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水精演義  作者: 亞今井と模糊
四章 金精韜晦編
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72話 黄金の輝き

 ここは淼さまの執務室だったはずだ。

 

 先生の授業を終えた後は、まっすぐ執務室に来るのが日課だ。淼さまに言われた訳ではないけれど、その日に学んだことを報告するのが日課になっていた。

 

 執務室の扉を開けると机に見慣れた銀髪はなくて、代わりに目映まばゆい金の巻き髪が目に入った。チカチカと灯りを跳ね返し、安楽椅子ソファの背もたれから流れている。

 

「あら、坊や。お邪魔してるわね」

 

 金髪の精霊ヒトは背もたれに片肘をかけながら、にっこりと振り向いた。高い位置で結い上げた髪が振り向いた瞬間、勢いよく弧を描きながら跳ねていった。

 

「水理……びょうは今ちょっと外してるの。こちらへいらっしゃい」

 

 すぐに帰ってくるからというその女性に恐る恐る近づくと、茶器が二つ空のままで置いてあった。飲み干した様子はなく未使用だ。これから入れるつもりだったのだろう。近くには給茶機サーバーも置いてあった。

 

「あ、お茶」

「あら、入れてくれるの?」

 

 ひとり分で良いだろう。淼さまの分は戻ってきてから温かいものをお出しした方がいい。

 

「ありがと。いい香りね」

「いいえ……えぇと……」

 

 この精霊ヒトは誰だろう。長い金の巻き髪に光沢のある薄い白布を幾重にも重ね合わせたような服を纏っている。ただ、服というよりも布と言った方がいいかもしれない。その布も腿の半分までしかない。肩も露出していて寒くないのだろうか。

 

 淼さまの執務室に入れて、淼さまの不在時もそこで待っていられる精霊など、先生と焱さんくらいしか思い付かない。

 

「あら。こなたのこと忘れちゃった?」

「え?」

 

 忘れ……? 会ったことがあった?

  

「会ったじゃない? 木理皇上の寝所で」

 

 そう言いながら、細い指を髪に絡ませ出した。長い金髪の先をくるくると指先に巻き付けている。


 あ、もしかして……!


くんさま?」

 

 僕がそう言うと、両方の眉を思い切り跳ね上げた。当たったみたいだ。火理王さまが教えて下さった知識が役に立った。

 

「すごいわ! よく分かったわね! こなた、自己紹介してないのに! こなたって噂になるほど美しい?」


 キラキラした目で見つめられ、コクコク頷くことしか出来ない。くんさまは細い指を頬に当てて、首を少し傾けている。歯でも痛むのだろうか。

 

「やぁん、素直で可愛い! ねぇ、雫って言うんでしょう? こちらへいらっしゃい。キスしてあげる」

 

 今度はブンブンと首を振ることしか出来ない。よく考えたら失礼だ。他属性とは言え、王太子の申し出を叔位カールごときが断っていいはずがない。でも首が勝手に動くのを止められない。

 

「そんなこと言わずに仲良くしましょうよー」

「わっ!」

 

 後ずさったはずだったのに、前のめりに倒れた。腕を引っ張られたらしい。衝撃を覚悟したのに、ポフッと柔らかくて暖かいものに包まれた。安楽椅子ソファではない柔らかさだ。

 

「あらっ……おませさんね」


 顔が柔らかい物に包まれたまま後頭部を撫でられている。倒れる時に目を瞑ってしまい、現状を確認するのが怖くて目を開けられない。

 

「連れて帰っちゃおうかしら」

 

 何処へ? ねぇ、何処へ!?

 

「ねぇ、顔上げて? それともこのままの方がいいのかしら?」

 

 まずい、逃げ場がない。でもこのままくんさまに包まれているのは良くない。淼さまに見られたら何て言われるか。かーわいいと言う鑫さまの声は遠く、代わりに波の音が近くで聞こえた。

 

「……くん

「やだ、もう帰ってきたの?」


 淼さまが帰ってきたっ!! 違うんです! これは、その……違っ……あれ、何が違うんだっけ? 一旦落ち着こう。

 

 深呼吸しようとしたけど息が出来なかった。口も鼻も塞がっているらしい。自覚した途端苦しくなった。

 

「……放せ」

「言われなくても返すわよー。ちょっとからかっただけじゃない」

 

 ものすごい力で肩を引っ張られた。急に入ってきた空気にびっくりして咳き込んでしまう。

 

「ゲホッ……エッ……ケホッ」

「殺す気か?」

「やだ! 息出来てなかった!? ごめんなさい、大丈夫?」

 

 背中を擦ってくれる手が心地よい。びょうさまの手だ。見なくても分かる。それだけで落ち着く。

 

 改めて淼さまを見上げると不機嫌そうだけど、心配そうな目をしている。これ以上心配させないように少しだけ笑ってみた。安心したのか、淼さまの手は僕の背中から離れていった。

 

「お帰り。外していて悪かったね。爺に呼ばれてね」

「いいえ、淼さまもお帰りなさいませ」

 

 理王を呼び出すなんて……と言う淼さまはちょっと楽しそうに見えた。先生は僕がいないときも王館に通って、淼さまのサポートをしていたらしい。先生の文句を言いつつも、一緒に過ごす時間が増えたので前より仲良く見える。

 

「……ちょっと、こなたの存在忘れてない?」

 

 ……ごめんなさい。忘れてました。

 

「あぁ、そうだった。出て行ってもいいよ」

 

 淼さまはそう言いながらも鑫さまの向かいに座った。かなり左寄りに座っている。今の内に淼さまの茶器を満たしてしまおう。

 

「ちょっと! 用はこれからよ、坊やが来るの待ってたんだから」

 

 へ、僕?


 顔を上げてくんさまを見つめると、金色の目を細めてにこにこと僕を見返してきた。足を優雅に組みながら僕の手元を指さす。意識を鑫さまに向けている間に、器からお茶が溢れていた。慌てて止めたけど間に合わない。

 

 でもよく見ると溢れたお茶はテーブルに溢れる前に淼さまの手元に引き寄せられていた。人差し指の上に水球ならぬ茶球が出来ている。

 

 慌てて茶器をもうひとつ持ってくると、淼さまは指を下へ振って茶球を手放した。音を立てて茶器がもうひとつ満たされる。

 

「息が合ってていいわねぇ」


 淼さまはくんさまに返答はせずに、ポンポンと安楽椅子ソファを叩いた。座れと言うことだろう。いつも思うことだけど、僕が同席しても良いのだろうか。

 

「雫、改めて紹介する。こちらは金の王太子・くん

 

 鑫さまは姿勢をそのままに近距離から僕に手を振ってくれた。よろしくお願いしますも挨拶するのも変だ。会釈を返せばいいだろうか。

 

くんの家系は古くてね。歴代理王を何代も輩出している名門だ」

「あら、名門中の名門出身の水理皇上にそう言われると嫌みに聞こえますわよ?」

 

 ……自室に帰りたい。既視感がある。そう、確か……先生に初めてあった時だ。淼さまと先生とこの部屋で話して、緊張でどうにかなりそうだった。つい数ヵ月前のことだ。

 

 今、自然に目の前の茶器に口を付けてしまった自分が恐ろしい。いつから僕はこんなに態度が大きくなったのだろう。少し反省しなければ。

 

「私も雫に話があるから手短かにしてほしい」

 

 淼さまは安楽椅子ソファに深く腰かけて話を促すように鑫さまを上向きの手で仰ぐ。淼さまが僕に話? チラッと隣を見ても淼さまと目が合わない。

 

「じゃあ、単刀直入に聞くわ」

 

 鑫さまが長い足を組み直した。僅かな動きで服がふわりと揺れる。さっきまでにこにこしていたのに急に真顔になった。

 

「会ったのよね? 黄金虫はくなしに」

 

 詳しく聞かせてと言うくんさまは、先程とは別人のような冷たさを感じた。

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