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水精演義  作者: 亞今井と模糊
零れ話
452/457

水太子選考会⑤

「合成理術じゃないって?」

「なんだ、違うのか、残念」

「いくら混合精とは言っても、ひとりで使えるわけないもんな」

「生で見られたと思ったのにー」


 あちこちからざわざわと話し声が耳に入って来る。


 今や合成理術はちょっとした話題性がある。


 合成理術を使って、カオスと戦った話は、尾ひれ羽ひれがついて伝説となりかけている。僕を含めて戦った本人たちが現役の内はやめてほしい話だ。


 しかし、話だけならともかく、ただの理術を合成理術だと偽って、見世物にして対価を得ている輩もいるそうだ。

  

 流石にここにいる精霊たちは、みちを外れた行いはしていない。それはすでに調査済みだ。


「合成理術を一度見せつけておくべきでしょうか」

「被害が甚大になりそうだから止めて」


 潟が物騒なことを言った。


 合成理術は威力が強い。水球に火球を捩じ込んで、二つの理力を混ぜ合わせたら、それは『水蒸気爆発エクスプロージョン』だ。合成理術の中では有名なものだ。


 一方で、水球を火球で熱して沸かしたとしても、それは合成理術ではない。火球の理力を利用した水の理術だ。


 合成理術かどうかという話題で盛り上がっている中、試合は進んでいた。


 『打製石器』の応用理術である『磨製石器』は、演に向かって一斉攻撃を仕掛けた。三十あまりあっただろうか。あれが全部刺さったら、軽い怪我どころではない。


 演に当たったかどうか……土埃が舞っていて、目視では確認できない。ちなみに魂繋しているから分かることだけど、無事だということは確認済みだ。


「いい攻撃だ」


 砂埃が収まって、演の姿を確認すると沰は喉を上下させていた。ゴクリという音が、ここまで聞こえてきそうだ。


 案の定、演は無傷だ。片手には持てるだけの石器を持ち、利き手の方では刀を握っていた。

 

 その足元には石の欠片がゴロゴロと転がっていて、刀の餌食になってしまったのがよく分かった。


「繊細さは見事だが、威力が足りないな」


 うん。格好良いぞ、演。

 惚れ直した……と言いたいところだけど、そもそも全部に惚れているので直すところはない。


「ん?」


 演がバラバラと石器を捨てた。空いた手のひらをじっと見ており、何か言いたそうだ。


「どうやら、私に『攻撃を一回当てた』らしい」


 演が手のひらをこちらに見せた。目を凝らしてみると、うっすら筋がついて、血が滲んでいるように見える。


 紙で指を切ったような傷だ。むしろ紙の傷の方が深い。僕が心配するほどの怪我ではないと自分に言い聞かせた。


「磨製石器を受け止めたときに切ったのかな」

「そうでしょうね。そういう意味でもいい攻撃でした」

 

 演が理術を使っていたら、完全に防げたはずだ。けれど物理的に防ごうとすれば、演にも穴や隙はできる。数が多ければ尚更だ。


「うん。素晴らしい。あと二回の攻撃に耐え、攻撃を三回躱せば良い! できるか?」

「は、はい! 頑張ります!」


 すでに師弟関係に見えなくもない。けれど、まだ気は早い。候補がもう一人いる。


 ………………どこに行った?


きゆは?」

「…………どこでしょう?」


 姿が見えない。勝手に退場はできないはずだ。試合の余波で建物が壊れたり、他の王館に影響が出たりしないように、僕が結界を張った。


 万が一、その結界が壊れたり、通過されたりすれば、真っ先に僕が気づく。それがないということは、間違いなくここにいる。


「気配はあるね」

「微かですが」

「あ、いた」


 薄い姿が確認できた。透けているというわけではない。霧や霞で見え辛いという感覚だけど、不思議と意識すればハッキリと姿を確認できた。


「気配をしているのですね。ヤる気があるのでしょうか」

「他人から意識されていないと、視界から消えるのかな。だとしたら凄いけど」


 潟とそれぞれ異なる感想を述べていると、演が沰に盛大な攻撃を仕掛けていた。


 演は地面を強く蹴り上げ、飛び上がったかと思うと、高さを出さずに速さをつけ、勢いを乗せて足を振り下ろした。


 重く振り下ろされた演の足を、沰は両腕を交差させて受け止めた。演の強力な蹴りは、身体同士がぶつかったとは思えない音がした。


 バキンッという派手な音がして、沰は勢い良く転がっていった。演が両足を地につける頃には後ろ向きに四回は転がっていただろう。


 沰が起き上がらない内に、演は標的を消に変えて向かい合った。消は自分が狙われるとは思っていなかったのか、引き攣った顔をしている。


「先代さまは、消がしっかり認識できているのですね」


 演は探す素振りも見せず、すぐに消に標準を合わせていた。

 

 消本人に確認したわけではないので、詳しくは分からないけど、仮に意識しないと視界から消えるのだとしたら、演はずっと意識していることになる。


 沰の石器による攻撃を受けている間も、手のひらの傷を確認しているときも。


「演が意識するほどの相手……ということか」


 良い表現が思いつかないけれど、敢て雑魚という言い方をするなら、演は雑魚は相手にしない。


「運だけで上がってきたわけではなさそうですね」


 消本人の知らないところで、潟からの評価が上がっていた。


 演は消に向き直ったところで、急に不機嫌になった。


「時として、身を潜めるのは最大の防御でもあり、最大の攻撃にもなる。だが、今の状況で隠れるのは私への侮辱だ。それを理解した上での行動か?」


 先代理王自らの言葉に消は、再びアワアワと動揺し始めた。気配を消すのを諦めたらしく、他の精霊たちからも認識されるようになっていた。


 あ、いたんだ、といった声が聞こえてくる。


「も、申し訳ありません。侮辱するつもりはなくてぇ……」


 消え入りそうな声で謝罪している。すぐに謝るところを見ると、素直な性格らしい。尤も、先代理王に叱責されて謝らない精霊がいるかどうかは怪しい。


「私の相手などする必要ないというわけだろう。ナメられたものだ……と思わないか?」

「しゅみましぇん」


 噛んでいる。可哀想なくらい噛んでいる。


 演は砕けて散らばった石器の欠片を拾い、軽く宙に二、三度投げると、タイミングを見計らって、蹴り飛ばした。石の欠片が容赦なく、消に向かっていく。


「ほへぷっ!」


 珍妙な声と同時に、石が消の額にぶつかり、勢いに負けて消は後ろへ倒れていった。


「やれば出来るじゃないか」


 演の褒め言葉が終わるころ、消の後ろの方で、石が壁に当たって砕ける音がした。起き上がった消の額は無傷だった。


 仰け反って演の攻撃を躱し、自分の体重を支えきれなくて倒れただけのようだ。


「消が条件をまたひとつ満たしました」


 沰は演からの攻撃を、あと二回耐え、三回躱すこと。

 消は演からの攻撃を、あと二回耐え、二回躱すこと。そして演に一回攻撃を当てること。


 それぞれ同じ数だけ条件を満たしている。どちらが勝ってもおかしくなくなってきた。

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