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水精演義  作者: 亞今井と模糊
三章 火精動乱編
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68話 雫の帰館

「やっぱり雫のお茶が一番だね」

 

 びょうさまが執務室での安楽椅子ソファで寛いでいる。茶器から手を離れたのを見てお代わりを注いだ。すでに淼さまは三杯のお茶を空にしている。

 

 お茶を飲みながら外での出来事を話し始めた頃、焱さんがまとめた情報が入ってきた。机上の蝋燭から紙飛行機が飛び出してきた時はビックリして声をあげてしまった。まっすぐ飛んできたそれを、淼さまは何の疑いもなく、片手で受け止め開いていった。

 

「淼さま?」

「火理王からだ。こちらにも焱の報告を回してくれたらしい。関係者を二人預かっているからね」


 帰館後、焱さんがまとめた報告を淼さまが読み上げる。

 

 

 

 フューズメルト兄弟が匿っていた水精は、魄失はくなしによって鉱毒を流し込まれ全滅。貴燈きたい山の温泉・たぎるも同時に重傷。

 

 たぎるの解毒とわかへの不介入を条件に、メルトは精霊を襲い、理力収集を約束。季位ディル百体相当の理力を集めることが解放の条件である。その監視としてメルトの足に魄失はくなしが取り付く。

 

 奪った理力の内、水精の理力は美蛇の昇格のために使用。しかし、美蛇が倒された後も集めるよう要請されたため目的は不明。金精の理力については華龍河弱体化が目的と思われるが、用途は不明。

 

 

「……だそうだ」

 

 一番肝心なところが分からない。水精も金精も美蛇の昇格が絡んでいるはずだ。そうだとしたら美蛇がいなくなった時点で、その計画は無意味になる。

 

 魄失はなぜ美蛇がいなくなった後もメルトさんに精霊を襲わせ続けたのだろう。

 

「分からないことが多いけど一番気になるのが魄失そのものだ」

「あ、あの黄金虫」

「黄金虫?」


 淼さまに僕が見た魄失の姿はまだ話していなかった。顔だけ人型のようで全体は巨大な黄金虫だった。最終的には焱さんの矢で倒され、灰になってしまった。

 

「魄失は本体のない精霊だ。それが素の姿を取ることはほとんどない。大抵は人型に執着する」

「はぁ……」

 

 だから顔だけ人型のようだったのか。

 

「それと魄失はそんなに手の込んだことはしない。大体はたまたま現れた精霊の本体を奪おうとして突撃するだけ」

 

 そういうものなのだろうか。それにしては貴燈山の事件は随分手が込んでいた気がする。

 

「しかも、煬たちを襲った魄失はくなしは金精の銅だったそうじゃないか。金精がわざわざ火精を襲うかな?」

「あ、火剋金かこくごん!」

 

 火剋金とは火が金に有利であるという意味だ。先生に習ったことをここで復習するとは思わなかった。金精が火精に対抗するには相当な理力を必要とする。

 

「そう。しかもそのメルトとかいう火精は仲位ヴェルなんだって? 本体を失った精霊擬せいれいもどきにそんなに理力があるとは思えないな」 

「煬さんが混合精ハイブリッドだから取り付きやすいっていうことはないですか?」

 

 瞬間、ピシリという音が聞こえた。茶器の中身が表面だけ凍っている。淼さまが怒ると確かこんな風に……。


「今、何て言った?」

「ひっ……」

 

 淼さまの怒りを感じた。面と向かって怒りを向けられるのは初めてだ。淼さまを怒らせることを言ってしまったらしい。どうしよう、声が出ない。

 

「まさかと思うけど、雫。混合精ハイブリッドを侮蔑していないよね?」

「え、なんで侮蔑するんですか?」

 

 掠れた声しか出なかった。しーんと静まり返る室内で淼さまの気が和らいだのが分かった。茶器の氷は溶け、再び湯気が昇っている。

 

「……分かった。ごめん、何でもない」


 そういえば混合精は迫害されるとわかちゃんが言っていた。目の色が左右で異なるから気持ち悪いと言われるらしい。

 

「私は『混合精ハイブリッド』という言葉自体があまり好きではない。もちろんそういう言い方が必要なこともあるけど、しばしば差別の意味を含むからね」

 

 解凍されたお茶を口にしながら淼さまが静かに話し出す。もう怒ってはいないようだ。

 

混合精ハイブリッドでも所属はある。沸・滾姉弟が水精であるようにね」

 

 淼さまは煬さんのことも混合精ではなく、火精だと言った。

 

「二属性持っていて何が悪いんだ。持って生まれたものだ。ああ、もっとも、誇りを持って自分のことを混合精ハイブリッドっていうなら別だけどね」

「沸ちゃんは自分で混合精ハイブリッドって言ってました」

 

 沸ちゃんの自己紹介を思い出す。随分前のことのように感じた。

 

「彼女は周りの火精から言われていたからそう言ったに過ぎないだろう。彼女も弟の方も所属は水精だ。もっと胸をはって水精と名乗って欲しいね」

 

 確かに火精から色違いの目が気持ち悪いと言われると……悲しそうだった。

 

「私の目が濃い内は混合精であろうとなかろうと、水精への侮蔑は許さない。……あぁ、目と言えば」

 

 淼さまが前のめりになって、右手を伸ばしてきた。僕の左頬に手を当てて頭を引き寄せられる。

 

「淼さま?」

「うん、良い色だね。泉の色だ」

 

 淼さまはパッと僕の顔を放し、再び安楽椅子ソファに沈んでしまった。

 

「あぁ、さては気づいてないね。焱は何も言わなかったのかな?」

 

 淼さまはそう言いながら、水鏡を出してくれた。前にも先生に出してもらったことがある。あの時は髪色が変わったのを確認したけど、今回は……。

 

「あ」

 

 瞳の色が変わっていた。髪色と同じような……見覚えがあるような。

 

「深い碧色だね。一瞬、きよらどのが髪を切ったのかと思うね」

 

 どこまで冗談か分からないけど、淼さまは楽しそうだ。髪色が変わったのは本体である泉を取り戻したときだった。

 

「雫が涙湧泉るいゆうせんの水そのものを扱えるようになった効果だね」


 だから木の王館にいた時、僕が本体の水を使えると分かったのか。これで完全に取り戻したね、と言う淼さまは何だかとても嬉しそうだ。


「何が切っ掛けか分からないけど、良かったね」

「切っ掛けは……」

 

 沸ちゃんの温泉にいた時だ。噴き出すお湯を見て、泉の水が湧き出すイメージをすることが出来た。ちょっと火精に襲われもしたけど、わかちゃんに感謝しなければ。

 

「そういえば、わかちゃんとたぎるさんはどうなるんですか?」

 

 水の王館にいるはずなのだけど、ここに来てから会えていない。

 

「まぁ本来なら、報告の怠慢で姉の方には多少の罰があるんだけど、事情が事情だからね。火理がメルトの判断を下すまではちょっと保留かな」

 

 下位精霊だから謁見はできない。保護者である高位の煬さんも火理王の管轄だから扱いが難しい。今のところは客室に軟禁という形らしい。

 

メルトというのは甥と姪を大切にしていたらしいね」

「あ、はい。そんな感じでした」

 

 たぎるさんとはあまり話せていないけど、少なくとも沸ちゃんは煬さんを慕っていた。それに煬さんは戦ったときに、沸ちゃんを安全な場所に離れさせていた。

 

「皮肉なものだな。可愛がっている子たちが自分と同じルールを背負っているとは」

「背負うルール?」


 敢えて混合精ハイブリッドという言葉を使うけど……と淼さまは前置きをした。

 

混合精ハイブリッド次代こどもを残せない」

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