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水精演義  作者: 亞今井と模糊
終章 一水盈盈編
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383話 養父の提案

「雫。我輩からひとつ提案があるのだ」

 

 養父上は鼻をすすっていた。僕よりもかなり寒そうだ。

 

 壁と化している潟に目配せをして、毛布を一枚持ってこさせた。それに加えて、温かい飲み物を入れ直すように茶器を返した。

 

「何でしょう」

「不愉快ならば、老耄おいぼれの戯れ言と思って構わないのだ」


 随分と肌艶の良い老耄れだ。でも見た目とのギャップはもうかなり慣れた。むしろ幼児姿でなければ養父上が養父上ではない気がしてしまう。

 

「御上の理力を減らすというだけならば……例の男にやらせてはどうであるか?」

「例の男?」

まぬがとかカオスとかいうあの男である」

 

 開いた口が塞がらなかった。喉に冷たい空気が入ってくる。

 

 奥の方からガシャーッンという派手な音が聞こえた。潟が何かを割ったか、それとも落としたか。

 

「何を言い出す……んですか」

 

 開けたままだった口がカパカパに乾いていた。冷えた空気が喉に流れ込んでくる。咳き込みたくなるのを我慢してやり過ごした。

 

「奴は理力を集めていたのだろう? ならば理力を奪う何らかの術に精通しているはずである。それを利用するのだ」

「そんなことをしたらカオスが力を持ってしまいます!」

 

 それで多くの精霊が犠牲になった。精霊だけではない。恐らく人間もだ。人間は理力の代わりに魂を奪われたはずだ。

 

 養父上は、そのカオスにベルさまの理力を奪わせろと言っているのだ。

 

 そんなこと出来るわけがない!

 

カオスは目的を失ったと聞いているのだ。理力を奪ったところで、反抗するまい」

「でも、だからって今までずっと戦ってきた奴ですよ!? あいつのせいで、精霊界がメチャメチャになって……」

「我輩もそれは分かっているつもりだ」

 

 養父上は真剣で、調子に乗って雷伯に止められている姿とは全く印象が異なった。

 

 僕の頭が沸騰しそうだ。そんな僕とは対照的に、養父上は再び冷えてしまった茶器を卓に置き、両手を毛皮の中へ収納した。

 

「沌がいなければ先生だって無事だった」

「かもしれないのだ」


 僕が絞り出した言葉に、養父上は曖昧な言葉を付け足した。

 

「流没闘争だって元はと言えばアイツが……先代さまだって理王にならずに済んだ」

「かもしれないのだ」

 

 養父上は曖昧な返事を繰り返すばかりで、肯定はしてくれなかった。

 

「敢えて不謹慎なことを言おう。流没闘争が起こらなかったら、雫はここにいないのだ」

 

 いつも自分の味方でいてくれる養父から、急に突き放されたような気持ちになった。存在を否定された気がする。


「雫は流没闘争の最中に生まれたと聞いているのだ。物心つく頃には流没闘争もひとまず収束していたそうだが……」

「それがどうしたんですか?」

 

 反抗的になってしまったのはわざとではない。先程から潟の視線を感じる。僕が雨伯に掴みかかるとでも思っているのかもしれない。

 

「流没闘争中に生まれ、その兄が理力を狙わなければ……雫は御上と出会っていないのだ」

 

 唾を飲みこんだ。養父上のいうことは分かる。季位ディルだった僕が何故、理王に目をかけてもらえたのか。流没闘争を解決する材料にするためだ。それは分かっている。

 

 でも材料にされたからと言って、ベルさまを恨むことなどあり得ない。むしろ感謝しかないのだ。

 

 それとは逆に……。

 

「兄に感謝しろと言うんですか?」

 

 それは難しい。幼少期は優しく接してくれる唯一の兄だと思っていたけど、それも兄の思惑通りだったわけだから。

 

「そんなことは言っておらんのだ。だが」

「じゃあ、カオスに感謝しろって言うんですか!」

 

 段々、語気が荒くなってきた。

 

 心配した潟が奥から顔を覗かせた。

 

「そうではない。少し落ち着くのだ。自分に害を及ぼした者に感謝をしろなどと、理不尽なことは言わないのだ」

「じゃあ……なん」

 

 潟の手が僕の肩を引いていた。それに従ってソファの背もたれに背中をつけた。かなり前のめりになっていたようだ。

 

「今まで散々迷惑をかけられたのだ。だったらむしろカオスの技を利用してやればよいのだ」


 精霊界を傷つけた奴の力など借りたくないと思うか、それとも養父上の言うように、利用してやろうと思うべきか。 

 

 僕の考え方次第だ。


「選択肢のひとつとして候補にあげるのも良いかと思うぞ」 

「少し考えてみます」


 候補とはいったものの、他に方法がないならば選びようがない。

 

 養父上は毛皮を深く被り直した。熟考するように言い残して、竜宮城へ戻っていった。水流で姿が見えなくなる直前、御上の本体を削ることには協力できない、と念押ししていった。

  

「……雫さま」


 潟が空いた茶器を片付けながら、声をかけてきた。

 

「潟はどう思う?」


 相談できる精霊ひとが側にいてくれて良かったと思う。ひとりだったら、悶々と過ごしていただろう。

 

「雫さまのお考えも理解できますが、雨伯の仰ることも一理あります」


 仮に僕の提案した方法でベルさまが回復したとしても、その後が問題になるという。謀反を起こしたと騒がれることは想定済みだけど、ベルさまが信じてくれれば良い。


 そう言ったら、潟は渋い顔をした。

 

「御上が雫さまを疑うとは思えません。だから尚更です。ルールに基づくならば謀反を起こした精霊は処罰されます。御上に雫さまを処罰させるおつもりですか?」

 

 ベルさまが僕を罰する……したくなくてもそうせざるを得ない。それは辛い。

 

「周りは雫さまの廃太子を訴えると思いますが、そこは問題ではありません。御上のお気持ちです」 

 

 僕が廃太子されることはない。世界の理に組み込まれているからどう頑張っても太子から下りることは出来ない。そうベルさまは言っていた。

 

 大体、何とも思っていない連中に何かを言われたところで痛くも痒くもない。

 

 ただ、ベルさまを苦しめるのは嫌だ。

 

「雨伯の案は……確かに思うところはありますが、妥当なところかと思います」

「それこそ一般の精霊がどう思うか……」

 

 潟は重ねた茶器を持ったまま、僕の話に付き合っている。 

 

「もし、雫さまがカオスを利用しようとお思いなら、秘密裏に行うことも可能でしょう」

「バレずにやれって?」

「仮に沌を御上の元へ連れていっても理王からの尋問という体裁は保てます」

 

 ベルさまを助けたい。

 

 僕にその思いがある以上……取るべき行動は決まっていた。

 

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