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水精演義  作者: 亞今井と模糊
三章 火精動乱編
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57話 火の太子と混合精

 雫と別れてから、メルトに案内され噴火口から少し脇に逸れた場所へ来ていた。目的場所を意識して火をくぐれば移動は一瞬だった。

 

 ここは見晴らしがいい。噴火したばかりで風下は煙が多いが、反対側は青空が広がっていた。いくら灯りがついていても、岩に囲まれた空間は暗く、外へ出てから目が慣れるのに少し時間を要した。

 

 メルトの兄、フューズの墓石が足元にある。墓石とはいっても、せいぜい岩が盛り上がっているくらいだ。周りの岩石と区別がつきにくかった。

 

 会ったのは二、三回ほどだが、貴燈山ここに遊びに来た際に、熱く歓迎されたのを覚えている。

 

 泊まって行けと引き留められ、矢鱈と強い酒を飲まされた。俺より先にすっかり出来上がって、メルトと仲良くしてくれてありがとう、と泣き出したのを覚えている。いわゆる泣き上戸というやつだ。めんどくせぇ奴、と当時は思ったが、今となっては良い思い出だ。

 

 宴席を振り返ったことで、火酒ブランデーを持っていたのを思い出した。取り出して半分くらい墓石にかけて火を点けた。青い光が岩を覆う。

 

「さっきは悪かったな」


 メルトがふいにその場から離れ始めたので、俺も火酒をしまいながら付いていった。墓参りの後、二件確認することがある。水精と棄ててあるらしい銅だ。何故棄ててあるのかも問いただす必要がある。

 

 どちらも確認したいと、上がってくる前にメルトに伝えたから案内するつもりなのだろう。

 

「お前の連れ……少し言い過ぎた」


 口は悪いが、煬も根は悪い奴ではない。俺と一緒でカッとなりやすいだけだ。だが、熱しやすく冷めやすい俺に対して、熱しやすく冷めにくいのがこいつの特徴だ。

 

 普段なら怒りを引きずるメルトだが、今回は意外と冷静になるのが早かった。思うところがあるのだろう。

 

「そう思うなら後で謝れよ。俺からも言ってやるから」

 

 悪気はないのは分かっている。止めなかった俺も俺だ。雫は謝罪などいらないと言うだろうが、それではメルトの気が済まないだろう。煬は足場の悪い岩場を不自由な足で器用に登っていく。

 

「お前の仲間思いは相変わらずだな。混合精ハイブリッドの俺にも変わらない態度で接してきたのは、兄貴を除けばお前くらいだ、キラ」

 

 キラという愛称で呼ばれるのも久しぶりだが、『混合精ハイブリッド』も久しぶりに聞いた単語だ。

 

 メルトの籍は火にあるが、中身は火と土の二属性だ。多くの場合、一方の理力がもう一方の理力にって表面上は一種の理力しか現れない。しかし、稀に二つの理力が拮抗した状態で生まれる者がいる。そういう者は混合精ハイブリッドと呼ばれる。

 

 火はそれ自体で燃え続けることは難しい。出来ないわけではないが、理力の消費が尋常ではない。だから木や油など、別属性の物を媒介に生まれた者が火精には多い。そういう意味では、火精は他の属性に比べて混合精ハイブリッドになりやすいかもしれない。


 だがそういった火精でも、混合精ハイブリッドになる者はほとんどいないのが現状だ。この火山兄弟もフューズは火の精霊で、メルトだけが混合精だった。

 

「そんなこと気にすんなよ。俺の親父だって水精だぞ」

 

 雫にはまだ言っていないことだが、実は俺の父親は水の精霊だ。だが俺は混合精ハイブリッドではない。俺の場合、生まれる要因は水属性の雷だったが、俺自身に水の理力はなく紛れもない火精だ。

 

 そんな俺でさえ……王太子の俺でさえ、父親が水精だというので流没闘争の際には色々言われた。こいつに水の繋がりはないが、火精なのに水に強い土の性質を持っているから、もっと色々言われたり、陰湿な目にあったりしていたようだ。 

 

「優れた理術で王太子候補にまでなった奴がずいぶん弱気じゃないか」

「弱気にもなるだろ? お前の連れ……あんなに純粋な理力は、俺達・・には一生手に入らないものだ」


 俺達とは数少ない混合精ハイブリッドたちのことだろうか。

 

「ここだ。少し下がれ」

 

 メルトが立ち止まった。足場に気を取られていて、銅の扉があることに気づかなかった。

 

 辺りを見回して方角を確認する。噴煙の流れはさっきと変わっていないから、フューズの墓石の反対側に回り込んだようだ。

 

 火山に銅製の扉とは……。良く溶けないものだ。足場が悪いので半歩ほど下がって、メルトが扉を押すのを見ていた。足のことを考えると手伝った方がいいのだが、火山の主としての仕事をしてもらう。

 

 メルトが中へ入るのに続いて、俺も薄暗い小部屋に入った。後ろで扉が勝手に閉まると更に暗くなる。灯り取りなのか上部に一ヶ所小さく穴が開いているが、小さな部屋を照らし切れていない。

 

 しかし、暗さよりも気になるのが臭いと温度だ。この臭いはおそらく硫化水素だ。感じる湿度が実際の気温よりも不快感を増している。おそらくここには温泉がある。

 

「あまり近寄るなよ」

 

 余りにも暗いので火球をいくつか漂わせて灯りをとった。部屋の様子が少しずつ見えてくる。後ろには閉じた銅扉、前には小さいながらも乳白色の温泉があり、金属製の格子で覆われている。

 

「まるで囚われの温泉だな。温泉は下にあるって言ってなかったか?」

「……下にもあるがそっちは露天だ。だから目に付きにくいここに水精たちを匿っていた」

 

 確かに火山の上部に付いた扉など外からは見えないだろう。うっかり見えるとしたら噴火したときくらいだ。

 

「温泉の中に隠せば水精の気配も弱められるから効率的だった」

 

 なるほど。確かに火の理力に満ちた火山内では効果的な隠し方だ。水精が火山にいたら不自然だが、温泉なら話がつく。

 

「だがそれを嗅ぎ付けて……アイツがやって来た」

「アイツ? 美蛇か?」

「いや美蛇じゃ……」

 

 急に黙ってしまった煬が気になって顔を覗きこんだ。何か言いたそうな、痛そうな顔をしている。火球で照らすと帽子の下から脂汗を流していた。

 

「おい、どうした? 具合が悪いのか?」

 

 メルトに手を伸ばしたはずだったが、届かなかった。気づいた時には後ろの壁に叩きつけられていて、背中の衝撃に意識を持っていかれた。

 

「ぐ、ふっ!」 

 

 床に落ちると間髪入れずにマグマがまとわりついてきた。ある程度まで足腰に絡むとすぐに冷えて岩に変わり、動きを押さえられた。

 

 背中も痛いが腹の方が痛い。顔を上げると片足を腰の高さまで浮かせたメルトと目があった。おそらく俺を蹴り飛ばしたのだろう。


 ……杖も付かずに。

 

 悪態のひとつもきたいが、意思とは裏腹に咳き込んでしまって言葉が出ない。後ろの壁は溶岩壁だ。凸凹とした壁に打ち付けた場所が悪かったかもしれない。

 

「何で足が動くかって?」

 

 煬が足を下ろしながら冷ややかに切り出した。尋常ではなく腹が痛い。普通に蹴られた痛みにしては大きすぎる。杖で突かれたか? いや、それにしても……。

 

「教えてやるよ。俺がどうやってこの足を手に入れたか」

 

 そう言いながらメルトはボロボロになっているズボンの裾を杖で捲った。火球の灯りが銅製の足を照らしていた。

主人公が出てこなかった……。次話は雫サイドです。

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