400話 頭の作り方
玄武伯との対面が叶った。
しかし、思っていたのとは違う形で対面することになった。前後左右を頭に固められ、通されたのは最初に会った場所ではなかった。
遠くに座っているのが玄武伯だと辛うじて分かる。部屋というには広くて大きすぎる空間だった。
王館でいうところの謁見の間だろう。氷之大陸にもそのような場所があったとは意外だった。
王館の謁見の間は、式典などで大勢が集まることがある。謁見の間の広さを考えて収容人数を考えて、招待客を選定するくらいだ。
しかし、誰も訪れない氷之大陸では、謁見の間のような広い部屋は無駄としか言いようがない。
氷之大陸の精霊が玄武伯に拝謁するとしても、ひと部屋あれば事足りるだろう。
ならば、この広間は権威の象徴か。見せつける者もいないのに。
「…………」
玉座ではない椅子に玄武伯がかけて、僕を見下ろしている。一番高い場所ではなく、そこから一段下がった場所に大きな椅子が置かれていた。
それは……理王に対する一種の遠慮だろうか。僕の勝手な解釈かもしれない。けど、下げられた位置にある椅子は、そう思わざるを得ないほど不自然だった。
冷たい風が通り抜けたと思ったら、玄武伯がため息をついていた。大きくて長いため息だ。冷えた空気に玄武伯の感情が乗ってきた。
怒っているというよりも呆れている。僕に対してか、それとも隣にいる澗さんに対してか……そこまでは分からなかった。
僕たちを広間の中央まで案内すると、頭たちはどこかへ去っていった。それと入れ替わるようにひとり、側近らしき精霊が入ってきた。
僕たちの横をすり抜けて段を上り、玄武伯の元へ駆け寄った。玄武伯は側近を一瞥もせずに、僕と澗さんを見下ろしている。
側近は玄武伯に対して一礼すると、長めの紙を開いた。紙を開く音をわざと大きく立てて、大袈裟な咳払いを繰り出した。
「被疑者、水太子・淼。汝、玄武伯が三男・澗と隣接し、矢庭にその壁を打ち壊した。剰え、その身体を手籠めにせんとし……」
どうやら僕が裁かれているらしい。
聞きなれない言葉が多い。総合して判断すると、壁を壊したことと、澗さんを襲おうとしたことが罪に問われようとしているらしい。
被害者であるはずの澗さんは隣で欠伸をしていた。
最後に間違いないかと聞かれた。壁を壊したことは間違いない。でも何故澗さんを襲ったことになっているのか分からない。そう、正直に答えたら、罵声を浴びせられた。
「この不届き者が! 氷之大陸への侵入を黙認されただけでは飽き足らないか!」
「いや、侵入はしていない。潤さんたちとの交渉も済ませた」
侵入はしていないけど、ここへ来るために漕さんを傷つけた。多分、今も苦しんでいるだろう。添さんが付いているから大丈夫……だと信じたい。
「うるさい、だまれ! 水理王の目を盗んで扉を開けたのだろう! 玉座を狙ったか、それとも氷之大陸へ権力を伸ばそうというのか!」
「いや、別に氷之大陸に興味はないけど」
氷之大陸には何の興味もない。興味があるのはベルさまの真名だけだ。
「興味がないなら何故氷之大陸へ侵入した! この腐った魂が!」
腐った魂か。
初めて聞いた侮辱だ。どの程度の軽蔑が含まれてるのか知らないけど、決して軽い侮辱ではないだろう。
何だか昔を思い出させる。まだ王館に上がる前、兄姉たちに虐げられていたときだ。罵詈雑言だけでなく、拳や蹴りも飛んできた。それに比べれば、この程度の批判など痛くも痒くもない。
「実に不愉快だ」
玄武伯がやっと口を開いた。不愉快なのは仕方ない。軟禁したばかりの水太子が自分の家を壊して、出てきたのだから。しかも自分の子が襲われそうになったと……完全に誤解だけど、玄武伯にとって不愉快極まりない話だ。
「は。閣下。身の程知らずに処罰をお下しに」
玄武伯の隣に立つ側近にかなり嫌われているようだ。彼に直接不快なことをした覚えはないけど、そもそも氷之大陸で余所者は嫌われるのかもしれない。
「そうか……しかし、それなりに地位のある者ゆえ、簡単に処罰とはいかないだろう」
太子は大精霊より立場が低い。でも即位すれば地位が。扱いの難しい微妙な立場だ。非常に面倒くさい。今まで太子と大精霊が関わったことなど、ないに違いない。
「何を仰せになられます。閣下はこの氷之大陸の当主。そして四人しか存在しない大精霊のおひとり。理王でさえ閣下に遠慮なさいます。それなのに、この者と来たら……」
玄武伯がいなかったら自分で手を下してきそうな勢いだ。
「そこまでは言うのなら仕方あるまい。遠慮はいらぬな」
「は。ご存分になされませ」
言い終わるか終わらないかの内に、側近の首がとんだ。ゴロンゴロンと段を転がってくる。血は一滴も流れておらず、精巧な作り物のようにさえ見えた。
「不届き者はお前だ」
胴体の方は玄武伯の隣で立ったままだ。玄武伯の左手で煌めく業物を磨いている。それは見ないフリをした。
「また頭が増えた」
「え」
澗さんがボソッと呟いた。
頭は段を転がり終えて、やっと止まったかと思えば、今度はみるみる膨らんでいった。破裂するのではないかと、ちょっとドキドキしながらその光景を見守った。
頭は膨らむところまで膨らむと、ハッとしたようにぴょんぴょん跳ねながら、広間を後にした。
「無礼千万である。水太子を罵倒するなど……」
「父上、もう聞こえておりませんよ」
澗さんがぶっきらぼうに相槌を打った。しかも爪の間のゴミを取りながら、玄武伯を見ようともしない。
「氷之大陸にいるだけで、自分が特別な地位だと誤解している野郎が結構いるんですよ。今みたいな」
「はぁ」
澗さんが僕を見ながら言った。
龍の威を借るってことか。どこにでもいるものだ。
「淼さまより地位が高いのは、この氷之大陸でも父ひとりです。勿論、ご即位なさるまでは。父上、ここは氷之大陸の代表として謝罪なさるべきでは?」
澗さんは何故かとても偉そうだった。あくまでも『偉そう』だ。わざと尊大な態度をとっている。
玄武伯は一瞬だけ僕に視線を送り、目を伏せながら逸らしてしまった。
「淼どのには改めて謝罪をする。しかし、まずはお前だ、嘆きの川。罪人の身でまた騒ぎを起こすとは、この始末をどう付けるつもりだ」
「始末の付け方は父上がお決めになることでしょう。私の仕事ではありません」
何だ何だ、父子喧嘩でも始めたのか。僕は蚊帳の外か。




