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水精演義  作者: 亞今井と模糊
零れ話
450/457

水太子選考会③


「あ、イタタたー。足が折れたー。残念だけど棄権しますー」

 

 嘆きの川のけんさんが退場した。大根芝居と例えるのは大根に申し訳ない。それくらいの下手な芝居だ。

 

 ただ、これで氷之大陸四兄弟全員が選考会から離脱した。澗さんただひとりが次の試合に進んでいたけど、それもここで終わりだ。

 

 他の三人はそれぞれ突き指、擦り傷、逆さまつげで第一試合から辞退している。澗さんの試合だけ進んでしまったのも、相手が氷之大陸に恐れをなして試合前に気絶してしまったからだ。決して望んで勝ち進んだわけではなかった。

 

「え? え?」

 

 不幸にも……いや、幸いにもと言うべきか、不戦勝を手にしたのは、先ほど滴の相手をしていた精霊だった。連続で不戦勝とは、運がいいのか悪いのか。

 

 やや面長で実直そうな顔つきをしている。その顔面は戸惑いで埋め尽くされていた。うちの義兄がすみません、と言いに行った方がいいか。

 

「御上、五人が決まりました。さえうるしひえたくきゆの五名です」 

「混合精が二人か」

 

 僕の代わりに演が答えた。演はもうすぐ始まる最終選考に備えて、肩をぐるぐる回している。

 

 うるしは木と水の、たくは土と水の混合精だ。

 

「二水名もやはり勝ち上がってきたね」

 

 演は僕の顔を覗き込んで、きれいに口角を上げた。予想通り、とでも言いたそうだ。

 

 さえひえのように二水名は一般的に強くないと言われている。ただ、それはまことしやかに囁かれている話であって、実際そのようなことはない。

 

 ただ、性格が控えめな者が多いという事実もある。だからこれまでの選考会には数名しか来ていなかったけど、いざ参加させてみたら五人中二人が二水という結果だ。これで二水は弱いという偏見は減るだろう。

 

 もしかしたら、演はそこまで考えていたのかもしれない。僕は理王としてまだまだ新米だ。先代から学ぶことは多い。

 

「先代さまー、こっちに来て準備をお願いしますー」


 添さんが離れたところから演を呼んでいた。それに応える演を見送ると、空いた場所を埋めるように潟が隣に立った。

 

「最後に決まったきゆはまともに試合をしてないみたいだけど、いきなり演との勝負で大丈夫かな」

「運も実力の内と申しますが、運だけで勝ち上がったのであれば、むしろここで先代さまに叩きのめされるべきです」

「いや、まぁ、そうなんだけど」

 

 僕も運で理王になった気がしなくもない。たまたま演に助けてもらって、たまたま他に誰もいなくて、たまたま高位になれて……いや、考えるのやめよう。

   

きゆあやかり伯の子ですね」

「あぁ、所属が変わる精霊のひとりだね」

 

 大伯・中伯、それに牙伯のようにあやかり伯も属性が変わる精霊だ。

 

 最も幸せな精霊にあやかるという性質がある。つまり、あやかり伯がいる属性には、精霊界で最も幸福な精霊がいるということが証明されているわけだ。

 

 長らく土に滞在していたけど、現在の所属は水精だ。今、精霊界で最も幸せな精霊が水精ということだから、水理王として嬉しく思う。

 

「今回は珍しい精霊が揃いますね」

「普段、あまり表に出てこないからね」

 

 牙伯たちは属性が変わる分、他の精霊との結びつきが弱い上に権力とも無縁だ。権力を握ったところで属性が変わってしまうのだから意味がない。

 

 保護者がそういう状態だから、子や弟妹たちも自然と王館から遠のいているのだろう。


「御上。始めてよろしいですか?」

「……うん」

 

 先程からピリッとした空気が漂っている。僕の眼下に集められた五人の精霊と演。

 

 皆の視線がそこに集まっている。

 

 潟はその様子を一瞥すると大きく息を吸い込んだ。

 

「これより最終選考を行う! 勝利の条件は事前に示したとおり! 制限時間なし。気絶した場合は失格。続行不可能な怪我をした場合は棄権を認める」

 

 これまでは皆、たいてい気絶して終えている。今回はどうか……。

  

「では……始め!」

 

 潟の掛け声で最終選考が始まった。けれど皆、動こうとしない。先代理王である演に気を使っているのか、それとも五人で牽制しあっているのか。

 

 演を見下ろすと、どこか楽しげだった。演が楽しそうだと僕も嬉しい。自然と笑みが浮かぶ。

 

 演の観察をしていると、隣で潟の身体が強張ったのを感じた。小言をもらう前に、ニヤける顔を気合で抑えつけた。

 

 しかし予想に反して潟から小言は飛んで来ず、代わりに小さな呻き声が聞こえた。


「潟? ……潟っ、どうした⁉」

 

 顔が真っ青だ。さっきまで元気に指揮を取っていたのに体調が悪そうだ。塩湖本体に何かあったのか?

 

「そえ……えっ?」

 

 配偶者である添さんを呼ぼうとしたら、添さんは演の後ろの方でうずくまっていた。両腕を身体に巻きつけて、寒さから身を守るように何かに耐えている。

 

 添さんだけではなかった。ほとんどの精霊が頭を抱えたり、添さんのようにうずくまったりしている。

 

 冷静になって場内を見ると、演の理力がいつもより激しい。僕にとっては心地よい……というよりも、自分の一部というべきか。

 

 でもそれで事態は飲み込めた。演は理術を使ってはいない。ただ理力を放出しているだけだ。それでも耐えられない精霊が多いようだ。

 

 改めて場内を見渡すと、屈まずに立っている集団がいた。雨伯一族だ。皆、騒音を防ぐように耳を押さえて立っていた。そこに滴もいる。耳を塞いだり、頭を抱えたりせずに、霓さんの羽衣の端を握って、ただキョロキョロしているだけだ。滴はどうやら大丈夫らしい。

 

 他に大丈夫そうなのは、氷之大陸四兄弟だ。欠伸をしたり、雑談したりと退屈するのに忙しそうだ。無事なことが分かれば問題ない。放っておこう。

 

「潟、下がっていいよ」

「雫さま、は、なんともないのですね。流石です、ね」

 

 潟の声は掠れていた。公衆の面前にも関わらず、僕のことを御上と呼ぶ余裕もないらしい。


 潟の肩に手を置くと、ガタガタと寒気に耐えるように震えていた。

 

「まるで太子時代の先代さまのようです」

 

 太子時代の演……理力垂れ流しで歩いていたせいで、執務室にいても長い廊下の角を曲がるあたりから、冷気がしていたとかいないとか……。

  

「弱体化しても、これ程とは恐ろしい」

「下がっていいって」

「いえ、そういうわけには参りません!」

 

 潟はほとんど気合だけで立っているように見えた。ここまで職務に熱心だと申し訳ない気もしてくる。

 

「試合を見届けなければ……。父が先代さまと雫さまへ繋いだように、雫さまがこれから繋ぐ相手をこの目で、この場で、父の代わりに見届けたいのです」


 そう言った潟の横顔は確かに先生にそっくりだった。先生が生きていたら、文句を言いながらも選考会を見に来てくれただろう。

 

 潟は今、代わりにそれを果たそうとしてくれているらしい。僕が止める必要はなかった。

 

「分かった。なら、好きにしたらいい。それで、演の理力放出に耐えられたのは何人だ?」

「二人です」

あと数話お付き合いください

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