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水精演義  作者: 亞今井と模糊
三章 火精動乱編
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47話 母を訪ねて

「おじさん。前と同じような櫛はありますか」

「おや、ありがとうございます。お母上にですかな? 櫛ですと……」

 

 おじさんが棚の下から大きめの盆を出してくれた。たくさんの櫛が乗っている。

 

「こちらで全てですな。同じものはございませんが……」

 

 それはそうだろう。ひとつ作るのに三ヶ月かかると言っていた。同じものがそう何個もあるわけはない。

 

「川蝉がよろしければ小箱などもありますが」

「えーと、まず櫛を見てからでも良いですか?」

「どうぞどうぞ! お手にとってご覧下さい」

 

 櫛を一つ一つ手にとって眺める。蝶や花のデザインが多い。どれも細かい模様が刻まれている。

 

「ところで場所を変えたのか? 探したぞ」


 僕が品を見ている間に、焱さんがおじさんと話し始めた。

 

「あぁ、それは誠に申し訳ない。実は前の場所で少々問題がありましてな」

「何かあったのか」

「えぇ、実は……」

 

 そういえば、前に来たときも焱さんとおじさんで話が盛り上がっていた。今の内にゆっくり選んでしまおう。

 

 イルカか、ハチドリか、カエルか……この中だったらどれが良いだろう。彫られたイルカは海イルカだから、大河の母上には合わないかもしれない。ハチドリは花もあって可愛いし、カエルは川辺にたくさんいて身近な生き物だ。

 

「……じゃあ、俺たちの後にすぐ火精が来たってことか」

「えぇ、四、五人ほど。坊っちゃん方が金貨をいくら払ったのか、どこへ行くのか、教えろと」

「それで教えたのか?」

 

 焱さんの少し大きな声が聞こえる。でもきっと僕にはついていけない話だろうから、口を挟むのは止めておこう。

 

「とんでもない! お取引いただいたお客様の情報を流すことなど致しません」

「では、どうしたんだ?」

「教えることは出来ないと断ったところ、暴れだしまして、台や棚などが壊されてしまいました」


 カエルの櫛には小蛙花ラナンキュラスが彫ってある。そういえば、水の王館の庭には赤い小蛙花ラナンキュラスが咲いていた。

 

「それで瓦礫が積んであったのか。大事なかったか?」

「お陰さまで。適度に反撃致しましたので、品は傷つくことなく追い返せました」

「…………そうか」

 

 カエルは安定と繁栄、そして幸運のシンボルだと教えてもらったことがある。教えてくれたのは、美蛇の兄だ。一気に複雑な気分になった。けど、カエルに罪はない。

 

「おじさん。これお願いします」

「あ、はいはい。ありがとうございます。お包みしますね」

 

 焱さんを待たせてしまった。けれど、おじさんと話していたから大丈夫だったかなと、そう思って焱さんを見上げると、眉間に皺が入っていた。

 

「ご、ごめん、えんさん。時間かかっちゃって」

「いや、そんなに待ってないぞ?」


 その割には眉間の皺が深い。焱さんの様子にビクビクしている間におじさんが包んだ櫛を持ってきてくれた。今回もきれいに包んでくれたようだ。

 

「あ、また金貨で良いですか?」

「はい、もちろんです。探して下さったようで申し訳ないので、少し割引いたしますね。二枚いただければ結構です」


 おじさんの手に金貨を二枚乗せた。金貨をうまく半分にできる自信がないので、ちょっと安心した。

 

「最近の情勢で竹伯から何か聞いている話はあるか?」


 受け取った包みを鞄の中にしまおうしていると、焱さんがまたおじさんと話し出した。

 

「……そうですな。貴方様も高位のようですからご存じでしょうが、流没闘争が完全終結したそうですな」

「あぁ。そうらしいな」

 

 一瞬動きを止めそうになったけど、平静を装った。焱さんが詳しく知らないていでいるので僕も乗った方がいいだろう。


「何でも高位候補だった水精が、裏で火精をも操っていたという話ですが、私も詳しくは……」

「その話なら俺も聞いたが、詳しくは知らないな」

 

 詳しく知るためにこれから調査に行くのだから、知らないと言っても嘘ではないのだろう。だけど、なんだかモヤモヤする。腰に下げた刀に引っかからないように気を付けながら、荷物を背負い直した。

 

「出来たか?」

 

 焱さんにそう聞かれて頷く。おじさんに別れを告げて、市を後にした。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 

「まぁ! お帰りなさい」

 

 母上が走ってきて僕を抱き締めた。力が強い。首が締まる。

 

「……は、はう」

「会いたかったですよ。愛しい子」

 

 く、苦しい。母上ってこんなに力強かったっけ? 元気になったようで何よりだけど、僕が元気でなくなってしまう!

 

きよらどの。その辺で」

「あ、あら、あぁあぁ、私としたことが」

 

 焱さんが母上に軽く触れたことで、抱擁から解放された。解放されたけど、母上の手は僕の肩をしっかり掴んだままだ。指が肩に食い込んでいる。つ……強い。

 

「焱さまもようこそいらっしゃいました」

 

 母上の階級が上がったので、焱さんへの態度が少し変わった。応対は丁寧だけど跪くことはない。軽く膝を折って挨拶をする程度だ。他属性の王太子への礼はこの程度で良いらしい。

 

「は、母上。お土産があるので一旦離していただけますか?」

「まぁ! また母にお土産ですか?」

 

 母上は素直に僕の肩から手を離した。荷を降ろして取り出す間、ワクワクとした視線を痛いほど感じる。

 

「清どの。体調はどうだ?」

「お陰さまでお薬を頂きましてから、充分に回復いたしました。この二百年で一番体調が良いかもしれません」

 

 確かに元気そう。すごく元気そう。手を当てている頬も血色が良い。今思えば、前回お会いした時にはすでにボロボロだった。

 

 それに今なら思い出せる。僕が幼い頃の母上も、こんなに元気ではなかった。きっとその時にはもう美蛇の計画が始まっていたのだろう。

 

「母上。新しい櫛を持ってきました」

「まぁ、る……いえ、開ける前に中身を言ってしまうなんて」


 母上は今、るいと言いかけた。それを言ってしまったら多分、ルール違反だ。


「清どの。水理皇上から、公の場でなければ、通称名で呼ぶ許可が出ている。自由にして大丈夫だ」


 それは僕も聞いていない。ちょっと意外だ。母上は嬉しそうだけど、淼さまですら雨伯のことを気にしていたのに。

 

「先日、雨伯が登城した際、自らそう言ったそうだ。公的な場だけ真名を守ってもらえれば別に構わないと」 

 

 雨伯……なんという出来た精霊ひとなのだろう。是非お会いしてお礼を言いたい。

 

「愛しいるい。これを挿してもらえますか?」

 

 母上が大事そうに櫛を両手に持っていた。櫛を受け取って前と同じ場所に挿す。母上の耳の上で、蛙と小蛙花ラナンキュラスが向き合っている。彩りがなくても華やかだ。

 

「お似合いです。母上」

「ありがとう。涙」


 母上にまた抱き締められる。強い力を覚悟して息を詰めたけど、今度の力は柔らかかった。母上の肩に手を置いて、やんわりと僕から引き離した。

 

「母上。今回は焱さんの用で来たんです」

 

 母上の顔を眺めると、少し違和感がある。別に母上が変なのではなくて、見え方が変だ。前はちょっとだけ僕の背が低かった。だけど、今はちょっとだけ僕の方が高い気がする。

 

「ええ、分かっております。お越しになるだろうと思っておりました」

 

 母上は耳の上に手を添えて櫛を撫で始めた。

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[一言] 母上様、超元気だ……
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