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水精演義  作者: 亞今井と模糊
終章 一水盈盈編
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386話 失敗と希望

 沌は再び咳き込んで、また口元を拭った。

 

「ゲホッ……ゲッ……この仕打ちは満身創痍の身にこたえますね」

 

 自虐的な笑みを浮かべた沌の顔は、馴染み深いものだった。何度も見てきた笑みだ。これは思い通りにならないときに浮かべるイラつきの笑みだ。嫌でも分かってしまった。

 

「無理そうか」

「雫の口から無理・・という言葉を聞くとは思いませんでしたね」


 沌がからかってきたけど無視した。どのみち沌も本気で言っているわけではない。


「水理王が受け止めた力は、理力といえば理力。理力でないといえば理力ではない」

「どういうことだ? 何が言いたい?」

 

 回りくどい言い方に僕までイライラしてしまう。

 

「原子力です。原子力由来の理力と言えば良いでしょうか」

 

 そんな力は聞いたことがない。初めて聞く言葉を口の中だけで繰り返した。

 

「原子力は人間が扱う力で最も強力で最も恐ろしい力のひとつと言っても過言ではないでしょう」

「原子力が御上を苦しめてるのか?」

 

 もしそうなら忌々しい。でも予想外に沌は首を振っていた。  

 

「原子力は何にでも化けます。火力にも電力にも勿論、水力にも。水理王は原子力を受け止め、自らの水の理力が爆発的に増加したのでしょう」

「それで?」

「私も理力を集める際に利用を考えましたが、強すぎて制御しきれず、断念したのです」

「つまり……お前でも奪えないってことか?」

 

 カオスは肩を竦めて、このザマです、と呟いた。

 

「原子力はすでに水理王の理力に変換されています。正直、これで水理王が生きている方が不思議でなりません」

 

 それはベルさまが普段から強い理力を持っているから、耐性があるのだろう。それでもいつまでもからだが耐えられるか分からない。

 

「私の体が壊れるのを覚悟で実行したとしても、奪える理力はほんの一部でしょう」

「……」

 

 膝から崩れ落ちていたらしい。気づくと膝が湿っていた。

 

 水が引いたとはいえ、水分を多く含んだ土だ。衣服などすぐに濡れてしまう。

 

「止めてください。牢を壊す気ですか? 私が逃げたら責任を取れるのですか?」


 沌の収まった牢が凍り始めていた。格子の何本かは急速に細くなり、何本かは太くなっていた。それぞれ等間隔で並んでいる。

 

「火の理力を固めた格子が弱いですね。抜けそうですよ」

 

 沌がゆるくなった格子の一本を掴んでぐるぐると回転させた。

 

 五色牢というだけあって、全ての属性の理力で練られているらしい。僕が無意識に牢を凍らせようとした結果、無防備にも沌を解放しそうになった。本人からの申し出がなかったら、本当に牢を壊したかもしれない。

 

 とは言え、そういうカオスに逃げるには微塵もなさそうだ。

 

 立ち上がって凍りついたものを一掃した。氷が溶けると格子の太さは元に戻ってくれた。中の沌はどこかほっとしているように見えた。


「お役に立てず申し訳ない」

「いや……」

 

 以前の沌だったら、ここで交換条件を持ちかけてくるはずだ。地獄タルタロスへ案内してくれれば水理王を助けてやる、とかなんとか言って協力させようとしてきた。

 

 それがないということは……こう言ってはなんたけど、本当に役に立たないのだろう。

 

 勿論、沌が生きる目的を失ったということもあるかもしれない。

 

「……愛する者を取り戻したい。そう思っても、失ってから取り戻すことは難しい」

 

 沌が格子の中から手を伸ばして僕の服を引っ張った。立たせようとしているらしいので、特に抵抗せずに立ち上がった。膝が濡れていて不快だ。


「どんなにこの手を汚しても、他人をいくら貶めても、彼女を取り戻せるなら構わないと思っていました。でも結果が伴わなければ意味がない。全て無駄です」

「何が言いたい?」

 

 僕が立ち上がっても沌は僕の服を放さなかった。でも悪意も敵意も何も感じない。本当に敵だったのかと、過去を疑わしく思ってしまう。


「私では役に立ちません。別の方法を考えるべきです。手遅れになる前に」

「……」

 

 考えた結果が沌に頼るというものだった。他にどんな方法があるというのか。また振り出しに戻された気がする。

 

「あんなチマチマしたものではなく、もっとごっそり理力を取るような方法でなくては」

 

 沌は木理王さまが置いていった鉢植えや、土理王さまの残した防御壁を指差した。

 

「あれは二人の理王が協力してくれたものだ。お前よりずっと役に立っている」

「言いますねぇ。でも限界はあるでしょう。せいぜい時間稼ぎです。愛する者を救いたいなら、その間に手を打つべきですね」

 

 二人の理王の協力で少なくともベルさまを落ち着かせることはできた。でも残念ながらそこまでだ。沌のいうように限界はあるし……正直、焼け石に水だ。

 

「貴方にしか出来ない方法があるでしょう」


 沌の顔を見た。ヒントでも出してきたようだ。僕にしか出来ない方法……僕の持つもので何とか出来るのか。

 

「何だ? 僕の魂を差し出せば良いのか?」

「……もしそうだったら、差し出すのですか? 大体、誰に差し出すのですか? 私はもう要りませんよ」 


 多分しない。そんなことをすればベルさまが悲しむ。残されたベルさまを想像したら、僕が犠牲になることは出来ない。


 首を振ると、沌はそうでしょうね、と頷いた。


「もっと合理的に考えることですよ。水理王を愛しているのでしょう?」

「そうだ」

「もうちょっと恥じらうとか、照れるとかないのですか、貴方は」

「ない」

 

 沌はやれやれといったように肩を竦めてみせた。

 

「一応聞きますが、水理王も貴方を愛しているのですか?」

「そうだ」

「また即答ですか」

 

 沌はもう驚きも呆れもしなかった。長い足を組んで背後の格子に寄りかかる。見慣れた姿になった。

 

「でも、思い合っているなら簡単な方法があるではないですか。魂繋たまつなしてしまえば良い」

 

 魂繋たまつな……。

 

 ーー免との戦いが終わったら魂繋しよう。

 

 ベルさまがそう言っていたことを思い出した。牢の格子を掴んで、沌との距離を詰められるだけ詰めた。


魂繋たまつなすれば……御上を救えるのか?」

「雫次第ですね。魂繋たまつなは文字通り魂を繋ぐものです。水理王の理力を雫に引き受けられますか?」


 握った格子が急激に熱くなっていった。

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