表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水精演義  作者: 亞今井と模糊
零れ話
454/457

水太子選考会⑦

 演習場の地面に映った影が薄くなってきた。日が暮れるにはまだ早い。雲行きが怪しくなってきた。


 風が通り抜けて、湿った空気が肌に纏わりついてくる。髪が張り付くのを避けながら、改めて状況を整理する。

 

 演は今、二人まとめて攻撃した。とりあえず二人とも耐えているので、数をこなした。

 

 だから沰は演の理力による攻撃と、蹴りによる攻撃、そして消を投げつけられたことで、耐える条件は全て満たした。更に演に攻撃も当てている。残るは攻撃を三回躱すこと。

 

 消は演の理力に耐え、投げ飛ばされたことにも耐え、更には一回躱している。残り一回攻撃に耐え、あと二回躱し、そして演に攻撃を当てなくてはいけない。

 

 沰の方が一歩進んでいる。ただし、身体的なダメージは確実に沰の方が大きい。痛みから開放されて、沰は肩をグルグル回している。

 

 それを消が止めようとしている。それに気づいた沰は消を見て動きを止め、ポリポリと頭を掻いている。

 

 なんだかおかしな光景だ。案外、この二人は仲良くなれるかもしれない。

 

「今までで候補者同士が協力することなどありませんでしたね」 

「まぁ、協力してはいけないなんてルールはないからね」

 

 今までそう考えた精霊がいなかっただけだ。演を倒すことという前回までの条件を満たそうとするなら、尚更協力が必要だったと思うけど、後の祭りだ。


 まぁ、ちょっとやそっと協力しようが、後から祭りを開催しようが、演は倒せなかったとは思う。


「どのみち先代さまの攻撃が続きます。二人で防ぐつもりでしょうか?」

「最後まで全部協力するわけにも……ん? 消が何か仕掛けそうだよ」


 きゆが沰の前に立った。ここに来て初めて消の積極的な姿を見た。


 大きく理力が動いているのが分かる。演に攻撃をするつもりらしい。


「先代さまに理術での攻撃が通用するのか?」

「物理攻撃の方がまだ通じそうな気もしますよね」

「まぁ……さっきの石器みたいな理術もあるから。運が良ければ当たるかもよ」


 好き勝手言われているけれど、消はあまり気にしてはいないようだ。沰は沰で気を使っているのか、手出しをせず、消の様子を見守っている。


 ところが消は一向に理術を使おうとしない。演と一定の距離を保ったままで、パッと見た感じ硬直状態だ。


 演の攻撃を待っているのか?


 演はそれを悟ったらしく、地を蹴って、ものすごい速さで消との距離を詰めていった。


 演は佩いた剣を抜いていない。上半身を捻っているところを見る限り、今度は蹴り技ではなさそうだ。


 一方、消は演が走り出したときには詠唱を始めていた。


ゆる者 呼び出す者は あやかり名 うつつの時へ 目覚めてもどれ『地獄タルタロス召還ゲート!』」


 地獄タルタロスときいて、思わず椅子から立ち上がりそうになってしまった。


 聞いたことのない詠唱だ。『地獄召還』などという理術も知らない。僕の知識不足ということになれば、漣先生の名誉に傷がついてしまう。


 しかし、理術について深く考えるどころではなくなっていた。驚くことに演の拳を受け止めていたのは……。


「ひ……さめ?」


 演の少し動揺したような声が耳に届いた。


 霈の義姉上だ。間違いない。演も言うのだから間違いない。消の前に立ち、突き出された演の拳を受け止めているのは、地獄タルタロスで会った義姉上だ。


 全体的に青白い。頭から顔、演の拳を包む手、更には服まで同じ色だ。顔色が悪い割に表情は元気そうだから不思議だ。


 ナックルダスターは付けていない。僕に譲ってくれたからだろう。ニコニコしながら口をパクパクさせて、何か喋っているように見えるけれど、声は聞こえない。


 演は動かない。でももう動揺は感じなかった。状況を理解しているらしかった。


「なんとー! 『地獄召還』で娘を見られるとは! わははは! 良いものを見たのだ!」


 いないはずの養父がはしゃいでいた。南部の山間部に雨を降らせに行ったはずだ。


「いいぞ、先代! そこだ! もっと、あー! 霈はもっと脇を締めるのだー!」


 別に雨伯に来てほしくなかったわけではない。ただ、雨伯が滴に頻繁に会いにくるので、南部の山間部は雨期が遅れている。


 これ以上遅れると本格的に良くないということで、半分は罰の意味も込めて、緊急特例で全員参加の条件を掻い潜って行ってもらった。それなのに……何故ここにいる。


「さっきから湿度が高くなってきたとは思っていたのですが、まさか乗り込んで……いや、失礼。見学にいらっしゃるとは」

「潟、大丈夫。言葉選ばなくていいから」


 僕に気を使って、潟が言い方を改めた。


「あの爺、仕事サボりやがって、舐め……」

「ごめん、やっぱり言葉選んで」


 潟の荒い言葉は親しみの裏返しでもあるけど、皆の前でそれはまずい。雨伯の沽券に関わる。


「『地獄召還』を使える精霊が水精にもいたとは驚きなのだ」

「父上、それはどういった理術なのですか?」


 雨伯の子の誰かが尋ねたようだ。何故ここにいるか、については誰も突っ込まないらしい。けれど、その場にいた多くの精霊が解説を聞きたいと思ったに違いない。僕も理王でなければ近くで聞きたいくらいだ。


「うむ。『地獄タルタロス召還ゲート』は、一時的に消えた精霊を地獄から喚び出す理術なのだ」


 その間にも戦いは進んでいる。演は手を振り払って、距離を取り、今度は左手を振りかぶった。それを義姉上が再び受け止めている。


 今日一番の激しい戦いだ。演が足を掛けにいくと、それを察した義姉上はさっと足を避け、胴をひねった。

 

「水精が使えるのは珍しいのですか?」


 目は演と義姉上の動きを追うのに忙しく、耳は雨伯の声を拾うのに忙しい。


 演と義姉上の動きが速すぎて、見るのを諦めた精霊たちは、雨伯の説明に聞き入っていた。


「地獄との繋がりがある精霊でなければ詠唱すら出来ないのだ。土理王はともかく、土太子でも使えないと思うのだ」


 ザーッと激しめの土音を立てて、義姉上が下がった。演の一撃が義姉上の腹に入ったようだ。


 不思議なことに義姉上は演の攻撃を防いでいるだけで、自分からは攻撃しようとしない。


きゆの名を持つ故、消えた者たちとの繋がりがあるのだろうな」


 雨伯がそう呟いた直後、義姉上は起き上がって、ニコニコしながら演に手を振った。そしておまけのように僕をチラッと見たところでスーッと消えてしまった。


 まるで最初からいなかったみたいだ。


「ち、父上! 霈の姉上が消えてしまいました!」

「うむ。喚び出した者の願いを聞き届ければお役御免なのだ」


 義姉上はきゆの願いを聞き届けたわけだ。一体何を願ったのか。


「霈は先代の攻撃を二回……いやそれ以上に躱し、一回耐えたのだ。消の理術なのだから消の手柄なのだ」


 思わぬ形できゆが勝者への距離を詰めてきた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ