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水精演義  作者: 亞今井と模糊
一章 理術学習編
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05話 精霊の力と理術

 翌朝。


 指定された資料室へ行くと、早めに来たのに先生が先に来ていた。


「先生。今日から宜しくお願いします」

くすぐったいのぅ。御上からは丁寧な挨拶など一度もなかったぞ」 


 先生は軽く笑いながら複雑そうな顔をした。


「さて。そこへ座……いや待て」


 てっきり資料を読むのかと思ったら、先生は僕の手を引いて廊下へ出た。


「ちょうど前掛エプロンをしているようじゃ。この廊下を一瞬で水拭きしてみよ」


 習慣で前掛エプロンをしてきたらしい。言われるまで気づかなかった。急いでバケツと雑巾を持ってくると、先生は溜息を吐いた。僕はすでに何か失敗をしたらしい。


 ひとまずいつも通り雑巾掛けをしてみる。長い廊下をひたすら四足歩行で走るのは大変だ。息が上がる。


「『一瞬』じゃぞ?」

「は、はい……!」


 これも理術の特訓なのだろうか、と考えながら走っていたら足がもつれた。


「ゎ……痛っ!」


 右側の壁に頭をぶつけ、床に転がってしまった。


「大事ないか? そのまま休憩」


 息が苦しくて口が閉じられない。


「良いか、雫。そなたが若く、体力があったとしても、この長い廊下を『一瞬』で拭くことは、物理的に不可能じゃ。頑張ったのは認めるがの」


 呼吸を整えながら身体を起こすと、いつの間にか先生は隣に立っていた。


「わしならこうする。『水拭清掃アクアワイプ』」

「え……?」


 今、波のような水塊すいかいが廊下の床を撫でていった……ように見えた。


「どうじゃ? 理術を用いるとこうじゃ。ピカピカじゃろ?」

「水で……拭いた?」


 先生の言うとおり床がピカピカに光っている。まるで鏡のようだ。


「そうじゃ。水で拭く。これぞ究極の水拭き」

「これが理術。これなら掃除が速く正確に出来ますね!」

「……………………そうじゃな」


 広い王館では掃除に時間がかかる。全て終えるのに何日もかかってしまうことだってある。それに手で擦ってもここまで綺麗にはならない。


 理術すごい。是非学びたい。


「何か理解を間違えている気がするのぅ」


 先生に袖を引かれて、床を撫でるのを止めた。


「さて……中に入ろうかの」


 掃除道具を片付けてくると、今度は本を渡された。早速指定された頁を開く。


『世界は、木・金・土・火・水の五つの要素で構成される。それぞれのルールによって世界を正しく導き精霊を管理する者、それが精霊の王・理王である。


 精霊は理力を源として生まれ、持つ力に応じて、アルヴェルカールディルの四つの位に分かれる。


 理王は理力が正しくあるか常に配慮し、変化し続ける精霊の数や質によってそれを改めなければならない。


 ルールが破られれば、秩序が崩れ、その要素の理が壊れるだけでなく……』


「……先生。すでによく分かりません」

「ふむ。どこまで分かるのじゃ?」


 一生懸命読んでいるのだけど、すぐに詰まってしまった。


 先生が僕の指南書テキストを覗きこんだ。『世界の成り立ちと管理者たる理王について』という内容がそのまま本の題名になっている本だ。


「五名の理王が存在するということは分かりました」

「む? それは知っておったのではないのか? わしに季位ディルを名乗ったのじゃ。位の編成は分かっておろう?」


 先生は腰を伸ばして僕を見下ろしてくる。その目は相変わらず、開いているのかどうか分からない。


「最高位が伯位アル、次位が仲位ヴェル、その次が叔位カールで最下位が季位ディルですよね。その頂点に理王がいることは知っていましたが、雲の上の話なので人数まで気にしたことはなかったです」


 そもそも伯仲叔季の四つの位の内、最下位の季位ディルである僕がこの世界全体のルールなど知っているはずがない。今まで気にすることもなかったのだ。


 ただ存在している。それだけで満足だった。


「なるほどのぅ。確かに高位精霊ならば理王と接触する機会はあるが、叔季カールディルは理王の顔すら知らぬだろうな。他の理王のことなど知ったことではないの」


 先生が妙に納得した表情をした。高位の先生には馴染みのない話なのだろう。


「問題は後半じゃな。どれ、少し補足するかの。理王とはつまり喞筒ポンプじゃ」


 喞筒ポンプは圧力を使って水を汲み出したり、流したりする機械だ。理王が喞筒ポンプ……理王が喞筒?


「び、淼さまって毎日水汲みしてるんですか⁉ そんな……僕がやるのに」


 淼さまが水汲みしている姿を想像しようとして失敗した。全く想像できなかった上に、先生に即、否定された。


「落ち着くのじゃ。理力とは何か分かるか?」

「え、あ、僕たち精霊が持っている力のことですよね?」


 精霊は生まれつき理力を持っている。その理力の大きさで階級が決まると言われている。


「左様。ただし、その答えは半分正解で半分不正解じゃ。理力とは概ね二種類に分かれておる。ひとつは己の本体が有する理力。もうひとつは世界に満ちておる理力、つまり誰でも自由に使える理力じゃ」

「自由に?」


 よく分からなかった。とりあえず、復唱してみたけれど分からないものは分からない。


「ピンと来ていないようじゃな」

「すみません」


 多分情けない顔をしている。折角いい先生がいるのに、僕が理解できないのは申し訳ない。


「やる気のある生徒が理解できないのは、おおむね教える側に原因がある。わしの説明が足りぬようじゃな。では説明の仕方を変える。『氷飲器アイスグラス』『水球ボール』」


 先生が僕の前に両手を出した。左手に飲器グラスが、右手には水の塊が浮かんでいる。水球を飲器に入れると、それを僕に差し出した。


「飲んでみよ」


 渡された飲器を受け取って一口飲んだ。喉の乾きは感じていなかったけれど、飲み出したら止まらない。一気に全部飲んでしまった。


「旨いか? 塩辛くはないじゃろう? 今飲んだ水はわしの本体を使ったわけではない。わしは小波さざなみじゃからの。海水は飲み水には敵さぬ」


 なるほど。少し分かった。先生の本体は海の波だから、塩分が濃くてとても飲めない。飲めたということは先生の本体とは別の水だ。


「少し分かったようじゃな。御上の仕事は、世界の理力が滞らないように、清く正しく流すことにある。だから喞筒ポンプなのじゃ」


 びょうさまのお仕事は少しだけ理解出来た気がする。少なくとも水汲みはしていない。


「そなたは自分の理力を使うことは不可能じゃ。残った水が少なすぎる故、使った時点でそなた自身が消えてしまうじゃろう。世界の……周囲の理力を使う他ない」

「なるほど」


 指南書テキストに目を落とした。どこかに周囲の理力の使い方が書いてあるのかと、数頁めくってみる。


「本来なら本で学ぶものではない。生まれつき使えるか、或いは周りの者から教えられたり、見て覚えたりするものじゃ」


 それはちょっとがっかりだ。僕は誰からも学ぶ機会がなかった。


「落ち込むでない。そのためにわしが指南役としてついたのであろう」


 机にふと影が落ちた。顔を上げて先生を見る。先生は厳しい声とは真逆の優しい表情をしていた。


「水は他属性よりも目に見えない部分が多い。凍らせたり、器に入れたりすれば見えるがの。見えずともそこにあるはずの水を読み取るのじゃ」


 先生は右手で僕の左手をそっと掴んで上を向かせた。そこに自分の左手を被せる。


「世界の理力を使うなら、手っ取り早いのは大気中の水分を使うことじゃ。『水球ボール』」


 先生の左手から生まれた水球が僕の左手に乗っている。身体が後退あとずさりそうになって先生に手を掴まれた。


「水精が最初に覚える理術じゃ。本来、最初は自分の理力を使うがの」


 先生の手がゆっくりと離れていった。水球が先生の手に付いていこうとする。それを遮るように先生が手を閉じると、水球は僕の手の上で跳ねた。


「まず、周りの理力を読み取って扱えるようにならなければならない」

 

 落としそうで怖い。それに壊れそうだ。思わずもう一方の手を添える。水球は僕の心に反して手で跳ねている。

 

「とは言え、これをそのまま飲むと旨くはない故、飲料用は少し手を加えるがの」

「飲料……あ! 汁物スープ作るとき、汲みに行かずに済みますね!」


 意外と水汲みは時間がかかる上に、体力も使うので一苦労だ。


「……………………そうじゃな」


 先生の目が半分くらい開いていた。何か残念なものを見るような目をしている。


「練習すれば僕も使えるようになりますか?」

「無論じゃ。そうなってもらわねば困る。世を当代で終わらせるわけにはいかんからの」


 ピシッと氷の飲器にヒビが入り、後半の先生の言葉を聞き取ることが出来なかった。


「さて、そなたが一滴の雫でも、御上おかみがちゃんと理力を巡らせている限り、理術を使えると思ってよい。しっかり励むのじゃよ」

「はいっ! 頑張ります!」


 誰かから何かを教わるのは、淡さんから掃除の仕方を教えてもらったとき以来かもしれない。


 先生の講義を終えたときにはもう夕方だった。有意義な時間だったけど、あまり身体を動かしていないのにお腹が空いてしまった。


 空腹で部屋へ戻ると、都合よく夕飯が用意してあった。


 一瞬、淼さまが用意してくれたのかと思ったけど、淼さまからは、外出が増えるので食事はいらないと言われている。


 誰が用意してくれたのか分からないけど、空腹には耐えられない。ありがたくいただくことにした。


 今日は朝から先生の講義だったけれど、明日からはしばらく自習になるらしい。先生は一旦自分の領域に帰るそうだ。


 その間、初級理術の『水球ボール』を練習するように言われた。


 練習することに意義があるから、出来なくても落ち込まないように……と、僕の不出来さを見越した言葉を残して、先生は去っていった。実際、僕はまだ何も掴めていない。本当に使えるようになるのか不安だ。


 早く理術を使えるようになりたい。そうすればもっと淼さまの役に立てる。


 温かい食事を摂りながら、早く練習をしたくてうずうずし始めていた。

読んでいただきありがとうございます。


ほのぼのしてるように見えますでしょうか?

次回はほのぼのの裏側もご覧いただければ……

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