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水精演義  作者: 亞今井と模糊
零れ話
456/457

水太子選考会⑨

 僕に視線が集まっている。


 皆、僕の声を待っているけれど、これは僕が決めていいことではない。


 背筋を正して演を見た。


「専任事項につき、先代へ裁定を希求する」


 僕から皆の視線が外れ、演に集まった。演に丸投げしてしまうようで申し訳ないが、任せるしかない。


 演は困ったような笑みを浮かべていた。どっちでもいいよ、と言いたそうだ。


 今まで条件を満たせる精霊がいなかったのだから、二人も残ったことが嬉しいのだろう。


 でも太子はひとりだ。


「なら、引き続き選考を続け、私を倒してもらおうか」


 ザワザワと急に騒がしくなった。


 それでは今までの選考が無駄になってしまう。しかも沰も消も疲労困憊だ。特に沰は、中盤よりは顔色は良いとはいえ、怪我が深そうだ。


「と、まぁそれは冗談として」


 冗談だったのか。良かった。


 しかし、余計にざわめきが大きくなっている。演が冗談を言ったことに対しての驚きの反応が多い。


 演は退位してから、澗さんに似てきている。本音がどうか分からない冗談を言うあたりがそっくりだ。


「二人とも理術に秀で、素養もありそうだ。また他者を労る度量も持ち合わせている」


 演がべた褒めだ。余程二人が気に入ったらしい。


「ここで本来なら結論を出すべきだが、甲乙つけがたい。最終候補として、しばらくの間、御上の下で働いてみてはどうか? その上で判断しても遅くはないと思うが」


 演は黒髪をバサッと払って僕を見上げた。


 つまり僕の側近に置いたらどうか、という提案だ。


 側近から太子が選ばれることも多いようだから、選択肢としては悪くない。ひとまず二人とも太子の候補として手元に置いておける。


 ここまで勝ち上がったのだから、王館に上がることについては、僕も皆も納得する。そして、二人がいるのだから、選考会を開く必要もなくなる。


 そして、僕としては手が欲しい。演のようにひとりで何でもこなせる能力はない。


 金の王館で仕事がないときは、時々泥と汢も手伝ってくれるけど、主戦力は潟と添さんだ。特に添さんには書類関係の仕事でかなり負担をかけている。


 でも急に王館で求人を出せば、下心ありまくりの応募が殺到し、ろくな事にならない。それが嫌で、なんとか人員を増やさずやってきた。


 これは僕としてはかなり良い案だ。流石、演は分かっている。


「先代の案を受け入れる。両名に異議がなければ、王館での役職を与える」


 大衆の視線が演から僕に移り、今度は会場中央の二人に移った。


 二人とも黙っていて返答がない。命令の形を取っていないから尚更だ。


きゆ、いかに?」

「ふぇは⁉ い、異議ございませんんん」


 消は名指しで聞かれると思っていなかったのか、相変わらずオドオドしながら返事をした。


「ならば明日より王館に上がれ」

「はいぃっ!」


 続けて沰に声を掛ける。


「沰は?」

「……恐れながら申し上げます」


 二つ返事だと思っていたら、異議があったらしい。よろしい、と言おうとして思いとどまってよかった。


「何か不満か? 要望があれば、申して良い」


 内心ドキドキしながら、出来るだけ威厳を保てるよう、ゆっくり喋った。


 変な要求をされたらどうしよう。受け入れたら甘いと言われそうだし、断ったら器が小さいと言われそうだ。


 演ならきっと、他者の評価なんか気にしてたら仕事にならない、と言うだろう。残念ながら僕にはそこまでの度量が備わっていない。


「御上。そして先代さま。私は先代さまの最後の攻撃を躱せていません」


 はっ? と間抜けな声が出そうになった。


 沰は演に向かって片膝をついた。


「言うに言えない雰囲気に飲まれ、申告がこの場まで遅くなってしまったことを謝罪いたします。私は先代さまが最後にお投げになった石を躱せなかったのです。額の横に受けております」


 沰はそう言うと、髪をかきあげて額の右側を顕わにした。真横一直線に傷が入っている。一部は血が固まって赤黒くなっているようだ。


「よって、条件を満たしたのは消どの唯一人。消どのこそ太子に相応しいと、この場にて奏上いたします」


 沰の思いもよらぬ申告に、辺りがしーんと静まり返った。 これは僕か演が何か返答した方が良い雰囲気だ。


「正直で結構」

「ふーん」


 僕の言葉と演の相づちが被った。演はどこか冷めていて、それでいて楽しそうだ。更に演からは疑いの気持ちが読み取れた。


 演が気に入らないなら、沰の申告は遠ざけることも……頑張れば出来る。


 どうやって対処しようか考えていたら、演が組んでいた腕を下ろして顎を上げた。話をすすめるように僕に目で訴えてくる。


 演としてはこのまま進めて良いらしい。


「……だそうだが、消。いかに?」

「ぴぃぃ!」


 鳥? 鳥が鳴いた? 


 消はそう思わせる声を出しながら白目を剥いていた。沰につつかれて辛うじて意識を保っている。


「消。異論はあるか?」

「ひゃいすぅぅ」


 僕に続いて演が消に尋ねた。消は最早、何を言っているのか分からなくなってきた。あらいさんと気が合いそうだ。


 演はそれ以上、消や沰に声を掛けることなく、僕の隣に上ってきた。スッと潟が離れ、当然と言わんばかりに僕の隣に陣取った。


「ではここに」


 大きく息を吸い込んで、一言だけ発し、皆の注目を集める。演のこういう演出は見習うところの一つだ。


「先代水理王の権限を以って、あやかり伯第三子、水精・きゆ。この者を水太子に任命する!」


 わぁぁあっ! と歓声が上がった。色とりどりの布が空に投げられている。着ていた服や手拭きなどを投げて、皆が新太子を讃えている。投げる物がない者は手を叩いていた。


 消は膝をつき、頭を垂れている。僕の経験上、ハイメイイタシマスという言葉を口にしているはずだ。


 消の声は歓声と拍手に消されて聞こえなかった。


「惜しいな」


 そう呟いた演の声は僕にしか聞こえていないだろう。演の先には沰がいた。太子となった消から離れ、かといって他の精霊の輪に入るでもなく、手を叩いていた。


「沰のこと?」

「そう。状況を瞬時に解し、適格な判断ができている。他者を思う気持ちもある。このまま帰すのは実に惜しい」


 演がここまで褒めるのは本当に珍しいことだ。余程、気に入ったのだろう。


 手を翳して静まるように示した。サッと一瞬で静寂が訪れる。


「沰。ここへ参れ」


 下がってしまった沰を呼び寄せると、演が声を出さずに笑った気がした。


 沰は呼ばれると思っていなかったのか、反応が少し遅れた。怪我のせいかもしれないけど、動きが鈍い。予想よりも遅く、僕の前にやってきて、消のように跪いた。


「余はそなたの誠実さに深く感心した。己が太子となる機会を自ら手放してまで真実を貫くとは、その心得や極めて良し」


 僕はちゃんと理王として威厳が出せているだろうか。


「太子という立場に未練やこだわりがないならば、先程の先代の提案通り余の下で働いてもらいたい」

次回でラストです

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