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水精演義  作者: 亞今井と模糊
四章 金精韜晦編
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82話 父と祖父、養父と義兄

 窓に雨が叩きつけられている。うるさくて耳の中で聞こえるみたいだ。遠くの方で雷も鳴っている。

 

 焱さんの左肩の付け根から腕がない。焱さんの手を握ることに失敗した僕の手は、勝手に敷布シーツを掴んでくしゃくしゃにしてしまった。

 

 焱さんの顔も腕があった場所も、見ていられなくて目をそむけた。でも背けたせいで見えてしまった。

 

 

 ……右足もない。

 

 

 左腕も右足も何重にも包帯が巻かれている。出血はしていないのか真っ白な布のままだ。

 

「ぅ……え」

 

 喉から出た声は言葉になっていなかった。息をするのがやっとだ。火理王さまが背中に手を当ててくれた。じんわりとあたたかい手は焱さんと似ていた。

 

「案ずるな。王太子は消えも死にもせぬ」

「ほ、んと、ですか?」

 

 火理王さまを見上げると髪の色は青く揺れていた。

 

「王太子は理によって守られる。理王にならずしてその任を下りることは許されない」

 

 どういうことか理解できない。混乱している。頭が理解することを拒んでるみたいだ。

 

「焱さんは、生きてるんですよね?」

「……左様だ」

 

 良かった。焱さんが生きているなら、とりあえず今はそれで良い。

 

 もう一度、焱さんの顔を良く見ようとして、ノックの音に遮られた。小さい音なのに肩が大きく震えてしまったのが分かった。

 

「御上。雨伯と雷伯がお見えになりました」

「通せ」

 

 僕たちが入ってきたのとは別の扉が開かれていた。火精と思われる人影が扉を開けたまま去って行く。その様子を呆然と眺めていたら、淼さまに呼ばれた。手招きもしている。下がれということだろう。

 

 雨伯は僕の養父だ。会ったことはないけれど、火精にもその名の威力は抜群だった。

 

 一体、どれほど偉大な方なのか。まさかこんな形で会うことになるとは思わなかった。さっきまでとは別の意味で緊張してきた。

 

「父上! 待てって! 廊下を走るな! 父上! 止まれっ! 父上ーー!!」

 

 部屋の外が賑やかだ。バタバタという足音が大きくなっている。

 

「アッキーーーーーーーーーールァーー!!!!」

 

 甲高い声が重く沈んだ深刻な空気を破壊した。それと同時にゴロンゴロンッと勢い良く白い塊が絨毯の上を転がってきた。勢いを抑えきれず壁にぶつかる。その衝撃で壁にかけてあった額も落ちてバラバラになってしまった。すごく大きな音だったけど大丈夫だろうか。

 

「ち、父上! ぜぇっ…… 転がるのも! ぜえっ! ダメだ!」

 

 白塊に注目が集まる中、肩を上下させながら大きな精霊が僕たちに近づいてきた。

 

 お、大きい……。

 

 部屋に入るときは腰を屈めたに違いない。焱さんよりもずっと大きくてがっしりしている。天井まで手が届きそうだ。

 

水理王おかみ、お久しぶりです。火理皇上、火の王館へ足を踏み入れることをお許しいただき有難うございます。森さ……失敬、林さま、ごきげんよう」 

 

 淼さま、焱さんの寝台にいる火理王さま、そして林さま、と挨拶をする度に方向を変えるので、その場でぐるぐると回っているようだ。

 

「お前は確か」

「あ、僕は……」 

「アタタタ……」

 

 僕に気づいてくれたので挨拶をしようとしたけれど、それは遮られてしまった。大きい精霊が白塊に駆け寄る。

 

「あぁもう! 父上、しっかりしろ!」

 

 今、父上と言ったのは聞き間違いではないはず。淼さまの様子を見ても動揺はしていない。ただ成り行きを見守っているようだ。

 

「我輩の孫はどこであるかーーっ!?」

「じっとしろって。脱皮したばかりなんだから」

 

 脱皮……するのか。

 

「うぬぬぬ。脱皮したてでなければ、こんな毛皮なんぞ……」

 

 大きな精霊が白い毛皮を剥ぎ取ると小さな人型が出てきた。床に下ろしてもらいながら悪態をついている。

 

 僕の腰ほどの小さな身体で伸びをすると、何かを見つけたように淼さまの元へ駆け寄った。毛先だけ黒い白髪の頭を淼さまの足にグリグリ押し付けている。

 

「御上ぃ! 会いたかったぞ! 撫でるが良い! ささ、遠慮は入らぬ。撫でるが良いぞ!」

 

 淼さまの足を両腕に抱き込んで頭を撫でるように催促する。淼さまは責めるでもなく、太ももに抱きつかれたまま頭を撫でている。

 

「やれやれ、俺様の身にもなれよ」


 僕の隣に大きい精霊が立った。圧迫感がすごい。見るからに強そう。でも毛皮の端をキッチリ重ねて畳んでいる。意外と細かい。

 

「あ、貴方は? あ、じゃなくてえっと、僕は」

「雷伯だよ」

 

 林さまが助け船を出してくれた。淼さまに聞きたかったけど、今はお取り込み中だ。

 

「いかにも、俺様はらい伯。伯位アルいかずち。雨伯の子でお前の義兄だ! カズって呼んでいいぞ! 宜しくな、義弟しずく!」


 下ろしていた腕を掴まれてブンブンと振られる。肩が外れそう。顎までガチガチと鳴っている。

 

「何だ? 義兄あには呼び捨てにしにくいか? カズ兄でも良いぞ? それか、お義兄にいちゃんって呼んでも良いぞ?」


 お兄ちゃんは美蛇みたいで嫌だ。でもそう言うことではなく、口を開くと舌を噛みそうで喋れないだけだ。 

 

「はわぁあ。御上の手は気持ち良いのぉ。理力の巡りが良くなるのだ」

 

 斜め後ろでは更に賑やかになっていた。撫でるというよりもそれはマッサージではないだろうか。横目で見ると耳の後ろ辺りを淼さまに撫でられて、小さい精霊がうっとりしている。

 

「ーーはっ! こんなことをしている場合ではない! 我輩の孫はどうなったのであるか!?」


 小さい精霊が淼さまからピョンっと離れて寝台に駆け寄った。

 

「火理皇上! あきらはどうであるか?」

「父上。まずは火理王に挨拶しろよ」


 雷伯が僕の手を勢い良く放して寝台に寄った。小さい精霊は焱さんの寝台に上がろうと短い手足を必死に伸ばしている。

 

「雨伯はいつも元気で良いな。羨ましい……」


 林さまがボソッと呟いた。確かに木理王さまに貸して上げてもいいくらい元気だ。ところで……。

 

「雨伯?」

 

 あれが?

 

「これ、あきら! 起きんかい! じーじが来たぞ!」

「怪我人を叩くんじゃない!」

 

 雨伯が焱さんの寝台に乗ってペチペチと顔を叩くのを、雷伯が掴んで引き離した。

 

 あれが!?

 

「今、あんなのがって思った?」


 今度はびょうさまが呟いた。撫でるものがなくなって、指が所在なく動いている。

 

「め、滅相もない」

「大丈夫。最初は私もそう思ったから」

 

 それは大丈夫ではない。仮に大丈夫だとしても淼さまだから許されるのであって、僕は駄目だろう。

 

 雨伯は最高位で、僕は下位。しかも養父だ。泉が涸れて『雫』の名をもらってからずっと保護者として、陰で僕を守ってくれていたのだ。

 

 その方をそんな風に思うだなんで……そんなこと……。

 

「こりゃーー! 起きんかーい!」

「やめろ、父上! 包帯をとるんじゃない!」

 

 ……ごめんなさい。滅相もありました。

 

すぐるちゃんはまだであるか!」

 

 雷伯に抱えられながら雨伯はじたばたと暴れている。雷伯の巨体で良く見えないけど、焱さんの包帯がかな乱れているように見える。

 

「失礼します。仲位ヴェルの松どのがお着きになりました」

「通すのである!」

 

 火理王さまが言うよりも早く、雨伯が伝令に言い放った。それは許されるのだろうか。雷伯が火理王さまに頭を下げていた。

 

アキラちゃん! 新しい腕よ!」


 バキバキッという音とともに壁から枝が伸びてきた。

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