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水精演義  作者: 亞今井と模糊
三章 火精動乱編
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43話 漣の試練

 シーンと静まり返る演習場に風が吹き込んできた。びょうさまがここにいれば、長い髪が流れてとても美しかったと思う。でもここに長髪の人はいない。

 

 振り返ったえんさんの顔をじっと見つめた。

 

「あのな。遊びじゃねぇんだよ」

「分かってるよ」

「いや、分かっとらん」

 

 先生と焱さんが同じような顔をしている。多分呆れてるのだと思う。僕が遊び感覚で付いて行くつもりだと思っているのだろう。

 

「雫も火精に襲われただろ? あんなのがまだいるだろうから、俺が調査と制裁をしに行くんだぞ」

 

 それが王太子の役目だと淼さまも言っていた。焱さんのお仕事を邪魔するつもりはない。


「それに水精のお前が行ってどうする? 第一……その、なんだ」

「弱すぎる」

 

 口ごもった焱さんのフォローをするように先生が言葉を重ねてきた。

 

「焱は伯位アルであり、継嗣たる王太子じゃ。そなたは叔位カールになったばかり。雲泥の差じゃ」

 

 己の内にある理力を使いこなすことも出来ないままでは、えんの足手まといにしかならない、先生からとたしなめられた。

 

 それはそうだけど。それは分かっているけど。

 

「でも」

「でも、ではない。そなたは王館に残り、理術の訓練を続けるべきじゃ」


 焱さんがうんうんと頷いている。僕がおかしいことを言っているのだとは思う。それは分かるけど。

 

「雫。外に興味を持ったのは良いことだけどよ。最初に市に連れてったのは俺だし……」


 焱さんがモゴモゴと何か言っている。後ろの方は聞き取れなかった。

 

「雫も随分、自己主張をするようになったの。悪いことではないが、泉が復活した影響かの」

 

 確かに僕自身どうしてこんなに主張できるのか分からない。少し前の僕なら先生と焱さんの言うことにすぐ従っていたはずだ。それなのに、どうしても自分の意見を曲げたくない。何故だろう。

 

「……独りでいるのは辛いです」

 

 ポツリと本音が漏れた。

 

「何?」

「独りじゃないだろ? 先々……いや、先生だって、水理皇上だっているだろう?」

「僕じゃなくて、焱さんが!」

 

 もう自棄やけだ。美蛇の兄のせいだったとはいえ、ずっと兄弟に虐げられてきた。いつの間にか独りでいる方が楽だと思ってしまっていた。

 

 でも、王館に住んで、淼さまや焱さんに優しくしてもらってとても幸福だった。少し前から先生に勉強も教えてもらって、更に充実感を得た。

 

 その反動独りで過ごすことの寂しさを知ってしまった。独りで食事をすることの侘しさに気づいてしまった。きっとそれは僕だけではないはずだ。

 

「戦いながらずっと独りで過ごすのは辛いです」 

 

 言っておきながら自信がなくて、下を向いてしまった。小声になってしまったけど、聞こえたと思う。先生と焱さんが息を詰めたを感じた。

 

「そなたにもっと早く出会えれば、御上も病まずに済んだかもしれんな」

「え?」

 

 先生の言葉の意味が分からない。焱さんを見ても、僕の足下辺りを見ているだけだ。でも、実際は足ではなく、昔を見ているような目だ。

 

「戦いの日々を乗りきってこそ、次代を担えるという教えではあるが……」

 

 先生が寄りかかっていた杖を水刀に戻し、少し荒っぽい所作で肩に担いだ。それだけで少しやんちゃな感じがする。

 

「いいじゃろう。わしからは許そう」


 先生がそう言った瞬間、焱さんがすごい勢いで先生を見た。僕も思わず顔をあげる。

 

「せんせ……」

「ただし」

 

 水刀の先を鼻先に突きつけられる。

 

「わしの攻撃を防いでからじゃ」


 え? と聞き返すまもなく、先生が僕との距離をあけ始めた。水刀を肩に担いだまま演習場の中央に向かってずんずんと進んでいく。

 

「雫を連れていったら、えんは思うように動けん。守らなくてはという意識が強いからの」

 

 ある程度まで進んだところで先生が歩を止めて、振り返った。水刀を肩から下ろして地面に付け、細い細い目で僕を睨んでいる。


「わしの攻撃を防げるだけの力量があれば、問題は軽減される。それを証明してみよ」

 

 出来なければ諦めることだと言いながら、先生は僕を手招きしている。

 

 先生に向かって踏みだす前に肩を掴まれた。焱さんが僕を引き止めている。高い位置の顔を見上げると、首を横に振っていた。

 

「雫、止めとけ。先生も本気でやるとは思わないが、怪我するぞ。俺は大丈夫だ。ひとりでもやれるから心配するな」

 

 焱さんはぶっきらぼうにそう言う。反論しようとすると遮るように焱さんが畳み掛けた。

 

「雫がいなくなったら、水理皇上が独りになるんだぞ。前も言ったけどお前の他に水の王館に住んでる奴はいないんだ」

 

 ずっと働いている方たちがいっぱいいると思っていた。僕しかいないと知ったのは最近の話だ。淼さまは側近も侍従も置いていない。下働きみたいな僕をただひとり置いているだけだという。

 

 確かに淼さまが独りになってしまう。僕自身も淼さまから王館で引き続き勉強しろ。とつい最近言われたばかりだ。だけど……。

 

「淼さまは……大丈夫だと思う」


 そんな気がする。行けって言ってくれる気がする。

 

「大丈夫って、なんも根拠が」

「大丈夫。先生も定期的に来てくれるから、淼さまもずっと独りじゃないし、それに時々は帰ってくるんでしょ?」

 

 焱さんは僕の肩を離してくれた。でもその表情は納得していない顔だった。

 

「分かった。そこまで言うんなら、先生にぶちのめされてこい」

 

 ひどい言われようだ。トンと背中を押された。いつだったか忘れたけど、淼さまに言われたことがある。

 

 ――先生は雫を傷つけるようなことはしない。擦り傷と多少の切り傷は除いてね――

 

 その言葉が今も生きているなら、焱さんが言うほどぶちのめされることはないと思う。大きめの歩幅で演習場の中央に足を進めた。

 

「なんじゃ。焱は説得に失敗したのか」

 

 先生が笑いながら茶化している。多分焱さんには聞こえていないと思う。

 

「手加減はしてやろう。わしは自身の理力のみ使おう。ここにある理力は雫が独占してよい」

 

 先生の理力。以前感じたときはものすごい力だった。いつもは抑えてくれているみたいだけど、今回はハンデとして、自身の理力に限定してくれるらしい。

 

 先生は昔、海全体を治めていたらしい。小波さざなみと、あとから追加されたうず。この二つの理力が今の先生の力だ。以前に比べれば、十分の一くらいの力しかないから、大したことはない。……というのは淼さまの言葉だ。

 

 僕にとっては想像すら出来ないレベルの話だけど、漠然と強いということは認識できる。王館にある理力を僕だけが使っても、対抗できるはずがない。

 

「それとわしは一歩も動かん」

「え?」

 

 意外なハンデを追加してくれた。

 

「内の理力を使えぬようでは満足に動けん。よって純粋に理術のみで勝負してやろう。そなたは自由に抵抗するがよい」

 

 理術に、動く動かないは関係なかった。先生は右手で水刀を持ち直して僕に向けた。僕も放置してしまった水刀を拾い上げる。

 

「行くぞ」

 

 先生が左手を持ち上げた。

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