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水精演義  作者: 亞今井と模糊
三章 火精動乱編
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42話 漣の特訓

 王館の演習場。一定の距離をあけ、先生と向かい合って立つ。僕は水で出来た刀を持たされていた。

 

「やぁ!」 

「甘いっ!」

「っいだ!!」

 

 先生の水刀すいとうが僕の肩に入った。切れたり、裂けたりすることはないけど衝撃が重い。

 

「ガラ空きじゃ。もっと脇を絞めんか!」

「はい」

かかとを少し上げる!」

「はい!」

「膝は曲げぃ!」 

「はいっ!」 

 

 数日前、先生が鬼に変わった。

 

「どうした? 打ち込んで来んか」

「はい! ……やあぁぁっ!!」

「どこを狙っとるんじゃ!」


 刀がスカッと空を切って、足下を掬われた。派手に転んだだけでは勢いが収まらない。ズザザザザと身体が砂の上を滑った。顔がヒリヒリする。

 

「全く……早く立たんか」 

 

 何で突然こんなに厳しくなったかというと、単純に僕の泉が復活したからだ。今までは本体の雫に影響しそうな理術訓練は控えていたらしい。僕の泉が完全復活した今、先生は手加減なしの鬼教師になってしまった。

 

「そんなことではすぐやられてしまうぞ」

 

 そう。色々あってすっかり忘れていたけど、元々先生が王館に戻ってきたら、実戦訓練をする予定だったのだ。今はその準備段階と言った感じだ。

 

「はぁ……はぁ」

 

 あっという間に息が上がってしまった。服は埃だらけだし、髪もきっと同じだ。首を軽く振ると頭からパラパラと砂が落ちてくる。

 

「実戦訓練は要素混合じゃ。どの属性も絡んでおる。どの属性にもそれぞれの対抗措置が必要じゃ」

 

 だから詠唱するだけの理術では限界がある。火精に捕まったときのことを思い出せとここ数日何度も言われていた。

 

 火精に捕まったとき口を塞がれて、詠唱が出来なくなった。びょうさまに持たされていた氷刀も奪われてしまい、抵抗らしい抵抗が出来なかった。借りていた火鼠の衣と、七竈ナナカマドこうがいがなければどうなっていたか。

 

「あれだけ理力の流れを読み取るのが得意なのに、なぜ動きそのものに使えんかのぅ」

「す、すみません」

 

 先生を悩ませてしまった。何だかとても申し訳ない気持ちになった。

 

「わしの教え方が悪かったかのぅ」


 先生が水刀を氷杖に変えた。杖を地面に付けると、支えにして寄りかかった。足腰がしっかりしている先生に、支えがいるとは到底思えない?

 

「そなたには周りの理力を読むことばかり教えてしまったからのぅ。自身の持つ理力の使い方なんぞ、幼いうちに覚えるものじゃから」


 先生が片手を杖から離して顎に当てた。本気で悩んでいるようだ。

 

「前にも話したが、わしと雫とでは持っている理力の質が異なる。領域がはっきりしているのかどうかで扱い方もかなり変わるのじゃ」

 

 初めて先生に会ったときのことだと思う。淼さまの執務室に三人でいたときに、先生はそう言って指南役を断ろうとしていた。

 

「一滴の雫には関係のない話じゃったがの。もうそういうわけにもいかんじゃろ」


 自分の中にある理力をうまく使えば、俊敏な動きが可能になったり、内側から怪我を治せたりするらしい。それを逆手に相手の動きを読むことも出来る。これは先ほど先生が教えてくれた情報だ。

 

「まぁ、その内……ん?」


 先生が僅かに後ろを向いた。僕から見れば正面だけど、そこには何もない。もう一度先生を見ても動きがない。

 

「なんじゃ。わざわざこんなところまで」


 地面から大きな炎が上がった。縦に長く伸びる。何が……誰が出てくるか予想できてしまった。

 

「よっこいしょと」

「年寄りくさいの」

 

 敢えて突っ込まないでおこう。あわさん、改め、えんさんは高い敷居を跨ぐように足を上げて、火の境目を跨いだ。

 

「いやー、もう水の精のふりしなくて済むから移動が楽でいいわー」

「若いのに楽をしおって」

「近くに火の気があればもっと楽なんですけどねぇ。よぉ、雫ボロボロだな」

 

 えんさん、第一声がそれなの? と喉まででかかったけど、言うのを止めた。焱さんが僕の部屋ではなく、演習場にまで来るとなると、ちょっと思うところがある。


「行くのか?」

「はい。雨が止んだので、まずは東から。美蛇の地域周辺から廻ろうかと」

「そうか」

 

 びょうさまの言った通り、焱さんが出発するんだ。僕と半月ほど外で寝泊まりしたことがあったけれど、今回はそんなに短い期間ではないはずだ。

 

「移動が面倒なんですよね。王館内なら一瞬ですけど、外に出たらそうはいかない。水精がうらやましいわ」

「水精とて、本体と王館を行き来できるだけじゃ。しかも伯位アル以上という条件付きでな」

「焱さん、いつ帰ってくるの?」

 

 先生とえんさんに近づきながら、率直に聞いたつもりだった。でも二人は一瞬顔を見合わせて、軽く笑った。

 

「計画的なお出掛けじゃねぇんだ。成果や結果を持ち帰れるまで戻ることはないな」

「そうじゃのぅ。本来の王太子の仕事だから致し方あるまい」

 

 短くて数ヶ月、長いときには数十年に及ぶと先生は言う。

 

「数十年!?」

「あぁ、そうじゃ。御上も王太子はそれに近いものじゃった」

 

 焱さんが隣でうんうんと頷いている。僕がまた変なこと言った感じらしい。

 

「火精は水精に比べて寿命が短いから、そこまで長期にはならないけどな。まぁ、それでも数ヶ月から数年はかかる」

 

 出発前に雫の顔を見にきた。と言いながら、焱さんは一歩踏み出してきた。焱さんを見上げると、僕の髪を一房掴もうとしているところだった。

 

「これが本来の色か。見事にみどりだな」

 

 まじまじと珍しく眺めながら、焱さんが僕の髪をいじっている。ちょっとくすぐったい。

 

「しばらく会えないけど、元気でやれよ」

「……焱さん」


 手を避けようと思ったけど、そう言われるとぐっと来てしまう。くすぐったいのは我慢だ。


「そなたら……今生の別れでもあるまいに」

「十年間くっついてたんだからしょーがないんですよ」

 

 焱さんがやっと僕の髪を離した。数回撫でつけて髪の乱れを直してくれた。焱さんが後ずさって、僕から離れていく。

 

「明日発ちます。火の王館から出るので、お会いすることはないでしょう。俺はここで失礼します」

「そうか。ルールの下にあれば理の守護を得られる。慎んで行動せよ。おっと……火精に説教はお門違いかの」 

 

 えんさんは先生と言葉を交わすと、僕にチラッと目を向けてそのまま踵を返してしまった。

 

 二歩、三歩と離れていく。たまらなく寂しい。

 

 焱さんは、口は乱暴だけど、僕にとても優しかった。時々ご飯も作ってくれた。里帰りも一緒にいってくれたし、火精に襲われたときも助けてくれた。それに……僕のせいで淼さまから罰を受けたこともあった。

 

 えんさんの背中が遠くなっていく。焱さんの足下に理力の集まりを感じる。多分、火を起こして帰るのだろう。

 

 このままただ見送っていいのだろうか。十年間支えてくれた。自分の名前を変えてまで助けてくれた。その焱さんがたったひとりで長い期間を過ごすなんて。

 

「ま、待って、えんさん! 僕も行く!」

 

 気がつけばそう叫んでいた。 

 

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