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水精演義  作者: 亞今井と模糊
二章 水精混沌編
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36話 決着

「雫ー。そなたと母を苦しめたこの兄を、さっさと懲らしめてしまえー」


 先生が口元に手を当てて、遠くの入り口付近から叫んでいる。


「くっ……待て。俺の仲間はここにいる奴らだけじゃない。母がどうなっても良いのか」


 兄が指をクイッと折り曲げた。その動きに合わせて水鏡が引き寄せられる。指し示した鏡の中を見ると、母上が映ってい……なかった。予想外だったらしく、兄も驚いている。


「何だと……?」

「うつけじゃのぅ。わしがこの三人を連行してきた時点であらゆる可能性を考えるべきじゃの」


 先生は両腕を大きく広げ、『水の箱』を取り出した。すごく大きい。僕が作る水の箱とは比べ物にならない。中に入っているのは……母上!


「母御は無事回収した。遠慮なくやって構わんぞ」


 良かった!

 母上は先生の水の箱で守られている。これで兄も手出しは出来ない。斜め後ろのびょうさまを見上げると、黙って頷いてくれた。口元には少しだけ笑みも浮かんでいる。


「くそっ! 河の気よ 命じ」

「うるさいのぅ。『氷結水球フリーズボール』」

「ぁがっ!」


 先生の投げた氷結水球が兄の顎に命中した。白いものが飛んでいったので、歯が欠けたかも知れない。


「どうせなら上級理術でもブチこんであげると良いよ」


 びょうさまが声を大きくして僕に言った。その言葉が聞こえたのだろう。兄は上に乗ったままだった弟を払いのけて、四つん這いで逃げようとしている。


 やめろと言っているようにも聞こえる。淼さまの言葉を借りるなら、無様だ。 


 僕が使える上級理術は二つだけ。ひとつは氷風雪乱射ブリザード。でもそれを今ここで使ったら、先生と淼さまを巻き込んでしまう。


「ほっほっほっ。敵一体に対して有効なのは何じゃったかのぅ」


 先生は楽しそうだ。この状況でも僕がちゃんと復習していたか見ているのだろう。敵一体への攻撃は、これだ!


「我が友よ いざなう者は 雫の名 を飲み込みて 我を守護せん……『流波射谷斬リヴァイアサン!』」


 左手を握ったまま勢いよく前に突き出した。手の甲辺りに、理力が急速に集まってくる。謁見の間だけではなく、王館内から大量に集まってきた。


 手の甲から一気に理力が放たれた。川がそのまま現れたかのような大きな龍が僕の左手から現れた。広い謁見の間が狭く感じるほどだ。水龍は大きく口を開けて宙を進み、身をくねらせながら兄に向かっていく。


「く、来るなっ! 来るな来るな来るな来」


 バシンッ! という音がして兄が水龍に喰われた。水龍の腹部辺りにはまだ兄の姿が透けて見える。


「……ここまでじゃな」

美蛇みだ江がこん。九つの罪により、叔位カールを剥奪。並びに名と本体を没収し、未来永劫その魂が還ることを許さん!」


 水龍の中で兄が消えた。目を凝らしてよく見ると、中に細くて長い蛇が一匹いる。しばらく藻掻くと、ゆっくりゆっくり泡を出しながら形が崩れ、遂には見えなくなった。


「……これを以て」


 水龍が役目を終えて消えると、それを待っていたかのように淼さまが口を開いた。振り返って玉座を仰ぐ。


「流没闘争の完全終結を宣言する!」


 謁見の間だけでなく、水の王館だけでもなく……他の王館にも、世界全体にも通るような透明な声が身体を突き抜けて行った。






 ◇◆◇◆ 







「母上……母上、しっかりしてください」

「華龍河の水温にしては低すぎるのぅ」


 戦いのあと、先生の水の箱から母上を出して声をかけ続けている。先生は低すぎる母上の体温を上げようとして、理力を巡らせてくれている。


 一方、びょうさまは事後処理が忙しそうだ。


「美蛇の罪状を述べる。 

 一、理王を騙し、謁見に臨んだこと。

 二、理王を攻撃したこと。

 三、弟たちをけしかけ、末弟を襲わせたこと。

 四、火精を取り込み、末弟を襲わせたこと……」


 放置していた合計八人の兄姉を叩き起こして、目の前に座らせている。足を畳んで床に直に座るのは痛そうだ。


「だめじゃ。ますます体温が下がっておる。このままでは危険じゃ」

「母上っ……母上」


 母上の手をしっかり握ってさする。その手は氷のように冷たかった。顔は真っ白で呼吸も浅い。


「美蛇に奪われていた理力は戻っているはずなんじゃがのぅ」

「あ……」


 母の輪郭がぼやけてきた。姿が急速に縮んで手足が光で見えなくなっていく。僕が握っていたはずの手の感触がない。


「いかん! 雫、すぐに桶かバケツを持って来るのじゃ!」

「は、はい!」


 桶を取りに浴室へ走り出そうとして、端にバケツが転がっているのが目に入った。さっき、僕が落とした物だ。戦闘で穴が空いていないことを確認して、先生のところへ戻る。


 先生は水球を二つほど無造作にバケツへ投げ込んだ。それから光の塊を優しくそっと入れると、徐々に光が落ち着いてきた。そっとバケツを覗きこむと一匹の魚が入っている。


 山女魚ヤマメ? それとも天女魚アマゴ? いずれも清流の女王といわれる魚だ。まさか……これが母上の本来の姿?


「川魚の見分けはちと分からんが、華龍河には違いあるまい。人型を保っていることすら難しいか。水温を上げれば良いかの」


 やっぱり母上だ。水温を上げるのは危険だ。


「いえ、だめです。高すぎる水温では逆効果です。魚の姿では直接触れるだけで弱ってしまいます」

「ふむ。どうしたものかの」


 どうしよう、母上が死んでしまう。何とかしなければ、何とか……。視線を彷徨わせていると、ふと自分の腕が目に入る。


 一月ほど前、左腕を怪我した。鍾乳洞で襲われたときだ。あの時、怪我を治してくれた精霊ひとがいた。


「あ……あぇ、あ」

「どうしたのじゃ?」


 呼びたいのに名前が分からない。あの精霊ひとなら母上を助けられるかもしれない。いつも僕を助けてくれたあの精霊ひとなら。


 どこに行けば会えるだろう。びょうさまの水柱に飲まれてからずっと会っていない。


「……以上の罪によって美蛇を精霊界から永久に追放した。そのほうたちも同罪だが、美蛇に脅されていた部分も多少あると報告を受けている。よって、五名は季位ディルに降格の上、本体の三分の一を没収。三名は季位ディルに降格の上、本体の二分の一を没収とする!」


 淼さまの……水理王の声が響きわたる。八人は項垂れている。けど、気のせいか少しだけほっとしたようにも見えた。


「これは先の闘争を引きずる者を暴くために、余に協力してきた華龍河とその末子に免じての減刑である。これまでの己の振舞いをよくよく考え今後の戒めとせよ。良いな!」


 淼さまはそういうと軽く手を振って八人を水柱で飲みこんだ。柱が消えた後には誰もいない。……あの時と同じだ。


「あ、の……びょ」

「分かってるよ、雫。全部聞こえていた」


 玉座の前に走り出て両膝をつく。


「お願いします。母を助けてください! 僕にできることなら何でもします」

「雫。何でもするなんて簡単に言うんじゃない。そこにつけこむ者もいる」


 膝の他に頭も床に擦り付けた。母上を助けられるなら何だって差し出す。


「いいえ、何でもします。僕の残った一滴が必要ならお使いください。僕の理力が必要ならお取りくださって結構です!」

「御上よ。華龍どのはまだ涸れるべきではありますまい?」


 先生がいつの間にか隣に立っていた。座りこむ僕の肩に手を置いている。淼さまは小さくため息をついた。


「私が助けても良いんけど、まぁもういいだろう。えん! 許可を出す。ここへ」


 淼さまが話し終わらない内に謁見の間に炎が上がった。火は危ないという意識から自然と体が逃げてしまう。炎が収まるとその場に一人の精霊が立っていた。


「あ……」

「火の太子・えん。水理王のお声掛けにより参上致しました。ご機嫌麗しゅう」


 優雅に膝をつくその姿は確実に見覚えがあった。

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