水太子選考会②
第五次選考会が青天の下で開かれようとしてる。それもそのはず。養父上が南部の山間部に赴いているため、雨雲は一つも見当たらない。見渡す限り青空だ。
暖かな日差しは心地よく、時折爽やかな風が流れている。お弁当やお菓子を持って、出かけたい気分だけど、理王である僕が外出した途端、王館が崩れるだろう。
「わぁ! かあさま! あそこにいるのは大伯と中伯の兄妹ですよね! あっ、あっちにいるのは牙伯じゃないですか?」
三階の窓から参加者の受付を眺めていると、はしゃぐ我が子が近くにやってきた。
「そうだよ。タタは詳しいな」
それに答える配偶者の声もする。家族が一緒にいてくれれば、王館から出られないことは、あまり気にならない。
「それぞれ沃という妹と、沖という名の息子の付き添いだね。牙伯は冴という子がいるそうだよ」
今回は皆、初参加の高位だ。しかし高位といってもほとんど登城経験がない者もいる。権力に興味のない精霊なら尚更だ。そのため、必要に応じて伯位の身内の付き添いを許可している。
「皆、水精所属ではないのによく知っているね」
付き添いの条件は伯位というだけで、水精である必要はない。滴が指摘した精霊の他にも何人か他属性がいるように見える。
「は、はい。定期的に所属を変える精霊が一定数いると聞いたことがあるので!」
大伯も中伯も、そして牙伯も今は水精の所属ではない。彼らは己の属性を変えられる珍しい精霊だ。
「そうか。よく学んでいる。大伯は長く同じ属性にいると、そこだけ理力が大きくなってしまうからね。それを利用して力の弱まっていた木の王館に所属していたけど、最近土に異動したばかりだ」
数年前、木の王館は、有り余る演の理力を吸い取って以来元気溌剌だ。
「土に異動したということは、大伯は今、中身が女性的ってことですか?」
「そうだろうね。外見が男性のままだから」
土の属性に移ると、土の高位特有である性別の理もしっかり反映されるようだ。外見が男性なら中身は女性、逆も然りだ。
「では今は中伯が木の王館にいるのですか?」
「そこまで知っているのか、すごいな。そう、大伯のあとには必ず中伯が入る。大きくした理力を維持したり、過ぎる理力を中和するためにね」
僕が太子になってから知ったことを息子はすでに学んで、しかも理解している。潟夫妻や祖父の雨伯と一緒にいるせいか、子どもとは思えない知識量を発揮し、大人びた発言をすることも多い。
「あ、牙伯は帰っちゃいました」
「送ってきただけみたいだね」
そうは言っても、窓に張り付いて下を眺める姿はやはり子どもだ。いつもと違う光景に目を輝かせているのがよくわかる。
「タタもそろそろ行っておいで。父上たちは付き添えないけど、ひとりで行けるかい?」
「大丈夫です、父上!」
滴は窓から手を離して、自信満々に答えた。
『選考会に参加経験のない高位は全員参加』とした以上、息子も参加させなければならなくなった。滴を太子に選ぶのは避けたい。実際に選ぶのは演だけど、同じ気持ちのはずだ。
「受付には添がいる。それが済んだら演習場に雨伯一族が来ているはずだから、皆と一緒にいるといいよ。祖父上はいないが、誰か知っている者がいるだろう」
「はい、霓の伯母上たちが来ると言っていたので、探してみます」
走り出そうとする滴に、演がもう一度声を掛けた。
「氷之大陸の伯父上たちにはあまり関わるんじゃないよ」
「分かりました。行ってまいります!」
小刻みな足音が聞こえなくなるまで、演と二人で息子を見送った。
「高位は全員参加、か。やり過ぎたかな」
「……うーん。仕方ないと思うよ」
「タタは仕方ないとして、まさか氷之大陸の兄四人が全員応じるとは思わなかった」
氷之大陸の玄武伯は非王の誓いを立てているから、王館に来ることはない。その息子四人も極力王館との接触を避けている。
選考会参加の条件を満たしたので、書簡だけ送ったけれど、氷之大陸の自治権を理由に断ってくると思っていた。
「私の前例があるからって、全員参加するかな、普通」
「まぁまぁ」
演もかつて、漣先生から選考会参加の通知が来たらしい。玄武伯としては軽い外出許可を出したつもりだったようだ。しかし実際は演が太子に選ばれた。そして王館との接触を断つため、演は実家から縁を切られてしまったのだ。
演にとっては苦い思い出だろう。半分引き受けてあげたいくらいだ。
「私の在位中にあれだけ王館との接触を避けていたのに、最近急に接点が多い」
「あー……うん」
僕が氷之大陸に行ってから、かもしれないけど、滴が生まれてから特に接触が多い。
滴に会いに……というのは言いすぎだけど、滴を見に来ているような気もする。
「まぁ、兄四人は早々に棄権するだろうけど、きっと太子決定まで居座るよ」
居座るとは言い方が悪い。でも実際、玄武伯から太子の就任祝いを伝えるまで帰らない、とでも言いそうだ。今回で太子が決まれば良いのだけど……。
「身内は除くって、条件を付ければ良かったね」
「ホントに。あ、身内といえば雫のお母上も来ていたね」
「………………うん」
選考会参加経験のない高位だから。決して孫に会いたいから来たわけではない……はず。
「身内は除くべきだったな」
「ホントにね」
演と揃ってため息をついたとき、ちょうど潟が会場の準備を終えて僕たちを呼びに来た。
◇◆◇◆
付け加えられた条件を除けば、選考会自体は前回とほぼ同じ進め方だ。最初から演とは戦わない。そんなことをしていたら何日かかっても終わらないので、五人に絞られるまでは候補者同士の戦だ。
一対一で理術を披露し、その腕を競う。演のときも概ねそんな感じだったそうだ。
審判には泥と汢を招集させてもらった。本当は菳も呼びたかったけど、食後のお昼寝中らしい。しばらく起きないだろう。受付を終えた添さんにも審判に加わってもらい、三試合が同時に進められていった。
演習場に用意された椅子に一人で掛け、その隣に演が立った。昔と位置が逆だ。
こっそり演の様子をうかがうと、視線が左端の選考場所で止まっていた。そこで息子が選考に参加している。無害な理術・細雪を空に放っている最中だった。
僕が太子だったころ、海豹人の群れに向かって、挨拶代わりに放ったことがあったけど、その数倍の規模がある。隣の選考場所まで覆う……どころか演習場の半分まで届きそうだ。
その規模にざわめきが大きくなっている。あまり目立ってほしくないのは事実だ。でも滴は、自分が当代と先代の息子であることを、重圧どころか誇りに思っているらしい。その気持ちを考えると控えろとは言いにくい。
自分の親心のやり場に困っていると、細雪がパッと消えた。
「わーん、伯母上ー。足捻っちゃったよー」
「あらあらー、かわいそうなタタちゃん。診てあげるからおいでー」
「痛いよー、棄権します」
…………棒読みだ。
「手当があるから、あたしも棄権するわー」
「俺も棄権する」
「私も」
「滴の手当が優先だ」
ついでと言わんばかりに、見物していた雨伯一族が全員棄権した。
「え? え?」
滴と対峙していた相手は、何もせずに勝利したことにかなり戸惑っていた。オロオロしている姿を見ると、うちの子がすみません、と言いたくなる。次の選考はまともに勝負できることを祈ろう。




