆戻りだ。

 

 雨伯と雷伯、それに杰さんは焱さんの治療を終えるとすぐに帰っていった。

 

 焱さんの腕と足は治せたけど、負傷した片目は治せなかったらしい。目の治療には松毬まつぼっくりが必要らしく、杰さんは雷伯をもみくちゃにした後、すぐに作ってくると言って帰っていった。

 

 雨伯と雷伯はそれぞれ仕事を抜けてきたらしく、元いた場所へ帰っていった。南の森に雷雨をもたらしている最中だったらしい。

 

 帰り際、雨伯には肩車をせがまれ、その最中さなか、雷伯に思い切り抱き締められた。むすこを宜しくな、と半泣きでいわれたけど、その間ずっと僕の背骨は悲鳴を上げていた。

 

 焱さんは雷伯の息子で、雨伯の孫で、僕は雨伯の養子だ。とんでもないことを知ってしまった。焱さんは僕の義甥おいだった。

 

 勿論、理力の繋がりはないけど、淼さまがさっき言っていた義甥おいの意味が分かった。

 

 僕が焱さんの義叔父さんかぁ。

 

 何かしっくり来ない。別に嫌なわけではない。ただずっと先輩だと思って慕っていた焱さんが、実は義甥だということが、何だか……こう……何とも言えない。

 

「それで、詳しく聞かせてもらおうか」

 

 火理王さまの低い声にハッとした。色々なことが一度に起こりすぎて、少し現実逃避してしまった。

 

 鑫さまは数日前に会った様子とは少し印象が違った。相変わらず金の巻き毛は輝いているし、生地が少なくて寒そうな服を着ている。それは変わらないけど元気がない。

 

「火理皇上には申し訳ありません。火太子はこなたを庇って怪我を負いました」

 

 鑫さまが床に片膝をついた。淼さまに対する態度とはずいぶん違う。

 

「掛けるが良い。まずは詳しく聞こう。金理には報告したのであろうな」

  

 鑫さまは頷きながら椅子に手を付いて立ち上がる。林さまが手を差し出して鑫さまを椅子に導いていた。

 

「順序通り話せ」


 鑫さまが座るのを待って火理王さまが先を促す。


「まずは貴燈山での残骸金属を確認するため、月代に向かう前に貴燈へ赴きました。事前に聞いていた通り、噴火口の近くに金属光沢を発見しました」

 

 事前に聞いたというのは僕からだ。噴火の際に金属光沢を見たって言ったのは他ならぬ僕だ。


「在住水精のわかおよびたぎる、両名の協力を得て現場を確認しましたところ、岩壁に『賢者の石』を発見いたしました」

 

 賢者の石……初めて聞く言葉だ。火理王さまが腕組みをしたまま眉をひそめる。

 

「貴燈では銅の精がいたとは聞いていたが水銀もいたのか?」

 

 何が何だかさっぱり分からない。煬さんの足は銅だった。所々硫化して黒くなっていたけど。襲ってきた魄失も銅だったはず。ここでどうして水銀の話になるのだろう。

 

「賢者の石はまたの名を辰砂しんしゃって言うんだが、鎮静効果があって薬になるんだ」

 

 林さまが僕に解説をくれた。分かりやすいのだけど、僕はまた顔に出ていたのだろうか。ちょっと恥ずかしい。

 

「しかし、賢者の石は水銀と硫黄の化合物だ。硫黄は元々貴燈にあるが……もし高温の貴燈山で分解されれば、水銀は有毒な蒸気になり危険だ」

 

 淼さまが更に詳しく情報をくれた。なるほど水銀は気化すると危険なのか。覚えておこう。

 

「焱とこなたもそう思って取り除こうとしたの。それで可能なら木理皇上に届けようと思って。でも……」

 

 鑫さまの言葉の後半は林さまに向けていた。良い薬だというくらいだから欲しいに違いない。

 

「こなたが取ろうとしたら、辰砂を含んだ溶岩壁が崩れ落ちてきて……」

 

 鑫さまが黙ってしまった。向かいに座る鑫さまを見ると唇を噛んでいるようだ。形の良い唇が不自然に変形していた。

 

「ル、ト……」

 

 寝台から声が聞こえた。皆、一斉に注目する。僕は居ても立ってもいられず駆け寄った。

 

「焱さん」

 

 目の治療をしていないためか、一度外された包帯は顔の半分だけ巻き直されていた。

 

 無事な方の目は閉じられたままで微動だにしない。口は薄く開いているけど起きる様子はない。

 

「焱はこなたを庇って負傷しました。そして恐らく……選考会のことを思い出したのかと」

「王太子選考会か」

 

 低い声の呟きにつられるように火理王さまを振り向く。隣の淼さまが僕を手招きしているのが視界に入った。

 

 王太子選考会。沸ちゃんが言っていた火太子の選考会だろう。確か、煬さんの近くの壁が崩れて、焱さんはそれを助けようとしたけれど、結局煬さんの足は壊れてしまった。焱さんはそれを自分のせいだと今も悔いている。

 

「選考会での事故と同じような崩落で思い出してしまったんでしょう。それで恐らく、からだと一緒にこころも傷つけられたのかと」

 

 そんなことがあるのか。心に傷があると身体だけではなくて魂も傷つけられてしまう。僕にはまだそういった経験はない。

 

「偶然の事故か、それとも故意か……」

 

 淼さまが手を顎に持っていき、徐々に口元を覆ってしまった。

 

「貴燈には監視と保護が必要か」

「その必要はないかと。崩落の際、煬が一時的に目覚めました」

 

 メルトさんが起きたのか。有事の際には目覚めるという条件付きの罰だったけど、こんなに早く起きることになるとは、きっと煬さんも想像していなかっただろう。

 

「再休眠の前に沸滾姉妹へ指示を出していましたので、干渉は不要かと」

「左様か。ならば良い」

 

 逆に考えれば、煬さんが起きるほどの事件だったということだ。どんな基準で目が覚めるのか分からないけど、二人の王太子が事故に巻き込まれるほどのことだ。大きな事件と言っていいのだろう。

 

 鑫さまと目があった。何か言いたそうだけど目を反らされてしまった。

 

「淼……いえ、水理皇上。お願いがございます」

 

 僕から視線を外した鑫さまは改まって淼さまに向き直った。数日前のくだけた様子とはずいぶん違う。

 

「……嫌な予感しかしない」

 

 氷同士が擦れるような小さな音で、淼さまが僕に囁いた。多分、他の方には聞こえていない。

 

「こなたにそのこをお貸し下さいませ」

 

 僕? と思うのと同時にピシリッという音がした。この音は予想が付く。視線を下げると想像通り、熱々だったお茶がガチガチに固まっていた。

 

 林さまは不幸にも砂糖を入れているところだったらしい。途中でスプーンが固まっている。

 

理由わけを聞こうか」

「意地悪ね、お分かりでしょ? こなたはこれから月代へ行くわ。でも水銀相手では分が悪いのよ」

 

 水銀も同じ金属のはず。金精の最高位である鑫さまでも分が悪いことがあるらしい。

 

「万一に備えて別属性の精霊をひとり連れていきたいの」

 

 鑫さまは林さまが何か言おうとしたのを遮った。王太子としてひとりで行動できないのは情けないけど……と続ける。

 

「太子はひとりで行動するものだってことは分かるけど、王館内の事情も不安定な今は、確実な方法を取りたいのよ」

 

 王館内は不安定。なるほど、木理王さまは病気だし、木太子は弱体化してしまった。その上、火太子は負傷している。確かに言われてみれば良い状態ではない。

 

「金精のことだから、本当は火精に行ってもらうのが一番良いのだけど、焱の回復を待ってられないし」

 

 火理王さまが手を払って茶器の中身を溶かすと、林さまのスプーンが音を立てて倒れた。

 

「木理皇上のことを考えると林やぎょうはここに残ってた方が良いでしょ? 水太子は……ねぇ?」

 

 鑫さまが意味ありげな視線を淼さまに流した。顎を少しだけ上げて斜めに見下ろしている。

 

「勿論、高位の火精をお貸し願うことも考えたわ。でも王太子としてのプライドもございますから」

 

 淼さまを見たままだったけど、後半は火理王さまへ向けての言葉だ。鑫さまは火理王さまに同意を求めているようだ。

 

 高位の精霊を連れていくより、僕を連れて行った方がプライドが傷つかない方が不思議だ。低位だから相手にしないし、気にもしないということかな。

 

「それに実戦訓練もなくなったんでしょ? だったら尚更、経験を積むのは必要よ」


 経験か。僕の外での経験と言えば、帰省は含まないだろうから、煬さんの所だけだ。自分が如何に守られているか、改めて認識してしまった。

 

「雫はどうしたい?」

「はい?」

 

 淼さまに呼ばれて顔を上げる。

 

「鑫と一緒に月代へ行ってみる? それとも王館にとどまって引き続き漣どのの授業を受けるか?」


皆の視線が僕に集まっていた。

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