閑話 火太子~ 雫との出会い①
ーー十年前
くそ! またか!
火の王館にドカドカという足音が響き渡る。他ならぬ俺の足音だ。自分でも荒れてるとは思う。やけに精霊が多い王館の廊下を早足で進んでいく。
すれ違う使用人が頭を下げたり、道を空けたりして避ける。触らぬ火太子に祟りなしってとこか?
一ヶ所の扉の前で立ち止まる。二人の精霊が扉を守っているが、俺の姿に頭を下げた。地味に光る柘榴石の装飾が鬱陶しい。イライラを抑えるために一呼吸してから、扉を叩いた。
「入れ」
分かりきった答えだったが、一応返答を聞く。目配せして控える精霊に扉を開けさせた。左側に配置された机……には誰もおらず、右側のソファにかける人物を確認する。
「思ったより、早かったな」
「……ただいま戻りました、火理王」
ソファに近寄り、片膝をついて挨拶をする。チラッと上を見るが微動だにしない。許可を得ずに勝手に立ち上がる。このくらいで怒るような方ではない。
「その様子だと、またか……」
不愉快なことを思い出して、頭をガリガリかく。向かいのソファに勝手に座った。その直後に部屋の端で気配を消していた火精が俺に茶を出してくる。
「下がれ」
そいつは黙って一礼すると、控えめな炎を出して消えていった。誰だっけあいつ、侍従が多くていつも違う奴な気がする。
「……新しい侍従だ」
手は足りてるだろうと言おうと思ったが、顔を見てやめておいた。嫌そうな顔をしていたからだ。何かワケありか……。俺がいない間に何があったんだ?
「それで? 先に報告を聞こうか」
「……報告なんかナイデスヨ」
「であろうな」
救援要請四十二件。まとめて様子を見に行ったけど、擦り傷、切り傷、掠り傷じゃねぇかよ! どこでも皆水精にやられたと口を揃えて言いやがったが、水精に攻撃されて掠り傷で済むか!
しかも、だ。俺が火鍼で治療しようとすると全力で拒否だ。丁重にお断りだの、恐れ多いだの言ってきた。疚しいことがありありと見てとれる。
かといって欺いたという証拠もないし、罪に問うことも出来ないので、宥めて帰館の途についた。思い出しても腹が立つ。無駄な時間を使わされた。
気持ちを落ち着かせるために、出された茶器に口を付ける。冷めすぎて香りも何も感じない。余計にイライラする。
「それで、こっちは何でこんなことになってんですか?」
帰館したらしたで、うじゃうじゃと精霊で溢れかえっていた。当然だが全員火精だ。しかも圧倒的に弱い奴らが多い。
「水理王が精霊を連れ帰った」
「は?」
質問の答えになっていないような……。言っていることがよく分からない。水理王が何だって? ようやく側近か侍従かを置く気になったのか?
「淼が季位の水精を拾ってきた」
しかも季位? 最低位じゃねぇかよ! いや、それより言葉だけ変えても中身一緒だよ!
「そんな奴、側近にも侍従にも出来ない……」
「下働きだそうだ」
それなら良いのか? いや、理的にどうなんだよ。下働きなら低位でも良いなんて理あったか?
「前例がないので、良し悪しの判断ができない」
火理王も同じことを思っていたのだろう。理違反とまでは言い切れないようだ。
しかし、当事者があの冷めきった水理王だ。そこまですると言うことは、理違反ではないと言い切る絶対的な理由があるはずだ。
「何があったんだ、一体」
「我も詳しくは聞いておらん」
独り言のつもりで言った言葉だったが、御上から返事が返ってきてしまった。まぁいいか。
「で、それと王館に火精が多い件とどう関係あるんですか?」
「水理王が季位を拾ったと聞いて、自分も王館に上がるチャンスがあると思い上がった者共よ」
なんじゃそりゃ。俺がいない一ヶ月の間にそんな馬鹿げたことが……。何で水理王の行動が火に影響してくんだよ。
「皆低位だが、身内に高位がいる。何の腹積もりか。自作自演の負傷とどちらがましであろうな」
どっちもどっちだな、おい。
その身内の高位精霊とやらが送り込んできたか。自分で水理王の噂を聞いて、低位自らやって来たか。声がかかるのをずっと待ち続けて、廊下やら階段やらに溢れてたわけか。
「騒ぎを沈めるために当たり障りのない一名だけを入れた。他を使うつもりはないと触れを出したのだが、全く効果はない」
「ふーん」
別にどうだっていい。返答が半ば投げやりだ。テーブルに置いてある焼菓子に手を伸ばす。
仕事の邪魔をしなければいたっていなくたって構わない。焼菓子の調度良い苦味が今の気分にぴったりだ。
「二日以内に回収に来なければ本体没収。……と高位達に先ほど通達した」
おう、容赦ないな。これは相当お怒りだ。だがまだ大事には至らない。髪色は青いままだ。髪が白くなるほど怒らせたら、俺でも酸欠になる自信がある。
「大体なんで火精に集まるんだ。水理王が季位を拾ったっていうなら、水精の低位が水の王館に群れそうな話じゃないですか?」
膝の上にこぼれた菓子のカスを払い落とす。理王の執務室だけど、後で誰かに掃除させればいい。
「入り口があればな」
……ああ、そういうこと。水の王館に入る門。閉ざすだけじゃなくて、しまいやがったのか。遂に高位精霊も迂闊に近寄れなくしたわけだ。何考えてんだか……。
「で、お優しい火理王さまなら入れてくださる、と」
「仕方あるまい。実際、流没闘争の際、救済を求めてくる者が多かったのも事実だ。今もまだ、そう易々と門を閉められないであろう」
対して火の王館は門が開けっぱなし。高位しか謁見できなくても、入るのも出るのもやりたい放題だ。
「火だけだぜ? 開けっ放しは止めましょうよ」
他の属性は門はあるけど閉まっている。入れるのは事前に許可を得た精霊だけだ。
火の王館だって以前はそうだった。それが、流没闘争で火精が被害を受けるようになってからは、救済として門が開いたままだ。謁見なら申請があるが出入りは緩い。
「水理が流没闘争の終結宣言を出すか、或いは火の王館内で問題が起きない限りは閉じるわけにもいかんだろう」
まぁ、そうだよな。何か理由がないといきなり閉鎖はまずい。火理王がもっともらしい理由を後付けすれば済む話だが、そこまではしないんだな。
面倒くせぇ。
仰け反るようにソファに寄りかかる。
「あぁ、それと先ほど雷雨が激しかったようだ。後ほど水の王館へ顔を出してくると良い」
雷雨……あぁ、親父か。しばらく会ってねぇな。登城してるのか。
「後で」
背もたれに頭を乗せたまま雑に答えたが、火理王は何も言わなかった。




