73話 金の太子と黄金虫
「……やっぱり銅だったのね」
鑫さまに貴燈山での出来事をかいつまんで話した。煬さんの足も銅だったし、そのあと現れた魄失も鈍く輝いていた。所々黒かったのは、火山の成分で硫化してしまったのだろう。
鑫さまの表情が徐々に険しくなっていく。鑫さまは王太子だから、焱さんのように退治や調査に行くのだろう。金精の魄失が現れて気になっているに違いない。
「貴方たちが帰ってくる前に淼が漕を寄越してね。美蛇江の跡地から銅が出てきたって教えてくれたのよ」
火山へ向かう前に焱さんは漕さんに言付けを頼んでいたので、無事に伝わっていたようだ。
「それで……もしかしたらと思ったんだけど、焱と坊やの話を聞いて確信したわ」
首にまとわりつく金髪が邪魔だったのか、手で軽く払うと、シャランッっと金属が擦れるような音がした。髪飾りか耳飾りでもしているのだろう。
「月代の銅精か?」
今まで聞いているだけだった淼さまが話に加わった。初めて聞くツキシロという言葉が何を指しているのか、僕には分からなかった。
「そうね……残念だけど間違いないわ。銅を本体に持つ精霊は何体かいるけど、それが黄金虫の姿ならあの子しかいない」
鑫さまが重いため息を吐く。二人ともそれきり黙ってしまった。沈黙が重い。淼さまが茶器を手に取った音が大きく聞こえた。
「一族から魄失を出してしまったわ。始末をつけてくれた焱には感謝しないと」
一族? 僕の視線に気づいたのか鑫さまが少し悲しそうに口角を上げた。
「『月代連山』は様々な鉱物を生み出す古い山よ」
含まれる好物が豊富で、地位も種類もバラバラな金精がたくさんいるらしい。けれど皆理力の繋がりがある親戚で、更に元を辿れば全員理王の子孫だそうだ。
「そして、そこを管理する月代四姉妹の長姉が金を司るこなた」
鑫さまは胸に指を当てて自身を指す。月代姉妹とは、それぞれ金、銀、銅、鉄の精霊だそうだ。鉱物が多いから精霊も多いけど、山全体を管理するのは月代四姉妹だと言う。
「月代連山は精霊が多いから、管理が大変なのよ」
僕も兄弟姉妹は多い。数は減っても百人はいたはずだ。何人か降格になったけど、ほとんどが叔位で、まだまだ健在だ……と思う。自分の家のことだけど詳しくは分からない。
「昨年帰ったときには三万? くらいだったかしら?」
さ……三万!?
「でもね、名前がない子も多いのよ。だから人型になれるのは……そうね、半分くらいかしら」
それでも一万五千。
桁が違った。想像できない。鑫さまは手を頬に当ててその肘を膝に乗せた。ふわりと服の一部が揺らぐ。
「こなたが王館に来てしまったから、次妹の負担が余計に多いわ。だから銅の暴走に対処できなかったのかもしれないけど」
あの銅の魄失は鑫さまの妹だったのか。何て声をかけたら良いのだろう。鑫さまの顔を盗み見た。悲しんでいるようには見えない。それよりもむしろ責任を感じているように見えた。
「顔だけ人型だったって言ってたわね?」
鑫さまの言葉に頷く。焱さんに矢を射られて姿を現したときのことだ。黄金虫は人型になるのかと思ったけど、成りきれずに顔だけ人型という不気味な姿だったのだ。
「あの子は決して名前がない訳じゃないわ。精霊としての誇りも名前も忘れて、執念だけで動いていたのね」
黄金虫に人型の目で見下ろされたときのことを思い出して少し鳥肌が立った。淼さまがチラッと僕を見たとき、無意識に腕を擦っていた。
「銅も叔位とは言え、理王の理力を受け継ぐ者よ。精霊としての誇りは持っているはず。何があったのか分からないし報告もないわ。けど」
王太子としても身内としても戸惑っているようだ。
「場合によっては銀を登城させて金理王から処分をしてもらうわ」
厳しい。身内にも容赦ない。
「古から精霊は皆、伯仲叔季という考えの下で世界は動いているわ。こなたの妹や身内に特例をを作ったら世界の理が成り立たなくなってしまう」
鑫さまがにこにこしながら僕を見ていた。話の内容は厳しいものだけど、鑫さまの微笑みは優しいものだった。
「さて、こなたはもうお暇するわね。坊や、魄失以外のことで気づいたことはあるかしら?」
少なくなった茶器の中身を飲み干して鑫さまが立ち上がる素振りを見せた。組んだ足を戻した瞬間に服が捲れて、長い足が剥き出しになった。足の付け根近くまで布がなくて、寒くないのだろうか。
「そういえば、噴火で昇っていく時に少しだけ岩が光っているのが見えました」
あの時、太陽の光を反射して金属が光ったように見えた。それに気を取られて落ちたんだけど、ちょっと言えない。
「月代へ帰る前に貴燈へ寄った方がいいかしら」
「焱が様子を見に行くそうだから一緒に廻ったらどうだ?」
「王太子は一人で行動するものよ……とは言っても、目的地が一緒な上に、焱なら内部に詳しいわね」
淼さまの提案を鑫さまは真剣に考えている。焱さん、また貴燈山へ行くのは羨ましい。僕も沸ちゃんたちに会いたい。
「雫は留守番だよ」
……はい、ごめんなさい。
僕が一緒に行ったのは焱さんが何ヵ月もひとりで寂しいと思ったからだ。足手まといになるところも何回かあった。特に颷さんに乗ったときは迷惑をかけてしまった。反省だ。
それに今の話だと鑫さまが一緒に行くらしい。ひとりではないから、焱さんも寂しくないだろう。
「焱ねぇ。こなたの好みじゃないのよね」
あれ、焱さんのこと苦手なのかな。王太子同士でもそういうことあるのか。
「熱い男は嫌いじゃないけど、融けるほど熱いのは好きじゃないのよ」
「……」
えーと……どうしよう。キラキラした目でこっちを見ている。
「早く帰れ」
「あーん、冷たい! でもこなたそういうのも好きよ!」
鑫さまが淼さまに伸ばした手を軽く払われた。音も立てずにそっとだ。鑫さまは軽く肩を竦めて諦めたように席を立った。
「焱と話してみるわ。日程が合えば数日内に行ってみるわね」
「あぁ」
部屋を出るのかと思ったら、鑫さまは机を回り込んで僕の横に立った。意外と背が高い。絶対僕より高い。うらやましい。
「こなたは素直な子も好きよ。またね、坊や」
前髪が持ち上げられて鑫さまの顔が近づいてくる。額に何か柔らかいものがくっついたかと思ったらすぐに離れていった。
「?」
「これ以上は水理王に消されてしまうから止めとくわねー」
そう言いながら鑫さまは今度こそ足早に部屋から出ていった。
前髪を軽く直しながら、静かになってちょっと落ち着いた。少しホッとしている自分に気がつく。
対面している安楽椅子の片方に二人で掛けてるって何か変だ。鑫さまの茶器を片付けるついでに席を移ろうとしたら、隣の淼さまが何か呟いていた。
「本当に消してやろうか……」
背中を氷風雪乱射が駆け抜ける感覚が…………気づかなかったことにしよう。




