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水精演義  作者: 亞今井と模糊
四章 金精韜晦編
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閑話 火太子~ 雫との出会い②

「くっそ、何しに来たんだよ。あの親父は」

 

 何しにっておおよそ水理王への定期報告だ。それでも口に出してみたのは八つ当たりに近い。水の王館に親父・雷伯が来ているというので出向いてみた。しかし、空はすでに澄んでいて、遠くに雷雲が流れていくのが見えた。

 

 せっかく息子が顔を見せようとしたのに。水の王館まで足を運んだことだし、水理王の顔でも見ていくか、と向きを変えた。

 

「ん?」

 

 通路へ足を踏み入れた途端、ぐちゃっと不快な音と感触があった。

 

 濡れている。

 

 廊下に隙間なく敷かれた布が雑巾だと分かるのに時間がかかった。しかも絞ったようすはなく、踏みつけたところから、じわじわと水が染み出していた。

 

「なんだこりゃ」

 

 ていうか、よくこんな大量の雑巾があったな。どっから持ってきたんだ。


 踏まずに執務室に辿り着くのは不可能だ。ぐちゃぐちゃと嫌な感触に耐えて一歩一歩踏みしめる。

 

「うわぁあぁああっ! 退いてくださいーーーーっ!!」

「どぅわっ!」 

 

 二、三歩進んだところで後ろから俺の膝に体当たりしてくる奴がいた。膝から崩れて無様にも転ぶ。火理王に見られたら失笑されたに違いない。

 

「……ってぇな、なんだてめぇ!」

 

 生臭いと思ったら、目の前に雑巾があった。雑巾を乗せた頭が目の前に来ていたのだ。

 

「ごごごめんなさいっ!」

 

 素直に謝ってきたのでちょっと拍子抜けた。もっと言い訳するかと思っていた。誰かに押されたとか、俺がここに立ってるのが悪いとか……。

 

 いやいや、待て待て。不誠実な火精と接してきたせいで毒されてきたか。ぶつかったら、まず謝るのは普通のことだ。

 

「お、おう、大丈夫か、お前」

 

 顔を上げたそいつは土精だった。雑巾で大半が隠れている髪は茶色で目も似たような色だった。

 

「すみません、掃除してたら滑っちゃって」

 

 俺が立ち上がったのを見て、箒を片手に起き上がろうとする。

 

「わっ!」

 

 で、また雑巾で足を滑らせた。その勢いで頭の雑巾が落ちて茶髪が乱れた。

 

「何やってんだよ」

 

 仕方なく手を貸して立たせる。だが、触れても何の理力も感じなかった。こいつホントに精霊か?  ちゃんと生きてんのか……?

 

「土精がなんでこんなとこにいんだよ」

 

 そいつは一瞬キョトンとした。目を大きくさせてパチパチ瞬いている。

 

「僕、水精なんです。存在ギリギリですけど」

 

 こいつが水精? いや、冗談だろ? 水精なら気配で分かる。水精は俺たち火精にとっては脅威だ。流没闘争があってからは尚更だ。……っていうかその前に。

 

「この雑巾はなんだ?」

「今、掃除中なんです。床に雑巾を敷いて、その上に水を撒いたらきれいになるんですよね?」

 

 何言ってんだ、こいつ。

 

「それから箒で掃くんですよね?」

 

 何言ってんだっ、こいつ!


「待て、お前がやってるのは掃除じゃない」

「え?」

 

 箒を両手で握りしめている。その箒で濡れ雑巾を撒き散らすつもりだったのか。誰だ、こいつに掃除を教えたのは⁉

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「で? 綺麗になった?」

「他に言うことはねぇのかよ!」

 

 バンッと机を叩いてしまった。しかも水理王の執務机を。思いきり叩いたせいか、山のような書類が少し崩れた。

 

「箒なんて逆さまに持ってだぞ!」

 

 雑巾を掃くっていうから少し様子を見ていたら、柄の方で雑巾をかき集めやがった。しかもひっくり返したバケツに乗って。意味不明だ。

 

「で、黙ってられなくて教えた?」

 

 ぐっと言葉に詰まる。見ていられなくて、雑巾と箒の正しい使い方をレクチャーしてきてしまった。目をキラキラさせて、うんうん頷きながら真剣に聞いていた。

 

 掃除道具の使い方をここまで真剣に教えたのは初めてだ。しかも理解力も実践力もあるらしく、あっという間に廊下を仕上げていた。あの惨劇は何だったのかと思うくらいだ。

 

「記憶の大部分を失ってるから、掃除の仕方も分からないだろうね」

「は?」

「本体を預かって新しい名を与えたから」

 

 精霊は名を得てから記憶が薄れることはない。だからその名をなくせば記憶があやふやになっても仕方ないのだが……何のために?

 

「名は『雫』」

「……それは」

 

 字は違うだろうが、二百年以上前に亡くなった親父の末弟の名だ。流没闘争に巻き込まれ、悲惨な最後を遂げたと聞いている。俺は直接の関わりはなかったが、祖父と兄である親父に大きなショックを与えた。

 

「一応、雨伯には伝えた。養子として保護下においてもらうように」

 

 快く引き受けてくれたよと他人事のように言う。ちょっと待て。

 

「俺の義叔父おじってことか?」

 

 あんなのが。

 

「そうだね」

 

 あんなのが!?

 

「あの子も末子らしいから、ちょうどいいかと思って」

「何がちょうどいいんだよ? 俺より断然若そうだぞ!」

 

 再びバンッと机を叩いた。今度は机から書類が落ち……そうになったところをパシッと掴みやがった。何か腹立つ。

 

「親戚関係に年齢は関係ないよ。あぁ、そんなことどうでもいいんだけど」

 

 どうでも良くないし、話を勝手に変えるなと言いたい。だが相手の方が立場が少し上だ。

 

「他にもあの子に色々教えてやってもらえないかな」

「断る」

 

 即答だ。濡れた雑巾の上を歩くのがいかに気持ち悪いか、こいつも味わってみれば良いんだ。

 

「水精と繋がる貴方なら教えやすいかと思ったんだけど……礼はするよ?」

「火理王サマの命令ならありがたく拝命するけどな!」

 

 もう立場とかいいや。俺の態度が気に入らないならさっさと『びょう』の名を誰かに譲れば良いんだ。とりあえず今は全力で断らないといつの間にかやらされてそうだ。

 

「火精ごときが」

 

 ひどい言いようだな、おい!

 

 もう一度机を叩こうとして水理王が俺を見ていないことに気づいた。顔は正面のやや下を向いている。その目は焦点があっていない。

 

「お、おい?」

「……消してやる」

 

 ヤバいヤバいヤバい! 王太子時代の荒んだ一面が表に出てきやがった! 最近は落ち着いていたのに何だって言うんだ。

 

 荒ぶる水精を力ずくで椅子に戻す。体格も体力も俺のが上だ。理術は敵わないが、物理的にはまだなんとかなる。書類が大量に落ちたけどどうでもいい。扉の外へ意識を向けた。

 

 確かに……火精の気配がする。二人か三人。ここは水の王館だ。どうやって入った? 庭か? それとも離れか。

 

「俺が見てくるからお前は仕事してろ」

 

 息の冷たい水理王に落ちた紙束を渡す。素直に受け取ったのを確認して部屋を後にした。 

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