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水精演義  作者: 亞今井と模糊
四章 金精韜晦編
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77話 木太子の登場

 淼さまに連れられて緑色の王館にやって来た。入るのは二度目だ。でも前回と違い、たくさんの木精とすれ違った。ザワザワと活気があって賑やかだ。

 

 パッと見た感じでは緑色や茶色の髪が多い。でも時々、鮮やかな赤や柔らかい白など目立つ色も動いていた。

 

 感じる理力が強いから、多分全員が高位精霊だ。もしかしたら使用人ではなくて、たまたま登城している精霊も混じっているかもしれない。

 

 僕より背の低い精霊も結構いた。まだ子供に見えるけど、高位精霊なら王館に上がる年齢は関係ないのだろうか。

 

 淼さまの姿を見つけると木精たちは皆、頭を低くして道を譲った。中には遠くから淼さまの姿を見つけた時点で廊下の角に隠れてしまった精霊ひともいる。

 

 周りから畏怖の念を感じる。属性は違うけど、きっとこれが理王に対する正しい態度だ。僕のように後ろからノコノコ付いていくのはおかしい。

 

 下位精霊なのに理王に付いて回るというのも、どうなのだろう。虎の威を借るとは、こういうことを言うのかもしれない。

 

「すごく……見られてませんか?」

「そう?」

 

 実際、見られているのは僕だけだ。淼さまが通りすぎるまでは皆、頭を下げたままだ。完全に通りすぎるのを待って少しずつ頭を上げている。その都度、僕に視線が送られるのは、ある意味、仕方ないことかもしれない。

 

 きっとまた低位の分際で理王の側にいるなんて……とでも思われているのだろう。兄姉から散々言われたことだけど居心地が悪い。ひとりになったときに枝や実を投げられそうだ。

 

「あっあの!」


 斜め後ろからひっくり返った声が掛かった。一人の精霊が数歩近付いてきたので、声の発信源はすぐに分かった。鮮やかな濃い紫の髪は、太陽を光をたっぷり吸い込んだ茄子を思わせた。

 

 淼さまに何か訴えたいことがあるのか、意を決した表情をしている。

 

 木精が水理王に何を言いたいのだろうと思いつつも、一歩下がって淼さまの視界を開いた。側に控えるつもりで軽く俯いた。

 

 ……。

 …………。

 ……会話が始まらない。おかしいと思っていたら淼さまに軽く袖を引っ張られた。淼さまは黙ったままクイッと顎をしゃくる。

 

「あの!」

 

 淼さまに示された方を見るとさっきの紫色の木精が僕を見ていた。腰を少し屈めてくれているみたいだけど、それでも僕より大きいから見下ろされている。

 

 ………………え、僕?


「ななな何れしょう」

 

 噛んだ。

 プッと笑う音が隣から聞こえる。恥ずかしい。淼さまが手で口を押さえていた。

 

「あの、貴方がっ……えと、あ、お、御上おかみを助けてくれたのは貴方ですよね?」

 

 木精のいう御上とは、木の理王のことだ。木理王さまが……何て?

 

「左様だ」

 

 僕の代わりに淼さまが返事をする。もしかして、木理王さまに僕の水を飲ませたことを言っているのだろうか。あれは普通の泉の水なので、断じて僕が助けたわけではないのだけど……。

 

 淼さまの答えを聞いた木精は、息を長く吸い込んで、あぁやっぱりと言いつつ目を潤ませ始めた。

 

「あ、あ、ありがとうございます! 俺、その方に直接会えるなんて感動です!」

 

 一人で感極まっている。いや、一人ではなかった。いつの間にかワラワラと木精が集まってきていた。皆、目をキラキラさせたり、うるうるさせたりしている。潤ませるだけではおさまらずに、遂に泣き出した精霊もいた。

 

 あちこちからありがとうの声が聞こえる。罵られたり、非難されたりするよりもこっちの方が居たたまれない。視線がむず痒いような、くすぐったいような変な感じだ。

 

 チラッと淼さまを見ると、淼さまは腕組みをして薄く微笑んでいるだけだった。この状況を楽しんでいるようにさえ見える。

 

 なんて答えたら良いか分からない。それにいつまでもこうして取り囲まれているわけにもいかないはず。自分にそう言い訳をして、木精たちに聞こえないような声で淼さまに助けを求めた。

 

「通る」

 

 僕の声に気づいた淼さまは、くるりと向きを変えて短く告げる。集まってきた木精は波が引くように一斉に端へ避けた。廊下の両側の壁に木精たちが張り付いている。

 

 その中を歩いていく淼さまは、まさしく王と呼ぶのにふさわしかった。取り囲む多くの精霊よりも背は低いのに、その背中は大きく見える。付いていくのを躊躇ためらってしまうくらいに威厳があった。

 

 淼さまが足を止めて振り返った。両側に木精を控えさせ、身体を斜めに振り向く姿は一枚の絵のようだった。僕がなかなか付いていかなかったから、不審に思ったのだろう。わざわざそんなことをさせてしまうことが申し訳なかった。

 

「行くよ」 

 

 淼さまが僕に手招きする。余計な時間を取ってしまったので少し遅くなってしまったのかもしれない。小走りで近づくと、淼さまは僕の腕を掴んで颯爽と歩きだした。後ろの方でキャーという声が聞こえた。

  

 何かあったのかと、淼さまに腕を引かれながら、少しだけ振り向く。何人かの木精が真っ赤な顔をして顔を手で覆ったり、周りの精霊に支えられたりしていた。

 

 急に何人も体調が悪くなるなんてどうしたのだろう。このまま行ってしまって良いのかなと思いつつも淼さまに引っ張られるまま、付いていった。

 

「やはりあなた方か」

 

 角を曲がると精霊が一人立っていた。待っていたと言った方が良いかもしれない。長い足を組んで柱に寄りかかっている。

 

「歓声が聞こえたから、来たのがすぐに分かったぞ」


 茶色い縁取の眼鏡をかけて、癖の強い髪を大雑把に後ろでまとめている。声はすごく低いから男性だろう。見覚えがあるような、ないような。

 

「木精から支持を集めてどうするんだか」

「勝手に騒いでるだけだ」

 

 淼さまの素っ気ない返答に、やれやれと言うように軽く肩をすくめる男性。その動きで僅かにずり落ちた眼鏡を押し戻した。

 

「只でさえ木精は水精を好むのに、御上の件以来、人気が急上昇だ。水理王と……」

 

 僕にカチッと目線を合わせてきた。優しそうな目だ。淼さまも優しいけどちょっとタイプが違う。

 

「雫くんのね」

「へ?」

 

 間抜けな声が出てしまい、手で口を押さえる。

 

「一応、会うのは二度目だが麿まろのこと分かるか?」

「……まろん?」

 

 マロンは好きだ。

 

 甘露煮、渋皮煮、栗金団くりきんとん、栗ご飯、もちろん茹でるだけでも美味しい。

 

 何故かまた淼さまに笑われた。肩が震えている。目の前の精霊も微妙な笑いを浮かべていた。また変なこと言ったのかもしれない。口を押さえた手が外せない。

 

「初めまして、ということにしておこうか。麿まろは……」

「あ、もしかして! 木理王さまが危篤の時に薬を調合してた方ですか?」

 

 しまった! 相手の言葉を遮ってしまった。どう見ても相手の方が高位だ。失礼だった。

 

 言ってしまってから後悔しても遅い。ただ幸いなことに相手が怒った様子はなかった。眼鏡の奥で少し大きく開いた目をパチパチさせている。けれどすぐに、にっこり笑って手を胸に当て、ほんのちょっとだけ前屈みになった。

 

「ご名答。麿まろは木の王太子『りん』。以後よろしく」

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