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水精演義  作者: 亞今井と模糊
終章 一水盈盈編
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390話 玉座と水先人

 思ったよりも大きな声が出ていたらしい。添さんが潟の後ろへ隠れてしまった。恐らく反射的なものだろう。

 

「黄龍伯が御上の真名をご存じとは思えませんが……」 

「いや、黄龍伯ちがう! 地獄タルタロスだ」

 

 僕の言葉を聞いて、潟は首をかしげた。僕が何を言いたいのか分かっていない。

 

 僕も自分でも分かるほど興奮していた。言葉の繋ぎ方がおかしかった。余計に何が言いたいのか分からなかったのだろう。

 

地獄タルタロスは……土師クリエイターもまだ就任したばかり。土理皇上や土太子が地獄への訪問を許すかどうか……」

 

 潟は早口で喋っていて、息継ぎも忘れているようだった。額にひと房垂れた前髪が小刻みに揺れていた。

 

「分かってる。別に地獄タルタロスへ行きたいわけじゃないんだ」

「何? 何が言いたいわけ?」

 

 添さんが潟の後ろから身を乗り出してきた。潟だけでなく、添さんにも意図が伝わっていなかった。

 

「黄龍伯と玄武伯は同じ地位だ。他の伯位アルとは格が違う」

「それが何か?」

「だったら行き方も同じはずだ」


 地図にもない特殊な場所。土の王館にとっての地獄タルタロス。水の王館にとっての氷之大陸オーケアノス

 

 言い換えれば、土の王館での黄龍伯は、水の王館にとっての玄武伯だ。

 

 土理王さまの玉座の背もたれが扉になって、地獄タルタロスの黄龍伯の元へ行くことが出来た。

 

 その扉を開けたのが先代の土師クリエイターであるグレイブさんだ。水の王館で同等の立場と言えば、水先人パイロットそうさん。

 

「どうでしょう。黄龍伯は自らのからだを消費して精霊界の土台をお造りになった方ですから、他の大精霊の方々とは、また異なるかもしれません」 

 

 黄龍伯は別格か……。いや、そうとも限らない。始祖の精霊は皆、同じ地位にあるはず。

 

 父上に聞いたら分かるだろうか。地下まで父上に会いに行くか……。いや、駄目だ、出来ない。ベルさまがいなければ玉座の下に入れない。

 

 ベルさまなしで入るためには僕が即位して理王にならないといけない。木理王さまから言われた通りになってしまう。

 

「父上……」

 

 潟と添さんに聞こえないよう、下を向いてこっそり呟いた。


 父上は今も僕の様子を見ているはずだ。執務室まで上がってきてくれないかと、少し期待してみた。


 でもその様子はない。見守っていてくれる気はするけど、口出しもしなければ、手も貸してくれる気はないようだ。

 

 ーー大事なものは自分で守るんだよ。

 

 父上の言葉が頭の中で繰り返される。

 

 僕はベルさまに何度も救われた。今度は僕がベルさまを助ける。恩返しは勿論だけど、何より愛する方を助けたい。

 

せき

「はっ」

 

 潟を呼んだ自分の声は僕の予想よりも低い声だった。

 

「漕さんが謁見の間の入り口にいる。呼んできてくれ」

「かしこまりました」

 

 潟は僕の命令に従って水流に飲まれていった。


「皆、楽して移動しすぎよ。王館内の水流移動は本来、水太子にしか許されてないのに」

「え、そうなの?」

 

 そういえば、そんなことを焱さんが言っていた。

 

 伯位の精霊のみ、自分の領域と王館の行き来を水流で許されている。昇格したての母上が、王館から退出するとき早速水流で帰還していた。

 

 そして伯位の王太子は王館でも水流での移動が許されている。昇格間際の僕に焱さんがそう教えてくれた。一般的には、そういうルールだそうだけど、添さん曰く、それはルールというよりも配慮だという。

 

 王館内を自由奔放に移動したり、他の属性の元へ気安く行ったりすることを、良しとしない者もいる、ということだ。

 

 水の王館では、そんな細かいことを気にする者はいない。潟が他の王館へ行くときは相手を選んでいる。恐らく大丈夫だろう。

 

「御上が気にしてないから良いようなものだわ。他の精霊に見られたら示しがつかないわね」


 それも父上は見ているのだろう。でも何も言ってこないのは、せめてもの優しさか。

 

 大きな水音を立てて潟が帰ってきた。ひとりだ。

 

「雫さま」

水先人パイロットはどうしたの?」

 

 僕が思ったことを添さんが代弁してくれた。潟は少し困ったような、怒ったような顔をしている。

 

「どうもこうもありません。あの男は……頭が固いというかなんというか」

「来たくないって?」

 

 漕さんがそんなに冷たい言い方をするとは思えないけど……。

 

「謁見の間から動こうとしないのです。雫さまがお呼びだと何度も言ったのですが、『潟に殴られても動かれへん』と言って……」

「らしくないじゃない。力ずくで連れて来なかったの?」

 

 添さんが物騒なことを言った。潟からの悪影響だろうか。仲間内で争いを増やすのはやめて欲しい。

 

「きっと来ないんじゃなくて来られないんだ」 

 

 理王に何かあったら自分が太子の即位を見届ける。それまで玉座を守る役目があると漕さんは言っていた。

 

「僕が行く」

「今から? もう真っ暗よ。明日にしたら?」


 添さんに言われて部屋に灯りが点いていることに気づいた。外はもう日が沈んで久しい空の色をしていた。

 

「いや、今から行く。潟と添さんはここで待機」

「いえ、私も参りま……」

「分かったわ」

 

 当たり前のように付いてこようとした潟を、添さんが見事に止めてくれた。

 

 太子に許された水流を堂々と使って、謁見の間へ向かった。ただでさえ広い謁見の間は誰もいなくて、もっと広く感じる。

 

 玉座にベルさまはいない。当たり前だ。でもベルさまの気配がある。ベルさまは魂の一部を置いていった、と漕さんが言っていた。

 

 そのためなのか、玉座の装飾部分にベルさまの銀髪が結んであった。玉座を守るようにピンと張られている。外さない方が良さそうだ。

 

 自分の立ち位置から下りて、扉の前に立った。


 両手で扉に力を込める。見た目の重厚さと似合わない軽さで扉は外に開いた。その動きを妨げないところに人型の漕さんが立っていた。

 

「坊っちゃん、うちのことお呼びやて?」

「入って」

 

 僕が脇へ避けると、漕さんはツカツカと中へ入ってきた。


「漕さん」

「坊っちゃん、先に言うとくで」

 

 僕の声を遮って、漕さんが肩に手を乗せてきた。


「うちは水理王専属の水先人パイロットや。うちに命令できるのは御上だけ。それを忘れてもらっては困るわ」

「忘れてないよ。漕さんがぶっちぎりの首席で水先人の試験を合格したってことも忘れてないよ」

「そんな細かいことは忘れてもええよ」

 

 漕さんを称えたつもりだったけど、漕さんは面白くなさそうだった。僕の肩をポンポンと叩いて、玉座の正面に立った。

 

 まるでベルさまがそこにいるかのように。ベルさまのことが見えていないのは、僕だけなのかと思ってしまうほどだ。

 

「僕は漕さんに命令する気はないよ。相談とお願いに来たんだ」

「それはうちに命を懸けてくれっていうお願いやろ?」

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