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水精演義  作者: 亞今井と模糊
終章 一水盈盈編
422/457

400話 頭の作り方

 玄武伯との対面が叶った。

 

 しかし、思っていたのとは違う形で対面することになった。前後左右を頭に固められ、通されたのは最初に会った場所ではなかった。

 

 遠くに座っているのが玄武伯だと辛うじて分かる。部屋というには広くて大きすぎる空間だった。

 

 王館でいうところの謁見の間だろう。氷之大陸オーケアノスにもそのような場所があったとは意外だった。

 

 王館の謁見の間は、式典などで大勢が集まることがある。謁見の間の広さを考えて収容人数を考えて、招待客を選定するくらいだ。

 

 しかし、誰も訪れない氷之大陸では、謁見の間のような広い部屋は無駄としか言いようがない。

 

 氷之大陸の精霊が玄武伯に拝謁するとしても、ひと部屋あれば事足りるだろう。

 

 ならば、この広間は権威の象徴か。見せつける者もいないのに。

 

「…………」


 玉座ではない椅子に玄武伯がかけて、僕を見下ろしている。一番高い場所ではなく、そこから一段下がった場所に大きな椅子が置かれていた。

 

 それは……理王に対する一種の遠慮だろうか。僕の勝手な解釈かもしれない。けど、下げられた位置にある椅子は、そう思わざるを得ないほど不自然だった。

 

 冷たい風が通り抜けたと思ったら、玄武伯がため息をついていた。大きくて長いため息だ。冷えた空気に玄武伯の感情が乗ってきた。

 

 怒っているというよりも呆れている。僕に対してか、それとも隣にいる澗さんに対してか……そこまでは分からなかった。

 

 僕たちを広間の中央まで案内すると、頭たちはどこかへ去っていった。それと入れ替わるようにひとり、側近らしき精霊が入ってきた。

 

 僕たちの横をすり抜けて段を上り、玄武伯の元へ駆け寄った。玄武伯は側近を一瞥もせずに、僕と澗さんを見下ろしている。

 

 側近は玄武伯に対して一礼すると、長めの紙を開いた。紙を開く音をわざと大きく立てて、大袈裟な咳払いを繰り出した。

 

「被疑者、水太子・淼。汝、玄武伯が三男・澗と隣接し、矢庭やにわにその壁を打ち壊した。あまつさえ、その身体を手籠めにせんとし……」

 

 どうやら僕が裁かれているらしい。

 

 聞きなれない言葉が多い。総合して判断すると、壁を壊したことと、澗さんを襲おうとしたことが罪に問われようとしているらしい。

 

 被害者であるはずの澗さんは隣で欠伸をしていた。

 

 最後に間違いないかと聞かれた。壁を壊したことは間違いない。でも何故澗さんを襲ったことになっているのか分からない。そう、正直に答えたら、罵声を浴びせられた。

 

「この不届き者が! 氷之大陸への侵入を黙認されただけでは飽き足らないか!」

「いや、侵入はしていない。うるおさんたちとの交渉も済ませた」

 

 侵入はしていないけど、ここへ来るために漕さんを傷つけた。多分、今も苦しんでいるだろう。添さんが付いているから大丈夫……だと信じたい。 

 

「うるさい、だまれ! 水理王の目を盗んで扉を開けたのだろう! 玉座を狙ったか、それとも氷之大陸へ権力を伸ばそうというのか!」

「いや、別に氷之大陸オーケアノスに興味はないけど」 

 

 氷之大陸には何の興味もない。興味があるのはベルさまの真名だけだ。

 

「興味がないなら何故氷之大陸へ侵入した! この腐った魂が!」 

 

 腐った魂か。

 

 初めて聞いた侮辱だ。どの程度の軽蔑が含まれてるのか知らないけど、決して軽い侮辱ではないだろう。

 

 何だか昔を思い出させる。まだ王館に上がる前、兄姉たちに虐げられていたときだ。罵詈雑言だけでなく、拳や蹴りも飛んできた。それに比べれば、この程度の批判など痛くも痒くもない。


「実に不愉快だ」

 

 玄武伯がやっと口を開いた。不愉快なのは仕方ない。軟禁したばかりの水太子が自分の家を壊して、出てきたのだから。しかも自分の子が襲われそうになったと……完全に誤解だけど、玄武伯にとって不愉快極まりない話だ。

 

「は。閣下。身の程知らずに処罰をお下しに」

 

 玄武伯の隣に立つ側近にかなり嫌われているようだ。彼に直接不快なことをした覚えはないけど、そもそも氷之大陸で余所者よそものは嫌われるのかもしれない。

 

「そうか……しかし、それなりに地位のある者ゆえ、簡単に処罰とはいかないだろう」

 

 太子は大精霊より立場が低い。でも即位すれば地位が。扱いの難しい微妙な立場だ。非常に面倒くさい。今まで太子と大精霊が関わったことなど、ないに違いない。


「何を仰せになられます。閣下はこの氷之大陸の当主。そして四人しか存在しない大精霊のおひとり。理王でさえ閣下に遠慮なさいます。それなのに、この者と来たら……」 

 

 玄武伯がいなかったら自分で手を下してきそうな勢いだ。

 

「そこまでは言うのなら仕方あるまい。遠慮はいらぬな」

「は。ご存分になされませ」

 

 言い終わるか終わらないかの内に、側近の首がとんだ。ゴロンゴロンと段を転がってくる。血は一滴も流れておらず、精巧な作り物のようにさえ見えた。

 

「不届き者はお前だ」 


 胴体の方は玄武伯の隣で立ったままだ。玄武伯の左手で煌めく業物わざものを磨いている。それは見ないフリをした。

 

「また頭が増えた」

「え」

 

 澗さんがボソッと呟いた。

 

 頭は段を転がり終えて、やっと止まったかと思えば、今度はみるみる膨らんでいった。破裂するのではないかと、ちょっとドキドキしながらその光景を見守った。

 

 頭は膨らむところまで膨らむと、ハッとしたようにぴょんぴょん跳ねながら、広間を後にした。

 

「無礼千万である。水太子を罵倒するなど……」

「父上、もう聞こえておりませんよ」

 

 澗さんがぶっきらぼうに相槌を打った。しかも爪の間のゴミを取りながら、玄武伯を見ようともしない。


氷之大陸オーケアノスにいるだけで、自分が特別な地位だと誤解している野郎が結構いるんですよ。今みたいな」

「はぁ」

 

 澗さんが僕を見ながら言った。

 龍の威を借るってことか。どこにでもいるものだ。

 

「淼さまより地位が高いのは、この氷之大陸でも父ひとりです。勿論、ご即位なさるまでは。父上、ここは氷之大陸の代表として謝罪なさるべきでは?」


 澗さんは何故かとても偉そうだった。あくまでも『偉そう』だ。わざと尊大な態度をとっている。

 

 玄武伯は一瞬だけ僕に視線を送り、目を伏せながら逸らしてしまった。

 

「淼どのには改めて謝罪をする。しかし、まずはお前だ、嘆きの川(アケローン)。罪人の身でまた騒ぎを起こすとは、この始末をどう付けるつもりだ」

「始末の付け方は父上がお決めになることでしょう。私の仕事ではありません」

 

 何だ何だ、父子喧嘩でも始めたのか。僕は蚊帳の外か。

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