水太子選考会④
見ればわかることだったけど、敢えて潟に尋ねた。
「沰と消が残っています」
沰は水に抵抗力のある土の性質で耐えたのだろう。しかし、全く問題ないというわけにはいかなかったようだ。膝に片手をつき、反対の手で握っている武器を支えに立っている。
白い歯が見えたので食いしばっているのだろう。いつ膝をついてもおかしくない。拍手を贈りたくなる精神力だ。
一方、消はキョロキョロしながら、何が起こっているのか把握しきれていないようだ。頭を抱えて蹲る他の三人をみて、オロオロしている。
挙動不審ではあるものの、演の理力の圧力に対しては、平然としているといっても過言ではない。
「沰は分かるとして、消はよく耐えてるね」
雨伯一族や氷之大陸に匹敵する理力を持っているとは思えない。しかし、演の理力に臆することなく、立っている……どころかウロウロしている。
「先代さまの理力を消しているのかもしれません。恐らく無意識に」
名は身を体すとはよく言ったものだ。演の理力を消す精霊……ある意味、恐ろしい。
演が視線を送ってきた。それを合図に潟が大きく息を吸い込む。
「漆、冴、冷。三名失格!」
潟が声を張り上げた。
泥と汢がいそいそとやってきて、失格の三人を片付けていった。二人とも少し辛そうだけど動けるらしい。沰同様、土の性質が活きている。それに加え、佐となるべく潟から厳しい特訓を受けていたのが効いているのかもしれない。
演の理力を正面から受けて、冴と冷は苦悶の表情で気絶していた。眉が寄って皺が刻まれている。
一方、漆だけは幸せそうな顔で気絶していた。木の性質で水の理力を吸い取れるだけ吸い取って、満足しきった顔だ。いい夢を見ていそう。もう食べられなーい、とでも言い出しそうだ。
「続行!」
潟の掛け声とともにフッと演の理力が収まった。ホッとしたように立ち上がる者、へなへなと座り込む者、反応は様々だ。
そして皆のその目は一様に実質的な最終候補となった二人へ向けられていた。
「どうした? 二人ともかかっておいで」
演の声は挑発するようで、そうではない穏やかさがあった。これから自分の弟子になるかもしれない相手だ。可愛くて仕方がない、といった感じだろう。
「まだ一回とはいえ、私の攻撃に耐えた。自信を持って来るが良い。私の顔に傷をつけようが、腕を折ろうが構わない」
演の顔に傷?
そんなことをしたら、演の代わりに僕が怒る。
……いや、駄目だ駄目だ。選考会なのだから不可抗力……いや、やっぱり許さない。いや、演の顔に傷があっても愛してるけど、いや、そうじゃなくて、高位精霊の名簿から名を消して……。
「……御上。帰って来てください」
潟に声を掛けられるまで、思考が飛んでいた。
「悪かったよ」
「空気が冷えましたよ。辺り一帯巻き込まれるかと思いました」
潟が呆れた顔で見下ろしてきた。
「悪かったって。まだ演の顔に傷がつけられると決まったわけじゃないしね」
「問題はそこではないのですが」
ますます呆れた目を向けられた。
そんな中、先に動いたのは沰だった。
「いざ友よ 呼びつる者は 沰自身 落ちて弾けて 砕けて割れよ『打製石器』」
土の理術だ。混合精の沰だからできることだ。水の精霊を相手にするならいい選択だと言える。ここまでその有利さを武器に勝ち上がってきたのだろう。
演の頭上に巨大な岩が現れ、詠唱通りに割れた。大きさはどれも様々で、すべてが矢じりのような鋭さを持っている。
演は頭上の石器を見て、うんうんと満足そうだ。とても攻撃されている側とは思えなかった。
「素晴らしい。土の初級理術の中でも高難易度だと聞いている。しかもこの数、高い集中力が必要な理術だ」
初級理術なのに高難易度……矛盾しているようにも聞こえる。恐らく使用理力が少ないから初級に分類されているだけだろう。
演は感心するばかりで避けようとも防ごうともしない。確かにいくら水に有利な土属性とはいえ、演相手に初級理術では通じない。
混合精は初級理術しか使えないというハンデがある。演相手に勝つ必要はない。初級理術でどこまで対抗できるか、興味はある。
それは皆も同じ気持ちのようだ。見学者となった敗戦者たちは、お喋りもせずに成り行きを見守っている。観戦のお行儀が良くて大変よろしい。褒めてつかわしたいくらいだ。
「どうした? 撃ち込んでこないのか?」
構成した土の理術は、演の頭上で宙に浮いたままだった。沰の右手は上げられており、振り下ろせば演に向かって一斉に『打製石器』が攻撃を仕掛けるだろう。
皆が見守る中、沰は右手を下ろすことなく、左手を上げた。
すると、再び詠唱を始め、今度は僕達にもお馴染みの、『水球乱発』を展開した。かなり器用だ。
いくら混合精でも二つの理術を同時に操ることは出来なかったはず。ひとつの理術を完成させておいて、それが残っている内にもう一つ理術を生み出す……理ギリギリだ。
だが、実際に目の前でそれが実行できているのだから、世界の理上は問題ないということだ。ひとりで合成理術ができてしまうことになれば、理が崩れることになる。
「ん?」
演が腕を組みながら、石器を見上げた。その視線を辿ると、水球が妙な動きをしていた。
石と石の間に入り込み、二つの石器をくっつけると、水球は原型を留めずに潰れてしまった。次々と水球が壊れていく。石器と石器の間から雫がポタポタと滴っている。
てっきり石器と一緒に撃ち込むものだとばかり思っていた。恐らく演もそうだろう。不思議そうな顔をしていた。
結局、石器で水球を潰して、濡らしただけだ。あれだけ大量の水球を作ったことに何の意味があるのか。
沰を見ると、小刻みに両手の指を震わせていた。恐怖や寒さの震えではないことは明らかだ。沰はまだ自分の理術を調整している。
「なるほど」
再び演が感心した声を漏らした。それとほぼ同時に、カチカチ、コリコリという音が大量に響き渡った。
石同士がぶつかり……いや、擦れあっている音だ。水を繋ぎにして滑りを良くしたらしい。次第にカチカチという尖った音は減り、シュッシュッという滑らかな音に変わっていった。
「いざ友よ 呼びつる者は 沰自身 角をば取りて 磨いて魅せよ『磨製石器』!」
石器の質が上がったのが遠目にも分かった。明らかに鋭さが増している。輝きも違う。擦り合わせている内に、数はやや減ったかもしれないが、質の向上が数の減少を補っている。
「片方の理術を利用して、もう一方の理術の精度を上げている、か。なるほど、合成理術にはならないわけだ」




