46話 精霊市場 再び
同行は許可する。但し、必ず帰ってくること。
そう言われただけで、淼さまからはあっさり許可が下りた。思いの外、というよりも思った通りだ。まるで僕が焱さんに同行したいと言うのを分かっていたかのようだ。
淼さまから小さな袋と木の棒を渡された。前回お返ししたはずの金貨の袋と七竈の笄だ。
金貨は補充されていて袋がずしりと重かった。笄は、前回僕を守って六つの実がなったままだった。
同じレベルの物を新しく作るのは難しいという。作れないわけではないけど、七日以上かかるそうだ。
僕はもう火精から攻撃されてもちょっとくらいなら耐えられるはずだ。だけど強力な攻撃ならどうなるかわからない。もしかしたら蒸発してしまうかもしれない。
まして、今回は火精の調査だ。あと一回だけとはいえ、七竈の笄が火から守ってくれる。念のため持っていた方がいいと淼さまが持たせてくれた。
「雫、用意できたか? そろそろ行くぞ」
門の前で焱さんが呼んでいる。近くに二人の精霊が立っているのも見えた。茶色の髪に茶色の服、見覚えのある門番だ。
小走りで近づくと、足をあげる度にカチャカチャという音がする。少しだけ腰が重い。腰にぶら下げた金貨と淼さまから新しく渡された刀がぶつかっている。
袋の紐を短く結び直した。焱さんは文句も言わずに待っていてくれる。焱さんの格好も初めて見る装いだ。暗い赤色の服は珍しい。明るい赤の焱さんの髪をより目立たせている。
背中に何か長いものを背負っているけど何だろう。布で覆っていてよく分からない。野宿用の物干し竿かもしれない。
「おまたせ!」
「うし! じゃ行くか」
左右両方の門がゆっくり開かれ、焱さんに続いて外へ出る。門を通り抜ける瞬間、茶色の精霊に小声で囁かれた。
「いってらっしゃいませ。雫さま」
『さま』なんて敬称をつけられたことなど一度もない。びっくりして振り返ったときには大きな音がして門が閉まったところだった。
急に不安になる。帰って来られるだろうか。
「どうした?」
「……何でもないよ」
僕は帰ってきてもいいのだろうか。もしかしたら……。一瞬暗い考えが頭をよぎった。軽く頭を振る。
約束したんだ、淼さまに。必ず帰ってくるって。
悪い方向に考えが向かないように気をしっかり持たなければ。焱さんの足手まといにならないように頑張ろう!
門に背を向けて顔を両手でパンと叩く。
「ふ、気合い入ったか?」
焱さんに笑われたけど気にしない。一歩踏み出すと、焱さんは頭をわしゃわしゃと掴んできた。
「油断はよくないが、リラックスしていこうぜ」
今気を引き締めたばかりなのに、そんなことを言われても……。僕の頭から手を離した焱さんを見上げると欠伸をしていた。本当に緊張感がない。
「今からそんなに気張ってたら持たねぇぞ。先は長いんだからよ」
身体を斜めに向けるとコンッと何かがぶつかった。腰にぶら下げた僕の刀と焱さんが背中に背負っている何かの先がぶつかったみたいだ。
「それは? 氷刀じゃねぇな」
「これ?」
腰から外すと後で付けるのが大変なので、途中まで抜いて焱さんに見せる。どっちしても歩きながらだと刀先まで抜くことは出来ない。
「……まじか」
「?」
焱さんが珍しく口元に手を当てている。
「……どんだけ親バカなんだよ」
「僕の母上はバカじゃないよ」
少しムッとしながら答える。この会話、前にもしたような気がする。
「お母上のことじゃねぇよ。それよりも今回も市に寄って行くか?」
意外だ。前回あれだけ反対していた焱さんがそんなことを言うなんて信じられない。
「いいの?」
「あぁ、まずは美蛇江に行くから、また土産を買っていってやれよ。前の櫛は美蛇に取られただろ?」
今日はちょうど木行日だしな、と焱さんに言われて思い出した。母上に化けた兄は髪に櫛を挿していた。確かに、謁見の間での戦いで兄と共に失くなってしまったはず。
同じものはないと思うけど、似たようなものが手に入れば嬉しい。母上の話で思い出したけど、母上の身体も心配だ。美蛇にかなり傷つけられたと聞いている。漕さんがお薬を届けてくれたはずだけど、良くなっただろうか。
木精から情報集めもしたいしな、と頭の上から焱さんの声がする。でも僕の頭の中はぐるぐるしていて、あまり話を聞いていなかった。
◇◆◇◆
「……いないね」
「あぁ、そうだな」
人混みに流されながら、この間と同じところに行ってみた。けれど笹のおじさんの姿はなく、それどころかその場には瓦礫が積んであった。
「何かあったのかなぁ」
「他の品を見てみるか?」
焱さんに促されて市の中を歩き回った。客引きが結構多いけど、二回目のせいか前ほど恐怖を感じなかった。しっかり自分で避けて通れる。
「ある程度の大きさなら俺が運んでやるぞ」
「え、でも荷物が増えちゃうから」
僕がそう言いかけると、焱さんは左手におさまるほどの小さな炎を出した。すぐに火はおさまったけど、手の中にはふわふわの焼菓子が乗っていた。
「それ……むぐっ」
焼菓子を口の中に突っ込まれた。……美味しい。
「俺の理力中に納めておけるし、すぐに取り出せる。寝袋とか鍋とかもな」
便利だ。焱さんは自分も焼菓子を齧っている。水精のフリをしていた頃は堂々と出来なかったので、前回は荷物を持ち歩いていたそうだ。
でも、思い当たる節はあった。鍾乳洞で寝泊まりしていた時、どうやってこの荷物を持ってきたのかと思った。きっと僕の見てないところで取り出していたに違いない。
「ふぉふにほへきる?」
「……口に物を入れたまま喋るな」
入れたのは焱さんなんだけど、尤だ。急いで飲み込んだけど、口の中の水分を持っていかれた気がする。水精から水分を奪うなんて恐ろしい菓子だ。
「僕にも出来るかなぁ」
「まだ出来ないだろうな。まぁ、その内教わるだろ」
「そっか。焱さんのその背中の荷物はしまわないの?」
火の中に納まるんだったら、その物干しもしまえばいいのにと思う。さっきから周りにぶつからないように歩いている姿が大変そうだ。
「あぁ、これは」
「おお!! いつぞやの坊っちゃん方ではありませんか!?」
道の右側から大きな声がかかった。聞き覚えのある声にそちらを向くと、緑の帽子が見えた。笹のおじさんだ。目的の場所を見つけた。周りに気を付けておじさんに近づく。
「おじさん! こんにちは」
「ごきげんよう、坊っちゃん。雰囲気が変わりましたな」
多分僕の髪色が変わったことだろう。あははと軽く笑ってごまかしながら、後頭部の髪を撫でた。
「火精の坊っちゃんもお変わりなく」
焱さんは軽く手をあげて答えている。相変わらず素っ気ないけれど、反応を返しただけまだ良いかもしれない。




