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水精演義  作者: 亞今井と模糊
終章 一水盈盈編
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411話 危険な選択

「化け物じゃない!」

 

 実の娘に何て酷いことを言うのか、と声を荒げた。掴みかからなかったのは、のべるの母親だという認識が頭の片隅で生きていたからだ。


 いやもしかしたら、それよりも演の顔に負けていたのかもしれない。沌を含めたかつての敵が演に化けていたら、僕は完敗だった可能性がある。

 

 理力で見分けることは出来ても、演の顔を傷つけたくないという気持ちが勝ちそうだ。


「僕は演を愛しているんです! けなすのは止めてください」

 

 もし演がここにいて、誰かに化け物呼ばわりされたとしても、相手にしないとは思う。言わせておけ、とか時間の無駄だとか、言うに違いない。でも僕が我慢ならない。


「怖くはないのか? 側に寄るだけで理力が」

「怖くなんかない。ずっと側にいたいです」

 

 演の悪口など聞きたくないので、遮ってしまった。間髪入れない返答にハビーさんは一瞬だけ怯んだような驚いていた。

 

 でもすぐに目元を緩め、僕の頭を軽くポンポンと叩いた。


「幸せだ」

 

 それは演が?

 それともハビーさんが?

 

 何故か尋ねることが出来ない。幸せだと口にしながら、ハビーさんは悲しそうな顔をしていた。演を悲しませてしまったみたいで、胸が苦しくなる。

 

「私はこの手に娘を抱いたことがない。名を呼んだこともない。何かを教えたこともない。ただ理力を与えただけだ」

 

 それは僕も同じだ。父上にお会いしたのは比較的最近だ。幼い頃は父がいないのが当たり前だった。


「与えたその理力も娘を恐ろしいモノにしてしまっただけだ。私は娘の中にいるが、何もしてやれない。娘がどんな風に晒されているか、理解してやることも出来ない」

 

 ハビーさんは急に立ち上がって僕から少しだけ離れた。背を向けられて顔が見えなくなる。水理王の紋章は銀髪に隠されて見ることが出来ない。

 

 ハビーさんの見た目が演に酷似しているのはともかく、どうして服まで水理王の衣装なのか。そう疑念を持った瞬間、ハビーさんの装いが変わった。

 

 髪と同じ銀色の長い服だ。どこまでが髪でどこからが服なのか分からないほど、同じ色で軽い生地のようだ。

 

 ハビーさんは服が変わっても、気にした様子がない。

 

 そうか。僕は夢を見ている状態に近いとハビーさんは言っていた。僕が演の顔を見て勝手に水理王の衣装を合成していたのかもしれない。

 

 ハビーさんがため息を吐いた動きに合わせて、袖がふわりと靡いた。 


「私は水の星に留まるべきだったと後悔もしている」

「それは……」

 

 そうすれば沌が精霊界を掻き乱すこともなかった。でもそれをハビーさんに言ってしまったら……余計に傷つけてしまう。

 

「でも……ハビーさんが、救った魂がたくさんあるはずです」

 

 苦し紛れに出てきた言葉は、大した慰めにならなかった。


「私は連れてきただけ。まだ救われてはいないのだ」

 

 ハビーさんはくるりと向きを変え、膝を折った。そして座ったままの僕に視線を合わせた。

 

「雫。この精霊たちを救ってくれないか?」 

 

 ハビーさんは周りを示しながら僕の手を握ってきた。何度触れられても、この手の温かさに慣れることが出来ない。

 

「この千余りの魂を救ってくれ。それが娘を救うことにもなる」


 演を助けられる……?


 今、確かにそう言った。

 

「どうすれば良いんです?」

「雫の望むことをすれば良い。無事に魂繋をすることが出来れば、娘も助かり、この魂たちも解放され、雫の望みも叶う。全てうまくいく」

 

 全部うまくいく……食いつきそうになるけど、それは話がうますぎる。

 

「でもさっき魂繋は成功しないって……」

「魂繋を成功させる方法はある。雫の本体を大きくするのだ」


 ハビーさんは僕の手を離して、耳の後ろ辺りをカリカリと掻いた。

 

「僕の本体を……涙湧泉を広げるんですか?」

「そうだ。涙湧泉るいゆうせんというのか。良い名だ。きゅうの息子ということを差し引いても良い名だ」

 

 誉めてくれて入るけど、ハビーさんは何故か気まずそうな様子だ。僕を正面から見ようとしない。 


「理力の受け皿を大きくするのだ。そうすれば娘の巨大な理力を雫が受け止めることができる。しかし……」

「しかし?」

 

 ハビーさんはますます言いにくそうだった。僕への遠慮というよりも、何か嫌なことを思い出している顔だった。


「しかし、それは私たちが精霊界に干渉することにもなる。閖たちが作った世界に水の星の精霊が関わっても良いものかどうか……」

 

 カオスに聞かせてやりたい言葉だった。沌はあれだけ雲泥子、雲泥子と言っておきながら、ハビーさんと真逆だ。


「人間によって本体に手を加えられた精霊が自我を失ったように、取り返しのつかないことが起こるかもしれない」

 

 暮さんや先生の日記を思い出した。いつも人間によって無理矢理、光の力を強化されなければ、カオスに利用されることもなかったかもしれない。


「何も起こらないかもしれないが、私は外の様子が分からない。責任を取ることが出来ない」


 ハビーさんは振り向くと、今度は僕をまっすぐに見つめた。何色だか分からない濃い色の瞳は、演と同じだ。

 

 色々な魂が混ざりあったせいで、こういう色をしているのかもしれない。事情を知った今ならそう思う。 

 

「でも……」

「仮に何も影響がなかったとしてもだ」


 ハビーさんは僕の言葉を遮った。


「雫は泉ではなくなってしまうかもしれない」

「泉ではなくなる……」

 

 本体を大きくするということは……そういうことだ。溢れて川になるか、土と混ざって沼になるか。

 

「その時に、雫が今の雫のままとは限らない」

「どういうことですか? 演の理力を引き受けて、僕がその分、強くなるってことですか?」

「強くなることは確実だ。その分、娘が弱くなる」

 

 演が弱くなると言っても、氷山の一角を欠いたくらいだろう。

 

「それだけなら良いが、もしかすると雫の気持ちも変わってしまうかもしれない」

「はぁ?」

 

 間抜けな声が出てしまった。慌てて口元を押さえたけど、何の効果もない。

   

「雫は生まれたときから泉なのだろう? それが泉でなくなるということは、雫の性質そのものが変わるのだ」

 

 僕の性質……純水と言われ続けた泉が変わるということだろうか。

 

「その時に、娘を好いている気持ちも変わってしまうかもしれない。魂繋をした後で、何故魂繋をしたのか分からなくなるかもしれない。それから長い世を共に生きるのはお互い辛いだろう」

「それは有り得ないです。僕の気持ちが変わることは絶対にありません」

 

 僕の気持ちが変わるはずはない。絶対に。自信を持って述べると、鼻で笑われてしまった。侮辱というよりも、予想通りといった顔だった。

 

「もうひとつある。周囲への影響だ。大きくなりすぎて周囲の精霊の領域を飲み込むかもしれない」

「待ってください。待ってください」


 今度は僕がハビーさんを掴む番だった。手ではなく、髪と同じ色の袖を掴んだ。


「僕の泉は母上の河と繋がっているんです。それに母上の河には支流もいっぱいあって、兄や姉が……」

 

 散々僕をいたぶった兄姉だ。今となっては兄弟姉妹の情はほとんどない。けど、少しだけ覚えている。幼い頃は……美蛇が裏で画策するまでは可愛がられていた。僕が失わせたとなれば後味が悪い。

 

「判断は雫に任せるしかない」

 

 ハビーさんは同情的な目で僕を見ながら、苦しい選択を迫ってきた。

 

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