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水精演義  作者: 亞今井と模糊
三章 火精動乱編
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67話 理王と王太子たち

くんおもりを! えんはそれを熱し、終わったら酒につけて飲ませるのじゃ! ……水理王おかみ、酒はどうじゃ?」

「今、蒸留中です。お待ちを」

 

 王館に帰って早々、えんさんは忙しく動いていた。王館と言っても見慣れた黒い王館ではなく、全面緑色の木の王館だ。少しずつ色の違う鮮やかな緑が眩しい。

 

ぎょう、効果はどうじゃ⁉」

 

 先生も忙しく働いていた。慌てた様子を見るのは初めてかもしれない。

 

「腐葉土も効果がありません!」


 僕からは見えないけど、隅の寝床には木理王さまがいるらしい。体調が良くないとは聞いていたけど、意識不明で危険な状態のようだ。

 

しん、薬は?」

「は、はい!」

「貸せ、俺が煎じる! 水理皇上、水!」

 

 先生が中心になって、数人の精霊に指示を出しているらしい。

 

えんと水理王は分かるであろう? 金の長い巻き髪が金の太子・くん。その隣で薬を作っていたのが木太子の森」

 

 僕の隣で壁に寄りかかりながら、火理王さまが解説をくれた。

 

「煎じるならこの土瓶を使って!」

 

 皆、慌ただしく動いている。僕は邪魔にならないところに立っているのが精々だ。

 

「今、土瓶を焱に手渡したのが土の太子・ぎょう

 

 凄い場面に遭遇してしまった。王太子がいっぱいいる。高位精霊だとしてもこのような経験はまずないだろう。

 

 何故、僕はここにいるのだろう。

 


 

 ーー遡ること、数刻。

 

 

火理王おかみ! 戻りました!」

「焱か。よく戻った」


 緑色の王館に向かう途中で歩いてくる人影を見つけた。焱さんは駆けて行ってしまい、僕はポツンとその場に残された。


 メルトさんはここに入る前に焱さんが火の精霊に引き渡していた。沸ちゃんと滾さんは水精の所属だからと、漕さんがひとまず水の王館に連れて行った。

 

 焱さんにノコノコ付いてきてしまったけど、僕も水の王館に戻った方が良かったかもしれない。


「木理皇上は……」

「未だ意識が戻らぬ。我も今一度向かうところだ」

「では、俺たちも……雫! 来いよ!」


 呼ばれてしまった。僕が追いつくのを待って二人は早歩きで進みだした。


「一滴の、いや涙の雫であったな。我は火の理王。こうして対面するのは初めてだな」


 この方が……火理王さま。僕に目線を合わせるように首を傾げたせいで、青い髪がゆらゆら揺れている。


「えっと、あ、の僕、雫と申します。はじめまして。本体は泉で、えっと叔位で」

「雫、落ち着け」


 焱さんが助け船をくれた。焱さんは報告も兼ねて話の主導権を握った。


 美蛇の硫化銅のこと。貴燈山のこと。煬さんのこと。そして魄失のこと。火理王さまはすべて黙って聞いていた。

 

「ご苦労だった。水理が水先人パイロットに連絡させた割に帰りが遅いので些か案じたがな」

「あぁ、それは」


 焱さんの長いため息が聞こえた。

 

 ひょうさんがいなくなってしまったので下山が大変だったのだ。母上の河まで引き返した後、皆で漕さんに連れられて大急ぎで戻ったのだ。

 

「ふむ……ひょうらしい。私情を捨てろとは言えぬが、公私の区別と優先順位の判断が出来ぬようでは我の火付役インスティゲーターは任せられぬ」

 

 厳重に注意しておくと火理王さまが焱さんに告げた。その内に二人が扉の前で立ち止まった。焱さんが扉をノックをすると、火理王さまが返事を待たずに開けた。


 広い部屋の端の方に四、五人の精霊がいる。その輪に焱さんも入っていった。長い銀髪を真っ先に見つけると一瞬視線がぶつかった。言葉は交わせなかったけど、帰ってきたことは伝わっただろう。

 

 火理王さまはそこには近寄らず、少し離れた壁に寄りかかった。僕も隣に来るよう手招きされる。

  

 あれは誰だとか、今は何の治療だとか、状況に疎い僕にずっと説明をしてくれた。でも隣に初対面の火の理王がいる事実に緊張していて、詳しい内容がなかなか頭に入ってこない。

 

「先々代! 出来ました!」

「先々代! こちちも!」

 

 先生が王太子たちに囲まれて、てきぱきと指示を出している。いつもシャキッとしている先生けど今日はいつもに増してきびきびとした動きだ。

 

「流石、先々代水理王であるな。老いたとは言え、要領も良く、指示が的確」

「え?」

「ん?」

 

 今なんて? 


 首を勢いよく捻ってしまった。火理王さまはあまり大きくない目をパチパチ瞬きながら僕を見下ろしている。

 

「我の言葉がおかしかったか? 『指示が的確』と」

「あ、えっと」

 

 木理王さまが少し見えた。長い金髪の……確か、くんさまが木理王さまの身体を少し起こしたようだ。薬や水を飲ませているのだろう。

 

「その前か? 『老いたとは言え』」

「えと」

「もっと前か? 『流石、先々代水理王であるな』」

 

 それだ!

 

「先生が『先々代』って呼ばれるのは『先々代水理王』だからなんですか?」

 

 僕がそう聞くと火理王さまは、あぁと短い声を漏らした。その声に侮蔑や呆れが入っていないことにちょっと安心する。

 

「水理は教えていなかったのだな。それは悪いことをした」


 僕が迂闊だった。先々代と呼ばれているのに何の先々代なのか考えなかった。

 

「あの方は孟位エクス。先々代水理王で間違いない」

孟位エクスは先生から聞きました」

「左様か。孟位エクスとは理王を退いた者にのみ与えられる例外位だ」

 

 もっとも現在ではほとんどの孟位は亡くなっているが……と続ける火理王さまの言葉はほとんど耳に入っていなかった。

 

 何でそんな高い地位の方が僕の先生に?

 そもそも何で僕はここにいるの?

 王太子と理王だらけの部屋に僕が入って良いわけがない。

 

 急に居たたまれない気持ちになった。


 駄目だ、一刻も早く出よう。この部屋から、王館から。淼さまには母上から伝えてもらおう。理術は泉に帰ってから母上にゆっくり教えてもらおう。

 

 扉に爪先を向けると腕を掴まれた。まだ一歩も踏み出していない。

 

「どこへ行く?」

「僕……帰ります」 

 

 火理王さまに掴まれた腕が熱い。

 

「水理を見捨てるのか?」

「え?」

 

 どういう意味かと聞き直そうとしたけど、耳に飛び込んできた大声に意識を持っていかれた。

 

「先々代! 呼吸が!」

「光合成は!?」

「ダメです! 呼吸も光合成もなさっていません!」

 

 腕に感じた熱が離れていった。

 

「木理もこれまでか……しん! こちらへ」

「は……はい」

 

 しんと呼ばれ、こちらへ近寄ってきたのは若い男性だった。癖の強い長めの髪を大雑把にひとまとめにしている。僕をチラッと見たあと、すぐに火理王さまに向き直った。

 

「付いて参れ。即位の準備を」

「あ……」

 

 火理王さまが顎をしゃくって森さまを促した。森さまは少し泣きそうな顔をしている。

 

「木理は助からん。そなたが木理王になるのだ」

「し、しかしまだ次の王太子が」

 

 森さまがちょっとだけ食い下がった。その間もチラチラと寝台の方を見ている。元の場所へ戻りたそうだ。

 

「王太子不在より理王不在の方が事は大きい。水理もそう思うであろう?」


 淼さまの身体は木理さまの方を向いたまま、じろりと火理王さまを見返した。

 

「水理のようにひとりで王と王太子の仕事をせよとは言わぬ。王太子のことは選考会でも開けば良い」


 火理王さまは動こうとしない森さまの背中に手を当てて連れていこうとする。

 

「火理。少し待て」


 今まで黙っていた淼さまが大きな声で二人を呼び止めた。

 

「あとひとつだけ試してみる。それが駄目ならしんを即位させよう」

 

 淼さまが僕を手招きした。

 

「雫、こちらへ」

「あ、は、はい」

 

 予想外に呼ばれ、慌てて近寄った。静かに目を閉じている赤茶の髪が木理王さまだろう。

 

「泉の水を使えるようになったね。少し出してごらん」

 

 言われるまま小さめの水球を作ると淼さまは直に掴んだ。それを木理王さまの口元まで持っていくと、吸い込まれるように水球が消えてしまった。しーんと静まり返る室内で、赤茶の髪がひと房ざわりと動く。

 

「あ」

 

 今の声は金髪のくんさまだ。声の高さから恐らく女性だろう。

 

「まさか……」

 

 今度は……ぎょうさまだったはず。声は低いけど、見た目では男性か女性か分からない。

 

 淼さまはじっと様子を見ていたと思ったら、突然にっと口角を上げた。

 

「効果ありだね」


 淼さまが指差す木理王さまの頭は根元から徐々に色が変わってきていた。

 

「あ、色が」


 そう呟く間に赤茶の髪はすっかり濃い緑色になってしまった。どこかみずみずしく艶がある。木理王さまからほぅと息を吐き出す音が聞こえた。

 

木理王おかみ!」

 

 森さまが駆け寄ってきた。ちょっと避けて場所を開ける。木理王さまの睫毛が僅かに震え、ゆっくりと瞼が持ち上がる。

 

 もう大丈夫だろうという先生に皆が安堵のため息を漏らした。きっと皆ずっと付き添っていたんだろう。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 淼さまが僕の腕を掴んで少しだけ強引に引っ張った。火理王さまとすれ違う寸前、何か言われた気がするけど聞き取れなかった。

 

 引っ張られるまま部屋から出て、続けて木の王館からも離れ、気づけば黒い建物に入っていた。見慣れた色にちょっと安心する。

 

「雫」

 

 木理王さまの寝室を出てからずっと黙っていた淼さまがやっと口を開いた。

 

「おかえり」

「っただいま帰りました!」

 

 至近距離で淼さまの穏やかな顔を仰いだ。濃い色の瞳に見つめ返されると、泉に帰ろうという気持ちはどこかへ行ってしまった。それよりもむしろ、帰って来たんだという充足感でいっぱいになってしまった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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