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水精演義  作者: 亞今井と模糊
三章 火精動乱編
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49話 美蛇江跡地にて

 焱さんと僕は美蛇江に来ていた。正しくは元・美蛇江だ。便宜上そう呼んでいるだけであって、今は華龍河の名もない支流に過ぎない。

 

 支流に過ぎないとはいえ、本流扱いでもおかしくない長さがある。だけどおかしなことも起きていた。

 

「水がない」

 

 そう呟いたのは焱さんだ。美蛇江の跡地には渇いた小石がゴロゴロしている。水が流れた跡はあるけれど、潤いが全くない。

 

「どういうことだ? 涸れたのか? こんな短期間で」

 

 そんな話は聞いたことがない、と焱さんは戸惑っていた。本体がなくなれば精霊は存在できない。でも、精霊がいなくても川や海などの本体は残るという。持ち主のいない抜け殻のようなものだ。焱さんと泊まった鍾乳洞もそうだった。

 

 不思議に思いながら二人で川に降りてみた。足下が不安定だ。ジャリジャリとした小石の感触が伝わってくる。

 

 その小石たちの更に下から水の流れる気配を感じた。足を止めて、膝をついてみた。ゴツゴツしていて座りにくいけど、屈み込んで地に耳を近づける。

 

 ーー川だ。 

 

 頭をあげて耳を離しても、水の流れる音が耳鳴りのように残っている。ゴウゴウという大量の水だった。

 

伏流ふくりゅう水だ」 

 

 数歩先でこちらを見ていた焱さんが近づいてきた。

 

「は? 何だって?」

「兄上は伏流だったんだ」

 

 えんさんの顔を見上げながらそう答えたけど、焱さんはよく分かっていないようだった。

 

「そっか。今まであった水は奪ってきた分が溢れてたんだ」

「待て待て待て。ひとりで納得するな」

 

 立ち上がって膝についた石の粉を払った。カラカラに乾いているせいで風に乗ってすぐに散っていった。


「川が地下を流れてるんだよ」

「地下水か?」

 

 尤もな意見だけど、首を振った。

 

「地下水はずっと地下にあるでしょ? 伏流も普段は地下にある点では同じなんだけど、雨や雪が降って水量が増えると、地表に現れるんだ」

 

 僕がえんさんに何かを教えるなんて、初めてのことだと思う。これまで教わってばかりだったし、今だって急に思い出したことだ。戻ったばかりの記憶の深いところから、急に飛び出してきた感じだ。

 

「悪ぃ。よく分かんねぇわ」

 

 きっと僕が教えることに慣れてないから、説明が下手なのだろう。どうしたら伝わるかな。

 

「えーと、つまり、この下に川があって、涸れてるわけじゃないよ?」

「へぇ。……なら、まいっか」

 

 納得は出来ていないみたいけど、涸れてないということは伝わった。今は肝心なことだけ分かれば良い。

 

「まぁ、水がないなら調査はしやすいな。火精の痕跡がないか調べてみるか」

 

 焱さんはやっと自分の仕事が出来る。僕も手伝えることはやろう。えんさんの邪魔にならないように少し離れて足下を見て回った。

 

 最近まで水中にあったはずの小石や砂はすっかり乾いている。焦げた草でもあれば強い火精が来たと分かるけど、草も苔も生えていなかった。

 

 小石に焼け跡でもないかと思って試しに拾ってみた。特に変わったところはない。欠け方もいたって普通だ。

 

 石を戻しながら改めて考えてみる。ここは透水性が高い砂礫されき層だ。水は地下を流れ、川は普段姿を見せない。それなら美蛇の本体は地下にあったはずだ。

 

「焱さん、ここじゃだめだ。地下を調べないと」

 

 火精と取引していたとしたら、表には見えない本体の部分だ。火精が川に入るのは危険だけど、焱さんみたいに装備を整えたり、招かれたりすれば問題ない。

 

 遠くにいた焱さんが近寄ってきた。

 

「地下か。難しいな。入り口がない」

「母上の河から入れるけど……戻る?」

 

 母上と繋がってる部分がある。支流だから出入りも自由だ。

 

「いや、後にしよう。どうせ一月後に雫は泉を見に来るだろ? その時でいい」

 

 焱さんは一ヶ月後も僕と一緒に来る気満々だったらしい。僕は嬉しいけど焱さんはそれで良いのかな。

 

 焱さんが少し屈んで小石を一つ拾い上げた。回したり、ひっくり返したりして小石を観察している。

 

「乾ききって苔も生えてねぇのな」


 焱さんは、小石を上に向かって投げては受け、投げては受けを数回繰り返した。その様子をぼーっと眺めていると、突然、焱さんが川岸に向かって勢いよく小石を投げた。

 

いだっ!」

 

 ガサッという音と共に川岸の草むらから声が聞こえた。逆に僕は驚いて声が出ない。

 

 誰!? 何!?

 

 一瞬、身構えた。でもえんさんは身動きひとつしない。それに慌てた様子もないので僕も腕を下ろした。

 

 しーーーーん。

 

 あれ? 声がしたのに何も動きがない。出てくるとか逃げるとか、何かあってもいいはず。


 焱さんを見上げると、胸の辺りまで腕を持ち上げ、左手を掲げていた。

 

「気の理力 命じる者は 火の太子 理に」

「ストーーーーップ!」

 

 焱さんが詠唱を始めると、川岸から大きな声がして詠唱を強引に止めた。すぐに黙った焱さんを見る限り、予想通りといった感じだ。

 

「さーん、にぃ、いー……」

「待ってぇな! 今行く! 行くからっ!」

 

 予告なしでカウントを始めた焱さんに慌てたのか、草を掻き分けて人型が現れた。そのまま水がない川をずんずん渡ってくる。

 

「はー……二足歩行はしんどいわ」


 しんどいと言うわりに元気そうに見える。

 緩くウェーブした藍色の髪に、淡い水色のヒラヒラした服。多分水精だ。背は……僕より高い。でも焱さんよりは低いようだ。

 

「ごきげんようやねー、焱サマ?」


 あ、やっぱり焱さんの知り合いだったんだ。ほっとして息を吐く。肩に力が入っていたことに気づいた。

 

「何がごきげんようだ。こそこそ付いてきて」


 二人をキョロキョロ見比べていると、焱さんが僕を見て口を開いた。

 

「雫、こいつは」

「ひどいわー、坊っちゃん。うちのこと分からん? 何度も会うてるのに」

「え?」


 会ってるの? 記憶にないけど。

 

 少し屈みながら僕に目線を合わせ、焱さんの説明を遮った。会ったことがあるというこの精霊に全く覚えがない。

 

「すみません……おぼ」

「ひどいっ! 坊っちゃんのこと乗せたり、引っ張ったりしたのに!」

 

 乗せたり引っ張ったりした? 思い当たるのは……。

 

「なんならほっぺにチューもしたのに……」

「ほ……」 

 

 よよよと頬に手をあてながらチラチラと僕を見てくる。乗せてもらったのは、初めての里帰りの日。引っ張ってもらったのはその帰り。

 

「もしかして、そうさん?」


 ほっぺにチューとやらは多分、汁物スープから出てきて、すり寄られた時だ。昆布出汁の匂いが印象に残っている。

 

「当たり! 流石やねぇ、うちらの仲やもんね」


 両手をガバッと勢いよく広げて僕に抱きついてきた。そのままわしわしと髪をなで回される。最近、色んな人に撫でられるけど、ここまで勢いよくかき混ぜられるのは初めてだ。

 

「そ……漕さん、何で魚じゃないんですか?」

 

 舌を噛まないように気を付けながら、思ったことを尋ねてみた。いつもは水がそのまま魚の形をとって現れるのに、今日に限って人型なのは何故だろう。

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