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水精演義  作者: 亞今井と模糊
零れ話
453/457

水太子選考会⑥


「そっちも元気そうだね」


 皆の視線が消に集まっている間に、沰が起き上がっていた。演は消の向かいに立ったままで、顔を沰に向けた。


 あんなに大きなバキンという音を立てていた割には、沰の腕はちゃんと動いているので、折れてはいないようだ。


「腕を石化した……いや、腕を石膏か、それに近いもので覆ったのでしょう」

「僕もそう思う」


 腕を石化していたとしてもあの音では、演の蹴り技で折れたはずだ。腕の覆いだけなら、それを折った衝撃で蹴りの威力を分散できる。腕本体が無事かどうかは、沰の回避技術と演の戦闘力次第だ。


 沰が腕を擦っているところを見る限り、無傷とはいかなかったようだ。


「先代さまは武術では蹴りを好むようですね。前回大会でも足が多かったように思います」

 

 潟が素直な感想を漏らした。

 

 演が戦うときは理術を使うことが多い。理力が高いから、大体が理術で済んでしまう。

 

 理術でなければ剣術だ。即興で作った氷刀や氷柱剣などを使い捨てで用いることがある。今までで持っていた水晶刀は戦闘向きというよりも、浄化や結界向きだったけれど、普通に武器として使うことも出来たらしい。

 

 太子時代に水晶刀で何人切ったか覚えていない、と言ったときの演の顔は今でも忘れない。思わず抱き締めて、気づいたら日付が変わっていたことがある。

 

 これから決まるであろう太子がそんな思いをしないで済むように、僕は気を引き締めて世を収めなければならない。

 

「動きに無駄がなく、体格に似合わない威力があります」 

「演は小柄だからね。体重を乗せると攻撃しやすいって言ってたよ。手で攻撃するときには速さでカバーするって」

 

 どうやって身に付けたのか。それこそ太子時代かと思ったけれど、そうではなく、氷之大陸にいた頃にはすでにそう心掛けていたらしい。

 

 理術が使えない状況に陥ったときでも、対応できるように、本や兄たちとの実技で学んだそうだ。

  

 理術で何でも済ませられそうなのに、敢えて自分が不利なことに取り組んでいるのだから、本当に尊敬する。

 

「あぁ、なるほど。考えたこともありませんでした。今度やってみます」

 

 誰に? と聞くべきか否か。 

 

「それにしても沰は動かないですね」

「自分から動く必要はないんじゃない?」


 自分の攻撃は当てているから、演の攻撃を待たなくてはならない。それはそれで恐怖だ。


 演は顔だけを沰に向けたまま、無造作に消に手を伸ばし、首元の服を掴んだ。日頃から演は、自分は体格も良くなければ、体力もあまりない、と言っている。けれど、消を片手で持ち上げようとしてるところを見る限り、それは謙遜にしか聞こえない。

  

「よ、いしょっ、っと!」 

 

 演はしっかり遠心力が掛かるように、軸足を中心に一回転した上、地面に対して平行に消を投げ飛ばした。成人の人型を投げたとは思えないスピードだ。

 

 消は叫び声すら上げずに、ただ飛ばされていき、背中から沰にぶつかっていった。

 

 沰の「あっ」という顔が見えたときには、沰の腹に消の背中が乗っていて、投げ飛ばされた勢いに踏ん張りが効いていなかった。


 起き上がったばかりの沰を巻き込んで、きゆたくは砂埃の中へ消えていった。


「よしよし。二人とも私の攻撃に耐えたな」


 耐えた……? のか?


 これで二人とも気絶していたら候補者がゼロだ。選考会がまた振り出しに戻ることも考えなければならない。


「どうやら二人とも無事なようですね」


 潟の視線は二人が飛ばされた方へ固定されていた。そこには二人の姿の代わりに、大きな土の山が出来上がっていた。


 短い時間の沈黙のあと、山が崩れて中から土まみれの消が這い出てきた。


「沰の理術を使い、柔らかい土で衝撃を緩和したようです。そして恐らく、先代さまの攻撃の威力も……多少なりとも消されているでしょう」


 沰の理術と消の力の合わせ技だ。無意識に協力したのか、それとも……。


 消に次いで、沰も消にやや引っ張られる形で姿を現した。沰の方がダメージが大きいようで、土の山から出てきてから腹を抱えてうずくまってしまった。


 背中の衝撃は緩和できても、腹にぶつかってきた消の衝撃は、まともに受けている。きゆが威力を消していなければ、もっと酷い怪我をしていたかもしれない。


 消は沰に声を掛けているようだけど、小さくてこちらからは何を言っているか聞こえない。


 演も攻撃を続けることなく、二人の様子を見守っている。


 消が沰の後ろへ回って背中を擦り始めた。数回繰り返したところで、腹を抑えていた沰の表情が軽くなった。


 腹から手を離し、もう一度腹に手を当て、不思議そうな顔で撫でている。


「痛くない……?」

「痛みを消してみたんだけどぉ……ごべんねぇ」


 消は何故か泣いていて鼻声だ。また演に鼻水の精霊と認定されるかもしれない。


「ごべんでぇ! 怪我は消せなかったぁ」

「い、いや、いいんだ。助かる」


 消は沰に促されて、一緒に立ち上がった。それを見た周りの精霊からは自然と拍手が起きていた。


 ライバル同士のはずなのに、手を折り合っている姿が美しいのか。それとも先代の攻撃から立ち上がったことか素晴らしいのか。あるいはそのどちらもか。


 会場が最高に盛り上がっている。僕と潟は比較的冷静だった。


「怪我を消すつもりだったんだね。消せるという概念なら何でもありなのかな」

「治すわけないところが弱点でしょうね」

「弱点?」


 僕はむしろ『消す』という能力に脅威さえ覚えている。


「怪我を消すためには、正確に怪我の場所や範囲を認識している必要があるでしょう。今のように内面の怪我だと、内臓ごと消してしまう可能性があります」


 それはそれで生死に関わる問題だ。自分で言うのも烏滸がましい話だけど、涙湧泉の水は割と万能で怪我が漠然としていても、治すことができる。


 消すという行為では、何を消すのか正確に把握していないと通用しない。便利そうで不便かもしれない。


「だから怪我を治すのではなく、痛みを消すという判断をしたのでしょう。この短時間でいい判断です」

「でも沰の痛みを取ってしまったら……」


 痛みがなければ苦痛はない。でもそれは危険だ。


「このあと、沰がもっと酷い怪我を負っても気づかない可能性がありますね」


 沰は演の攻撃をあと三回躱さなければならない。更に今の怪我も悪化する可能性がある。痛みで気絶することもないだろうから、棄権もできない。


「消がそれを分かっていて、わざと痛みを消したのだとしたら、とんだ食わせ者ですが」


 そこまで性悪な感じはしない。ちょっと失礼して感情も読ませてもらった。ほぼ初対面なので正確には読み取れないけれど、悪質な感情はなさそうだ。恐らく危険性は分かっているけれど、沰を危険な目に合わせたいわけではないのだろう。


「それでも何とか助けたい……って感じがするよ」

「なるほど。だとしたら純粋ですね」

「純粋、か」


 それは僕がよくかけられてきた言葉だった。

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