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水精演義  作者: 亞今井と模糊
三章 火精動乱編
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41話 雫と淼の静かな時

 一瞬、何を言われているか分からなかった。落ち着いて頭をはたらかせようとしてもダメだった。頭が重くて動かない。

 

「雫の本体である涙湧泉るいゆうせんが復活した。だから、もう王館おうかんにいる必要はないよ」

 

 びょうさまは、泉が復活したから帰れると言っている。確かに泉は僕の帰る場所であり、管理する本体だ。

 

「初めはギクシャクするだろうけど、兄姉ももう大丈夫だろう」

 

 母上も待っているかもしれない。僕が帰る理由はいくつもあった。

 

 そもそも僕が王館で保護されていたのは、流没闘争の残党を率いる兄を引き出すため。それならば僕はもう用済みだ。兄がいなくなって、闘争が終結した今、僕がいつまでもここに居座るわけにはいかない。


 今度こそ本当にお別れだ。おいとましなければならない。びょうさまと離れることに覚悟を決めなければならない。

 

「毎日通って来るか、それともこのまま住み込むか。どっちでも良いよ」

「え?」 

「え?」

 

 またもや何を言われているか分からない。口を開いたり閉じたり、鯉のようにパクパクさせるしかなかった。

 

「理術の勉強はまだ途中だよね?」


 途中どころか二冊目しか終わっていない。初級理術が終わったばかりだ。上級理術に関しては先生が前倒しで教えてくれた二種類しか分からない。

 

れんどのにも指南役の報酬は払ってある。一年間という期間は付けていたけど、二ヶ月いなかったから少し延長するつもりだよ」

「理術を勉強したら淼さまのお役に立てますか?」

 

 理術を学び始めたとき、もっと仕事が出来るようになって、もっと淼さまのお役に立てると期待していた。でも実際はそうではなかった。


「兄に抵抗出来るように、理術を学ぶようにおっしゃったんですよね?」 

 

 僕自身の身を守るためだった。兄や火精から襲われても抵抗できるように。結局は淼さまのためではなくて、僕のためだった。

 

 淼さまが少し身を捻って、僕と目をあわせてくれた。部屋の暗さで濃い色の瞳が余計に濃く見える。

 

「それもある。でもそれだけじゃない。いずれ分かる時が来るよ。その時は……」


 僕の目を見たまま、淼さまは黙ってしまった。目を逸らされないままというのも、意外と怖いものだと知った。

 

「まぁ、今は止めよう。とにかく漣どのからお墨付きをもらうまでは学んでもらいたい」

「僕はまだ王館ここにいても良いんですか?」


 『出て行って良いよ』と言ったのは『出て行け』と言わない淼さまの優しさだった可能性もある。

 

「あ、やっぱり通いはキツい?」

 

 そういうことではない。


 でも通ってくるとなると、相当時間がかかる。前回帰省したときは寄り道してしまったから正確な時間は分からない。けれど、行き来だけで一日の大半の時間を使いそうだ。

 

伯位アルならね、一瞬で来られるけど。それなら通いは止めよう。帰りたいかと思って言ってみただけだよ。住み込みが良いんだったら私としてもその方が安心だ」

 

 華龍どのには申し訳ないが……と淼さまは続けた。びょうさまの中では、僕がお別れするという発想はないらしい。ちょっとだけ心が軽くなった。

 

「流没闘争は終結した。でも、火精の恨みは簡単には消えない。もう雫は火の耐性が付いているけど、今回の騒動で目立ったからね。狙われる可能性もあるよ」

 

 僕は、まだ狙われるの!? 美蛇の兄はいなくなったのに?

 

 『一滴の雫』と呼ばれていたときは、本体が少な過ぎて、火の攻撃で蒸発してしまう状態だった。だから水精に恨みを持つ火精に狙われると、びょうさまは以前、そう警告してくれた。

 

「雫は珍しいからね。昇格したとは言え叔位カール。側近ではないけど、唯一水の王館に仕える水精が下位。しかも流没闘争解決のきっかけを作った精霊だよ。良くも悪くも注目を浴びるだろうよ」

 

 僕の知らないところで、とんでもない話になっているようだ。横になったままアワアワしているとびょうさまに笑われた。

 

「ずいぶん顔色が良くなってきたね」

 

 そういえば、気持ち悪いのは今のところおさまっている。重い頭も完全ではないけど少しだけ楽になったようだ。

 

「さっきまで雨伯が登城していたからね。先ほど帰ったけど、しばらくは降り続けるだろう」

「雨伯って……」 

 

 雨伯は僕の保護者になってくれた方だ。最古参のひとりで創造の頃から存在している。随分前に先生がそう教えてくれた。


「そう。雫の養父だ。雫に会いたがっていたよ」

「申し訳ないです。こんな状態で」

 

 養父に挨拶もせずに、雨伯が怒っていないか心配だ。


「雨の一族は身内を大事にする。雫を心配こそすれ、これくらいで怒ることはしないよ。雨伯に会う機会はこの先たくさんあるから、今回にこだわることはないし、まして慌てることもない」

 

 淼さまは立ち上がって僕を見下ろした。銀髪がサラサラと音を立てて揺らいでいる。


「雨が止んだら……」

 

 ドキッとした。さっき、雨が止んだら出て行って良いと言われたばかりだ。体温が一気に下がった。

 

「しばらくの間、えんがいなくなるよ」

 

 無意識に息を詰めていた。全く予想していなかったことを言われた。何か言った方がいいのだろうけど、返答できない。

 

 僕が返事をしないので、理解できていないと思われたのだろう。淼さまがえんとはあわのことだと注釈を入れてくれた。

 

「彼は次期火理王、火の太子・えん。火の理力の安定のため、火精の不穏な動きを制する必要がある」

 

 王太子とは本来そういう役目だそうだ。理王は王館で理力を正しく管理し、王太子は世のルール違反を取り締まるために討伐に廻る役目があるらしい。


 あれ、淼さまはいつも自分で視察に向かっているような……?


「火精の動きは詳しくは分からない。でも分からないからこそ太子の出番なんだ。状況を掴むまで、しばらく帰って来ないだろう」 


 私も流没闘争の最中は、ほとんど王館にいなかった、と言いながら、淼さまが僕の額に手を乗せた。


「長話をしてしまったね。少しは楽になったようだけど、もう少し休むと良い。元気になったらまた勉強してもらうよ」

「僕は……びょうさまのお役に立てますか?」

 

 さっきも尋ねたのに、しつこかったかもしれない。言わなければ良かったと少しだけ後悔した。

 

「もちろん。雫にはこれからやってもらいたいことがある」


 やってもらいたいこと?


 深く疑問に思う前に強烈な眠気に襲われた。底の見えない沼に身体が沈む。そんな感覚を味わいながらプツリと意識を手放した。

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